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91 選ばれた理由

 王との面会を終えた俺たちは、王宮に用意しもらった客室に戻った。

 そしてノアに問いかける。



「これからどうするんだ?」



 ノアは少しきょとんとした顔をして「何もしないよ?」と返事をした。

 俺はてっきり、これから女神のもとへ行って話をつけるのかと思っていたのだが……。


 俺が戸惑っていると、ノアがくすりと微笑んだ。



「女神相手に頑張ってくれるつもりだった?」


「いや、まあ、そういう流れかと……」


「そうだね。前回は連れて行ったしね。でもね、今回の女神は少しタチが悪いから、君たちを同行させるつもりはないよ」



 ノアがきっぱりと言い切った。



「僕が君たちに望むのは、あくまで異世界転移した子たちとの対話だからね。問題の解決まで押し付ける気はないよ」


「でも……それなら、本当はノアだけでも十分なんじゃないか?」



 今まで、心の奥で思っていた。

 俺たちが同行しなくても、ノアだけで転移者のケアは可能なのではないかと。

 むしろ、ノア1人のほうがスムーズに事を進められるのではないかと。


 ただ、それを口にしてしまうと、今まで異世界で頑張ってきたことが無駄になってしまうようで、言い出せずにいたのだ。



「そんなことはないよ」



 ノアがまっすぐ俺を見て答えた。



「僕には正直、君たちの心の機微はよくわからなくてね。元の世界に帰してあげるだけなら、確かに僕だけで十分だよ。でも、転移者の心に寄り添ってあげることは難しい」


「そう……なのか?」



 ノアは十分、俺たち人間に寄り添ってくれているように感じる。

 異世界の神々とは、根本的な部分が違っているように俺には思えてならない。



「理解してあげたいとは思うよ。でもさ君たち人間は、僕にとってははるかに弱く、儚い存在だ。だからこそ、ほんとうの意味で理解してあげることは難しい」


「そういうものなのか」


「君たちだって、小さなアリの気持ちを理解することはできないでしょ?」



 冗談めかして、ノアが言う。

 しかし、それは事実だろう。

 俺たち人間とノアとでは、アリと人間以上に大きな違いがあるはずだ。


 それほど途方もなく遠い存在なのだと、不意に感じる瞬間が今までに何度もあった。



「今までの転移者たちを元の世界へ帰してあげたのは、確かに僕だよ。でもね、彼らが前向きな気持ちで帰還できたのは、伊月くんや詩織ちゃんがきちんと向き合ってあげたからだと思う」



 そう言われて、少し照れくさくなった。

 俺たちがきちんと役に立っていたと認めてくれたのだ。

 ノアの言葉はまっすぐで、そこに嘘はないように思えた。



「僕が君たちを鍛えたのは、自分の身を守る力を身に着けてほしいからだよ。装備の効果で多少のことはどうとでもなるだろうけど、何か不測の事態があっては困るからね。誰かと戦ったり、危険な目にあわせたりするつもりはない」


「……わかった。ありがとう」


「こちらこそ。伊月くんも詩織ちゃんも、人の気持ちを大切にするいい子だからね。自分の家族でなくても、きちんと心から向き合ってくれると思ったから、君たちを選んだんだ」


「いや、それならほかの人でも……」


「異世界転移被害者の会の人たち?確かに彼らもいい子たちだけど、自分の身内が後回しになるのは耐えられないんじゃないかな?」



 俺は被害者の会の会合にあまり参加したことがないから、彼らの人となりはよくわからない部分が多い。

 それでも、彼らが心から家族を案じてるのはわかる。

 だからこそ、今までずっと、どうして俺達が選ばれたのか不思議だった。



「俺たちも、本当は娘を……柚乃を真っ先に救いたいと思っていたんだが……」


「それでも、目の前の転移者を見て、被害者家族の話を聞いて、彼らのために最善を尽くそうと思ったでしょ?」


「それは当たり前の……」


「伊月くんや詩織ちゃんにとっては、そうだろうね。でもね、そうして心から人を思いやることができる人っていうのは、想像以上に少ないものなんだ」



 ノアの手が、ポンポンと俺の背中を叩いた。

 頑張った子どもを褒めるような、優しい手つきで。


 その手の温かさに、俺は今までのことがすべて報われたような気がして、少しだけ泣きたい気持ちになったよ。

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