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【完】異世界にてやりなお死  作者: 真打
第六章 冬
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6.2.設備


 その晩、村の中は暗かった。

 一つの大きな峠を越えた村だったが、その疲労は大きかったようで率先して手を汚したローエンでさえ早い時間から眠りについている。

 だがほとんどの者は眠れないらしい。

 その理由はなんとなくだが分かる。


 この雰囲気の暗さは今後の不安から来るものが大きいのだろう。

 一度は団結して立ち上がったが、いざ直面して意気消沈することはままあることだ。

 今回は更に人を実際に殺めるという選択をした。

 これにより心身の疲労はより一層大きなものになっているのだろう。


 刃天は一人夜の警戒をしながら木に背を預けていた。

 山の中、森の中にいると熟睡は絶対にできない。

 寝ていたとしても何か気配があれば起きてしまうし、仲間が動いた時ですら目を覚ましてしまうのだ。

 もう慣れてしまったので特に問題はないのだが。


「んで? お前も眠れねぇのか?」

「……うん」


 木の陰から顔を出して覗いてみれば、アオがこちらに近づいて来ていた。

 その腕の中ではロクが気持ちよさそうに眠っている。

 アオはこちらに近づいて刃天とそう遠くない場所に腰を下ろした。

 気温は随分低いのだが、ロクが温かいので平気なのだろう。

 

 二人はすぐに会話をする事はしなかった。

 なぜこんなにもどんよりとしているのか、双方が把握しているからだ。

 こういう時、一番上に立つ長は最もつらい立場にあるかもしれない。

 この選択が正しかったのか、これでいいのか、と他の者以上に思い詰めてしまう節がある。


 いくらアオが聡いとはいっても、こうして一番上に立つのは初めての経験だろう。

 大きな責任感に押しつぶされていないか気になったが……。

 どうやらその心配はないらしい。


 夜だからか、それともアオの特別な瞳のお陰なのか。

 いつもより輝いている眼は力強い。

 選択をしたことによる後悔はしておらず、次にどうするかをしっかりと計画しているようだった。


「良い眼をしているな。生意気な」

「そう?」

「良いことだ。さて、これよりどうする?」


 アオは聡いが、これから先のことを理解しているのか確認したかった。

 とはいえ村を強固なものにするための知恵は、刃天は多く持ち合わせていない。

 己も先のことを理解するために、この問いを投げたのだ。


 アオは少しも悩むことなく、すらすらと口を動かした。


「冬に向けての食料事情の把握は済んだよ。保存食は水売りの馬車に多く積まれてたし、今回は狩りもできるだけの知恵と人手がある。少なくとも食べ物には困らない。直近の問題は衣服とかかな……。これは獣の皮でなんとかしたい。家も修理しないといけないんだけど道具がなくてできない……。木の皮で隙間を塞ぐしかないかも」

「防衛策はどうする。堀は作るか?」

「とてもじゃないけど作れないよ。柵を作るだけで精一杯だと思う。でも、雪が降れば間に合う」

「確かにな」


 山に雪が積もれば、水売りの安否を確認しに来る調査隊も身動きがとれなくなるだろう。

 そうなれば調査は春までお預けだ。

 この間……この村は多くの準備を整えることができる。


 隣の街であれば徒歩でも行けるので、そこで様々な物資を調達できるだろう。

 そうなると獣の皮などは向こうに卸したほうがいいかもしれない。

 ここは要相談だが、隣街の物資を確認してからでもよさそうだ。


「む……。馬の餌も必要だな……」

「小屋もあったほうがいいんだけどね。ちょっと厳しいかも」

「商いに詳しい奴はこの村にいたか?」

「ううん、どうだろう。そこはチャリーに任せてもいいかも」

「もとより諜報向きの戦い方だったな。では一応その方向で進めよう」


 二人の間で話が進んでいく。

 ここまでくると村民がなにを得意としているのかも把握したほうが良さそうだ。

 とはいえ今すぐにそれは難しいので、これは後回しでいい。


 そこでふと、刃天は首を傾げた。

 すぐにアオの方を向いて問う。


「金は?」

「ないよ?」

「だよな?」


 致命的では? と思わずにはいられない。

 分かっていた事ではあるが物資を整える手段として最も効率的なのは、金銭でのやり取りだ。

 これができないとなると、準備に相当時間がかかる。


 村の設備を整える事が最優先事項ではあるが、金策も並行して行わなければ今後に差し支えるだろう。

 やはり獣の肉や毛皮は町に卸した方がいいかもしれない。


 となれば……早い段階で隣街を下見に行ったほうがいいだろう。

 売買ができる場所の発見ができれば贔屓にすればいい。


「なんにせよ、まずは斧だな……。木の枝だけで作る訳にもいかん」

「柵を作ろうにも道具がないと難しいもんね」

「ああ。数が揃えられればいいが」

「う、ううん……」


 石斧でも作った方が早いだろうか?

 だが時間はまだあるはずなので、隣街の下見をしてからでも遅くはないだろう。


 とはいえやることは多い。

 いくら冬を越せるだけの食料が手に入ったとはいえ、村の防衛設備、及び生活基盤の安定、水売りの襲来、交易に仕える特産品の量産、金銭……。

 細かく数えていけばキリがないが、今はできる事しかできないのだ。

 そこまで先のことを考えていると今を見失う。


 まだまだ兵士も弱い。

 魔法を使える者は少なかったようで、戦う意志のある者は刃天とチャリーから戦い方を習う予定だ。

 刃天ができるのは素振り指導くらいなものだが。


「さ、もう寝ろ」

「うーん……眠くない……」

「だったら音でも聞いてろ」


 その回答に首を傾げたアオだったが、刃天はそれ以上説明することなく目をつむった。

 眠ることはしないが、周囲に気だけ配っておく。


 大きく息を吐きながら、昔のことを思い出す。

 貧弱な仲間が加わった時は一番大変だった。

 仲間になる以上、何か価値を見出させなければ厄介払いされるのがオチだからだ。

 戦える奴なのか、動けるだけの奴なのか、他の知識に明るいのか……。

 色々聞いた記憶がある。


 最もそういったことは他の仲間に任せていたので、刃天はあまり覚えていない。

 とはいえそれを皆に任せてから離反する者は減った気がする。

 己はその辺りの才がなかったのだろう。


(しっかし……子供を拾って守りながら戦って、ついにこんな村づくりまでやるとはな)


 今まで考えたこともなかった。

 常に略奪を繰り返していたがために、村や町の事情など知る由もなかったのだ。

 そんな己が今こうして村の為、ひいてはアオの為に何かしようとしているというのが可笑しかった。

 昔だったらそもそも子供も拾わないし、あの商い人の荷馬車でも奪っただろう。


 それがどうだ。

 再び作って立ち上がろうとしている仲間を持った。

 人を殺して幸は減っているはずなのに、こうして多くの者たちと出会えるというのはなんだか妙な気分だ。

 これを一言で言い表すならば……。


(悪くない)


 これに限る。

 とはいえこの村の峠はまだ先だ。

 峠を下るまで己はここに居られるのだろうか、となんともしんみりする考えが浮かんだが、軽く頭を振ってその考えを吹き飛ばした。


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