前途洋々、腹八分目
「ん……久しぶりに袖を通しますけど、やっぱりあったかいんですね」
黒のローブにくるまるようにして、僕は満足の溜め息を吐いた。
ちょっと大きめだけど、そこがまたいい。お昼寝するときに寝袋のように使えば、安眠効果は抜群だ。
前と違ってきちんとお金を払っているので、気兼ねなく身体を預けられる。
早速寝心地を確かめようと思い、僕は横になった。それじゃあ、ちょっとお昼寝を――
「――アルジェ? 起きてる?」
「んー……あと五十時間……」
「長いわね!?」
悲鳴みたいな声での突っ込みが来た。相変わらず、打てば響くような反応だ。
聞きなれた声に身を起こせば、相手は確かに知っている人だった。
オッドアイの瞳に、サイドテールにまとめた茶髪。そして主張の激しい巨乳。元騎士という肩書を持つ、フェルノートさんだ。
フェルノートさんは形の良い眉をひそめ、心底呆れた顔をしている。感情を隠す気のない瞳で、こちらに言葉を投げてきた。
「相変わらず、放っておくといつまででも眠るんだから」
「いつまでもだなんて……照れるなぁ……」
「褒めてないわよ!? ちっとも褒めてないからね!?」
「ところでなにか御用ですか?」
「切り替え早いわね!? ……用もなにも、ご飯ができたから呼びに来たのよ。ほら、早く来なさい。あのダークエルフとクズハに全部食べられるわよ」
「そうですか、ありがとうございます」
お昼寝が大好きな僕だけど、食べることも好きだ。
お腹を膨らませてからのお昼寝はよく眠れるので、断る理由はない。
馬車の外に出てみれば、昼間の日差しが銀髪を照らして、きらきらと輝いた。
……いい天気ですね。
本来なら吸血鬼は日の下には出られないけれど、僕の場合は転生するときに特別に高い能力を授けられたので、日の光が平気になっている。
日向ぼっこしながらのお昼寝は気持ちがいいものなので、太陽の光に対する耐性を取っていてよかった。
「おはようございますですの、アルジェさん」
「おはようございます、クズハちゃん」
狐の耳をぴこぴこと揺らしながら挨拶してくれるのは、僕の友人であるクズハちゃん。
いろいろあって懐かれて、こうして一緒に旅をしている。異世界でできたはじめての友達……というより、彼女くらいしか、僕には友達がいないのだけど。
その隣には褐色の肌をした女性が座っていて、礼儀正しくこちらにお辞儀をする。薄い金色の髪がぱさりと揺れた。
リシェリオール・アルク・ヴァレリア。愛称はリシェルさん。ゼノくんが拾った、ダークエルフの女性だ。
どうも海の向こうの大陸の領主様らしく、彼女をそこまで送り届けることが、今の僕の旅の目的となっている。
リシェルさんは紫色の目を細めて、こちらに言葉を投げてきた。
「おはようございます、アルジェ様」
「ええ。おはようございます、リシェルさん」
彼女が僕に親しげに話してくれる理由は、言語だ。
僕にはどんな言葉でも翻訳する特別な技能が備わっているけれど、彼女が話している言葉は、クズハちゃんたちが喋っている言葉とは異なる。クズハちゃんたちは共和国語で、リシェルさんは旧精霊言語というなにやら難しい言葉らしい。
つまりお互いに違う言葉を喋っているために、リシェルさんが明確に意思疎通できるのは僕だけなのだ。
そのせいもあってか、この大食ダークエルフは僕によく話しかけてきてくれる。邪険にする理由はないし、場合によってはみんなに伝達するので、構わないのだけど。
「食事を採ったら出発にしましょう」
そう言って、ゼノくんは馬たちの餌を用意してから、こちらにやってくる。
僕たちが乗っている馬車は三頭の馬に引かれている。そのうちの一頭は、王国という国にいた頃に出会ったネグセオーという馬だ。
ネグセオーは相変わらず、寝ぐせのようにふわふわのたてがみを風に揺らしながら、与えられた餌を食べている。
どうやら、ほかの馬ともうまくやれているようだ。馬だけに。
言語翻訳の力は動物にも及ぶので、彼とも会話はできる。性格は結構渋めというか、男らしい感じ。
とりあえず元気そうなので放置して、ゼノくんが渡してくれたお椀をもらう。中身は野菜たっぷりのスープだった。
「ありがとうございます、ゼノくん。ん……それで、ええと、なんでしたっけ。確か……尻毛大金庫」
「シリル大金庫です」
「あ、そう。それです。あとどれくらいでつきます?」
「この調子だと、明日のお昼前ですね」
うん、じゃあご飯食べたらまたお昼寝をしよう。
乾燥パンをスープに浸しながら、僕はそんなことを考える。
同じようにスープにパンを沈めながら、クズハちゃんが口を開いた。
「シリル大金庫というと、お金を作っているところですわね」
「そうだね。世界の通貨を一種類に統一した、シリルという女性が建てた、貨幣の製造所だよ」
「もぐ……よく、貨幣の統一なんてできましたね」
「シリル硬貨に使われている偽造防止の魔法が、ものすごく精巧で真似ができないんですよ。ただし、硬貨に込められた魔力を商人魔法の技能で引き出してしまうと、貨幣としての価値を失いますが……」
僕たちの疑問点に、ゼノくんは丁寧に答えてくれる。
なんでもゼノくんは蜜の村レンシアでクズハちゃんを救うとき、商人魔法という技能を使ったのだという。
これは貨幣に込められた偽造防止の魔法を解除して、それを魔力に転用するというもので、これを行うと貨幣としては意味を成さなくなってしまう。商人にとっては文字通り「身銭を切る」行為らしい。
「それで、魔力を失った硬貨はシリル大金庫に届けないといけないのね?」
「はい。商業ギルドでそういう決まりになっているんです。寄り道になってしまいますが、すいません」
「いいえ。ゼノくんは僕たちを助けに来てくれましたし、それくらいは構いませんよ」
「ありがとうございます」
今後の予定と目的を改めて確認しながら、僕たちは食事を終えた。
約一名を除いて。
「もぐもぐ……」
未だに食事を続けているのはダークエルフの女性。
リシェルさんは褐色の長耳を揺らして、上機嫌な様子で乾パンを頬張っている。
「……本当によく食べるわね」
フェルノートさんが呆れたように溜め息をつくけれど、言葉が通じないのでリシェルさんはなにを言われているのか分かっていない。パンを頬張ったまま首をかしげたので、「ゆっくり食べてください」というと、追加のパンを手を取った。
「食料、大丈夫なんですかね、これ」
ここまでで何度も思ったことを、改めて口にする。
リシェルさんは食べる。よく食べる。どうやってそのお腹の中に収まっているかも不明なくらい、食べる。
はじめはダークエルフが全員そうなのかと思ったけれど、どうも違うらしい。
リシェルさんが言うには、自分は人より少しだけよく食べるのだという。うん、少しの定義は人それぞれだよね。
「アルジェさんのお陰で、まあなんとかなるかと」
「ふむ……まあ、ゼノくんがそう言うなら」
旅慣れしている行商人の言うことだ。間違いはないだろう。
僕が持っている技能、ブラッドボックスは物品を収納しておける技能だ。今その中には、多くの食料が詰め込まれている。
詰め込まれていると言っても、技能レベルが最大のお陰で容量の限界はないのだけど。
少なくとも十人が一月くらいは食べられそうなくらい、食料を入れてあることは僕も知っている。それでも、毎食ここまで食べられるとさすがに不安になる。
「ご馳走様でした。大変美味しゅうございました」
周囲の心配をよそに、リシェルさん本人は礼儀正しく、優雅にお辞儀をするのだった。
どうもちょきんぎょ。です。
ちょっとアナウンスありまして、あとがきありにしております。
このたび、転生吸血鬼さんのコミカライズが決定いたしました。これも皆様の応援のおかげであります。
これからも宜しくお願い致します。




