間違いの行き場
「どれだけいるんですの……!?」
クズハちゃんが悲鳴のような声をあげながら、手近なゴーレムを蹴り飛ばす。
獣人の脚力が、ボールのように金属のボディを吹っ飛ばした。
「狐火、『火廻』!!」
追撃としての魔法が飛び、機械の身体が焼き舐められる。
そうして撃破された仲間の残骸を踏み越えて、更にゴーレムが迫ってきた。
「二百は壊したと思うんですが……風さん、お願いします」
やってきた群れに風の魔法をぶつける。
ゴーレムたちは多脚を踏ん張って風に抗おうとするけれど、堪らずに煽られて吹き飛んでいった。
「運びませ……!」
押し込められるように風で固まったゴーレムたちに、雷の矢が飛ぶ。
まとめて貫かれて、機械の群れが砕かれていく。
遅れてやってきた爆発の花をゆったりと眺めて、リシェルさんは溜め息をついた。
「生き物と違い、死を恐れず、自分が損じることを顧みずにやってくるというのは厄介ですね。損害によって、士気が下がるということもないようですし」
その点は確かに厄介で、面倒くさい。
ゴーレムはどこまでも忠実に主からの命令を果たそうとしている。
機械である彼らに意識はない。敵を怖がることも、倒れた味方を悼むこともしない。無感情に、ただ忠実に、大金庫の主の望みを叶えようとやってくる。
僕に向けられてくるのは捕縛で、クズハちゃんとリシェルさんに向けられるのは武器。それは紛れもなく、大金庫の主であるイグジスタの意思だった。
……ここまでしますか。
戦闘になるかもとはフェルノートさんも危惧していたし、僕もその可能性は考えていた。
けれどここまで強硬に出るとも、クズハちゃんたちを傷付けようとするとも思わなかった。
耳にタコができるのではないかと言うほどにシリルさんの大切さを聞かされてきたので理由は理解できるけど、これは明らかに暴走だ。
「今、どのあたりですの……!? そもそもイグジスタさんは、どこにいるんですの!?」
「もう上層の上の方で……たぶん、彼女は自分の部屋です」
向かっている上層部。その最奥に近いところには、彼女の部屋がある。閉じこもる、という意味ならそこだろう。
シリルさんの部屋や、ゴーレムの生産をしている工場地区という可能性もあるけど、それらはどれも大金庫の上層にある。
可能性の高い場所はすべて上。ならば行くべきところは上だ。
ピラミッド型という構造上、上層に行くほど一階あたりの面積は狭くなる。生産場が近いせいもあり、ゴーレムの数も増していく。
上に登るほど、視界を埋め尽くす金属の群れが増えることにげんなりしたものを感じながら、僕は駆け抜けた。
包囲網の隙間を小さな身体と速度に任せて掻い潜り、『夢の睡憐』を瞬発させる。
「邪魔です……!」
言葉が通じないと分かっていても、面倒を感じる心が自然と愚痴をこぼす。
当然のように無視されて、ゴーレムの追加が来た。
「いい加減同じ顔は見飽きましたわよ……! 狐火、『鳳仙火』!!」
クズハちゃんも苛立っているようで、だんだん魔法の狙いが雑になってきた。
広範囲に火の玉の群れが降り注いで、ゴーレムを焼いていく。何発か後ろからこっちをかすめていくけど、さすがに僕のことは計算に入れているだろう。
リシェルさんの紫電の矢による被害もあり、通路は焦げくさい臭いでいっぱいだ。
ぶち抜いた天井も含めて、あとで修理費を請求されたらゼノくんが泣きそうだけど、今はそんな場合でもない。一瞬よぎった無駄な思考を削ぐように、刃を振るった。
「ふたりとも、余力は?」
「問題ありません。この程度の消費なら、あと半日は射続けることができましょう」
「まだまだ行けますわよ!」
正直、このメンバーなら危険はない。
クズハちゃんは分身と魔法で対多数には向いているし、リシェルさんも思った以上に高火力で広範囲だ。
僕の方もチートと言えるほどの能力を有しているし、緊急の手段として回復魔法もある。
こちらは敵がやってくる方向へと向かっているし、相手の狙いである僕がいる。そのことを加味しても、危険度で言えばフェルノートさんとゼノくんの方が上だろう。
戦力的に考えてフェルノートさんは心配ないけど、ゼノくんはちょっと不安だ。弱くはないのだろうけど、僕たちのような人外でも、フェルノートさんのような戦闘職でもない。無事だといいのだけど。
ネグセオーの方も気にはなるけど、あっちは危険なら連絡を取ってくるはずだ。
昨日のうちに手はずは知らせてあるし、なにも言ってこないということは大丈夫なのだろう。
何度めか数えるのも煩わしくなってきた階段を上がり、更に上層へ。
いい加減終わりも見えてきた頃だ。というかそろそろめんどくさくなって――
「――アルジェさん、あれ! ゴーレムを造っているところではありませんの!?」
クズハちゃんが指差す先。大型の扉の向こうからゴーレムが次々と現れてくるのが見えた。
「……先にあっちを抑えたほうが良さそうですね」
あそこには昨日、イグジスタに案内された。見て回れば思い出すかもと言って連れ回された場所のひとつだ。
シリルさんが造り上げたというゴーレムの生産ラインは、正直なところ見てもさっぱり分からなかった。
あちこちに魔具らしきものがあり、それらが機械的に接続されていた工場は、材料の補充から作成まですべてが自動で、素人の僕が見て分かるのは「相当に高度な技術で造られている」という程度だった。
つまりは原理は不明で、止めようと思うのなら壊すしかない。
機械なので壊した後で魔法で直すことはできないのだけど、後のことは後のことだ。
間断なく攻められるのは正直鬱陶しいし、これではイグジスタと対峙したときにまともに話すこともままならない。
「ゴーレムの元を絶ちます。ふたりとも、行きましょう」
「承知しましたわ!」
「承りました。しかし、妙ですね」
「リシェルさん、なにか気になることが?」
弓を射る動作を止めることなく、リシェルさんが思案顔をしている。そのままの表情で放たれた矢が、ゴーレムを貫いていった。
邪魔者がいなくなった通路を抜けながら、リシェルさんは僕の疑問に応える。
「シリル大金庫の守りは、魔大陸まで轟くほどに強固で有名です。建造から今まで、外敵の侵入を許したことは無いと聞いております。今回のわたくしたちは始めから内部にいましたが……それにしても少し、脅威度が低いと思いませんか」
「……確かに、少し妙では……っ!」
言われてから疑問に感じて思案したとき、嫌な感覚がした。
生産場へと続くドアをくぐる瞬間にやってきた危機感に、僕は素直に従った。
手近にいたクズハちゃんとリシェルさんを引っ張って、横っ飛びするように退避する。クズハちゃんの分身までは手が足りないから諦めた。
回避から一瞬遅れてやってきた大質量が、床を砕く。クズハちゃんの分身がそれに巻き込まれて、消し飛んだ。
「くっ……!?」
「アルジェさん、大丈夫ですの!?」
「ええ、大丈夫です……すいませんクズハちゃん。ブシハちゃんは手が回りませんでした」
「いえ、それは構いませんが……というか、ブシハってもうアルジェさんの中では決定なんですの……?」
また微妙な顔をされてしまった。いい名前だと思うんだけどな。クズハちゃんの分身だからブシハちゃん。
「申し訳ありません、アルジェ様。また救っていただいてしまいました」
「それは構いません。無事で良かったです」
起き上がりまでを助ける必要はないと思ったので、そこから手は貸さなかった。なにより、それどころでもなかった。
土煙から引き抜かれるのは、巨大な剣。人の身では到底振り回せないような大きさは、やはりゴーレムのものだ。
「……大きすぎませんか?」
目測で5メートルはありそうな、巨大なゴーレムが、そこにいた。
見る限り、とても通路は通れそうにない大きさだ。おそらくはここで造られた後、別ルートで外へと出撃できるのだろう。
「安心していいよ。シリルには当たらないようにしているから」
「……そういう問題じゃないでしょう」
そして巨大なゴーレムの頭上に、彼女がそこにいた。
銅貨の髪をゆったりと流し、銀貨色の瞳を細め、金貨のようにきらびやかな杖を持って。
「……イグジスタ」
「やあ、シリル。ちょっと待っててくれるかな。今からシリルをたぶらかしている人たちを、懲らしめるところだから」
僕を真っ直ぐに見て、けれど僕ではないものを見ながら、イグジスタが笑う。
その顔はどこまでも晴れやかだ。自分がやっていることの正しさを、少しも疑っていない。
だからこそ、あの子は悲しい。
誰も止める人がおらず、ひとりぼっちの精霊。
もう終わりにするために、僕は一歩を踏み出した。




