夢見るままに待ちいたり
「では、気をつけての」
出会った頃よりもずっとあっさりとした様子で、クティーラちゃんが手を振る。
今僕たちがいるのは、ピスケス号の上だ。彼女に出会ったときと同じように、船上で向かい合うようにして並んでいる。
「では女王様。今度は希望に沿ったものを選んで持ってきます」
「うむ! ゼノ殿が持っていた書物や、外の国の道具はとても興味深かったぞ! もっと持ってきてくれるのであれば、喜んで買い取ろう!」
ゼノくんとクティーラちゃんの商談は良好だったようで、クティーラちゃんは上機嫌だ。
ゼノくんのほくほくした顔を見れば恐らくは結構『ふっかけた』のであろうことはなんとなく察したけど、黙っておくことにする。お互いが納得しているのならそれは詐欺ではないだろうし。
「ねえアルジェ。今回私たちなにもしてないのだけど……」
「まあ、ええと……戦わなくても済むならそれが一番いいと思います」
「確かにそうなんだけどね……」
ここに来てから商談や書状をまとめる間、フェルノートさんたちは町でのんびりしていたらしい。クズハちゃんなんかは海魔族の子供たちと結構仲良くなったようで、今も船縁から真下にある海底都市に手を振っている。おそらく、見送りがいるのだろう。
「まあ、王国と交流を持つなら私が多少顔を利かせられるわよ。引退してるから、あまり政には関わりたくはないのだけど」
役に立てなかったと感じているのだろうか、フェルノートさんはそう言って大きな胸を張った。
彼女は元々、王国という国で騎士をやっていた。どうも相当に有名人だったようなので、顔が利くのは本当だろう。
「いえ、フェルノートさんの手を煩わせるものあれなんで、サマカーさんにでも書状を渡します」
「あなたがあの種馬と関わるのはもっと嫌なのよ……!!」
「……フェルノートさん、サマカーさんのこと嫌いですよね」
「当たり前でしょうが! あの種馬に何度苦労させられたことか……!」
フェルノートさんの様子を見る限りだいぶ因縁がありそうなので、追求するのはやめておいた。
女好きのサマカーさんと真面目な彼女なので、元々相性は良くないのだろう。
リシェルさんの方をちらりと見てみれば、彼女は上空ーー正確には、海面のある方向を見上げていた。
魔大陸が近いので、やはりそちらが気になるのだろう。
一応彼女にも海底都市との交流については話してはいる。けれどダークエルフは森に住む種族で、そこまで手広く交流するのは望んではいないようだった。
「では、行きましょうか」
「うむ、アルジェ殿。書状の件、任せたぞ。今からお主を、親善大使として任命するからの!」
「はあ、ありがとうございます」
よく分からないうちに任命されてしまった。
親善大使というと、ようは対外的な交流のための役職だ。今回の場合だと、他の国との交流のために書状を届けるという役回りから任命されたのだろう。
肩書きというのはどうもめんどくさい響きだけど、ようは書状を届けるまでのことだ。気にしなくていいだろう。
「……あ、そうだ」
「む、どうかしたか?」
「いえ。この都市の名前、あるんですか?」
肩書きという言葉で思い出したけど、僕はまだこの都市の名前を知らない。
それは書状を送り届ける際にも大切なことだ。都市を移す場所は地図に記して貰ったけど、名前がないのでは呼びにくい。
クティーラちゃんは顎に手を当てて、少しだけ考えるようなそぶりをした。どうもこの様子だと、名前はついてなさそうだ。
こちらの予想したとおり、クティーラちゃんはけろりとした顔で、
「うむ、そういえば忘れておったの。では、親善大使殿。お主に名付けを任せよう」
「……いいんですか、そんなので?」
「いいとも。外の世界に恥ずかしくないものを頼むぞ」
ふわっとした注文だけど、お陰で雑に名付けづらい感じになってしまった。
いつものように適当に名付けると、世界中にそれで定着してしまいそうなので、少しは気を遣うことにする。
「では、ルルイエなんてどうでしょう」
それは昔、とある小説を読んだときに出てきた海底都市の名前だ。
適当なのは変わらないけど、僕が名付けるよりずっといいだろう。少なくとも、一瞬浮かんだ『海産物の国』とかよりはずっといいはずだ。ちょっとこれそのまま過ぎるし。
クティーラちゃんは僕の渡した言葉が気に入ったようで、海の底に三日月が浮かぶように、瞳を弓にした。
「うむ。良い名だ。では……旅の無事を祈るとしよう」
クティーラちゃんはそういうと、魔力を練り始めた。
莫大な魔力が海中に満ちて、肌がぴりぴりする。攻撃をするわけではないと分かっていても、つい身を固めてしまうほどの密度だ。
……この子、魔力はとんでもないですね。
魔力強化スキル10の僕が言えたことではないかもしれないけど、結構規格外な能力を持っている気がする。
「水の流れ、潮の満ち引き、海の風。沈みし海魔の女王たるわらわが命ず」
紡がれていく言葉は魔力を伴い、海中に響く。
きぃん、という高い音の波が何度が聴覚を刺激して、通り過ぎていった。
そして、魔法が結ばれた。
「我が夢の飛沫を、この船に」
発動した力は僕たちが乗っている船ーーピスケス号を泡のようにして包む。
それは僕らをこの深海に招いたのとは似ていて、けれど別の力だ。
こちらを閉じこめて引きずり込むのではなく、優しく包み込むような、海に抱かれるような優しい魔力を感じる。
「これって……」
「ふふん。海魔族の女王たるわらわに、海のことで不可能はない。この魔法がある限り、快適な航海を約束するのじゃ!」
「つまり揺れないのね!? なにそれ凄い快適じゃないの!」
「ふふ、もっと誉めていいぞ、おっぱいの客人」
「おっぱいの客人は訂正してほしいけど凄いわ!」
乗り物に弱いフェルノートさんがだいぶ感激しているようだ。
僕とクズハちゃんは問題ないけれど、今大喜びしているフェルノートさんたちは、荒れた海に相当参っていた。
それが改善されるなら喜ばしいことだ。僕も働かなくて良くなるし。
海魔の女王の加護。もう少しで魔大陸に到達するとはいえ、ありがたいものを貰った。
「して、行き先は魔大陸じゃったな」
「あ、はい、そうですね。リシェルさんを送り届けなければいけないので、まずはそっちに。そのあと、たぶん共和国の方に戻ることになると思うので、書状はそのときに渡すことになると思います」
「ふぅむ。そうすると……あっちじゃの。距離は確かそう離れておらんから……出力の調整は……そうじゃ、船体の保護もせねばな……」
クティーラちゃんはある方角を見据え、なにやらぶつぶつと呟いている。
何事か。そう思っているうちに彼女の中で考えがまとまったらしく、ぽんと手を打った。
「では、その近くまで送ってやろう」
「あ、いいんですか?」
「うむ。気にするでないぞ、わらわとしても、先約を早く終わらせてほしいのでな」
その申し出は素直にありがたい。
海には魔物も多く、その対応をしなければならないこともしばしばあったので、海魔族が守ってくれるなら心強いし楽だ。つまりサボり放題なので、僕としては大歓迎。
「……ふぇ?」
手放しで喜ぼうとしたところで、不穏な気配を感じた。
肌に刺さる感覚は間違いなく先ほど感じたのと同質の力。すなわち、目の前にいる女王様の魔力。
「ええと、クティーラちゃん」
「なんじゃ? 今集中しておるのだから、不用意に話しかけるでないぞ」
「……なんで集中する必要があるんですか?」
「そりゃ、今からこの船を魔大陸まで運ぶからのう」
「ちょ、ちょっと待って! まさかあなた――」
「――水の流れよ、ひとときの間そのうねりを拳と化し、打ち鳴らせ」
「っ……! みんな、近くに掴まってください!」
紡がれる詠唱に不穏を感じて、全員に言葉を投げた。
フェルノートさんはさすがに反応が早く、即座の動きで近くの柱に掴まった。近くにいたゼノくんも一緒だ。
クズハちゃんは分身を使い、きょとんとしているリシェルさんごと船縁に自らを固定した。
僕の方でも言葉をかけた時点で、そうしている。速度特化の能力を惜しみなく使い、手近にあった手すりにしがみつく。
そして、魔法が発動した。
「さあ、行ってくるがいい! 魔大陸まで一直線じゃ!! 弾け、激流棍!!」
ずん、と床下が揺れる。
魔法による、恐らくは海水を集めての打撃。
ふわっとした無重力感があったのはほんの一瞬で、そこからは正しく打撃によって吹き飛ばされた。
打撃とは別の魔法で保護されたピスケス号は、壊れこそしなかったものの、盛大に軋みをあげて海中を吹っ飛んだ。打撃は真下からではなく船の後ろ、船尾を下からたたくようなもので、つまりは前進しながら浮いていく。
「っ……こんな無茶な案内がある訳ないでしょうがぁぁぁぁ!!」
「フェルノートさん、舌噛みますよ……!」
言わないと気が済まなかったのだろうけど、一応注意しておく。
確かに彼女の言うとおり、これは案内というよりは射出だ。けれどもう喰らってしまったのだから、黙って耐えるしかない。
海底に沈んだときのようにゆったりではなく、高速で景色が流れていく。荒れ模様の魔大陸周辺の海流を切り裂くようにして、魚座の名前を持った船が行く。
ばん、という乱暴な音を立てて、海面をぶち抜いた。
ばんとぶち抜いて海底都市編は終わりと相成ります。如何だったでしょう。
今回のテーマは、「心のままに」とかそんな感じです。再認識的な。
比較的さっくりと終わった今回ですが、もうひとりの玖音の登場も含めて布石の意味が強い回でした。
一体誰が一番、夢見がちなのでしょうね。
さて。次回からはいよいよ魔大陸編と相成るかと思います。よろしくお願い致します。




