【幕間】‐I Miss You‐
──ローブも剥ぎ取られながらも無我夢中に走った。
第三者の介入があったおかげで髪色や体格を見られることはなかったはずである。
転生者の記憶を保存したキャンディ【黒玉】を学校の生徒達に広めてもらっていた令嬢達との密会に使った林から出て、急いで自分の部屋に戻る。
扉を強く閉め、ベッドに辿り着く前にその場に伏せる。
私の部屋にはいくつも鉢植えがある。
しかし特に花を愛でる為ではなく、薬学の実験の為。
[記憶果実]と、黒い花。
黒い花は私自身が品種改良に成功させた、この世界には今までなかった花。
このふたつをかけ合わせる事によって【黒玉】を作り出せる。
………………とのことだが。
自分の実験のはずが、内容がうろ覚え。
そもそもこの花にはなんの効力も──……。
そんなことより、どうにかしなければならない問題がある。
同盟国の貴族令息、アルバ様。
第二王子レオルド様の口利きで転入してきたという情報以外は掴みどころのない人物。
可能性が高いのは、第二王子が代理管理している魔法省の人間だろうか。
捜査の為にこの魔法学校に。
そんな人物に仮面とローブを着けていたと言えど存在を確認されてしまった。
失態だ。当分は取引を止めた方が。
──ダリア・ロングスターが行方不明になったせいで、彼がやってきた。
──全部、あの令嬢のせいだ。
「違う! ダリアは──……」
どうして自分の思考に怒鳴りつけたのだろうか。
頭が痛い。割れるように痛い。
あの黒髪の[猫亜人]を目にしてからだ。
──黒は彼女の色だった。
【黒髪崇拝】なんておかしな家訓を植え付けられてきたせいか……いや、彼女に出会う前は私にとって黒色は不快の象徴。
それでも彼女の髪はとても美しい。
──ダリア・ロングスターなんて興味はない。
確かに婚約者ではあったが、授業でたまに見るくらいで知っている事と言えば顔と名前程度。
行方不明と聞いた時だって、冷酷だと思われるかもしれないが──どうでもいい。
「痛い」
──黒色も会いに行っても部屋から出てこない彼女も、初めは好きではなかった。
声は綺麗なのに口ごもって喋るから台無しだ。
自信がないのか、なにかトラウマがあるのか。
そう考えて彼女の両親に聞いてみたら、平民上がりという理由でいじめがあったらしい。
だから私は彼女をいじめた者達を突き止め交渉(少し手荒だったかもだが)をし、自分がどんなに愚か謝らせたのである。
しかし彼女は下手くそな笑みを作って『ぜ、全然。気にしてないよ』と言った。
「痛い。痛い」
彼女を縛り付けているトラウマはどうやらそれではない。
どうしたら、彼女は心から笑ってくれるだろうか。
『そばかすが気になるから』と前髪を長くしていた。
でも本当の理由は他人の視線が怖いから。
食が細くて、まるで生まれたての小鹿のよう。
いつか折れて起き上がれなくなるんじゃないかと心配になってくる。
彼女の心の扉を開く鍵を持っていない。
見えないなにかが彼女を苦しめている限り、彼女の瞳に私は映らない。
「痛い。痛い。痛い」
それでも少しずつだけど、変わってきているんだ。
出会った時よりは瞳に喜びが増えている気がする。
一番の変化は第二王子の婚約者リリーナ様と交流。
初めての同性の友人。
リリーナ様は彼女の事を『親友』と呼んでくれた。
自分の事のように嬉しい……のだがぽっと出の登場人物に彼女を取られてしまったことに嫉妬している自分がいる。
しかもリリーナ様の前だと下手くそではあるものの笑うのだ。
それを見ていた私と目が合うと分が悪そうに目を逸らされた。
流石にあれは傷付く。
「いたい」
そのことがあって1週間程彼女の事を無視した。
寂しそうな顔をして話しかけ続ける彼女を見て胸は痛んだが、こっちの気持ちにまったく気付いてくれないのだからちょっといじわるしたって罰は当たらないと思う……。
彼女は今、どこにいるのだろう。──彼女はもういない。
寂しい思いなど、していないだろうか。──彼女なんて知らない。
もし、怖い目に合っているのならすぐに助けにいかないと。──彼女に興味はない。
別に求められなくても良い。
私が彼女の傍にいたいのだから。
「………………会いたいです。──ダリア」
一粒の涙を流した。
大切な思い出と一緒に床に落ちて、馴染んで消えていく。
その光景をおぼろげに見つめながら眠りに落ちる。
「生徒会長。いますか?」──扉をノックする音。
3時間程、眠っていたようだ。
声の主は同じ寮の後輩。
起き上がり、静かに扉に耳を当てた。
「見ちゃったんです。生徒会長だったんですね。【黒玉】を作ってる仮面の人物って。都市伝説かと思ってましたけど」
目撃者。
不都合だ。……始末しなくては。
扉の横に立てかけた、家宝【火属性の聖剣】を手に取る。
「あ。脅そうとか思ってませんから。ただ、安値で【黒玉】をひとつもらえたらなぁと」
下手には出ているが、結局は脅迫ではないか。
足音を立てず、机の引き出しを開けた。
包みに入った【黒玉】が十数個。
そこからひとつ取り出す。
私はこれを使ったことはない。
調合者のはずだというのに、使おうとすると言いようもない不快感に襲われるからだ。
自分のことながらどうやって完成させたか疑問でしかない。
「無償で渡しましょう。ですが追加を求めてきたり、誰かに言いふらそうものなら。貴方を斬り捨てます」
「……は、はい」
軽く扉を開け、【黒玉】を後輩に──何者かに腕を掴まれる。
「卑怯な方法かもしれないが許してくれ。行方不明のお前の婚約者を救うために必要なことなんだ。──生徒会長、それとも仮面の人物と呼んだ方が良いか? ブラック・フレイド」
扉の外では分が悪そうに震える後輩と、転入生アルバ様。
──そして彼女の親友。
リリーナ様が[聖職者]の完全装備状態でこちらを見ていた。
「全てお話していただきましょうか。ブラック生徒会長」
──……嗚呼、頭が痛い。




