そして誰がそこにあるか
大金庫の主の居場所は予想通りにピラミッドの上層で、歩くのにも飽きてきた頃にようやく部屋に到着した。
「ここでいいんですね?」
扉の前で聞いてみると、ゴーレムはなにも言わずに僕から離れていった。見たところ口がないので、応えてくれないだろうなとは思ってはいたけれど。
取り残された僕は、とりあえず目の前の扉をノックした。
ややあってから、「どうぞ」と声が返ってくる。聞き慣れた声ではないものの、間違いなくさっき聞いたばかりの声だ。
許可を得たのでドアノブを回し、部屋へと足を踏み入れる。
部屋はそれほど広くないけれど、整理整頓が行き届いていた。家具は多くも少なくもなく、淡い桃の色合いで揃えられている。
女の子らしい部屋だな。そんなことを思いながら部屋の主を探してみれば、彼女はベッドに腰掛けていた。こちらに手招きをしてくるので、素直に近寄る。
「えーと……お呼びですか、フェルノートさん並の人」
「誰!? あと並ってなに!?」
「あ、すいません。名前を知らないもので、つい……大おっぱい精霊さんとかの方が良かったですか?」
「直線的に来たね……!?」
分かりやすい名前って大事だと思う。僕の名前も、銀と吸血鬼って意味だし。
「忘れてしまったのなら、何度でも教えるよ。私の名前はイグジスタ。大金庫の精霊として、君に造られた存在だよ」
「あー……そうですか」
相変わらず、完全に僕をシリルさんだと勘違いしているようだ。
イグジスタさんはそれはもう嬉しそうに微笑んで、自分の膝を叩いてくる。おいで、という意思表示なのは明白だった。
呼ばれたので素直に頭を置けば、慈しむような手つきで撫でられる。
見上げる相手の顔は優しい微笑み。罪悪感すら覚えるほど、幸せそうな顔だった。
「ふふふ、久しぶりのシリルの髪……」
「……僕はシリルさんではありませんよ。髪の色も目の色も、違うでしょう?」
「そんなことないよ。少し変わっていても、シリルは間違いなくシリルだ」
なぜそう根拠もなく自信満々になれるのだろうか。
困惑していると、相手は楽しそうに語り始めた。
「たとえ少し違っていても、この顔、髪の手触り、匂い。間違いなくシリルだよ。私はシリルに造られたんだ。だから私がシリルだといえば、君は間違いなくシリルなんだ」
「……僕はアルジェント・ヴァンピールです」
「名前を忘れているから、そう名乗っていたんだろう? でももう、シリルと名乗っていいんだよ。君はシリルなんだから」
違う。
僕は間違いなく、シリルさんではない。
この身体が、心が、なにもかもを覚えている。
玖音 銀士として生きた記憶も、アルジェント・ヴァンピールとして生きている記憶も、きちんと僕の中にある。
そしてその中に、シリル・アーケディアとしての記憶はない。
「……僕はシリルさんではありません」
呟くように漏れた言葉は、自分でも驚くほどに頑なだった。
言葉を渡した相手、イグジスタさんは僕の言葉に銀貨色の瞳を見開いた。
でも、それは一瞬のこと。瞳はすぐに優しげに細められて、
「うん。忘れているのに無理に思い出させることもないよね。ここで暫く生活すれば、いつか思い出すよ」
ダメだ。この人、話が通じていない。
ちょっとげんなりしてきたというか、諦めて逃げた方がいい気がしてきた。
「ふみゃっ……!?」
こちらの気持ちを知る由もない相手が、僕を抱き上げた。
急なことで驚いたけど、相手は普通の人間ではなく精霊だ。見た目よりも力が強いのも当たり前か。
突然の浮遊感に慌てているうちに、地面に降ろされた。
「うん、それじゃあまず、少しずつ思い出すためにここを見て回ろう! ここはシリルが造ったんだから、きっと思い出す手がかりになるよ!」
「へ、ちょ……!?」
「まずはシリルの部屋からかな、きちんとそのままにしてあるよ。あ、それとこの部屋、どうかな。シリルはいつも私に、もう少し生活感を出せって言ってたから、いろいろ家具を揃えてみたんだ!」
「え、えーと、いいんじゃないでしょうか」
「そっかぁ! よかった! それじゃあ行こう!」
心底から嬉しそうに、相手は僕の手を引っ張ってくる。
さすがに振りほどくわけにもいかないので、相手に引きずられるように歩む形になった。
「はあ……」
「うん? どうしたんだい、シリル。疲れてるならまた明日にする?」
「あー……いえ、いいです。とりあえず行きましょう、イグジスタさん」
「さんはいいってば、シリルは私の創造主で、友達なんだから!」
……これは、勘違いを正すのは簡単ではなさそうですね。
それだけ彼女にとって、シリルさんという存在が大きかったのだろう。
けれど、こうして何度もシリルと呼ばれると、自分のことが不安になってくる。僕は本当にアルジェント・ヴァンピールなのかと、そんなことを考えてしまうのだ。
もしかしたら僕は――シリルさんが本来成るべきだった存在に、成り代わってしまったのではないかと。
異世界転生という概念があるのだ。同じ世界の中で転生が起きても、不思議ではないように思う。
もしもあそこで本来生まれるのがシリルさんで、僕がそこに収まってしまったのだとしたら。
僕は彼女に、なにを言って、なにをするべきなんだろう。
「……分からない」
「道が分からない? 大丈夫、私がちゃんとシリルを案内するよ!」
「あ……そうですね。お願いします、イグジスタ」
引かれる手と言葉に否定を返せなくなり、僕はただ、従ってしまった。
彼女になにを言うべきなのか、どうしてあげるべきなのか。
その答えは、すぐには見つかりそうにない。




