【風】‐Trick of the Wind‐
身に覚えはない。
──とは流石に言わないがイルミアは今までの俺の行動および言動に怒りが溜まっていたらしい。
だから一発殴らせろと。
まるで昭和の不良漫画のような方法で兄妹喧嘩に決着を付けようとしている。
しかし華奢で細身の妹に殴られて痛がるほどヤワではないはずだ。
その程度で、家族が初めて顔合わせをする成人式前日に家出した事や捜査とはいえ煽りに煽った事が水に流されるのであればやぶさかでは──。
「ふっぐ!?」──悶絶し、直立のまま地面に伏せる。
イルミアは『一発は殴らせろ』と言っていた。
間違っても『全力の金的蹴りをさせろ』とは言っていないはずである。
……おかしい。
俺の魔法属性は【全能】。
死者を蘇らせる以外は全てを可能にする。
なのにどんな魔法をかけてもこの痛みが治まらないのだが。
落ち着くまで情けない悲鳴とともに地面を転がるばかりである。
「卑怯だぞ……! イルミア」
「必死じゃん。引くんだけど」──この生意気ツインテールな妹王女に、同じ痛みを味合わせることが出来ないのがとても惜しい。──「そもそも、さっきので魔力が空っぽなわけ。殴る元気も残ってなかっただけだし」
「全力の金的蹴りは出来るのにか?」──まず魔力量【SSランク】を使い切る魔法を実の兄に放つお前の神経はどうかしている。
そういえば腹痛も伴ってくるんだよなぁ。
個人的にはこちらの痛みの方が苦手だ。
「それで。私を捨てて[探偵]なんてこの世界ではまったく役に立たない職業をなさってるクソ兄貴様。事件の捜査はどの程度お進みで?」
「ちょうどお前が事件の黒幕だった。というところまでは突き止めた」
「さっさと廃業しろ」──寝そべっている俺の顔を踏み潰そうとするイルミア。急いで避ける。
「では聞くが、お前はどうしてこんな夜中……もう早朝だな。とりあえずこんな時間に林の中を散歩していた? ごまかすのはもうなしだ」
「誰かさんのせいでストレスが溜まり過ぎててね、寝れなかったわけ。だから傍付きのふたりに愚痴をこぼそうと寮の部屋に向かったんだけど、ふたりともいなくて」
「夜中に愚痴? 相手が寝ていたらどうするんだ」
「起きるに決まってる。私が絶対だし」
根っからの王女様に育ってらっしゃる。
自分の言葉になにひとつおかしいところなどないという顔がなお怖い。
「仕方がないから庭をひとりで散歩してたら、林の中に入っていくふたりを見て追ってきたってとこ」
「なるほど。お前もただの〝燻製ニシン〟か」
またしても顔色が変わった。
明らか聞こえただろうに耳を塞いで──「違う。絶対別人。偶然その職業で。偶然出た言葉に違いないし」──と意味の分からない呪文を延々と唱え続ける。
「どうせ後でも聞かされる話だろうが、そのふたりは危険物の取引に関わっていた。他の生徒にもばらまいているかもしれない。なんせ第二王女の名前を出せば好き勝手出来ただろうからな」
「……ふーん。あ、そう」
「それだけか? 信頼を置いていた者達がお前の陰に隠れて悪事を働いていたんだぞ」
「別に。最初から信頼なんてしてないし、さっきも言ったように他人はどれだけ利用出来るか。彼女達が他より使い勝手が良かったってだけで──……」
イルミアの頭を撫でる。
一瞬、戸惑いを見せたがすぐに叩き落とされた。
「さ、触るなし」
「俺に似てお前は人付き合いが苦手だろう。でも少しは他人を信じてみようと思ったんじゃないのか? 今回は悪い結果に終わったが。友人を作ろうとしたのは恥じることではない」
「ちが……」
否定しようとしたようだが声がかすれて言葉が詰まった。
言葉では強がっているものの、結局は人との繋がりに臆病になっている小娘なのである。
相手を見る目や、付き合い方を間違えただけだ。
こればかりは近くで見守っていなかった俺にも責任があるのだろう。
「それはともかくお前に聞いておきたいことがあったな。──【風のいたずら】」
「へ???」
下から丁度良い風が吹き、スカートだけが見事にめくられる。
大人ぶりたい年頃なのか黒いレースの下着。
下着と生地の厚い黒のニーソックスの間、絶対領域内に小指第一指節ほどの大きさのホクロ。
「ホクロかと思ったがそれは[獏]の目印だな。お前は以前[獏]に【記憶魔法】をかけられている」
[獏]の目印。
動物のバクのような模様であり、同族に『これは俺の食料だ』と意思表示するもの。
そのため[淫魔]の淫紋と同じく個体それぞれにデザインが違う。
イルミアに付いている目印はバクが球体のように丸まっている。
「言いたいことは分かるけどスカートめくる意味なかったっしょ。変態クソ兄貴」
だんだん不名誉な呼び名になっていくんだが。
「てか[獏]の知り合いなんていないし。アイツ等って肌の色ですぐに分かんじゃん。白黒だし」
「いたはずだ。しかも少量でも記憶を奪うまで俺の加護の発動しなかったと考えるとそれなりに信用していた人物だと思う」
「だったら屋敷で世話をしてくれた使用人達か……元婚約者?」
「そいつの名前は?」
「えっと。確かエウロス・ヤングレー。同盟国の公爵子息。でも両親が共に[純人間種]の家系だから違うでしょ」
ヤングレーと言えばいくつもの宝石店を営んでいた名家だ。
しかし1年程前にヤングレー公爵夫婦は原因不明の病により植物状態に。
息子は未だに行方が分からないと号外で読んだ記憶がある。
「そうか。まあ、無理に思い出す必要はない」
軽くイルミアの肩を叩く。
そしてすぐにでも調べなければいけない証拠品もあるため、その場から立ち去る。
「最後に。──俺にとってお前は無価値ではないぞ。城を出てからお前を忘れたことなどなかった」
流石に顔を見て言うにはこっぱすかしい為、背中を向けて。
それに対して向こうからの返答もなく、余計に恥ずかしさを増した。
イルミア「な。な。ななな」
顔を真っ赤にして、今までになかった感情に押しつぶされそうになっていた。




