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130.フユユ視点

 何の飾り気もない部屋。可愛いぬいぐるみもお洒落な服もインテリな小物も女の子らしい物は1つもない。ただゲームと寝る為だけの空間。それが私の部屋。この無機質で何もない部屋はまるで今の私のよう。


 部屋の隅っこは落ち着く。心が荒れた時、いつも隅に座って蹲ってた。最近はなかったけど今日はまた……。


 日が沈んだみたいで明かりを付けてない部屋は真っ暗。この感じ懐かしい。まるであの頃と同じだ。学校へ行けなくなって、引きこもるようになって、毎晩悪夢にうなされて──


 不意にミゥの顔が頭に浮かんだ。失望した眼差しで私を見ていた。あんな顔をしてるミゥは初めてだった。


 何がダメだったんだろう。ずっとミゥに助けられてきたからミゥの負担にならないようにって思って。異動って聞いて本当は寂しいって思った。でもそれを伝えたらまたミゥを困らせると思ったから、平気な振りをした。でもそれがいけなかった。ミゥは私に引き止めて欲しかったんだ。なのに私が勝手な勘違いしたから愛想尽かして……。


 どうしてこうなったんだろう。何も分からない。ミゥがどうして欲しかったのかも。

 普通の人だったら気付くのかな。普通だったら要領よく立ち回れるのかな。


 何も、分からないよ。引きこもってばっかりだったから、人間関係なんて何も分からない。何も知らない。世の中のことも何も知らない。皆が学校で勉強したり流行りの会話してる時もずっと引きこもってゲームしてた。私には何もない。


 そんな何もない私にミゥは色々教えてくれた。色眼鏡持たずに接してくれた。真っ白だった私の世界に色を与えてくれた。それだけでも嬉しかったのに恋人にまでなってくれて……。


 自分でも訳が分からないくらい幸せだった。その上私に生き方まで与えてくれて、こんなに幸せになっていいのか疑問になっちゃうくらい……。


 だからミゥの迷惑にならないように『普通』になろうって思った。でも、それがいけなかった。私なんかが『普通』を目指したからミゥは愛想を尽かしたんだ……。


 悲しい。どうして私はいつもこうなの? ナツキの時だってそうだった。大事な時にちゃんと言葉を伝えられなくて、それで疎遠になって……。


 このままミゥと離れ離れになるなんて嫌だよ……。でも今の私にミゥに会う資格なんてない。私はミゥの気持ちを何1つ分かってあげられなかった。また無意識に甘えてたんだ。


 涙が溢れそうになる。


 コンコンコン


「ちしろー。ご飯よー」


 お母さんが呼んでる。正直、食欲なんてない。


 でも不意にミゥの言葉が蘇る。ちゃんとご飯食べてって言った。

 今もミゥの言葉で動いてる。ミゥがいないとダメなんだ……。



 食事中、お父さんとお母さんは楽しそうに話しかけてくれた。最近よく笑ってる気がする。高認の試験に合格して、大学へ行きたいって話したらすごく喜んでくれた。私もやっと親と向き合えると思ってた。


「ちしろもこんなに変わって、ミゥって人には感謝しないとな」


 お父さんが呟く。少しだけ話した。恋人になったまでは言えないけれど、それでも私にとっては恩人だから。もしも、ミゥがいなくなったら私はどうなるんだろう?


「ごちそうさま……」


「もういいの?」


「うん。大学受験も控えてるし食べ過ぎたら眠くなるから」


 それっぽい理由を伝えて部屋に戻った。真っ暗な部屋。まるで今の私の心の中みたい。


 スマホが光ってたから手に取ってみる。ミゥからだった。通話が来てたみたい。なんだったんだろう。ラインにもメッセージが入ってる。


『ごめんなさい』


 何に対しての謝罪? これ以上私に付き合えないって意味なのかな。

 ただ、ただ心が虚しい。


「なんで、なんでこうなるの……」


 我慢してた涙が溢れる。私がもっと頭がよくて、要領よくて、ミゥの気持ちが理解できてたなら──


 逃げ続けて来た私の罰かもしれない。ミゥとの出会いは神様が私に憐れんで最後に幸せな夢を見させてくれたのかな……。


「嫌だよ、ミゥ……」


 スマホで検索する。


【恋人・喧嘩・仲直りする方法】


 色々出てくる。でもどれもが男女の関係についてばかり。女性同士についてどこにも載ってない。


「なんで……。教えてよ。どうして誰も教えてくれないの……」


 いくら調べても、探しても答えが出てこない。やっぱり私達の関係っておかしいの……?


 何もかもが嫌になってきた。涙が零れる。


 ──誰でもいいから助けて


 心で叫んだ。いつもならミゥが助けてくれる。そのミゥが、いない。


 画面の文字すら歪んで見えなくなってきた。スマホが手から滑り落ちる。


 私は……。


『また私の勝ちだなー。これで10連勝。どうだ、ナツキさんに手も足も出ない気分は?』


 ナツキの声が聞こえた。配信……?

 知らずに動画サイトにアクセスしてたみたい。ナツキの配信は昔からこっそり見てたからおすすめに上がってたのかもしれない。


『また挑むのか。いいけどよ、プライドがボロボロになるだけだと思うぞ』


 誰かと勝負してる……?


 涙を袖で拭ってスマホを拾いあげる。画面を見たら──


「ミゥ……!?」


 ミゥがナツキとPVPしてた。どうして?


 何も理解が追い付かず、でも配信は勝手に進む。けれど勝負は一方的なものだった。ナツキの立ち回りにミゥが付いていけずに削られ続けてる。そのまま敗北した。


『またナツキさんの勝ちかー。これで11連勝。いい加減諦めたらどうだ? 結局おまえはフユユがいないと何もできないって証明になったな』


 そんなはずない。ミゥは私がいなくても強い。現にナツキにPVPで勝ってる!

 コメントも沢山ついてた。


【フユユはどこ行ったの?】

【別れた?】

【まさかミゥ様ナツキさんとくっつく系?】

【それはありえないだろ】

【じゃあなんであのミゥ様がナツキさんとずっとPVPしてるの?】

【やはりフユユとは百合営業だったのか】


 言いたい放題だった。でもそれは核心にも近い。私がいないからこう思われても仕方ない。でもそれはミゥだって分かってるはず。どうしてナツキと戦ってるの? どうして?


『おまえらあんまり好き勝手言ってやるな。誰だって1人になりたい時あるだろ。遊び相手がいないから心優しいナツキさんが遊んでやってるわけ』


【嘘くせー】

【ナツキさんが言うと余計信用できないw】

【いつも1人の人が言うと説得力あります】

【本当は彼女欲しいだけ説】


 コメントの流れが変わった。ナツキがフォローした……?

 意図が全く分からない。分からないけど、なんだろう、このもやもやは。


『今の私ならフユユにも余裕だわ。あいつ今なにしてるんだろうな。配信見てるんならガルオン来いー。でなきゃミゥをボコボコにするぞー』


【これはフラグですね】

【あーあ。フユユ様怒らせちゃった】

【過去にギルドで負けたの忘れたの?w】

【ナツキさんはすぐ調子に乗る】


 ナツキが煽ってくる。私へのメッセージ……?

 分からないけど、行かなきゃいけない気がする。


 VR機器を起動して、すぐにベッドに横になった。



 ※バグワールド※



 ナツキが映っていたのはバグワールドだった。敵がいないからPVPに適した場所だとは思う。でも、何か引っかかる……。


 現代風の街並みを歩いてるとすぐにナツキが目に入った。こっちに気付いたみたい。


「おおっとー! バグワールドの影響か通信が乱れてるなー。一旦配信切るぞ!」


 ナツキが言うと画面を弄ってた。そして、その奥には……。


「ミゥ……!」


 駆けつけた。でも何か違和感ある。こっちに気付いてるのに何も反応しない。

 あれ……? 配信画面だと遠くて見えなかったけど名前が……。


「どうやらうまくいったみたい」


「銀髪姫のお帰りだ」


 この声はミネさん?


「なんで、2人が……」


 つまりナツキがPVPしてたのはずっとミネさんだった……?

 でも配信ではミゥって言って……。


「少し前におまえの恋人に会ってな。でもおまえが通話にも出ないって泣き付くからナツキさんが人肌脱いだわけだ」


 私を動かすため……?


「ミゥが来たの?」


「ああ。フユユに会いたがっていたぞ」


 その会いたいの意味の奥にどんな意図があるかは分からない。このまま別れるって言われるのが何より怖い。するとミネさんが肩に手を置いてきた。


「姉さん口下手だから誤解される所もあるけど、でも本音はきっと違う。それはフユユが一番知ってるんじゃない?」


「でも……私はミゥに会わせる顔がない……」


「ふーん。だったら今から私とPVPしてもらおうかな。勝ったら姉さんと会ってもらう」


 ミネさんが急にPVPの申請をしてきた。


「私が負けたら姉さんの前から消えるって条件で」


「なんだそれー。めちゃくちゃ配信向きじゃねーかー!」


 ナツキが騒いでるけど、ミネさんの意図は分かってる。これは前に私がミネさんに提案した条件だ。そっか、今の私はあの時のミネさんと同じなんだ。


 PVP申請の拒否を押した。


「ありがとう、ミネさん。勝負は私の負けだよ。ミゥと……会う」


「残念。せっかく名誉挽回できると思ったのに」


 ミネさんが悪戯な笑みを見せてくれた。少しだけ心が軽くなった気がする。


「じゃあ明日の早朝、広場にログインしてね」


「逃げるなよー? 逃げたらナツキさんがあることない事暴露してやるからな」


 ああ。私の人生はミゥしかいないって思ってたけど、そうでもなかった。

 ミゥのおかげで大切な人がここにもいたんだ。その2人が私の為にがんばってくれている。涙が出そうになったけど、今は我慢する。


「ナツキもありがとう。私の一番の親友だよ」


「親友、か。いいよ、ナツキさんは寛大だから許してやる。だから行けよ。おまえの道を」


「……うん」


 私はもう逃げない。私を必要としてくれた人の為に顔をあげないと──

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