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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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恩を返すということ

 悲鳴を聞いて馬車の中に入った僕が見たのは、かなりひどい光景だった。

 具体的にはクズハちゃんが己の分身体であるブシハちゃんを使って、ゼノくんを押さえつけていた。

 どう見ても狐の方が悪者だけど、クズハちゃんの瞳には明らかな怒りがこもっていて、ただならない雰囲気だ。


「どうしました、クズハちゃん? ゼノくんになにかされました?」

「ゼノ……こんな子供に?」

「してません! してませんから! なんでフェルノートさんまで疑ってる感じなんですか!?」

「ええ、私はなにもされておりませんわ。問題は、こっちですのよ!」


 言って、クズハちゃんが指差した先。木箱に腰を下ろしている人物がいる。

 その人は白っぽい服を着ていて、その上から全身をベルトのようなもので丹念に巻かれていた。

 髪や瞳、耳や手足に至るまで、なにもかもを服ごと革ベルトで封鎖された状態だ。おまけに手首と足首には鎖がまとわりつき、鉄球まで付属している。

 随分と厳重に拘束されているけれど、ギチギチに巻かれているからこそ胸の膨らみが強調されて、腰掛けているのが女性だということが窺えた。


「ふああふ」


 拘束された女性がそんな声を発した。

 言語翻訳の技能が上手く働かなかったのではない。彼女の口に無理やり半開きとなるように、器具がつけられているのだ。たしか開口具(かいこうぐ)と言うものだっけ。たぶん最低限の食事を与えるために、ああされているのだろう。

 歯並びの良い白い歯と、真っ赤な唇と舌。それくらいしか彼女本人の色が見えないほど、厳重に梱包されている。


「……ええと、ゼノくんの趣味ですか?」

「そんなわけないでしょう!?」


 言い訳がきかない感じなので一応聞いてみたら、即座に否定された。

 さすがにゼノくんの趣味ではないことくらいは分かるけど、お客さんの扱いにしては少し大仰すぎる。

 積み荷扱いどころか、猛獣のほうがまだマシな扱いを受けるんじゃないだろうか。


「フェルノートさん、この人は?」

「……その人は、サクラノミヤに来る少し前に拾ったのよ。奴隷として売られそうになっていたところを、ちょっとね」


 ちょっと、と言葉を濁されたけど、明らかにフェルノートさんが絡んでいるのは明白だ。この人はそういうことを見過ごせないだろう。

 たぶんゼノくんより、フェルノートさんの方が率先して彼女を助けたんじゃないだろうか。


 ……これはクズハちゃんが怒ったのも無理はないですね。


 今だに怒りの矛先を求めるように狐の耳をぴんと立たせているクズハちゃんは、僕と出会った頃、奴隷のような扱いを受けていた。

 その反動か、もともとそういう気質なのか、クズハちゃんは身勝手に人の自由を奪い取る人をかなり嫌う。エルシィさんにだって、明確な敵意を向けていた。


 そのクズハちゃんがこういう光景を見れば、怒るのは当然だ。

 ましてこの馬車はゼノくんのもので、ふたりは出会ったばかり。所業を疑われても仕方がない。


「クズハちゃん。それはゼノくんの趣味とか仕事とは無関係だそうです」

「……そうなんですの?」

「さっきからそう言ってたじゃないですか……」


 僕に言われて、ようやくクズハちゃんは分身体のブシハちゃんを引っ込めた。

 見た目は子どもとはいえ、獣人の力。押さえつけられていたゼノくんは、けほけほと苦しそうに咳をして呼吸を整え、それから改めて拘束されている人を紹介してくれた。


「フェルノートさんの言うとおり、その人は少し前に救った人なんですが……拘束具が強力な呪いに犯されていて、どうやっても外すことができないんです」

「……つまり、頼みごとはその人ですか」

「ええ。助けてしまったものですから。拘束具を外して、家に送り届ける手伝いを、アルジェさんにしてもらえないかなと」

「……それって、ゼノくんへの恩返しになります?」

「ここまで厳重に捕縛されるということは、希少種族か、強力な力を持っているということです。希少種族なら爪の先でも金銭的な価値がありますし、強力な力を持っているなら危険なところに仕入れに行くときに力を貸してもらえるかもしれません」

「……まあ、確かに」


 ほとんど建前のようにも思えるけど、商人としての筋は通っているような気がする。

 ゼノくんは行商人だけど、返してもらえるかどうか分からない僕にお金を渡してきたりして、単純な損得だけで動くという感じではない。責任感が強いというか、拾ったらちゃんと面倒を見るという感じかな。

 いずれにせよ、「それで恩を返してくれ」と言われれば、僕に拒否権はない。


「では、まずは呪いから外します」


 相手は開口具のせいで言葉とも吐息とも取れないものをこぼすばかりで、こちらの存在に気付いているかも不明だ。

 まずは呪いを解かないと、話をすることもできない。そう判断して、僕は意識を集中した。

 自分の中にある魔力。それを手のひらに集めて、魔法を作り出す。


「外れてください」


 発動のために適当な言葉を紡げば、望んだ通りの力が広がる。

 魔法による解呪は簡単に成功し、女性の全身を覆うように巻かれた大量のベルトが、するするとひとりでに外れて落ちていく。

 まるで蝶のサナギが殻を脱ぎ捨てて羽根を広げるように、白のマントがはためいた。どうやら服どころか外套ごと巻かれていたらしい。

 白の服はところどころに黒や金の刺繍が施されていて、かなり高級そうだった。

 ぱきんと見た目よりも軽い音を立て、手足を拘束していた鎖がちぎれた。


「ん、あ」


 言葉とともに、開口具が床にこぼれ落ちる。

 ぱさりと広がった長髪は、淡い金髪。その隙間から、ぴんと尖った耳が顔をのぞかせた。

 急に光を見たためか、紫の瞳が涙を浮かべてまたたいた。

 すらりとした美しい目鼻立ちをした顔。褐色の身体は全体的に細く、繊細な印象を受ける。


「ダークエルフ……!?」

「随分と美人……じゃなくて、希少種が出てきたな」


 フェルノートさんの驚く声と、ゼノくんの妙に冷静な声が馬車に響いた。

 ダークエルフと呼ばれた褐色の女性は、涙のしずくを手指で拭うとしげしげと周囲を見渡した。

 見た感じはお姉さんという容姿だけど、興味深そうに景色を瞳に映す様子はまるで少女のようだった。


「……ここは、どこでしょうか?」


 初めて放った意味のある声は、当然のように疑問だ。


「なんて言ってますの……?」

「……ゼノ。今の分かった?」

「いえ……エルフやダークエルフは古くからある種族特有の言語を使うものもいるので、それだとは思いますが……」


 ふたりと一匹が困惑した様子でヒソヒソしているところを見るに、彼女は相当珍しい言葉を使っているらしい。

 こういうとき、言語翻訳の技能は便利だ。どんな言葉でも意味を訳してくれるし、こちらの言葉も意味を届けてくれる。


「ここは共和国ですよ」

「共和国……ヨツバ共和国、ですね?」

「はい。あと、僕たちはあなたに敵意はありません」

「ええ。それは、分かります。先ほど呪いを解いてくれたあたたかな光は、あなた様のもののようですから」

「はい。僕の名前はアルジェント・ヴァンピールといいます。長いのでアルジェでいいですよ」

「アルジェ様、ですね。わたくしは、リシェリオール・アルク・ヴァレリアと申します。どうかリシェルと呼んでいただければと思います」


 お辞儀をする仕草はどこかうやうやしくて気品があり、育ちの良さが窺えた。

 こちらが頭を下げるよりもずっと長い時間、金糸のように細い髪を垂らして、彼女はお辞儀を終える。

 形の良い唇と瞳を弓にして、僕よりもさらに長い耳をぴこぴこと動かしながら、自己紹介の継続が来た。


「ヴァレリア家三十六代目当主として、魔大陸にて小さいながらも領地を治めております。ヴァレリア家の名において、此度に助けていただいた恩は――」


 ――言葉を紡いでいる途中で、盛大な音が響いた。

 はきはきと淀みなく、堂々とした言葉によって生まれた凛とした空気を台無しにしたのは、リシェルさん本人のお腹の音。


「あ……ぅ……」

「……見たところ、ろくにご飯も食べられなかったんでしょうし、とりあえず朝ご飯にしませんか? 僕もお腹すいてますしね」


 聞いた言葉をゼノくんたちに伝える手間もある。そう考えて、僕は提案した。

 リシェルさんは褐色の肌が朱に染まるほど恥ずかしがりながらも、消え入りそうな声で、


「も、申し訳ありません……お願いします……」


 相当恥ずかしかったようだけど否定しなかったので、かなりお腹はすいているのだろう。

 ゼノくんは行商人だから、売り物にしろ自分たちのものにしろ食材は十分に持っているはずだ。

 魔大陸とかよく知らない単語も出てきたことだし、まずはご飯を食べながら情報を整理するとした方が良いだろう。

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