129.ミゥ視点
今日という1日は過去最悪の日かもしれない。何をしていても自責の念に駆られる。冷蔵庫を漁って酒缶を手にする。もう何杯目になるかは覚えていない。ログアウトしてからずっと飲んでる。日も暮れて来たのか、明かりも点いてない部屋は暗かったが電気をつける気も起きなかった。
これから私はどうすべきなのだろうか。なんて、考えるまでもなく謝るのが正しい。そう頭で分かっているのに動けず酒ばかりを喉に流し込んでいる。明日が祝日でよかった。こんなに飲んだら間違いなく二日酔いになる。
スマホの画面を開く。通知も通話も一切ない。それが何を意味するのか考えたくもなかった。
あんな酷いことを言った手前、やはりフユユさんは私に愛想を尽かしてしまったのでしょうか。
普段ならこんな思考すらも馬鹿な考えだと笑い飛ばせるのに、今は負のスパイラルに飲まれている。酒を飲むと涙が零れていた。こんなはずじゃなかった。こんな風にしたかったわけじゃない。でも怖くて怖くて仕方なくて……。
手で涙を拭いてスマホを動かす。メッセージでもいいから謝罪しよう。フユユさんのトーク画面へと移る。相変わらずいつか撮ったツーショットのアイコンのままだった。
ごめんなさい、と入力する。なのに、送信ボタンを押せない。手が震える。
これを送ったら全てが終わるんじゃないかって思って。
私は弱い人間だった。あの子がいたから今まで頑張れていた。自分が向き合えなかった過去もあの子がいたから向き合えた。支えてるつもりで、支えられてるのは私の方だった。
メッセージを消して画面を閉じる。もう、どうしていいのかも分からない。一番の理解者を失った今、私はどうしたら……。
不意に画面に『澪音』という名前が目に入る。
そうだ、澪音になら……。こんな相談していいのだろうか。責められるのだろうか。
でも何かしないとダメな気もする。震える手でなんとか通話ボタンを押せた。
数コールの内に繋がる。
「お。姉さんからかけてくるなんて前の約束覚えていてくれたんだね。感心した」
何も知らないミネはいつもの調子で話しかけてきます。
「ミネ……」
「姉さん、なにかあった? 今にも死にそうな声してる」
「フユユさんと喧嘩しました……」
「え、嘘?」
「喧嘩というにはあまりにおこがましいです。全部私が悪いんです」
「聞かせて」
それで今日の出来事をミネに話します。ミネは何も言わずただ黙って聞いてくれました。
「……そんなことあったんだね」
「はい。私は恋人失格ですよね……」
「私はそうは思わないけどなぁ」
「え?」
「だってさ、突き放したくなるくらい本音をぶつけたってことでしょ? 姉さんにとってそれだけ本気だったってわけだし。正直、私は安心してるよ。だって姉さんとフユユ、仲良すぎるくらいだから喧嘩なんて全然しそうにないしさ」
ミネは私を慰めて言ってるのでしょうか? そういう風にしか聞こえません。
「よく言うじゃん。最初は仲の良いカップルも同棲したら別れるって。付き合ってる内はいい所しか見えないけど、ずっと一緒だと相手の悪い所が見えはじめて不満になる。きっと大事なのはその不満とどう向き合えるか。姉さんは今、フユユとの関係が一番大事な時期だと思うよ」
ミネは恋愛上級者の如く説明してます。確かにそういう話は私も聞いたことがあります。でも今回に限っては私がフユユさんに不満を抱いたというより勝手に思い込んだと言うべきでそれに当てはまるかどうか……。
沈黙しているとミネが続けました。
「その様子だと納得してないね? 確かに私があれこれ言っても姉さんは納得しないかもね。でもさ、フユユがどう思ってるかなんて私より姉さんが一番知ってると思うよ」
その言葉にハッとする。そうだ、私はフユユさんとずっと一緒にいた。だからあの子が私にどういう気持ちを抱いていたのかもよく知ってる。なのに私は一時の感情に身を任せてそれを疑った。自分の頬を思い切り叩いた。パチンと大きな音が鳴り響く。ようやく目が覚めた。
「な、なに?」
「ミネ、ありがとうございます」
「気付いたんだね」
「はい。私はフユユさんと話をします」
「それでこそ姉さん。フユユには姉さんしかいないからね。きっとこの先もずっとフユユと一緒にいて幸せになって……」
ミネの語気が段々と弱くなってる気がします。
「ミネ?」
「姉さん。前にイベント手伝った時になんでもお願い聞いてくれるって言ったの覚えてる?」
水の都で初心者イベントをした時の話でしょうか。
「もちろん覚えてますよ。なにか欲しいものでもあるんですか?」
「うん。姉さん、私に好──」
ミネは途中まで言いかけて言葉を詰まらせていました。
「間違えた。姉さんは今からフユユに会わないといけません。だからゲームにログインしなさい。それが私からのお願いです」
「急に丁寧口調になってなんですか」
「私からの忠告です。それじゃあ」
言うだけ言ってミネは勝手に通話を切りました。ミネは何を言おうとしたのでしょうか。
いや、それよりも今はフユユさんです。ラインにメッセージを入力する。震えは収まっていた。謝罪の言葉を送信しますが既読はつかない。通話もしてみる。
……。
……。
……。
だめだ、通話に出ない。夜遅いけれどまだゲームにログインしてるかもしれない。
だったら今すぐログインしましょう!
※ガールズオンライン・バグワールド※
虚構の現代都市へと戻って来ました。周囲を見渡し歩いていますが、フユユさんの姿はありませんでした。デバッグメニューを開いてID検索。フユユさんはログアウト状態だった。
じゃあ既読がつかないのも通話も出なかったのも……。
いや、余計な考えはするな。今はフユユさんと向き合うことだけを考えろ。
そういえばバグワールドで彼女から逃げた時にメッセージが送られたのを思い出します。
メールを見るとそこには『ごめん』と一言だけ添えられていました。
その一言に私は胸が締め付けられてしまう。私はとんでもない過ちをしてしまった。
でも、通話にもでないならどうすれば……。
「おっと。お前は……」
後ろから声がして振り返るとそこにはナツキさんが立っていました。テイムモンスターは連れていませんが、攻略中だったのでしょうか。
「1人って珍しいな。それともはぐれたとか?」
にやにやして詰め寄ってきます。そういえばナツキさんはフユユさんと知り合いだったはず。ここは賭けてみるのも手ですか。
「ナツキさん、今配信中ですか?」
「ナツキさんは人気者だからなー。っておい、お前ら何勝手言ってんだ。ミゥ様とフユユ様の方が人気とか言うな、こら!」
どうやら配信中のようです。だったらここで口に出すわけにはいかない。メニュー画面を開いてナツキさんにメッセージを送信します。
すぐにメールが届いたようでナツキさんはそれを確認し、すぐに真面目な顔になりました。
「おっとー! ギルドの連中からイベント消化忘れてるって連絡来てる! おまえら、ちょっと配信切るぞ!」
そういってナツキさんは手慣れた様子でメニュー画面を触っていました。
「フユユと喧嘩したって本当か?」
「はい」
するとナツキさんは両手を合わせて頭を下げてきます。
「悪い! 私のせいだよな……。バズらせたから落ち着けなくなったんだろ? バズったらおまえらの距離ももっと近くなるかなぁって思って調子に乗った。本当にごめんな」
ナツキさんがふざけた口調ではなく謝ってくれます。
「あれは、そこまで問題じゃないですよ」
平穏が減ったのは確かですけれど、異動に関しては遅かれ早かれ起きた問題でしょう。衝突は免れられなかったと思います。
「でも、そうか。そうなると早く手を打たないとまずいかもな。フユユって一度殻に閉じこもると二度と出て来なくなるから。もうフユユにあんな目にあって欲しくない」
「私も同じ気持ちです……。でも通話にも出てくれなくて……」
今更になって自分の軽率さが恨めしいです。
「仕方ないな。ここは1つナツキさんが人肌脱いでやるよ」
「何か考えがあるんですか?」
「配信で伝える。そうすればフユユにも届くだろ」
確かにナツキさんは知名度もあるのでフユユさんが目にする可能性はありますが……。
「安心しろ。それっぽく伝えるだけだから」
いつになくナツキさんが優しい気がします。いいえ、きっとこれが彼女の本心なのかもしれない。あのフユユさんの友達なのだから。
「私はナツキさんを誤解してたかもしれません」
「ようやくナツキさんの魅力に気付いたか。チャンネル登録よろしくー」
この状況でも商売しますか。けれどすぐに真面目な顔に戻ります。
「でも、私もあんたを誤解してたよ。最初会った時、PVPで啖呵切って悪かった。本当はあの時フユユが取られたみたいで悔しかったんだ。でも今なら分かる。フユユにはあんたじゃないとダメだ」
「ナツキさん……」
「フユユのことは私に任せろ。必ず動かす」
どうやら私はこのゲームを通じて大きな縁を手に入れてたようです。あの子との思い出以外にも大切なものがあったんですね。ありがとう。




