第二十三話:契約成立
ここ、マリクスの町は未開拓地域の開拓を目的に作られた町らしい。当初は開拓のために多くの物資が運ばれ、町もかなりの賑わいを見せていたが、調査の段階で溢れる魔物をどうにかする手段を確保できず、開拓計画は頓挫してしまった。
開拓が進まなければ後に残るのは魔物がごった返す危険な地域の脅威に晒される小さな町のみ。
そこで、当時この地を任されたシュテファンさんの先祖は砦を築き、魔物の侵入を防ぐことにした。しかし、開拓が進まず、ただ交通の便が悪いだけの辺境に訪れる人は徐々に減っていき、町を離れる人も多くなった。
今でこそ農耕や狩猟によってある程度安定した生活を送ることが出来ているが、ここまでに至るには多くの犠牲があったのだという。
本当ならば高い山や海に隔てられているとはいえ、隣国に囲まれている地域、もっと軍備を強化して万一の時に備えるべきである。しかし、国にはこの町の重要性はあまり理解されず、支援金も少なく、安定した兵力を揃えて養っていくのは無理があった。
だからこそ、シュテファンさんは量より質ということで、特別な訓練を行い、練度を高めてきたらしい。砦に送った兵力も、ゼフトさんをはじめ精鋭が揃っており、なんとか防衛できる戦力を揃えていたつもりだったようだ。
しかし、今回の事件でまだ戦力に不安があることが示されてしまった。もちろん、あんな魔物が襲ってくることは稀だろう。しかし、だからと言って対応を疎かにすればいずれ町にも被害が出てしまう。
そうならないためには、より強力な兵士が必要であり、それにうってつけと言える技術を持っているのが俺というわけだ。
「兵士は基本的には剣や槍を使った戦い方が主流だが、弓兵も存在する。むしろ、砦を使って防衛するならば遠距離から攻撃できる弓は必要不可欠だ」
軍備の強化を怠っているのではなく、強化できるだけの金がないのが兵士が少ない理由らしい。
それならもっと税を上げればいいのにと思うが、それをしないのはシュテファンさんの矜持だろうか。
砦での戦いは確かに闇雲な感じが否めなかった。せっかく砦という壁があるのに、その前に出てわざわざ近接戦を仕掛けるのはあまりに愚策だろう。
もちろん、砦を破壊されてしまったら修復にも時間がかかるし、後の事を考えたらあまり砦にダメージを与えるのは得策ではないけれど、シュテファンさんの言う通り弓があればもっと安全に戦うことはできたはずだ。
あの砦にいた兵士で弓を使っていたのはせいぜい二、三人。それも高所からの狙撃ではなく、地上に降りて後衛から射撃するという危なっかしい立ち回り。
シャドウウルフが闇に溶けこむ性質を持っているから、近距離でないと見えなかったというのもあるかもしれないが、乱戦になる以上誤射の心配もあるしやはり危ない。
「だが、【弓術】を指南できるほどの強者はなかなかいなくてな。町の警備でも弓より剣の方が威圧することが出来るし、今まではあまり重要視されていなかった」
弓を扱う者は基本的に誰かと連携することによってその真価を発揮する。
弓単体ではどうしても威力が下がるし、次の矢を撃つのにも時間がかかる。魔術師と同じで、攻撃するまでの時間を稼いでくれる人が必要なのだ。
まあ、アリスは色々ぶっ飛んでるから一人でも戦えるんだけどな。そもそも世界観が違うし、あまり比べてはいけないのかもしれない。
「だが、今回の件で弓の重要性がわかった。そして、アリスという【弓術】の使い手もいる。だから……」
「弓を使えるように鍛えて欲しいの?」
「そういうことだ」
簡単に言えば、弓の扱いを教える先生になって欲しい、ということだろう。
「もちろん、タダでとは言わない」とシュテファンさんは色々好条件を提示してきた。
屋敷に住まわせてくれることだったり、食事の世話をしてくれることだったり、そこそこ高いお給料だったり、俺という凄腕を逃すものかとだいぶ優遇してくれるようだ。
ただ、あまり素直に受けようという気にはなれなかった。
「私、教えるのは苦手なの」
そもそもの話、俺のスキルはこの世界のスキルとは異なる。例えば【アローレイン】だって、俺自身どういう仕組みでああなっているのかはわかっていない。そういうスキルであるとしか言いようがない。フレーバーテキストにも、矢を分裂させて雨のように降らせる、くらいしか書いてないしね。
仮にわかっていたとしても、恐らくこの世界の人間がこのスキルを使えるようになることはないだろう。シュテファンさんが望むような、兵士達がみんな【アローレイン】を使えるようになるなんてことは不可能だ。
基本的な弓の扱いくらいなら教えることが出来るかもしれないが、それくらいだったら俺である必要はない。冒険者でもなんでも、弓が使える奴を雇えばいいだけの話だ。
俺はシュテファンさんの期待には応えられない。
「やはり、その技術は秘伝なのか? 教えるわけにはいかないだろうか」
「そういうわけじゃないの。ただ、私以外にこれを使えるようになる人はいないと思うの」
【弓術】の技に詳しいというのならこのスキルがどれだけ異質なものかわかるだろう。
もし会得できれば多大な戦力になるということがわかるからこそ、こうして無理にでも迫ってきているのだ。
こんなイケメンに頼まれているのだったらぜひとも叶えてあげたい……いや、教えられるものなら俺も教えてあげたいが、無理なものは無理なのだ。
「そうか……。なら、その技については教えてくれなくてもいい。その他の、一般的な技について教えてもらうことはできないだろうか」
「それくらいなら私じゃなくても、有名な冒険者か何かに教えてもらえばいいんじゃないの?」
「いや、それほどの弓の腕前を持つ奴はそうはいないだろう。アリス、お前でなければ務まらないんだ」
そんな、お前じゃなきゃダメだなんて……じゃなくて!
正直、【弓術】の一般的な技とやらがどんなものか全く知らないんだけど、それでいいんだろうか。
まあ、狙いの付け方とか姿勢とかそういうものを教えるだけでも技術としては向上する気はする。
弓の戦い方は基本的には後衛からの援護だろうし、砦での防衛戦なら高所から狙う術を知っていればだいぶ変わるはずだ。
ゼフトさんには色々よくしてもらった恩があるし、あの時のような不測の事態が起きた時にあっけなく砦を突破されてしまっては後味が悪い。
それなら、教えられる範囲だけでも教えるのはいいんじゃないだろうか?
「……あんまりうまく教えられなくても文句言わないの?」
「もちろんだ。その時は、私の目が腐っていたというだけの事。アリスを責める気はない」
「……それなら、いいの」
「本当か!?」
友達を探し出すという目的がある以上、いつまでもというわけにはいかないかもしれない。でも、こうして砦の現状を知り、関わってしまった以上は何かしらの恩を返すべきだろう。
NPCキャラに乗っかっているだけの俺がどれだけ役に立てるかはわからないが、せめて再びシャドウウルフに襲われても平気なくらいには育ててあげたいところだ。
「これからよろしくなの」
「ああ、こちらこそよろしくな」
握手を交わし、ここに契約は成立した。
【弓術】の指南役、俺にはもったいないくらいの肩書だが、何とか名前負けしないように頑張ってみよう。
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