第三十二話:クラスの設定
まず聞かれたのは、『上昇させる能力値を選んでください』というものだった。
これは俺がレベルアップした時にも聞かれたことで、能力値を三つまで上昇させることが出来る。ただ、これは『スターダストファンタジー』での仕様のはずだ。
この世界の人達の能力値を見てみると、レベルに対して明らかに能力値が低すぎる。俺はこれをレベルアップ時のボーナス分がないからだと考えていたが、こうして上昇させることが出来るあたり違うのだろうか。
とりあえず、適当に筋力を選択してみると、特に警告もなくすんなり上げることが出来た。
あれ、これは同意はいらないのか。本人の能力値に関わることだからてっきりこれも同意が必要なのかと思っていたけど。
でも、よく考えたら確かに必要ないかもしれない。
というのも、本来上昇させる能力値はランダムで決定され、自分で選ぶことはできない。ただ、本人が望む場合はゲームマスターの許可を得ることで任意の能力値を選ぶこともできる。
これは裏を返せばゲームマスターが能力値を割り振っているとも言えるから、ゲームマスターであった俺は上昇させる能力値を好きに選べるのかもしれない。
「あー、カシュさんは何か伸ばしたい能力とかあるの?」
「能力ですか? そうですね、あまり力がないので筋力がついてくれると嬉しいです。後、体力も欲しいですね。今のままだと割と疲れますし」
「ふむふむ」
となると、筋力に振ったのは正解だったか。適当に振ってしまったからいらないとか言われたらどうしようかと思っていた。
それじゃあ、筋力と体力に振るとして……後は器用でいいかな? 弓使いになるなら器用は絶対に必要だし。
そういえば、能力値の項目は一緒なんだな。世界が違えばこれも変わるかと思っていたけど、どうやらそういうわけでもないらしい。
まあ、言葉が通じたりする時点で似た部分があるのはわかっていたし、そこまで驚くことでもないか。
能力値を振り終わると、今度は『スキルを取得するかクラスチェンジするかを選択してください』と出てきた。
これも俺の時と同じ。これはどうやらこの世界の仕様というより『スターダストファンタジー』の仕様が適用されているのかもしれない。
俺がこの世界の人間じゃないからか、俺がさせるレベルアップはこの世界のレベルアップと少々異なるのかも。もしかしたら、能力値が上昇したのも俺がレベルアップさせたからではないだろうか。
だとしたら、普通にレベルアップさせるよりも強くなってくれる可能性がある。これは誤算だったが、嬉しい誤算だ。
「カシュさん、なりたいクラスか取りたいスキルはあるの?」
「クラス、が何かわかりませんが、今一番欲しいのは【弓術】ですね」
「む、そうなの」
そういえば、キャラシを見てもクラスの部分は空欄になっていた。
この世界にはクラスというものがないらしい。ということは、クラス補正もないのか。補正は結構強力なものだからそれがないのは厳しそうだ。
でも、わざわざクラスチェンジするか聞いてきたってことは、俺ならばクラスを付けることが出来るのか?
流石に選んでしまうと後戻りできないからまだ選択はしないが、その可能性は大いにあり得る。
それに、もしかしたらスキル取得の方もやばいかもしれない。
さっきカシュさんは【弓術】が欲しいと言っていたが、すでに【弓術】は取得している。普通ならば同じスキルを取得すると、その分だけそのスキルの効果が上昇していくという形になるはずだが、この世界のスキルはほとんどが【弓術1】のようにスキルレベルが存在する。
ここでスキル取得を選択して【弓術】を取れば、そのままスキルレベルが上がるんじゃないだろうか?
スキルレベルは修行や魔物の討伐によって上げることが出来る。しかし、それがレベルアップでも可能と考えると割と強い。
なにせ、一か月以上訓練を続けてようやくスキルレベル2~4程度なのだ。スキルは一度に二つまで取得できるから、両方とも【弓術】を取得すれば一気にスキルレベルが二つも上昇することになる。
それはスキルレベルが高いほど効果を発揮するだろう。スキルレベル上げに一か月かかっていたのが、経験値を使うとはいえ一瞬でできるのだから。
これは……悩む。
後々の事を考えたらクラスを取得した方がいいだろう。スキルレベルは現状でも上げる手段があるが、クラスは恐らく俺がレベルアップに携わってやらなくては取得することが出来ない。
能力値が低いうちは微々たる変化だが、後々になってくれば補正はだいぶ重宝するものだし、今のうちにクラスを取っておいた方がいいはずだ。
しかし、スキルの方を上げるのも悪くない。なにせ、現在の兵士達は多くがスキルレベル3だ。ここにレベルアップによる上昇が加われば、スキルレベルは一気に5まで上がる。
スキルレベル5は俺が目標にしている数値だ。ここでスキルを取得させてしまえば、その目標を一気に達成することが出来る。
どちらにもメリットはある。個人個人の能力値を優先するか、目標達成を優先するか、どちらにしても、シュテファンさんが望む弓の扱いがうまい兵士というものは生まれる。
さて、どうしたものか……。
「……カシュさんは、弓をメイン武器として扱っていきたいの?」
「はい! いつかアリス様のようになるのが夢です!」
「なら、一生使い続ける覚悟はあるの? 剣や槍が使えなくなっても、弓で苦戦することがあっても、弓を使い続ける気はあるの?」
俺はカシュさんの意見を聞くことにした。
今は弓を使えという命令が下っているが、弓だけで魔物を退治できるほど甘くはない。
そりゃあ、遠距離から一方的に攻撃できるのなら弓は優秀だけど、近づかれてしまえば途端に役立たずになる。
結局のところ他の武器との連携が大事であって、弓だけでどうこうしようというのは相性にもよるが無理がある。
まあ、町を守る兵士というくくりの中で数人が弓専門というのは構わないだろう。カシュさんがこれからもずっと弓を使い続けるという覚悟があるならそれもいい。
脅かすように言ったが、別に【アーチャー】になったからと言って剣や槍が全く使えなくなるというわけでもないしな。ただ、補正がなくなるだけで。
元々補正がなかったこの世界の兵士からしたらクラスは取るだけ得だろう。いや、場合によっては下降補正もあるから完全に得というわけでもないが。
きっと、俺がレベルアップしてやれる機会は少ない。カシュさんだけだったらともかく、他の兵士達や、もしかしたらこの町を離れて別の場所に行った後でもレベルアップする機会があるかもしれない。
そうなった時、カシュさんのためだけにレベルアップさせに来ることはできないだろうし、自力ではクラスをなくすこともできないと思う。
だから、もしクラスを取得するなら一生ものになることだろう。果たして、カシュさんにその覚悟はあるのだろうか。
「もちろんです! 僕はアリス様の弓使いを見て一目惚れしたんです。もちろん、あんなふうになるにはとても大変だと思います。でも、僕はそれでも諦めきれないんです。いつかアリス様に並び立てるような弓使いに僕はなりたいです!」
カシュさんはとても力強い声でそう言った。
カシュさんの目には俺の背中しか映っていない。それがどんなに遠くとも、決して諦めたくないと思っている。
なら、その希望を後押しするのは俺の役目だよな。
「わかったの。それじゃあ、カシュさんには弓使い【アーチャー】の称号を与えるの」
「【アーチャー】、ですか?」
「矢を射る人をそう呼ぶの。私も昔はそう呼ばれていたの」
「アリス様も……あ、ありがとうございます!」
俺はクラスチェンジを選択し、クラスを【アーチャー】と定めた。
高みを目指す若者に向けてせめてもの後押しを。
その日以降、カシュさんの弓の扱いが飛躍的に上昇し、兵士達から一目置かれるようになったのは言うまでもない。
感想ありがとうございます。




