シリル大金庫
「大きいですわね!」
クズハちゃんの声の大きさが、その建物の大きさを表していた。
狐耳の少女と僕が見上げるのは、草原に佇む巨影とも言える建造物。
一言で言えば、それは三色に塗られたピラミッドだった。
下から銅、銀、金の色をたたえたトリコロールカラー。この世界の通貨であるシリルを意識しているのだということは、簡単に想像ができた。
「なるほど、銅シリル、銀シリル、金シリル、ね。随分と目立っているけど、大丈夫なのかしら」
「そうですわね。ここまで目立ちますと、盗賊などに狙われるのではありませんの?」
盗賊と言われて真っ先に知り合いの面白三人組のことが思い浮かんだけど、黙っておこう。
騎士と狐娘の疑問に、行商人が笑みで答える。
「シリル大金庫はそこを管理する精霊と、強力なゴーレムによって守られています。今のところ、金庫破りに成功したものはいませんよ。俺も来るのははじめてですが……ギルドの先輩からそう聞いています」
盗賊がいるような世界で、周囲に都市のひとつも無いようなところだ。
こうして建っている時点でなんらかの仕掛けはあるだろうと思ったけど、やはりそういうことらしい。
「シリル大金庫……噂には聞いていましたが、訪れるのは初めてです」
どこか心躍らせるように、リシェルさんが呟いた。
彼女の故郷、海を隔てた先にある魔大陸でもシリルは出回っているらしいので、思うところはあるのだろう。
「ところでこれ、どうやって入るんですか?」
見たところ、扉のようなものはない。三色のピラミッドはまるで完成されたパズルのように、ぴっちりとパーツが閉じられている。
僕の霧化技能なら、どこかの隙間から入れるのかもしれないけれど、それは入り方としてはちょっと微妙だ。訪問というより、侵入になる。
ここで硬貨を造っているのなら、できた硬貨を運ぶためにも出入口というものが存在するはずなのだけど……。
「それなら心配いりません。事前に連絡はしてありますから」
ゼノくんがそう言ったと同時、地面が揺れた。
地震のように不規則ではなく、どこか秩序だった規則的な揺れだ。思わずふらついたところを、フェルノートさんに支えられる。
「あ、有能なクッション……!!」
「どこの話してるのよ!?」
胸の話です、と言おうとしたところで巨大な三角形が動いた。
扉が開くように、いくつかのパーツが引っ込んでいくのだ。
揺れが収まったとき、僕たちの正面にはぽっかりと穴が空いていた。
馬車一台が通るのに余りある横幅が生まれ、クズハちゃんが目を丸くして、
「凄いですわね……なにかの魔法ですの?」
「機械、という技術で制御されてるそうですよ」
機械というのは耳慣れた、けれど耳慣れない言葉だった。
……この世界にも、機械が?
僕が転生した異世界、つまり今いる世界は、今まで見て回った感じだと中世くらいの文明レベルだった。
街並みは石造りが多く、人の営みは自然に近い。走っているのは車ではなく馬車だ。
実は水車なども定義としては機械とは言えるのだけど、こうして他人の口から機械という言葉を聞くと少しだけ違和感がある。それくらい、この世界は文明としては未成熟だ。
不思議に思いつつ石造りの門をくぐると、懐かしい明るさに照らされた。
「……これは、電気?」
天井から通路を照らすのは、間違いなく文明の光。
太陽のようなあたたかさも、蝋燭やランプのような揺らぎもない。
明確で、けれど冷たい光が照らす世界。懐かしいようにも、不安なようにも思う。
白く、整理された床はまるで病院のようでもあり、神殿のようでもあった。
好奇心旺盛なクズハちゃんだけでなく、フェルノートさんまでもが辺りをきょろきょろと伺っているあたり、やはり珍しいのだろう。
「……お、来ましたね」
ゼノくんの視線を追えば、廊下の向こう側から白の影が現れた。
円柱形の白亜の身体が、人工の光を反射してやってくる。
「ゴーレム……それも、とても精巧なものですね」
リシェルさんが感心したような声を漏らす。
そうしている間に、ゴーレムはこちらの近くまでやってきた。
腰ほどの高さのマスコットじみた姿だ。円柱形の身体に、頭は大福餅のような広い丸型。足元は蜘蛛のように多脚らしい。
頭に点灯しているライトが、一つ目のように見えた。
「これが噂の、シリルのゴーレムか……皆さん、馬車はゴーレムに任せて大丈夫なので、奥に行きましょう。大金庫の精霊が待っていると思います」
「大金庫の精霊……凄そうですわね!」
「俺も会うのははじめてだよ。どんな人なんだろうね」
首を傾げるクズハちゃんの頭を、ゼノくんが笑いながら撫でる。仲の良い兄妹のように見えて、微笑ましい光景だ。
馬車を引く三頭の馬のうち、ネグセオーに視線を送る。ネグセオーはいつも通り、鼻息を荒く吹いて、
「では、少し休ませてもらおう。アルジェ、なにかあれば呼べ」
ネグセオーとは言語翻訳の効果によって意思疎通ができるし、血の契約というものを結んでいる。簡単な頼み事なら離れていても伝えることができるのだ。
黒の毛並みを軽く撫でて、それを一時的なお別れの挨拶とする。
そうして馬車を置いて、五人で廊下を進んでいく。
数分も歩かないうちに、開けたところに出た。
そこは広いホール型の、広間と呼べる場所だった。
天井から照らす光はやはり人工的な輝きで、ホールの隅々まで等しく明るさをばらまいている。
匂いや風は感じられず、先ほどまでいた外の世界とはまったく違っていた。まるでもう一度異世界に来たような感覚に、足元が少し不安になる。
「アルジェ様、どうかなされましたか?」
「……いいえ、なんでもありません」
リシェルさんが心配そうにしてくれるけど、これは転生した僕にしか分からない感覚だ。話しても仕方が無いだろう。
適当に言葉を濁して、向き直る。正面の階段を、女性がゆっくりとした足取りで降りて来るのが見えた。
銅貨のような赤毛を揺らしてやってくるのは、一部が随分と大きな女性。
具体的には胸がフェルノートさん並に大きい。階段を降りるたび、たぷんたぷんと音がしそうなほどに揺れている。
身長はそれほどでもないと思うのだけど、胸がだいぶ大きいせいで妙な迫力があった。
装飾が施された豪奢な杖は金貨のように眩く、こちらを見つめる瞳は銀貨のように輝いている。
「……?」
目が合った瞬間、違和感を覚えた。
相手の銀の目が、明らかに見開かれたからだ。驚いたような、ショックを受けたような、或いは――信じられないものを見たような。
どちらにせよ、相手は僕を見てなにかを感じたらしい。ゆったりとした足取りは段々と早くなっていき、いつの間にか飛び降りるような速度に変わった。
「ちょ、なんか随分慌てておりてくるんだけど、大丈夫なのアレ!? 受け止めましょうか!?」
「フェルノートさんが受け止めたら、互いに反発して吹き飛ぶんじゃないでしょうか?」
「なんの話してるのよ!?」
「というよりあの人、アルジェさんに飛びつこうとしてませんのー!?」
あ、本当だ。
「はみゅっ!?」
自覚した瞬間に、飛び込んでこられた。
潰されるのではなく、猫が獲物を奪うように抱き締められた。
顔が埋められて思うのは、やはりフェルノートさんと同じくらい大きいということだ。弾力のあるものに口と鼻が塞がれて、息が苦しい。
「ははれへふははい」
離れてください、と言葉にならないまでも口にして、相手の身体を押し返す。
少しだけ距離が離れた相手は、それでもかなりの至近距離で、目に涙を浮かべている。まったくわけが分からない。行動の意味も涙の理由も、不明すぎる。
「……シリル!」
「ふえ?」
理解ができなくて停止した頭に、さらに意味不明な言葉を重ねられた。
シリルというと硬貨の名前であることは知っているし、それを考案した人の名前でもあるとは聞いたけれど……。
「シリル! シリルが帰ってきた……待ってたよ、シリル!! ずっとずっと……!」
「ちょ、ちょっと待ってください、僕はシリルではなく、アルジェント・ヴァンピールという名前です」
意味が分からないけれど、とりあえず否定の言葉を紡ぐ。
僕はシリルさんではないし、相手のことも知らない。なにを思ったのかは知らないけど、どう考えても勘違いだ。
「いいや、君は間違いなくシリルだ! 忘れているのかもしれないけど、私が間違えるはずがない!」
「忘れる……!?」
「ほら、見てご覧!」
抱きしめから解放され、指で示された方向へと振り返る。
背後の壁にかけられたものを見た瞬間、僕は言葉を失った。
そしてそれは、僕以外も同じだ。誰もが壁にあるものを見て、動きを止めている。リシェルさんだけは言葉が分からないのでどういう顔をしているか不明だけど、それを気にする余裕はなかった。
「アルジェさん、ですの……!?」
ひと足早く停止から復帰したクズハちゃんが、愕然とした声をこぼす。
壁にかけられた絵画。絵の中で椅子に腰掛けて微笑む少女は、確かに見慣れた顔立ちをしている。
髪の色は亜麻色で、目の色は金。けれどその顔付きは、髪の長さは、まさしく僕と瓜二つ。
その額縁に記された名前はアルジェント・ヴァンピールではなく――
「――シリル・アーケディア」
「そう、そうだよ! おかえり、シリル!」
もう一度、感極まったように僕を僕ではない名前で呼んで、大金庫の主は僕を抱きしめる。
僕に似た誰か。誰かに似た僕。
まだ理解が追いつかない僕は、ただされるがままになるしかなかった。




