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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第六章 冬
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6.8.やりたいこと


 空気が透き通るような匂いとなりはじめた。

 胸が透くような冷たい空気が肺に入ってくる。

 こういう時は決まって冬の訪れが近いことを示しているのだが、空を見やってみればまだ黒い雲は流れて来ていない。

 日ノ本とは別の世界のなのだから、気候なども違いがあるのだろう。

 だがなんにせよ冬が近いことは確かだ。

 この調子であれば水売りが寄越すであろう手先が来るよりも早く雪が積もることだろう。


 大樹に背を預けて昼寝をしていた刃天は、戻って来る馬車の気配に気がついた。

 片目を開けて意識を集中させる。

 見知らぬ気配が他に数名あったからだ。


 どうやらチャリーは大きな荷物を抱えて戻って来たらしい。

 ロックブレードベアを売って少しは目立ったのだろうが、まさか早速人間を連れて帰ってくるとは。

 そこまでの余裕はないぞ、と小さく舌を打ってから立ち上がり様子を見に行くことにした。

 素性も知らない人間を簡単に村に近づけさせるわけにはいかない。


「おう、少し席を外す。そのまま続けてろ」

「「「「はいっ!」」」」


 村の若い衆がゴブリンから奪った剣で懸命に木を切っている背中に声をかけ、その場を離れていく。

 チャリーがいなかった間は特に大きく変わったことはない。

 なにせ街から届く予定の開拓道具待ちなのだ。

 できたことと言えば、もう一体ロックブレードベアを狩って食料に余裕が出たところくらいか。


 アオが水の管理もしてくれているので水質に問題はない。

 村民たちも好きに水を口にでき、好きに料理や洗濯などに使えると喜んでいる。

 今までは倹約と節約の繰り返しだったからか、遠慮気味な者もいるようだがそこは慣れていくことだろう。


 さて、問題はこっちだ。

 肩を回しながら速足で気配のする場所へと向かった。

 坂道を降りていけば丁度馬車が二台上がってくるところだ。

 チャリーは刃天に気付いたようで手を振っている。

 だがその表情は引きつっていた。

 おおかた、何を言われるか気が気じゃないといった様子だ。


 刃天は栂松御神をいつでも抜刀できるようにしつつ、馬車に近づく。

 チャリーが手綱を操って馬車を停めると、後ろを付いてきていた馬車もゆっくりと停止した。


「チャリー殿! どうされましたかー!?」

「村の者です! まずは彼に事情を説明しなければなりません!」

「なるほど、分かりました!」


 トールたちが準備を済ませる間に、チャリーは刃天に軽く説明をしておく。


「刃天さん。開拓道具ですが、ロックブレードベアの素材を売却した資金でこちらは滞りなく購入できました。ですがその帰路でレスト領領主、ウルスノ・レ・カノベールのご子息を発見し、お連れした次第です」

「役に立つのか?」

「領主の息子です。三男坊ですが貴族は貴族。少し問題があって家を追放されたような身なのですが、上手くいけばアオ様に権力を授けられる人間になるかもしれません」

「ほ~う? つまりお上の子か。名のある家の出ならば手柄たてりゃ目立つし褒美も与えやすいだろうな。だが……」

「……だが?」

「俺の嫌う気配だ」


 刃天が視線を移せば、丁度四人が歩いてきているところだった。

 執事と騎士二人は別にいい。

 だがそこにいる子供は、刃天にとって不快なものだった。


 そんなことは知らず、四人は簡単に挨拶をした。

 チャリーは刃天が自分から挨拶をしないので、ささっと名前だけを四人に伝える。

 それからトールが話しかけた。


「貴方がこの村の代表ですか?」

「いいや。俺のことは用心棒だとでも思ってくれ。んで? そこのガキはなんでそんなしけた面ぁしてんだよ」

「なっ……! 無礼者! 今の話を聞いていなかったのか!? ここに居られるのかカノベール家三男のディバノ・レ・カノベール様だぞ!」


 クティが槍を前に出してそう発言した。

 穂先を向けられても知らん顔をしている刃天は目も合わせようとしない。

 ただじっとディバノを見ているだけだ。


 それが癪に障ったのか、クティはキッと睨みを強くして刃天にすごむ。


「おい! 聞いているのか貴様!」

「あのー……クティさんでしたよね」


 チャリーが愛想笑いを浮かべながら手を前に出して止めるように促してくる。

 だが仕えている者がこのような言い方をされて黙ってはいられない。

 クティは次にチャリーへと視線を向けて睨みつけた。


「最低限の口の利き方というのがあるだろう!」

「いやぁそうなんですけどそうじゃなくて……。まず槍を下ろしてください。貴方じゃ刃天さんには勝てませんよ」

「なんだと?」

「まず刃天さんは誰に対してもこんな感じです。育ちの問題ですハイ」

「お前それは一言余計だろ」


 とはいえチャリーの言った言葉は事実なので完全に否定はしない。

 底辺這いずって力だけでのし上がってきた男なのだ。

 こんな言葉しか使えないのだから仕方がない。


 すぐにでも飛び掛かりそうなクティをテナが宥めるが、邪魔だと言わんばかりに手を振り払って遠ざける。

 トールも声をかけようとしたが、その前にディバノが口を開いた。


「クティ。駄目だよ」

「しかし……! ガキはないでしょうガキは!」

「僕たちはここでお世話になるかもしれないんだよ。印象が悪くなる前に槍は下げてね」

「んぐ……」


 そう言われてようやく一歩下がり、槍を下げたが不満げに石突を地面に叩きつける。

 そっぽを向いてしまったがこれで話は出来そうだ。


 今の会話を聞いて、刃天は少しディバノという子供に対する印象を修正した。

 もうすべてがどうでもいい、何もやる気が起きないといった様子の気配を駄々洩れにしていたのだが、目下の人間に遜ることができる。

 自分の立場をよく分かっている子供だ。

 とはいえ目が曇っているのは確かである。


「んじゃ話を戻そうか? お前何でそんな面してんだ?」

「……いろいろありました。実の兄弟からは裏切られて冤罪を被せられ、お父様は僕の言葉の一切を信じず家を追い出しました。これからどうすればいいのか、僕にはわかりません」

「ディバノ様……」

「おいおい待て待てぇ……。チャリー! こんな使えねぇやつ連れて来てどうすんだよアホ!」

「ええっ!? いやあのそれはマズいですって!」

「なんだと……?」


 刃天の発言が再びクティの鎮まった炎を再発火させた。

 もう我慢ならん、と槍を再び持ち上げて切っ先を刃天へと向けようとしたが……槍が動かない。

 地面深くに突き刺したわけでもない石突が持ち上がらないのだ。

 何故だ、と槍を見やれば細い片腕がクティの槍を動かさないように握られている。


 槍を握っているのは……刃天の隣りに先ほどまでいたチャリーだった。


「……!?」

「まぁまぁ……刃天さん、これからいい説得すると思いませんでちょっと見ときましょ。村の人たちもこんな感じで奮起させたんですから」

「チャリー殿……!? どうやってここまで……。それに……!」


 凄い力だった。

 どう頑張っても槍が持ち上がらない。

 逆に槍の石突が地面に少しめり込んだように感じられた。


「光元素……」


 誰にも聞こえない声で、テナがぽそりとそう口にする。

 彼女にはどうやらこの魔法に見覚えがあったらしい。


 チャリーとクティのやり取りを横目で見てから鼻で笑った刃天は、再びディバノに視線を戻す。

 先ほどの言葉を受けても特に何か感じている様子はない。

 表情は動かず、人形のようだと思った。

 この子が経験したことで襲ってきた感情はおおよそ大人では共感できないものだろう。

 いくら同情したって解決するわけではない。


 だが刃天は知っている。

 まだ大人がいるだけいい方だ。

 四方八方を見ても助けを求められない時があった。

 今日その日、何かを食べて生きていくことだけしか考えられなかった時に比べれば、このディバノの境遇はまだ救いがある。


 アオをのし上がらせるために必要な存在なのだ。

 こんなところで折れたままにしておけるわけがない。


「おい小僧。本当に何すりゃいいのかわかんねぇのか?」

「何もかも、勝手が違うじゃないですか……」

「ああ~ちげぇちげぇ。俺はそんなこと聞いてんじゃねぇんだよ」

「え?」

「その日暮らしなんて誰だってできるんだからそんなちっせぇ事考えなくていいんだよ。俺が聞いてんのはどう生きていくかじゃねぇ。お前がどうしたいかだ。それ考える余裕はお前にあるだろ」


 ディバノは少し目を瞠った。

 確かにどう生活していけばいいかをずっと考えていたような気がする。

 初めて出る外の世界は、屋敷の中とはまったくの別世界の筈だ。

 何も知らない荒野に放り出され、自分たちの力だけで生きていかなければならないと考えるだけで不安が込み上げてくる想いだった。


 だがそれは些細なことだ。

 ベッドがなくても眠れるし、水さえあれば暫く生きられるし、なによりディバノには頼れる執事と騎士がいた。

 それだけで生きていくに困ることは絶対にない。


「……僕は……」


 何がしたいんだろう?

 漠然と出てきた問いにすぐ答えることはできなかった。

 この屋敷の外の世界で自分がやりたい事とは一体何なのだろうか。

 自分ができる事とは、一体何なのだろうか。


 ぼんやりと空を見上げるだけで口を動かさないディバノに、刃天はさらに続けた。


「悔しくねぇのか?」

「え?」

「血の繋がった身内から裏切られて、悔しかねぇのかって聞いてんだ。いや、あれか。まだまだガキンチョのお前には早すぎた問いか? 俺がお前と同じくらいの歳の頃は人を恨むだなんて余裕なかったからなぁ」

「恨む……」


 そんな感情、子供が持っていいものではないが今のディバノには必要な気がした。

 ただ軽く話を聞いただけではあるものの、ディバノが家族を恨んで良い理由はある。

 とはいえ、やはり恨みという感情はまだこの子には早かった。


「よく分からない、です」

「まぁお前にとっちゃあ難しい話だろうな」

「でも、なんで……僕の家族はそんなことをしたの? ……でしょうか?」

「じゃあお前が家を追い出されてできなくなったことはなんだ」


 ディバノは問われて考える。

 しかし答えはすぐに見つかった。


「……僕はお父様を怒らせた……。もう領主にはなれない。お父様の跡を継いで、レスト領の領主にはもう絶対になれない」

「んじゃあこの先にある村の領主になって、新しく国作ればいいじゃねぇか。馬鹿か?」

「へ?」

「「「はぁ!?」」」

「おおう……。飛躍しすぎですよ刃天さん……」


 だが不可能じゃない。

 刃天は大きく手を広げて今頭の中にある理想の形を口にする。


「なぁに難しい事じゃねぇ! 俺らは今からダネイルの国から来る軍を返り討ちにしようと村を開拓してる途中だ! 幸いこの辺りは最前線! 手柄が向こうからやって来るんだ悪かねぇ場所さぁ! まぁ街があるがありゃすぐ落ちる。んでよ、手柄を立ててお上に敵の首掲げて言ってやんのさ! 『どうだ見たか!?』ってなぁ!」

「う、うん、うん」

「そしたらお上は『あの村には誰がいる、誰が仕切っている』と噂が立つ。んでお前の出番よ! 名のある家の出の三男坊ってなればお上も分かるだろうよ! 目ぇ引ん剝くほどの手柄立てても胸張って知らせられる存在って訳だ。お前はいるだけで目立ち、注目の的となる!」

「うん、うん……!」

「そしたら一族も見返せるし向こうもお前という存在を認めざるを得なくなる! 長男坊と次男坊よりが越えられねぇ程の、どでけぇ手柄を掲げて凱旋するってなりゃあ……あいつらがどんな顔してお前を出迎えてくれるか見ものじゃねぇか?」

「僕が……領主になれるかもしれない? 家に戻れるかもしれない?」

「そりゃあお前次第だ」


 この村を中心として開拓するもよし。

 屋敷に戻って上に立ち、この辺一帯を管轄するもよし。

 手柄がどう転んだとしても、名のある家の出であるディバノに協力した刃天たちは彼から信頼を置かれ、何かしらの地位を得ることができるかもしれない。

 そのためにも勝つことが大前提ではあるが……なんとかなるように、今開拓している最中だ。

 基盤は整い始めている。


 さて、これを聞いてもらったうえで今一度確認しなければならない。

 刃天は腕を組み、再度問う。


「んで、お前は何をしたいんだ?」

「……村の皆さんが良いのであれば……。カノベール家の人間として、この村の開拓をお手伝いさせてほしいです」

「それで?」

「大きな手柄を立てて……認められたいです!」

「よぉし! よく言った!」


 刃天はディバノを捕まえ、持ち上げて肩に乗せた。

 突然のことで驚いた様だったが、まだ子供なのでいつもとは違う視線に興奮しはじめる。

 トールがわたわたと慌てているがガン無視を決め込んで村へと歩いていく。


「ちょちょ、刃天殿……! そんな乱暴な!」

「人間そんなやわじゃねぇよ。さぁ、チャリー! さっさと馬車持って来い!」

「はいはい……。では付いてきてくださいね」

「チャリー殿も止めてください!」

「あ、無理です」


 逃げる様に御者の席に付き、先に進んでしまった刃天たちを追いかける。

 トールと二人の騎士も慌てて追いかけた。

 そんな様子を無視して、刃天は軽くディバノと会話を続けながら歩いていた。


「お前戦えんのか?」

「戦える……ます」

「ああ、言葉は崩せ。面倒くせぇからな」

「あ、わ、分かった……。僕は炎の元素を少しだけ操れるよ」

「へぇ、炎か。アオとは正反対だな」

「アオ?」

「お前と同じような歳の子供がいるんだ。仲良くしてやれよ」

「へぇ……」

「あ! そうだった伝え忘れてたな!」


 急に立ち止まり、刃天は振り返る。

 チャリーの後ろから付いてきている三名に届くように声を張った。


「おおい、お前らぁ! 言うのを忘れてたがー! この村はダネイルに情報渡してて手柄立てて挽回しなきゃ極刑に処されるからー! 覚えとけよぉ~!」

「「「「ええええええええ!!?」」」」

「あ、そうだ説明してなかったですね」

「チャリー殿おおおおおお!?」


 四人の悲鳴と、最後にチャリーに迫りながら声を上げたクティの叫び声が森の中に吸い込まれていった。


 そこでふわり、と小さな雪の結晶が舞い降りてきたようだ。

 冬はもうすぐである。


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