準備時間の暇娘たち
「ところで、リシェルさんの故郷ってどういうところなんですか?」
日も暮れかけた頃。なんとなく浮かんだ疑問を、リシェルさんに投げかけた。
ちょうどお昼寝から起きて、夕食を待つ暇な時間だ。リシェルさんの話し相手になれるのは僕だけなので、相手の暇つぶしにもなればいいと思い、話しかけてみることにした。
馬車の隅に座っていたリシェルさんは、唐突に声をかけられたことに驚いたらしく、耳をぴこんと動かして、
「魔大陸は、暮らしている殆どのものが亜人種……デミ・ヒューマンとも呼ばれるものたちです。大陸の規模としてはここ、中央大陸よりも小さく、力のあるものたちが競うようにそれぞれの領地を収め、日々奪い合っております」
「ふむ……治安は悪そうですね」
「はい。お恥ずかしながら、わたくしの領地も何度も攻められていて……領民たちは皆、力のあるダークエルフですので、大丈夫だとは思うのですが……」
無事だといいのですけど、と言葉尻を弱くして、リシェルさんは締めくくった。
彼女は魔大陸で奴隷商人に捕まり、ここ、中央大陸まで連れてこられたのだという。領地を治めるお家柄らしいので、できるだけ早く戻りたいのだろう。
「……あ。わたくしの領地は自然が豊かで、太陽と風の通りはよく、大地の恵みにも恵まれています。たくさんの果物が採れる、良いところですよ」
「そうですか。それは行くのが楽しみですね」
「はい。アルジェ様たちはわたくしの恩人です。精一杯、おもてなし致しますね」
無理やりに元気を出すような言葉だけど、それでもリシェルさんは笑ってくれた。
寄り道しなくてはならないところはあるけれど、早く着くといいな。話を聞く限り、お昼寝もしやすそうだし。
「アルジェ様の故郷は、どのようなところなのですか?」
返すように渡された疑問にどう答えるかは、少し迷った。
故郷と言われても、僕の故郷は二種類あるからだ。
転生する前にいた、玖音 銀士としての故郷。
転生したあとの、アルジェント・ヴァンピールとしての故郷。
ふたつの故郷があるので、どちらを言うべきか迷ってしまった。
ただ、今の僕はアルジェント・ヴァンピールとして生きている。それならば答えとしては、きっと後者が正しいだろう。
「僕が生まれたところは、王国ですよ。廃虚ですけどね。戦闘か戦争で滅びたと聞いています」
「そうですか……吸血鬼は、高濃度の魔力が意思を持った存在ですから、おそらく戦闘の残滓としての魔力が濃かったのでしょうね」
「ええ。生まれた場所は少し寂しいところです。でも、王国自体はいいところですよ」
王国で立ち寄った港町、アルレシャのことを思い出す。
あそこは風の通りがよくて、潮の匂いがあたたかく、太陽の気持ちいい土地だった。捕れる魚は美味しくて、流通の中心なのでたくさんのものが行き交って、いつも賑やかだった。
王国のすべてがそういうわけではないことは分かっている。クズハちゃんは母親を殺されているし、ネグセオーが暮らしていた森は密猟者に狙われていた。
それでも、思い出してみればたくさんの思い出がある。
出会った人々、見てきた景色、感じたもの。
それらすべてを総括して出てくる言葉は、「いいところ」だった。
「……そうですか。そうして笑うのであれば、きっと良い場所なのでありましょう」
「……僕、笑っていましたか?」
「はい。とても美しく、花が咲くように」
「えーと……そうですか」
気付かないうちに、頬が緩んでいたらしい。
それくらいにいい場所にいたという実感は嬉しいけれど、同時に指摘されて恥ずかしくもある。
誤魔化すように視線をさまよわせれば、クズハちゃんと目が合った。
クズハちゃんはお昼に夜の分までの狩りを済ませて来てくれて、今は休んでいるところだ。狐色の耳をぴこぴこと揺らして、こちらに微笑んでくる。
「どうかしましたの、アルジェさん」
「ちょっと魔大陸について聞いてました」
「それは私も気になりますわね。母から聞いてはおりますが、実際にどんなところなのかは知らないんですの」
「リシェルさんが住んでいるところは、自然が豊かでいいところらしいですよ」
「そうですの。楽しみですわね。……っ!」
談笑が一瞬で緊張になった。
狐耳をピンと立て、三叉尻尾の毛を逆立てた状態のクズハちゃんは、旅をする中で何度も目にした警戒のしるし。
クズハちゃんは鼻をひくつかせて、僕の方を見た。紡がれる言葉はある程度予想がついたもの。敵襲を示す言葉だった。
「血に飢えた獣の臭いですわね。夕食の匂いに釣られたようですわ」
「あー……」
こういうことは旅をしていて何度かあったので慣れたとはいえ、面倒事には変わりない。
魔物か、野獣か。どっちにしろ真面目に相手取ると夕食の時間が遅れてしまう。
たぶん、外で夕食の用意をしているフェルノートさんとゼノくんはまだ気付いていない。この旅のメンバーで、一番鼻がいいのは獣人のクズハちゃんだ。注意力はともかく、察知力は間違いなく彼女が最高だと言える。
その彼女が敵が来ると言うなら、間違いなく来るのだろう。はあ、めんどくさいなぁ。
「夕食の邪魔をされても面倒なので、少し様子を見に行きましょうか」
「そうですわね。さっさと狩って食料の足しにしてしまいましょう!」
「ええ。リシェルさん、クズハちゃんが獣の匂いがすると言うので、少し外の様子を見てきますね」
「アルジェ様。そういう事であれば、わたくしも参ります」
僕の言葉を聞いて、リシェルさんは腰を上げた。
……この人、戦えるんですよね?
ダークエルフは強い魔力を持っていると聞いたし、リシェルさんのいる魔大陸では戦争が日常的に起きているらしい。
であれば、彼女も戦えると考えるのが妥当だ。領主という立場なので直接的な戦闘には出ないのかもしれないけれど、それでもこうして申し出る以上、ある程度は戦闘はこなせるのだろう。
手が増えればその分僕が楽なので、連れていってもよさそうだ。
「それじゃあ、リシェルさんにもついてきてもらいましょうか」
「はい、お任せ下さい。食べてばかりでは、申し訳ありませんからね」
あ、それちゃんと自覚して気にしてたんだ。
意外な事実に驚きつつも、三人で馬車を降りることにした。




