想い出の受け取り手
「それでシリルはこのゴーレムを造ったとき、「可愛いでしょ」って言ったんだけど、あの頃の私にはいまいち可愛くは見えなくてね」
「はあ、そうでしたか」
「うんうん。だって彼らは身体は丸っこいくせに、ワサワサと動くものだから。可愛いというよりは新種の虫っぽくて、ちょっとね」
「ああ、それはなんとなく分かります」
「それを言ったら、「可愛いからいいでしょ、それに段差を登るのにホイールにできなかったんだから!」って顔を真っ赤にして怒ったよね」
「あー……そうですか」
「あの頃は分からなかったけど、シリルを待つ間ずっと彼らと暮らしていて思ったよ。……慣れてくると可愛く見えるってね」
「微妙に妥協した可愛さじゃないんですか、それ」
一応突っ込んでみるけど、全く聞いていない様子だ。
イグジスタは心底嬉しそうに、シリルさんに話しかけている。僕の顔を見て、僕ではなくシリルさんへと。
……相手するの、疲れてきました。
会話になっているようでなっていない。
こちらがなにを言っても向こうは僕をシリルさんとして扱うから、言葉の受け渡しができていないのだ。
相手としては僕――シリルさんに昔のことを思い出してもらうために話しているのだろうけど、僕はシリルさんではない。
想い出の受け取り手を間違えているのだから、相手の行為は徒労だ。
それでも向こうは僕がシリルさんだと信じて、言葉を重ねてくる。
「そうそう、お風呂も増築したんだ。ふたりで入るのに少し狭かったからね。今ならふたりどころか、二十人でも入れるよ。増築したのはゴーレムで、私の手柄ではないのだけどね」
「あー、広いお風呂ですか……いいですね」
「だろう!? シリルが帰ってきたら驚かせようとずっと思ってんだ! その廊下を行けばすぐだから、なんなら今からでも――む?」
テンションが高めだった相手の動きが、ふと止まった。
どうしたんだろうと思っていると、イグジスタは渋い顔をして、
「……すまない、シリル。少し問題が起きた」
「どうかしたんですか?」
「なに、よくあることだよ。賊が外で騒いでいるだけだ」
「賊って……三人組の盗賊とか?」
「いいや。もう少し数は多いかな……よくあるんだよ。昔からね。そして昔から、賊の侵入を許したことは無い」
つい知り合いに居るハゲとスネ毛と鼻毛の盗賊三人組を思い浮かべたけど、違ったようだ。
イグジスタは懐から一枚の金貨を取り出し、それを空中に投げた。
硬質で軽い音が、空間に溶けた。
「っ……!?」
音のように金貨が弾け、光の本流になる。
突然のことに思わず目を閉じたのは一瞬。そしてそれだけの時間で、彼女の手の中に金色の杖が顕現する。
「魔具、『鳴り渡る金貨樹』。軽く露を払ってくるよ」
銀の目を細め、イグジスタは僕に背を向けた。
銅貨のように鮮やかな赤毛が遠ざかるのを見送って、僕は溜め息を吐いた。
「……疲れますね」
正直、今すぐにここでへたりこんで眠ってしまいたい。
アルジェではない誰かの名前で呼ばれるたびに、居心地の悪さのようなものが足元をくすぐる。これは苦手な感覚だ。
いらないと言われるのでも、求められるでもない。『違うもの』として扱われるのは、僕にとって未知の気持ち悪さだった。
「……お風呂にでも、入りましょうか」
普段であればなにもかもを放り出して眠るところだけど、どうにも慣れないことが続きすぎた。
一度気分を変えたい。そう考えて、僕は先ほどイグジスタが指し示した方向へと歩き始める。
「……あ、いい匂い」
そう時間をかけずにつくことができたお風呂場の扉の前で、独特の香りを感じた。
普通のお湯の匂いとは違う、鉄臭いような、甘いような香り。温泉の匂いだ。
共和国はあちこちで温泉が湧くというので、ここもそのひとつということだろう。
納得して扉を開けてみれば、匂いはより一層強く感じられた。浅く鼻を刺激するような香りは胸がすくとは言い難いけれど、気分の入れ替えにはなる。
「ん、しょ」
着ているものを脱ぎ、手近な棚に置いていく。
服の汚れは着た状態で回復魔法を使えばまとめて落ちてしまうので、洗濯の必要は無い。けれど、ぐちゃぐちゃに置いてしまうとシワになってしまうので、きちんとたたんでから置いた。
最後に下着を脱げば、お風呂に入る準備は完了。入口に手ぬぐいが何枚か置いてあったので、一枚だけ借りて扉を開けた。
「ん……」
湿った空気が肌を撫でて、ふるりと身体が震える。
温泉の匂いを伴った空気が纏わり付くのを感じながら、浴場へと足を踏み入れる。湿った床にぺたぺたと足跡が刻まれるのが心地いい。
湯船はイグジスタの言う通りに広く、二十人どころか三十人くらいは入れそうな大浴場だった。
軽く手を入れてみると、温度はあたたかい程度。芯まであたたまるためには、しばらく入っている必要がありそうだ。
手近な桶を使って軽く身体を流してから、ゆっくりと湯船に浸かる。
「ふぁ、ん……気持ちいい……」
熱いとは感じない温度なので、ゆっくりと身体に熱が染みてくる。
肩までをお湯に沈めれば、身体中の筋肉がほぐれてゆくような優しい感覚がした。
「はふー……あったかい……ねむ……」
「そうね、いい温度だと思うわ」
「ふえ?」
唐突に聞こえてきた慣れた声に、緩んでいた意識が戻った。
閉じかけた瞳を開けば、湯気の向こうには二色の眼。
「ええと、フェルノートさん?」
「ええ。先にお湯、貰ってるわよ」
ぷかぷかと大きな胸を湯船に浮かべて、フェルノートさんがそこにいた。
サイドテールの髪を下ろした姿の新鮮さもあって、少しだけ驚いてしまう。
「ほら、アルジェ。こっち座ったら?」
にっこりと笑って、名前を呼ばれた。
シリルではなく、アルジェ。そう呼ばれることに安心感を得て、僕はフェルノートさんの隣に腰を下ろした。




