6.14.村総出で
「高さはどれくらいですかね」
「背丈の倍ほどではないか?」
「おお、結構高いですね……。吹き抜けもあるんでもう少し低くしてもいいですか?」
「構わんと思うぞ」
「となると丸太の数は~……。あ、入り口がここなのでこの分は余計か。てなると……」
大工が刃天に細かな話を聞いている中、他の者たちは丸太の長さを合わせる作業を繰り返していた。
特にラグムと他二名が走り回っているので選別はスムーズに行われている。
それが終わるとアオがロープを取り出して長さを指定し、その通りに鋸で切断する作業が始まった。
まだ生木なので斬るのに相当苦労しているようだが、体つくりの一環として丁度良さそうだ。
これは男衆の作業に割り当てられ、他に暇をしている者たちは雪かきをして場所を作ったり、板材にする用の丸太の皮を剥がすといった作業を行っている。
気付けば男衆は全員こちらに集まってきているらしい。
雪が積もってしまったので他にやることもないのだろう。
女性陣は縫物や馬の世話、昼食の準備などをしているようだ。
「おっしゃ切れたぁ……! んじゃこれよろしく!」
「「よっしゃ!」」
「わーちょい待ち! まだこっち準備できてないよー!」
切ったばかりの丸太を運搬しようとしたところで、雪かきをしていた者が待ったをかける。
まだ十分なスペースを確保することができていないらしい。
養生も終わっていないようなので、もう少し時間がかかりそうだ。
楽し気に急かしつつ、彼らは他の作業に取り掛かる。
二年間共にこの地で過ごしてきた村民たちは、やはり信頼関係は良好なようだ。
しばらくすれば指定された長さの通りに切られた丸太が、ようやく確保されたスペースへと運ばれて積まれていく。
長さは大きく分けて正面側と側面側の二種類。
正面玄関になる場所は少しだけ加工が必要だが、それは組み上げる途中で修正すればいい。
さて、ログハウスは壁で支える構造の建造物だ。
ここでも考えなければならないのは屋根の構造である。
「今回は小さいので何とでもなりますが……。大きい家になるとそうもいきませんからね。屋根だけはまっすぐ柱を通すか、それとも屋根まで積み上げていくか……」
「いや、柱を通せ。越屋根に支障が出るぞ」
「ですよね」
となると、本格的に木材の加工を行わなければならなくなる。
丸太を削って組み上げる技術があるなら屋根の柱を通す技術ももちろんあることだろう。
垂木を流すための柱を妻側に作り、桁を繋げて屋根の基盤を整える。
ログハウスの一番上に使用する丸太を加工しなければならないことを伝えると、大工はすぐにその段取りを考え始めた。
「柱は細い方がいいですよね」
「壁に使う丸太ほどの大きさは不要だろう。高所での作業だ。扱いやすい長さと太さで問題なかろう」
「ん~、真ん中に一つ柱を作った方がいいですね。ここは積雪量が凄いですし」
「となると棟を流すために必要な柱を三つ。加工する丸太も三本か」
「柱はどうしましょう?」
「板材を作っている者共がいただろう。そいつらに指示を出せ」
「分かりました。屋根に必要な材料も追加で注文してきます」
大工はすぐに駆けていく。
丸太がこれだけ揃ってきたのだから、屋根の骨組みも準備しておかなければならない。
家一個建てるためだけにここまで苦労するとは思っていなかった。
そう考えると、土方と建築を大工がして、建具屋が居て瓦屋が居て、畳、家具を作る職人が居て……と多くの者たちが一軒の家に携わっているということが分かる。
こんなことならもう少ししっかり見ておけばよかった、と思いながら刃天は息を吐く。
しかし……さすがにチャリーが用意してきた道具だけでは加工しきれない物もあるのではないだろうか。
大きな丸太も板材を切断するような小さな鋸で行っている。
だが大雪なので新しい道具が欲しくても馬車を動かすことはできない。
「難儀な事だ」
「刃天さん刃天さん!」
「ディバノか」
駆け寄ってきたディバノは白い息を吐きながら指をさす。
「ロックブレードベアが出たみたいなんだけど……!」
「ああ? 気配じゃ何も感じんぞ?」
改めて気配を辿ってみるが、やはり村民の気配しか感じ取れない。
うっすらと獣の気配が遠くにあったが、ディバノが指をさしている方角とは違うので別個体だろう。
「今クティさんとテナさんが対応してて……」
「ほう? ……ふむ、場所は分かった」
ポツンと二つだけの気配が少し離れた場所にある。
恐らくそこでやり合っているのだろう。
しかしどうしてもロックブレードベアの気配は感じ取れなかった。
雪が積もると気配を消すことができるのだろうか?
面倒くさいな、と思いつつも刃天はできる限り早くそちらへと向かうことにした。
腰を落としながら静かに走る。
新雪が走り阻害してくるが、なんとか目的地付近までやって来ることができた。
近づくと分かるのだが金属音が鳴り響いている。
どうやらクティが前を張って戦っているらしい。
「お手並み拝見と行くか」
己は嫌われているしな、と鼻で笑ってから気配を消して近づいた。
木の陰に隠れつつ顔を覗かせると、そこには確かにロックブレードベアがいる。
善戦はしているようだが、後方支援に当たっているテナが肩で息をしていた。
こちらはずいぶん消耗している様だ。
「テナ! もう少し踏ん張りなさい!」
「ぜぇ……。分かってますぅ……!」
ふっと腹に力を入れ、片手をクティに伸ばして魔法を使用する。
よく観察してみるとクティの身体能力が少しだけ上昇しているように見えた。
刃天と戦った時よりかはいい動きをしている。
だがロックブレードベアは自慢の刃となっている尾を振り回しながら涎を垂らしていた。
怪我らしい怪我を一切していない。
だというのに『もう少し踏ん張れ』とはどういうつもりなのか。
決め手に欠けているとは思うのだが……。
「むっ」
ロックブレードベアを目視したからなのか、気配が分かるようになった。
どうやら冬になり雪が積もると気配が大きく変わるらしい。
少しばかり分かりにくいが、何とか分かるようになった。
それにより、少し厄介なことにも気づいてしまったが。
「ゴルルル……」
「よし、そろそろいいわね」
クティはスッと槍を構えて愚直に突進した。
それに合わせてロックブレードベアが尾を振り下ろしてきたが、危なげなく回避して真横に躍り出る。
そのまま槍を振り抜いて尻尾を半分切り裂いた。
(ほぉ。雪が踏み固まるまで逃げていたのか)
戦場を整えていた、ということらしい。
足場がしっかりしたことにより本来の力を発揮できるようになったらしく、そのまま二連、三連と槍を繰り出してロックブレードベアを消耗させていく。
だが手負いの獣は恐ろしい。
ぐわっと立ち上がった瞬間、死角から尾を振り抜いてクティにぶつける。
何とか凌いだものの火力は充分だったようで押し返されてしまった。
間合いを再び作られてしまう。
「ゴルルルァッ!」
「シー……」
白い息を吐きながら突進してくる敵を見据える。
尾と爪で同時に攻撃してきたロックブレードベアの攻撃を完全に見切り、二歩で回避して首に刃を叩き込んだ。
「セァッ!」
傷口から大量の鮮血が噴き出し、真っ白な雪を赤く染めていく。
ロックブレードベアは激痛に悶えて逃げようとしたが、途中で体を木にぶつけてしまう。
すると、そのまま動かなくなった。
ようやく勝負が決したところで、二人は大きな息を吐いて脱力する。
テナは膝をついて肩で息を整えている様だ。
相当消耗が激しかったに違いない。
「な、なんとかなりましたぁ……」
「疲れたわ……。テナ、助かった」
「いえいえ……」
「及第点をやろう」
「わっ!」
「げ……」
ニヤニヤと笑いながら登場した刃天に、クティはあからさまに嫌な顔をして出迎えた。
及第点とは何様だ、と思っている面は見ていて可笑しさすら感じられる。
「見ていたのか……」
「邪魔をしては悪いと思ってな」
「助けてくださいよ~!」
「必要ないだろう。さて、お前ら二人に良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」
「え……。じゃ、じゃあいい方で……」
テナがそう言ったので、刃天は『よし』と言って栂松御神を抜刀した。
それに目を瞠った二人だったが別に敵対するつもりはない。
「まずいい知らせは俺がこの場に来たこと」
「それの何処がいい知らせなんだ……」
「んじゃ悪い知らせな。もう一匹来てるけど、お前らでやるか?」
「「!?」」
二人がガバッと立ち上がって警戒すれば、先ほど仕留めたロックブレードベアの側で寄り添うようにして睨みを利かせているロックブレードベアがいた。
先ほどの個体よりも大きい。
だが二人にはもう一匹と対峙するだけの体力はなさそうだった。
とはいえ少し意地の悪い問を投げてやりたい。
刃天はニヤニヤと笑ったままおどけて見せた。
「どうする? お前らでやるか?」
「無理です!」
「ぐ……」
テナは素直に首を横に振った。
クティも今の体力ではもう一匹を無傷で仕留めることは難しいと分かってはいるらしい。
まぁ見たい顔も見れたので肩だけで笑いながらロックブレードベアに向きなおる。
口笛を吹いて挑発してみると、案外簡単に釣れた。
鋭い眼光を光らせながらのそりのそりとこちらへ近づいてくる。
持ち上げられた刃の尾は図体の半身ほどの大きさがあるようだ。
これは高く売れそうである。
ボッと風を斬りながら振り下ろされた尾を半身で躱す。
その次に刃の付け根を力いっぱい握った。
ロックブレードベアが尻尾を引っ込めると、刃天もそれに引っ張られて急激に接近する。
「ゴァ!?」
「出迎えご苦労」
間合いを見て手を離し、懐へと潜り込む。
すぐに凶悪な爪が襲いかかってきたが前転で回避しながらロックブレードベアの足元で止まり、再び襲いかかってきた爪を大きく後方に跳躍して回避した。
二歩歩いて切っ先を突き上げるとロックブレードベアが牙で噛みつかんと襲いかかってくる。
だが途中で全身の力が無くなったようで、どうっ……と倒れて刃天が立てていた栂松御神が顎に突き刺さり、頭部から刃が飛び出す。
「こいつはこうやって仕留めるんだよ」
その直後、ロックブレードベアの腹部がボヂョッという音を立てて開き、内臓があふれ出た。
刃をゆっくり抜いて血を布で拭い取った後、静かに納刀する。
これがロックブレードベアの刃を傷つけることなく、更に毛皮にも最大限傷を付けずに仕留める方法であった。
「ほぇ……」
「なん……だと……」
刃天は先ほどクティが一生懸命踏み固めて作った場所を使用しなかった。
足場の有利は相手にあったはずなのに、こうもあっさり仕留めてしまったことに驚きを隠せなかった。
それはテナも同様である。
「今日の晩飯は豪華だな。お前らこれ見てろよ。俺は皆を呼んでくる」
そう言い残し、刃天は軽く手を振って歩いて行ってしまったのだった。




