旅の疲れを癒して
「うう、良かったです、良かったですねぇ、お嬢様……ロロはずっと心配で……」
「心配をかけてしまいましたね、ロロ。ありがとう。わたくしがいない間、よく領地を守ってくれましたね」
「とんでもありません! ムツキ様に送っていただいた使者の方々に頼りきりで……ロロはただ、ロロにできることをしていただけです!」
「それで十分ですよ。おじさまには、また感謝の気持ちを示さねばいけませんね」
「うう、ありがとうございます……お嬢様が帰ってきて、ロロは、ロロはぁ……ふぇぇぇぇん! 久しぶりに精一杯お背中お流ししますぅ!!」
ぼろぼろと金の瞳から涙をこぼしながら、メイド服を着たダークエルフの少女がリシェルさんの背中を丹念に洗う。
ロロ、という名前らしい少女は、見たところ僕やクズハちゃんより少し年上に見えるけれど、ダークエルフなので実年齢は分からない。
リシェルさんとロロさんが会話する様子からは、深い信頼関係が見て取れ、長い付き合いであることが分かる。
領主であるリシェルさんが戻ったことで、当然のように領地は大騒ぎになり、僕たちは領主を守ってここまで連れてきたことで英雄扱い。あれよあれよという間に、こうして歓迎される流れとなってしまった。
「はふぅ……生き返りますわねえ……」
クズハちゃんが溜め息をつきながら、深く身体を湯船に沈める。
十人は余裕で入れるような、リシェルさんのお屋敷の大浴場で、僕たちはまったりしていた。
さすがにシリル大金庫ほどの規模ではないけれど、かなり大きくて、足を伸ばすと気持ちがいい。
クズハちゃんの尻尾が起こすお湯の流れを感じている間に、身体を清められたリシェルさんが湯船へとやってくる。
リシェルさんがお湯に浸かるのを見届けてから、メイド服の少女は深々とお辞儀をして、
「ありがとうございます、皆様。お嬢様をこうして無事に送り届けてくださって……ロロは深く深く、皆様に感謝いたします! もう感謝感激です! 靴とか舐めます!!」
「舐めなくていいわよ!?」
「ええっ、じゃあロロはどこを舐めればいいんですか!?」
「なんで舐める前提なのよ……!?」
リシェルさんもそうだけど、ロロさんも独特のテンションだ。もしかしてダークエルフはマイペースなのが特徴なんだろうか。
ロロさんはどういうわけか「残念です」としょんぼりしてから、気を取り直したようにスカートの端を持ち上げて、再度頭を下げた。紫色の髪がぱらりと揺れる。
「改めまして、自己紹介をさせていただきます。ローニャ・テオローラといいます! どうかお気軽に、ロロと呼んでください! お嬢様のお世話係と、あと、翻訳技能が高いので、交渉ごとのお手伝いなどもしています!」
僕の通訳を挟まずにフェルノートさんと会話できているのは、技能の効果だったらしい。
先程まで会話していたためだろう。フェルノートさんが返答として、全員の紹介を始めた。
「フェルノート・ライリアよ。こっちはアルジェント・ヴァンピール、そっちの狐耳はクズハ。外でお風呂待ちしてるのはゼノ・コトブキよ」
「フェルノートさん、どうしてそこでゼノくんを変に紹介しないんですか……!?」
「あなたと同じにしないでくれる……!?」
この流れだと絶対そう来ると思ったのに怒られてしまった。
フェルノートさんは溜め息を吐いて、湯船に深く沈んだ。浮力のある胸だけがぷっかりと浮かんでかなり目立った。
「はい、分かりました。翻訳技能がありますので、領地での会話に困ったらお気軽にロロをお呼びください! お嬢様、ロロはこれから、宴の準備をしてきますね!」
「お願いします、ロロ」
「お任せください、お嬢様! ロロもばっちり腕を振るいます!」
張り切った様子で、ロロさんが浴室を出て行く。
その様子を眺めてから、リシェルさんはこちらにゆっくりと頭を下げる。
「ありがとうございます。皆様方。こうして領地に戻れたのも、ロロを始めとして、領民たちと再会できたのも。すべて皆様のお陰です。どうか心ゆくまで我が領地でゆっくりしていらしてください。また、いつでも歓迎いたしますので、なにかあればお気軽に立ち寄ってくださればと思います」
「アルジェさん、なんて言ってるんですの?」
「ここまでの道のり、ありがとうございます。ゆっくりしていってください……だそうです」
ざっくりとした翻訳だけど、だいたい合っているのでいいだろう。
「ゆっくり、ね。確かに少し、休んでいくのも悪くないわね」
フェルノートさんが湯船で柔軟運動をしつつ、そんなことを言う。
この旅の目的は、ここが終着点。やむを得ない事情で滞在していたところなどもあるけれど、ここは違う。僕たちが目指していた地で、つまりはもう、旅路を急ぐ必要が無い。
きっとこのヴァレリアの領地から、それぞれの目的のために分かれることとなるのだろう。
リシェルさんは領主として統治に戻り、ゼノくんはクティーラちゃんという新たな商売相手を得た。もしかするとムツキさんとも商談を得るのかもしれない。
「アルジェは、これからどうするの?」
「ふぇ?」
ちょうど考えていたことを指摘されたので、驚いてしまった。
フェルノートさんは二色の目を細めてこちらに笑いかけて、言葉を続ける。
「魔大陸であなたの言う、『三食昼寝におやつ付きで養ってくれる人』とやらを探すの?」
「……いえ、魔大陸では探さないと思います」
魔大陸は正直治安が悪すぎる。
この世界には魔物や危険な人物が結構いて、僕が元いた世界よりも危険度は高いのは本当のことだけど、魔大陸はその中でもかなり危険な地域だろう。
戦時中だったとはいえいきなり攻撃されるし、あっけらかんと戦時中だと言えてしまうくらいには、戦いが日常的に発生しているような土地だ。
「じゃ、一度共和国にでも戻る? どこに行くにしろ、付き合うわよ」
「フェルノートさんは、僕についてきてくれるんですか?」
「当たり前でしょう。そんな都合のいい話がないって分かったら、いつでも言いなさい。真人間……真吸血鬼? とにかく、きちんと生きられるように常識を教えてあげるわ」
フェルノートさんはそう言うと、深く身体を湯船に沈める。ぷかりと浮かぶ大きな二つの塊が印象的だ。
どうやら彼女は引き続き、僕の旅についてくるつもりらしい。
クズハちゃんも恐らくはそうしてくれるはずなので、ここからは三人旅ということになる。
フェルノートさんは旅慣れしているし、クズハちゃんはよく食べるけど、狩りが得意なので自分で食料を調達してきて、よく働いてくれる。
次の旅も、退屈はせずに済みそうだ。
「……次、ですか」
「どうしたんですの、アルジェさん?」
「いいえ、なんでもありませんよ、クズハちゃん。少しの間、ゆっくりしていきましょうか」
今、僕は自分でも驚くほど、この旅が終わることに切なさのようなものを感じている。そして新しい旅が始まるのを、少しだけ楽しみだと思ってしまった。
この旅は予定にないものなので、終わることは喜ばしいはずなのに。
ここから先の旅はまた僕の寄生先を探すためのもので、本来なら面倒くさいと思うところのはずなのに。
どうしてそんなことを思ってしまったのだろう。
戸惑いのような、驚きのような、不思議な気持ち。
この感情をどう言葉にしていいか分からなかった僕は、不思議そうな顔でこちらを覗き込んでくる友達に、曖昧に首を振ることしかできなかった。




