【付き人】‐Maid‐
「なにやってんすか。お嬢様」
日はすでに落ちており、夜。
俺をお姫様抱っこしながら地下牢獄から出たベルカーラ。
それを待っていた人物はランタンをこちらに向けて呆れたように呟いた。
メイド服を着ており、抹茶色の髪。
立ったまま眠ってしまいそうなくらい力ない表情をしている。
彼女はネネルカ。
ウェストリンド公爵家、ベルカーラの専属メイドだ。
ネネルカはこちらへやってきて深く頭を下げた。
「お久しぶりでございます。第三王子。ご無事でなにより」
「ああ。楽にしてもらって構わん」
「うぇーい。お言葉に甘えるっす」──名家の使用人から一瞬にして軽いノリへ。
「これ、失礼にもほどがあります」
「王族のお言葉は絶対っすから。てかお嬢様の方がどうかと思うっすよー。第三王子をお姫様抱っこて」
ふくれっ面でこちらを睨むベルカーラ。
耳元で『うちのメイドを甘やかさないでください。つけあがります』と怒られてしまった。
俺から言わせるとご主人であるお前にこんな砕けた態度をしているメイドを野放しにしている方がおかしいと思うのだが。
「逃走経路と隠れ家を用意しているっす。こちらへ」
「ネネルカとは別行動で化石を隠したり、裏で動いてもらっていました。こう見えて役に立ちます」
「こう見えてって。お嬢様の冒険にここまで付き合う使用人なんてネネくらいなもんじゃないっすか。もっと感謝奉ってもらっても良いと思うんすけどねぇ」
「言われなくても感謝していますとも」
令嬢と専属メイドとしてはおかしいが、このふたりの関係性は姉妹に近しいのかもしれない。
お互いに『手の焼ける』と思っていそうだが。
「第三王子は帝国中に顔バレしてるんで、これを巻いてくださいっす」
灰色の布を手渡される。
魔法道具[認識阻害布]。
透明マント程には便利なものではないが装備者の正体を気付かれにくくしてくれる。
ふたりに拘束するように身体に巻かれ、まるで抱っこされている赤子のような状態にさせらてしまった。
ネネルカの案内で帝国の裏路地を走る。
お姫様抱っこは未だ継続中ですれ違った酔っ払いから困惑の声が上がった。
正体はバレなくともこのままじゃ注目が集まる。
「下ろしてくれ」
「まだ5分経ってません」
「とっくに過ぎてる。このままでは恥ずか死んでしまう」
「それは困ります」──冗談を真に受けたのかすぐに下ろしてくれた。
「おふたりとも。婚約者同士仲の良いのは結構っすけど、現状をわかってんすか? 指名手配されてる脱獄犯すよ。捕まったら言い訳無用の即処刑なんすから」
「面倒事に巻き込んで、悪いな」
「ほんとっすよ。お嬢様の傲慢時代が懐かしい。あの時はお嬢様がなにやっても怒ってたんでイジってるだけの楽なお仕事だったのに。急に人が変わってしまわれてイジり甲斐がないし、世界中回って化石堀り始めるし、しまいには婚約者様が帝国で指名手配。人生ハードモードじゃないっすか!」
魂の叫びと共に壁を殴る。
「主人をイジるだけのお仕事があってたまりますか」
話に聞くにベルカーラは元々は他の貴族令嬢と同じようにわがままの限りを尽くしていたらしい。
宝石やドレスを買い漁り、使用人を怒鳴りつけ、身分を鼻にかけたような令嬢だったと。
それが突然と性格が一変したそうだ。
ほとんどの公爵家使用人は『お嬢様に天使が憑依なさった』と言うが、専属メイドであるネネルカは『前の方が扱いが楽だった』と。
確かにこんなにストイックに活動している令嬢は他にはいない。
彼女に着いていくのは並大抵のことではないだろう。
「それにしてもなんで第三王子の似顔絵が出回ってるんすか? ドラゴネス王国の王族は魔法によって姿を記録できないはずでしょう」
「阻害魔法を受けない者が記録したと考えるべきでしょうか。……偽物のアルバが本当に貴方程の魔力があれば可能なのかもしれません」
「出来なくはないだろうな。だが魔法省が察知していなかったのなら記録時発動する阻害魔法は発動されてない。そもそも帝国中に出回る前に取り締まっていたはずだ」
「ではどうやって?」
「考えられるのはそっくりさんを用意するとかか。王族ではない他人を記録したということなら阻害の対象ではないのかもしれない」──まるで法律の抜け穴のような策略。
「手配書を確認しましたが、あれは紛れもなくアルバでした。私が言うのですからそっくりな他人ではないと思います」
「ならば行き着く答えは──……」
……………………いや、だとしても説明出来ないことが多すぎる。
「難しい話はその辺にして、隠れ家に着いたっすよー」
小道を進み、酒場裏の隠し扉を開くと地下へと続く階段。
それを下ると、小規模ではあるが地下に町の様なものが出来ていた。
「ルガルアン帝国は戦争大好きで有名っすから他国は地下都市を作ってスパイ活動して監視しているんす」
「首都に作るとは王国も肝が据わっているな」
「アルバがいますもの。強気の攻めです」
なぜか胸を張るベルカーラ。
「ネネは別の小屋を使うのでおふたりはこの小屋をお使いください」
古びた小屋。
生活するには小さすぎるが大人ひとりくらいなら横になれそうな広さ。
「お嬢様。『こんな犬小屋でなんて寝れませんわ』って言わないんすか?」
「言いませんよ。野宿だってしたことあるじゃないですか」
俺の手を引きベルカーラは小屋の中へと入っていく。
疲れもかなり溜まったし、日も暮れている、ここで体力を回復するのも悪くはない。
とは、いかないわけで──……。
[次回]
婚約者にヒロイン(仮)の救出協力を願うの巻──!!




