【開始】‐Start‐
「ちっす。遅れてオレ参上~。ブラックちゃんは相変わらず堅いねぇ。肩の力抜いて『第二王女なんてぶっ倒してやる!』くらいのエールを寮生に送ってやらないと」
俺とテレムは【リヴァイアサン寮陣地】中央に大将エリアを構えている生徒会長ブラックの元へ行く。
【ウロボロス寮】は極端な【攻撃戦法】に対してこちらは『適材適所』といった様子。
武器職と回復職は【攻撃】。
盾職と遠距離職は【守備】。
魔法職は各々の自己判断な配置。
「テレム君。高学年の私に『ちゃん付け』はいかがなものかと」
「親友に学年なんて関係ないって」
「それに、そんなエールを送るつもりはないのであります。変に寮生を刺激して王族の怒りでも買ってしまったら皆が可哀想ですから」
「そういえばお前は『王族に関わるな思想』だったな」──俺がそう言うと少し苦笑いを見せて小さく頷く。
「……『お前呼び』は良いわけ?」
「アルバ様は特別です」
「『様』って! 一体どんな身分だよ。『同盟国の貴族子息』ってのは聞いてるけど、どこの国かは教えてもらってないしよー」
「ジェレミー・ブレット国だ」──そんな国はもちろんない。敬愛している俳優を国名にしてしまった。ふたりも『聞いたことない』と言いたげな顔で固まっている。
ブラックが他人行儀なのはおそらく【ダリア嬢行方不明事件の第一容疑者】ということを分かっており、レオルドが調査の為に俺をこの魔法学校に差し向けたと理解しているから。
それとも単純に王族とパイプがある俺と関わりたくないから一定の距離を保っているだけだろうか。
「【リヴァイアサン寮】の大将として第二王女といえど小娘に連破されているのは許せないだろ。なのに諦めムードとは情けない」
「仕方ないのですよ。それほどに王族の魔力量は人知を超えているのですから」
「第一王子ユリアス様と第一王女フェリーナ様ふたりが【ファフニール寮】の時代は地獄だったらしいしな。まだ常識的な魔力量ランクAの第二王子レオルド様でさえ[軍師]の魔法で【セイリュウ寮】の全生徒のステータス向上させたわけだし、桁違いな魔力量だわな」
あいつらこの魔法学校で好き勝手暴れていたようだ。
上の兄と姉なんて熱血思考で戦闘狂だから生徒たちが振り回されていた光景が目に浮かぶから同情してしまう。
そしてレオルドは去年この魔法学校を卒業しているわけだから第二王女イルミアとも【寮対抗魔法戦】を行っているはず。それなのに『【ウロボロス寮】は無敗』というのはつまり──……。
負けたのか兄よ。妹に。
この魔法学校に潜入したくなかったのは『卒業生が行っては、行方不明に関わっている奴らを刺激するだけだ』と言っていたが。──妹が怖いだけでは?
「だからこそ第三王子アルバート様が国を捨てたのが残念なわけ。もし残ってたら同級生よ。速攻親友ルートっしょ。だって【神種領域ランク】最強の[魔法使い]だもの。同じ寮を選んでもらって『親友伝説』を残したかったと思わん?」
「盾職が薄いようだが、守り切れるのか?」──話の腰を折る。
「お、それはもしかして行方不明のダリアちゃんのことを指摘してる的な?」
「大丈夫です。彼女はそれなりに使える[盾使い]ですが。チームワークが苦手で単独行動ばかり。毎回すぐに退場していましたから。いてもいなくても……」
「そうか」──行方不明の婚約者に随分な言い草ではないか。
しかもダリア嬢を語る瞳に熱がない。自分でも言い過ぎだと感じたのか口をつぐんだ。
ダリア嬢の話題を出したのはブラックに揺さぶりをかける意味と【リヴァイアサン寮】の反応が見たかった。
けれど周囲に顔色を変えた寮生はいない。
「ダリアちゃんはコミュ症だしなぁ。誰かと話してるのなんて【セイリュウ寮】のー……緑髪の低身長たわわ胸ちゃんくらいだな」
「第二王子の婚約者リリーナ様ですね」──彼女も王族関係者のはずだが好印象に微笑む。
「『全生徒と親友になる男』なのに名前を憶えてないのか」
「生徒数えぐいんだって。残り2割は未開拓で未知なわけさ」
人間関係はリリーナのみ。
ブラックや同寮生の反応を見ても孤立していたのは間違いないのだろう。
「いじめを受けていた様子はあったか?」
「この学校に入る前は多少はあったようですが、やはりリリーナ様と交友を持つようになって変わりましたね。誰も第二王子の婚約者を敵には回したくありませんから」
「お前はダリア嬢のことを」──『どう思っているのか』と聞く前にテレムに背中を叩かれ止められた。
「そろそろ【魔法戦】開始だぜ。特攻隊長のオレ達が先頭で【攻撃】しないと寮生のやる気が出ないだろ」
確かに周りの緊張感が増している。
審判らしき教師たちもそれぞれ位置につく。
「おふたり共、無理はなさらぬよう」
「ブラックちゃんこそ、負けるんじゃねぇぞう」──拳を掲げるテレム。
「ええ。負けるにしても恥じのない戦いを」
俺達はふたつの寮の陣地を区切る線の前に立つ。
【ウロボロス寮】の【攻撃】の殺気を浴びる。
「あ、それとアルバちゃん。私物には注意を払えよ。乱戦に乗じて物盗りしようとする連中が一定数いるから。特にアイツだ。【リヴァイアサン寮】の面汚し[女盗賊]ルパナ」
「貴族ばかりの名門校と聞いていたのだが」
「貴族でも十人十色だろ。悪徳だったり、貧乏だったり」
「あいにく盗られるほど高価な物を身に着けていないな」
冗談風に言うとテレムは豪快に笑った。
笑いのツボが浅いのか?
「それなら安心だ。なんにも考えずに第二王女の元へ走っていけるな」──劣等生な俺達にとって【魔法戦】は戦場の中を裸で走り抜ける愚行である。──「さあ、『親友伝説』を始めようじゃないか」
「足手まといにはなるなよ」
柄にもなく拳をコツンと重ねる。
審判である教師が空に向けて魔法を放ち──俺は全力で走った。




