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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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望みの在り処

「はい……?」


 ちょっと予想外の言葉だったので、つい聞き返してしまった。

 けれどクティーラちゃんは気分を損ねた様子もなく、むしろ頷いた。今の言葉では僕たちが理解できないと、分かったのだろう。


「うむ、今のは少し、言葉が不足だったか。では見るがいい!」


 クティーラちゃんは高らかに宣言して、指を振るった。

 続いて紡がれるのは、魔法を使う際に必要な、発動するための鍵となる言葉。


「揺らがず踊れや、水の流れよ!」


 水中に声が響き、言葉通りの事が起きた。

 ゆらりと漂うように起きていた水の流れが、明らかな意思を持つ。

 指向性を持った海流は部屋の中の本棚に並べられたたくさんの本を浮かせて、クティーラちゃんの前に運んでいく。

 積み上がっていくそれらの本に記されている言葉はすべて異世界語で、そのままでは読むことはできない。

 けれど、言語翻訳の効果でそれらの意味はすべて解読できる。


「これって……」


 積み上がっていくのは、ありとあらゆる本だった。

 共和国語や王国語、更に見たことのない言語があるのは、帝国という国の言葉だろうか。

 古代精霊言語はさすがに無いようだけど、あらゆる言葉の、無数の本が積み上げられていく。

 それらの本は明らかに古く、海水のせいだろう。よれよれになっている。

 つまりここにある本たちは、この海底都市という空間が造られるずっと前から海にあったということだ。


「本を、こんなに……?」

「そうだ。そうとも。わらわは学び、知り、そして夢想した。地上にある世界のように、正しく管理された土地があり、そこを分け隔てなく行き交えれば、それはどれほど素晴らしいものかと」

「クティーラちゃん、あなたは……外の世界を再現しようとしていたんですか?」

「うむ。その通りだ!」


 ここに来て、ようやく違和感の正体がはっきりした。

 僕がずっと引っかかっていた違和感。それはこの都市が、あまりにも人間のものに近いからだったのだ。

 海魔族には多種多様な種類がいる。エラ呼吸か肺呼吸かも違えば、足の数が違ったりもする。泳ぎが得意なもの、そうでないものもいれば、肉食のもの、草食のものもいる。

 それほどまでに多様性のある種族が住む町にしては、ここは『きちんとしすぎている』。

 まるで始めからこれが正しいと決められていたかのように、家屋の作りが同一で、道幅などもきっちりとしていた。

 地上にある都市をお手本から丸写したような、海底都市。

 それは、整理はされていても種族としての多様性を考慮していないもの。

 もしかすると城ではなく屋敷のようなところに住んでいるのも、その関係なのだろうか。


「わらわは創ってみたかった。この光届かぬ海底に住まうものたちにも、安寧を与えられるだけの世界を。故に無数の書物を読み漁り、そこから良いと思ったものをこの都市に当てはめた」

「つまり、俺たちを招いたのは……」

「そう。この都市が、本当にわらわの行いが正しいのか。聞いてみたかったのじゃ」


 それはまるで、自分で造った砂の城を自慢する小さな子供のように。

 クティーラちゃんは金色の瞳を細めて、誇らしげに笑ってみせた。


「そしてわらわはこうも思っておる。できるのであれば、地上のものたちと交流を持ちたいと」

「交流、ですか?」


 それは意外な言葉だった。

 なぜならこの町は、ここだけで完結してしまっている。

 なにかと交わる必要がなく、平和で、完成しているのだ。

 深海にある完全環境都市。外敵はいるだろうし、問題もあるのだろうけど、それでもこの都市には外と交流を持つ必要性がない。


「女王様。ここは、その必要は無いように思えますが」


 そう。ゼノくんの言うとおりだ。だからこそ、彼女が僕たちを招く理由がわからなかったのだから。

 必要のないものを呼び寄せた理由。ゼノくんにも僕にもそれが理解できなかったから、どういうことなのかと迷っていた。

 クティーラちゃんは金色の瞳をまんまるにして、こちらを見た。

 それはとても純粋な、波の合間に揺れる琥珀のような瞳。

 無垢な視線で紡がれるのは、小さな疑問だった。


「交わる必要がなければ、交わってはいけないのかえ?」

「あ……」

「わらわはただ、そうしたいのじゃ。この水底でひっそりと暮らすよりも、もっと多くのことを見たい。識りたい。濡れて汚れた本から得るのではなく、この目で見て、より良いものを選びたい」

「クティーラちゃんは……そうしたいんですね」

「うむ。もしかするとそれは決して民に良いと言えるものではないのかもしれないが……それでも。わらわはこの国のことを誰かに知ってほしいし、ここではないどこかのことを知りたいのじゃ。そして……海の底という辺境であっても、心穏やかに、健やかに、豊かに、自由に。生きてゆける場所が、ほしいのじゃ」


 必要であるかどうかではなく、望んでいるかどうか。

 彼女はきっと外の世界に憧れている。そして今の同族たちの状況に心を痛めている。

 だからこそ、この都市は造られたのだろう。誰でもなく、彼女自身の望みのために。

 僕が安心してお昼寝ができる場所を探しているように、彼女もまた、探しているのだ。自分が望んでいる場所を。


 ……簡単なことでしたね。


 必要があるかどうかなんて、他人が決められるものじゃない。

 僕だってゼノくんだってそうで、きっとフェルノートさんやクズハちゃん、リシェルさんも同じだ。

 どれだけ危険なことであっても行商人を続けているように。

 少しの間暮らしただけの吸血鬼を追いかけて生まれ故郷を飛び出したように。

 ほんのひととき交わっただけの相手を友達だと呼んで、側にいてくれるように。

 領主という立場を捨ててでも、同胞を守ったように。

 誰になんと言われても、ただ怠惰に暮らしていたい僕のように。

 必要があるかどうかなんて、誰だって自分で決めているのだ。


「……それならもっとうまいやり方があるでしょうに。これではクズハちゃんが言ったように監禁ですよ」

「む……確かにそうかもしれん。しかしこの時期、この海域に船が現れるなど、珍しいことでの。故に、どうしても話したかったのじゃ。見てほしかったのじゃ。知って、知りたかったのじゃ」

「自分たちは……交わるに足るものかどうか、ですか?」

「ああ、そうだとも」


 それは、自分たちの価値を認めてほしいという、シンプルな望み。

 たったそれだけの理由で彼女はここまでやった。たったそれだけで、十分だったのだろう。

 だったら、僕たちができることは決まっている。

 幸いここには、優秀な商人がひとりいる。困ることはないだろう。


「ゼノくん。どうですか?」

「ここにあるものは十分に売りになります。なので……商談といきましょう、女王様」

「む……?」

「俺は行商人です。今もいくつか、手元にきっとあなたが喜ぶものがあります。しかし、ここはもう国と言っていい。行商人は個人で国に介入することができないという決まり事があります。だから、個人的な物品の取引は俺が。それで……」


 ちらりとゼノくんがこちらを見てくる。

 なにを期待されているのか、それくらいは分かる。

 ゼノくんとは、お互いがアルレシャで別れたあとの旅路について、何度も話している。

 ゼノくんがフェルノートさんとどんな旅をしてきたのか、僕がクズハちゃんやネグセオーとどういう旅をしてきたのか、お互いに雑談として話したから。

 そう。僕が港町の領主と一悶着あったことや、共和国のお偉いさんと知り合ったことを、彼は知っているのだ。


「……分かりました。どうせまた戻ったりすると思うので、そのときにどこかの国で偉い人に会ったら、ここのことを話しておきます。サマカーさんとか、港町の領主様ですから喜ぶと思いますし」

「っ! それは本当かえ!?」

「ええ。とりあえず地図にこの都市の場所を書いてもらうのと、書状……くらいあればいいんですかね、ゼノくん」

「はい。それで大丈夫だと思いますよ。ただこのあたりの海域は荒れているので、できればもう少し領土が大陸の近くにあればよかったのですが……」

「むむ、よかろう! そういうことなら、国ごと移動しよう!」

「え、できるんですか!?」

「当然だとも! では移動の予定地を地図に書き、なにか挨拶のような手紙を書けばよいのじゃな!」


 うきうきした様子で、クティーラちゃんは机に向かい、紙とペンを取りだして言葉を書き連ねていく。

 内容まで確認するのは無粋だと思ったので放置して、僕はこっそりとゼノくんに話しかけた。


「いいんですかね。これで」

「領海の問題とかは出るとは思います。けれどそれは国同士がやる問題ですから。なによりこれだけ豊かな土地があり、海という危険な場所を渡れる海魔族という種族です。脅威と感じられることもあるでしょうが……」

「旨味も十分?」

「そういうことですね。放ってはおかれないかと」

「……上手いこと言われて乗せられて、騙されませんかね、あの性格だと」

「まあ、そのときは未熟と言うことで。では、俺は商談のためにいろいろとリストを作ります。どうなるか分かりませんから貰えるうちに貰っておきたいですし、やはり初めての客にはお得意さまになってもらえると嬉しいので」


 なるほど、ちゃっかりしている。優しいところはあるけれど、やっぱりゼノくんは根っからの商人だ。

 恐らくは心からの営業スマイルでメモを取り出したゼノくんを見て、僕は溜め息を吐いた。 


 面倒なことを引き受けた、とまでは思わない。

 クティーラちゃんの望みはまっすぐで嫌なものではないし、いずれアルレシャや共和国にはまた足を運ぶつもりでいたのだ。

 ただ、どうしてだろう。

 もう一度足を運ぶ理由ができたことに、どこか安心している自分がいる。

 よく分からない感情の行き場が見あたらない僕は、もう一度深く溜め息を吐くのだった。

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