奥底にしまわれたもの
お風呂からあがり、一息をついてから案内されたのは書庫だった。
まだお湯によって火照った肌に、古い紙の匂いが触る。
嫌な感覚ではない。そう思いながら、僕は問いかける。
「ここがどうかしたんですか?」
「あちら、道があるのが見えますでしょうか?」
隣のリシェルさんが指を指すのは、書庫の一角。不自然に本棚に隙間があり、その向こう側は通路になっているようだった。
「あれ、どうなってるんですか?」
「隠し通路のようです。先ほど、クズハ様と探検して参りました」
「はあ、なるほど……クズハちゃん、あの向こう側、どうでした?」
「大変でしたわ! 主に私が!」
大変だったらしい。
とりあえず通路の向こうを覗いてみる。暗いようだけど、僕の目には関係ない。吸血鬼の視界は、正しく闇を見通せる。
通路は壁に矢が刺さっていたり、床に穴が空いていたり、明らかになにかが爆発した形跡がある。
道の奥には階段が見えるけれど、そこまでの道のりは惨状と言って差し支えなかった。
「……かなりトラップを踏んだようですが」
「そうですの。リシェルさんがずんずん先に行ってしまって、罠を全部起動させて……その度に助けましたの。大変でしたわ」
なるほど、それは確かに主にクズハちゃんが大変だったようだ。
それでも疲れた様子はなく、寧ろ楽しそうにクズハちゃんは笑っている。大変だとは思っていても、楽しかったのかも知れない。
守られていた側のリシェルさんの方はといえば、ほわほわとした笑顔で、
「クズハ様には、危ないところを何度も救っていただきました」
「まあ、それは見れば分かります」
通路の惨状を見れば、だいたいなにがあったかの予想はつく。
「しかしこれ、ゴーレムが騒がないんですか? だいぶ派手にやったみたいですが」
「それが、このあたりはゴーレムが近寄らないみたいなんですの」
「……妙ですね」
ゴーレムは警備のためにもいるはずなので、騒ぎが起きたのに反応しないどころか、このあたりを巡回していないというのはおかしな話だ。
隠し通路があるような部屋の周辺なら、むしろ警備が厳しくて然るべきだろう。
不思議に思いながら足を踏み入れると、鼻につくのは埃や、火薬の臭い。
埃は年月ゆえのもので、火薬はトラップの残滓だろう。
「……えーと、粗方のトラップは踏み抜いて解除してるみたいですね」
「それ、解除っていうのかしら」
「斬新でしたわよ?」
「斬新というか、もはや新説ね……」
呆れたようなフェルノートさんの声が、通路の奥へと吸い込まれていった。
「四人だとさすがに狭いわね。二列になりましょうか」
「ちょっと待ってくださいフェルノートさん。……リシェルさん、この先にはなにが?」
「隠し部屋ですね。ただ、そこだけが魔法によって施錠されておりまして。アルジェ様なら開けられるのではと思ったのです」
「……なるほど」
つまり僕は鍵開け担当か。
犯罪の片棒を担がされている気がするけど、僕にとってもこの場所は気になるところだ。
僕とシリルさんがどういう関係なのか。僕ですらも知らないことが
分かるかもしれない。
唐突に現れた謎に対する回答を求めて、僕は足を踏み出した。
「ライト」
フェルノートさんの声が通路に響いたと同時、彼女の指先に光が灯る。僕やクズハちゃんには不要だけど、確かにこの通路は暗いので明かりはある方が良いだろう。
焦げ臭さを無視し、歩きづらいところを避けて通路を進む。
階段を覗き込んでみると、やはりこちらもトラップの痕跡があった。
どれも盛大に踏み抜かれたらしく、だいぶ酷いことになっているけれど、通れなくはなさそうだ。
「では、行きましょうか」
全員に声をかけて、階段を降りていく。
階段は歩きづらくはなっていたけれど、そう長くなかった。数分とかからず、段差の終わりへとたどり着く。
階段を降りた先にあったのは、巨大な鉄の扉。
そっと触れて、押してみる。 扉はびくともせず、反発のように魔力の流れを感じた。
「……これは」
「確かに、アルジェと似た波長の魔力ね」
思ったことを、隣で同じように扉に触れているフェルノートさんに口にされて、どきりとした。
確かに、指から流れ込んでくる魔力の質は僕に似ている。
魔力を集中したときに感じる高揚感のようなものと、似た感覚がするのだ。
「……開いてください」
違和感を振り払うように、僕は回復魔法を使う。
僕の使う回復魔法は、傷だけでなく、呪いや毒なども払い落としてしまう強力なものだ。
そしてこういう封印は、種別としては呪いに近い。
ぱきんっ、と軽い音がして、扉を覆う魔力が霧散する。解錠がなされたことを確信して扉を押せば、今度は素直に開いた。
扉の隙間から埃っぽい空気が抜けて、肌を撫でていく。
それを割るようにして、扉の向こうへ向けて足を踏み出した。
「……執務室?」
自然と漏れた言葉が、この場所の評価だ。
シックな黒塗りの机に、書き物のための道具一式が並んでいる。
机の端に積み上げられているのは、何冊ものノート。
近寄って、一枚のノートに手を伸ばす。表紙に書かれている言葉がなんなのかは分からなくても、翻訳の技能で書いてある意味は分かる。
「日記帳……ですか」
「アルジェ、読めるの?」
「ええ、まあ。誰かの……状況から考えて、シリルさんの日記のようですね」
「古代精霊言語のようでございますね。几帳面な文字で、読みやすいです」
リシェルさんが興味深そうにノートを眺め、しかし開くことはせずにそう言った。
ここを造った人、おそらくはシリルさんの日記帳。
これを読めば、シリルさんについて、そして僕について、なにかが分かるかもしれない。
「アルジェさん、どういたしますの?」
「……読んでみます」
他人の日記を読むことが、決していいことだとは言えないのは理解している。
それでも、僕は日記を読むことを選んだ。
読まなければなにも分からない。そしてもう、分からないままでいられる時間は過ぎてしまったから。
「……それなら、読む間に邪魔が入るとまずいわね」
「そうですわね。ゴーレムは近寄らないようですが、精霊さんは盗賊の撃退を済ませれば戻ってくるようですし……そうすると、アルジェさんを探しますわよね」
「ええ。適当に引き止めに行きましょうか」
「……すみません、お願いします」
フェルノートさんとクズハちゃんが、笑って部屋を出ていく。
リシェルさんの方は、興味深そうにあちこちを眺めている。やがて部屋の隅にある本棚に目を止め、本を物色し始めた。あっちは放っておいてよさそうだ。
高価そうな机に座り、積まれたノートへと手を伸ばす。
表紙に書かれた年代を遡り、数字の一番古いものから開くことにした。
紙をめくる音が響き、知らない文字が意味が分かるものとして、目の中に飛び込んできた。
「……!?」
くらりと、頭の奥が揺れるような感覚。
そうして僕は、僕に似た人を見た。




