【決着】‐Settle‐
「認めない。だって、おかしいじゃないか。オレの頭の中にはアルバちゃんの記憶が完全に入っているのに。あんなことで。……どうして、憶えている」
そんな事を聞かれたって、俺にも理解は出来ない。
[探偵]として理由を解明出来ないのは後味が悪いけれど、記憶は前世にだって魔法と同じくらいに未知だった。
唯一この場で状況を説明出来そうなティファに視線を送るが──困った微笑みを見せて、『世界には、不思議がいっぱい。てとこかな』。
[医者]にしてはふわっとした説明をされた。
ノラがなにか知っているのか、ずっとこちらを見ず、そっぽを向いている。
「我は記憶の王。喰らい、犯し、治める者。我が敵の──」
「二度も同じ手にはハマらん。──【詠唱無効】」
練られた魔力は崩れ、テレムの口は動かなくなる。
当分は魔法詠唱が出来ない。
右手を確認すると人差し指にはめていた[魔封石龍]の化石から作られた指輪はなく。代わりにティファの左手に。
髪は地毛の黒に戻っている。
つまり現在、魔力ランク【神種領域】の[魔法使い]。
「眠っているとしても、魔法が解けなかったか。【魔力喰い】が起きなかったのなら、少なくとも【C+-】以上の魔力だな」
「アルバちゃんと比べたら宇宙の帝王とただの地球人だけど、一応【Bランク】。[獏]にしては結構優秀なんだぜ?」
「その才能を他に使えなかったのが、惜しまれるな」
「本気で言ってんの? おいおいシャレにしても笑えねぇって。オレ達みたいな存在自体が犯罪者な種族をどこが雇ってくれるっていうのさ。働き口って言えば、なんも考えてない馬鹿な雇い主か犯罪者の元くらいだぜ」
「そうとは限らんだろ。種族だけで図るような者ばかりじゃ」
「世の中、クソだ。現にこの学校は【闇系統魔法】の生徒を受け入れてないじゃないか。名高い国立【ドラゴネス魔法学校】がだぜ? オレだって元々はピュアな少年だったんだ。だけど出生が、種族が、魔法属性が。それを良しとしなかった。なるべくして、今のオレになったんだ」
同じ【闇系統魔法】のノラに同意を求めるような視線を向ける。
ノラも思い浮かぶ過去があったのだろうが、強く首を振った。
「恵まれてきたんだな。……はは、本当にオレって、否定されてばっかりだ。初恋は叶わない。実の親はクズ。生きるために商いを始めても、悪と見なされ、こうして断罪されようとしている」
「他者の幸福を奪う商いがあってたまるか」
「そんなこと言ったって、しょーがないじゃないか。見方を変えれば、劣等個体の少年が少しでも上質な存在になろうと努力したんだ。サクセスストーリーだろ。経験こそ存在価値。だからみんな血眼になって本を読んだり、醜聞に夢中になっているんだ。オレはそれを自分だけの物にだって出来たけど、皆に共有した。良い奴だろ、なあ?」
全て明かされた犯人の往生際の悪さとは、少し違う。
自分がどこで道を踏み外したのか分からないのだろう。
【黒玉】の密売だって大金目的というよりも、始まりは単純に──。
「キミは間違ってるよ」──ティファが泣きそうな声で呟く。──「受け入れていないのはキミの方じゃないか。初めから真っ向勝負で友達になろうとすれば良かったんだと思う。記憶を奪わなくたって、談笑でもしながらお互いの過去を教え合えば良いじゃないか」
「口を閉じろよ劣等個体。魔法なしでオレを『友達』と呼ぶ奴なんて」
「いたはずだよ! 正しく生きていれば。いつかきっと」
「希望的観測になんの意味がある」
「キミが言う劣等個体。【妖精のなりそこない】、茶髪の[半妖精]が言ってるんだから、間違いないよ。ボクだってずっと、独りで生きてきたから。否定される事ばかりで、『他人の評価なんてどうだっていい』って自分に言い聞かせてた。でもそれって『ひとりで良いから誰かに認められたい』っていう裏返しだと思うんだ。全部諦めたくなる時もあるけど、その『誰か』はきっといる」
照れくさそうに俺を見て笑顔を浮かべるティファ。
直球過ぎて反応に困る。
小さく頷いた。
「その『誰か』には、秘密が山ほどあったとしてもか?」──テレムは意味深に視線を向けてくる。
「打ち明けてくれるまで待つよ。言いたくないなら言わなくても良い」
「……随分と都合の良い関係だな」
脱力したように微笑んだ。
『劣等個体』と蔑んだティファにここまで言われたら、返す言葉もないらしい。
労うように頭を撫でる。
「お前の両親が、真実を知っても変わらなかった可能性だってあったはずだ」──断言は出来ないが、親という存在はそうあってほしいと思う。
「らしくないぜ。泣き落としなんて。情に訴えなくたって、魔法省に引き渡される覚悟はもう出来てるからさ。こちとら、アルバちゃんが目を覚まして速攻でゲームオーバーなわけじゃん」
「そうか。分かっているとは思うが、奪った記憶は全て没収させてもらうぞ。──それから、第二王子の婚約者リリーナに罪を着せようとしたことを認めるか?」
「もちろん」
「生徒会長ブラックの記憶を書き換えて、代わりに悪事を行わせていたことも認めるな?」
「仰せのままに。王子様」
「記憶を奪うために誘拐したダリア嬢の居場所も白状するな?」
「それはちょっと……。黒幕としてのカッコをつけさせてもらいたいね」
掴みどころのない笑顔に戻り、演技じみた手つきでお口チャックする。
どうせなら悪の黒幕として本懐を遂げたいと。
「構わん。見当はついてるからな」
「だと思った。流石はオレの〝大親友〟だ」──枯れた声で、そう言った。
こうしてテレム・モリセウス──もといエウロス・ヤングレーは魔法省に引き渡された。
罪状は数あれど【他者の記憶を弄んだ罪】【誘拐罪】などが主に挙げられるだろう。
取り調べに協力的ではあるものの、魔法完全無効の牢獄で【無期懲役】が妥当である。
そこでも『親友』作りに励んでいるそうだ。




