第七十六話:経験値のために
「神に祈りを捧げ、って簡単に言うけど、神官でもないのにそんな簡単に力を貸してくださるの?」
「【アコライト】には神官という意味もあるの。だから、祈ればきっと願いは通じるの」
「ふーん」
一応頑張ってそれっぽいことを言って見たりはしているけど、ぶっちゃけ本当に効果があるのかは知らない。
『スターダストファンタジー』においては、神様は複数いて、それぞれ司るものが違っていた。【ヒールライト】の場合、癒しの力が必要となるから、癒しを司る神様に祈りを捧げているというわけだ。
ただ、これはあくまで『スターダストファンタジー』の設定であって、この世界の設定ではない。
恐らくだけど、この世界を治めていると思われる神様は別の存在だろう。そうでなければ、同じようなクラスを持つ人がいるはずである。
でも、それだと少しおかしいんだよな。
だって、この世界の人達が使う【治癒魔法】はただの魔法だからともかく、【ヒールライト】とかのスキルはそう言った神様の加護を用いたスキルだ。
しかし、この世界にはその祈りを捧げる対象である神様がいないはずである。そうなると、本来だったら発動しないのでは? という疑問が出てくる。
この世界の神様がうまく調整してくれているのか、それとも効果だけが再現されていて、神様への祈りはあまり関係がないのか。もし前者だったらこの世界の神様には負担を強いることになって申し訳ないな。
「まあ、言いたいことはわかるわ。常人の【治癒魔法】では足りなくても、神様の力を借りれば可能となる。それは道理ね」
「理解できるの?」
「理屈はね。でも、ただ単に神様に祈るだけでそんな力が手に入るなら、この国はともかく、他の国では優秀な治癒術師なんてたくさんいるんじゃないの?」
この国はどうやらそこまで教会の力が強くないらしい。
神様に祈るのは実力のない者がその現実を受け入れられずに縋りつく最後の悪あがきという扱いらしく、レベルアップ以外で神様に祈るくらいなら自分の実力で力を手にするべきという考えらしい。
だから、アルマさんも一応神様を信仰してはいるものの、そこまで頼る気はないようだ。
というか、どうやらこの世界の宗教は一神教らしい。この世界を創造した唯一神が世界を治めているという話のようだ。
だから、そもそも癒しを司る神様なんてものは存在せず、祈るとしたらその唯一神になるようである。
なんか、それだと【ヒールライト】を使えるようにはならなそうだなぁ。俺やシリウスが特別なだけで、この世界の人は使えそうにない気がする。
「多分、私とこの国の人では信じている神様が違うの。他の国も同じ。だから、私と同じ方法では使えないと思うの」
「信じている神様が違うって、他に神様なんているの?」
「私のいた場所ではそう信じられていたの。戦いの神様や癒しの神様、いろんな神様がいるの」
「教会でそんなこと言ったらぶっ飛ばされそうね」
だろうね。だからこれを言いふらすつもりはない。
どうせ、関係あるとしたら【ヒールライト】などの回復系のスキルだけだし、日常会話で神様の話をすることはないだろう。
まあ、それでもこの世界の神様について少しくらいは知っていてもいい気はするけど、それは追々ね。
「私もその癒しの神様っていうのを信仰すれば、使えるようになるかしら?」
「多分それだけじゃ無理なの。だから、安易に改宗するのはやめるの」
対象となる神様がどこにいるかわからないのになぜか発動するスキルだ。こんな謎が多いもののために改宗なんてさせられるはずがない。
やるとしても、どういう原理でスキルが使えているのかを解明してからだな。いつになるかわからんが。
「そっか。やっぱり、私じゃ無理なのかな」
「まだ手はあるの。そのためには、やっぱり経験を積む必要があるの」
「魔物を倒すって奴? でも、こんなところに魔物なんて来ないと思うけど」
「だから、ここは一つ、依頼を受けようと思うの」
「依頼?」
依頼。すなわち、冒険者ギルドで魔物討伐の任務を受けるという話だ。
もちろん、本来ならこんなことしている場合ではない。一刻も早く王都に向かい、シリウスを回収しなければならないだろう。
しかし、約束した以上、ここまで成果なしでは俺の気が済まない。
ならば、ここはさっくりと依頼の一つでも受けて、ちゃちゃっと経験を積むべきではないだろうか。
スムーズに進めばロスはせいぜい数時間程度だろう。今日はこうしてこの町に滞在する予定なのだし、なるべくその時間内で済ませてしまえば問題はない。
どのみちシリウスが馬車で向かっていたのなら間に合わないわけだし、ここは徒歩で移動したという可能性に賭けて時間をかけてみるというのも手ではないだろうか。
うん、それがいい。きっとそれが近道のはずだ。
「なるほどね。まあ、必要というのなら私は構わないけど……いざという時は助けてね?」
「当然なの。アルマ様には指一本触れさせないの」
近接戦をするならともかく、魔法による遠距離攻撃を主とするなら近づかれる前に倒せばいいだけの話である。
パーティさえ組んでいれば自分で倒さなくても経験値は分配される仕組みのようだし、アルマさんがある程度攻撃して、俺が止めを刺すというのを繰り返せば、そこまで難しくはないはずだ。
「頼もしいわね。それじゃあ、さっそく行く?」
「まあ、近場の依頼があったら行くの」
現在時刻はお昼過ぎ。移動の時間を考えると、あんまり遠くには行けない。
近くに森でもあればいいのだけど、生憎この近くには森はない。ずっと平原が続いている。
運が悪ければ、会えない可能性も普通にあるかもね。
「それじゃあ、私は依頼を探してくるの。アルマ様は休んでいるといいの」
「わかったわ。気を付けてね」
成果の上がらなかった訓練を終えて、私は屋敷を出て冒険者ギルドへと向かう。
あんまりにも小さな村とかだとない場合もあるが、この町にはしっかりとあったようだ。
両開きの押し扉を開けて中に入ってみると、それなりに広い空間に何人かの冒険者らしき人物の姿が見える。
俺が入ってきたことに気づいたのか、何人かの視線がこちらを向いていた。
さて、掲示板は……あれか。
「さて、ちょうどいい依頼は……」
冒険者ギルドの依頼は、こうして掲示板に張り出されている。
それを見て、自分にできそうな依頼を選び、受付に持って行って受理してもらえば、晴れてその依頼を受けることができるのだ。
この世界でもそのシステムは変わらないようで、難易度別にいくつかの依頼が張られている。
理想なのは、日帰りできるような近場で、且つ数が確保できるものがいい。
もちろん、経験値を稼ぐのが目的なら強い魔物を倒した方がいいに決まっているが、現時点で数百の経験値を必要とされているのを考えると数が多い方が楽だ。
できるなら、それ以外の魔物も出てくるような場所だともっといい。巣穴が近いとか、そんな感じのがあればいいんだけど。
「んー、これがちょうど良さそうなの」
少し高いところにあった依頼をジャンプしてはがす。
その依頼の内容は、魔物同士の縄張り争いをどうにかしてほしいというものだった。
この町から少し行ったところに、魔物の巣穴があるらしい。それだけだったら特に珍しくもないのだが、今回はその巣穴の近くに別の魔物の巣穴がたまたまあったらしく、よく小競り合いをしているようだ。
町から離れているし、街道からもそれなりの距離があるから普段は気にはならないが、たまに縄張り争いによって負傷した魔物が町にやってくることがあるらしい。
手負いの魔物は凶暴性が高く、被害が甚大になりやすい。今までにも、警備兵やたまたま通りかかった一般人が被害に遭うことがあったらしく、早急な討伐を求められているようだった。
この依頼なら、二種類の魔物を同時に相手にすることになる。それに巣穴があるということは数もそれなりにいるだろうし、経験値稼ぎにはもってこいだろう。
「あん? こんなところでガキが何してんだ?」
さっそく依頼を受け付けに持っていこうと振り返ると、そこにはいつのまにか男が立っていた。
頬に大きな傷があるスキンヘッドの大男。随分と強そうなオーラを放っている。
これはなんだか面倒なことになりそう……。
俺は気づかれないようにそっと息を吐くと、その男に向き直った。
感想ありがとうございます。




