第二十話:領主からの呼び出し
その後も会話を楽しんでいると、あっという間に時間は過ぎて行き、もう寝る頃合いとなった。
途中、おばちゃんがやってきて湯はどうするかを聞いてきたので欲しいと言ったら、銅貨2枚だというので銀貨で払っておいた。案の定、小さな銀貨9枚と銅貨が8枚返ってきたので、銀貨は銅貨100枚分だということを確認する。
まあ、最初はこれもタダでいいと言われたけど、流石に申し訳ないからとごり押した。勘違いとはいえ、騙して値引きさせるなんて嫌だしね。
出来ることならお風呂に入りたいところだけど、お風呂はもっと高級な宿にしかないようで少し残念に思う。
まあ、仮にお風呂があったとしても俺の場合はどっちに入ったらいいかわからないから結局入れない気がしないでもないけど。
いっそのこと風呂を自作するのはどうだろうか。湯船を作って魔法で水を溜めて入る。これなら一人で入れるし、いらぬ恥をかかなくて済む。
問題なのは俺は魔法は【アコライト】系でしかとっていないから水を溜めたりそれを温めたりって言うのは難しいということだろう。
すでに【プリースト】になって取りたいスキルは粗方取ったし、今度はそういった魔法を取りに行ってもいいかもしれない。
なんだか贅沢なスキルの取り方になりそうだけど、どうせ戦闘面や治療面でのスキルは取り終えているのだ。ならば、より生活を充実させる方向でスキルを取得するのは何も間違ったことではないと思う。
ミーアちゃんもそろそろ寝なくてはならないということで、その日はお開きとなった。
部屋に戻り、湯で体を拭くとまた変な気持ちになってきたが、気合で振り払ってさっさと寝ることにした。
決して喘ぎ声なんて出していない。壁が薄いから下手したら隣に声が漏れてしまうかもしれないのだ、そんな真似は絶対にしない。……多分。
翌日になり、しばしベッドの上でくつろいでいるとミーアちゃんが朝食を運んできてくれた。
どうにも、ミーアちゃんは俺の事を幼い子供のように思っているらしい。言葉遣いもそうだが、やたらと気を使われる。
そりゃ確かに見た目は10歳くらいの少女だけど、それを言うなら向こうだってせいぜい15歳程度だ。肉体年齢的には13歳だし、そこまでの差はないように思える。
まあ、別にいいんだけどさ。優しくされるのは嫌な気持ちはしないし、喋り方だって気さくな感じで好印象を持てる。
このまま友達になってくれないかなぁ。なんてことを心の片隅で思いながら食事をとっていると、コンコンと扉がノックされた。
「お客さんが来ているよ」
部屋に入ってきたおばちゃんは少し困ったような表情でそう伝えてくれた。
お客さん。このタイミングで来るということは、恐らく領主の使いだろう。
思ったより早かったなと思いつつ手早く食事を片付けて対応に向かうことにした。
「大丈夫かい? 何だったら追い返しても……」
心配そうにそう言ってくるおばちゃんだが、一体何を想像しているのだろうか。
領主の使いならば身分を明かしているだろうし、ただの旅人である俺を領主が呼び出すのは、珍しいにしても全くないことはないだろう。
あ、いや、あれか? 俺が何かしらやっていて、領主がそれを咎めて俺を捕らえに来たとでも思ってる? あるいは、兎族だからそう言う目的で呼ばれたとでも思っているか。
わざわざ追い返そうとしている辺り、俺にとって領主は敵だと思っているのかもしれない。全くそんなことはないんだけどな。
というか、仮にも領主の使いを追い返しちゃダメだろう。後で何を言われるかわかったもんじゃない。
「大丈夫なの。その人はどこにいるの?」
「入り口で待ってるよ。領主様は悪い人ではないけど、危なくなったらすぐ逃げるんだよ?」
「私をなんだと思ってるの」
心配するおばちゃんを宥めすかしながら入口へと向かうと、青い革鎧を着た数人の兵士風の人が待っていた。
「あなたがアリスさんで間違いないでしょうか?」
「うん。私がアリスなの」
「この町の領主、シュテファン様が面会を希望しております。どうかご同行くださいませ」
一介の冒険者を相手にするには丁寧すぎる対応に少しびっくりする。
それに意外と装備がしっかりしているのにも驚いた。
軍備に力を入れていないのなら装備も貧弱なものかと思っていたけど、見る限り割と頑丈そうないい装備に見える。
少なくとも、砦にいた兵士達が付けていた装備よりは上だろう。
精鋭かなにかだろうか? もし仮にこれが警備兵とかだったら町の治安は結構よくなりそうな気がする。
「わかったの。一緒に行くの」
「ありがとうございます。馬車をご用意しているのでこちらへどうぞ」
外に出ると、そこには二頭立ての立派な馬車が止まっていた。
やはり貴族の持ち物となると装飾が全然違うな。まあ、一番重要なのは乗り心地だと思うけど。
若干緊張してきたのを感づかれないように、案内されるがままに馬車に乗り込むと、兵士も共に乗り込む。御者に指示を出すと、すぐに馬車は走り出した。
乗り心地の方は……まあまあかな? 町に来るまでの道中と違って道がある程度整備されている方だからというのが理由かもしれないけど、案外揺れは少なかった。
お尻が痛くならないのはいいことだ。と、そんな感想を抱きながら馬車に揺られること数分。ようやく馬車が止まった。
窓の外を見てみると、そこには立派なお屋敷が建っている。流石、領主というだけあって家の豪華さは一級品だ。
「どうぞ」
「ありがとなの」
扉が開かれ、先に出た兵士が手を差し伸べてくれる。
その手を取りつつ外へと出ると、目の前の屋敷は窓越しに見るよりも大きくて少し圧倒された。
「アリス殿をお連れした!」
兵士が高らかに宣言すると、屋敷の扉が開かれる。そこには数人のメイドと年老いた老執事が待ち構えていた。
「ようこそお越しくださいました。ご主人様がお待ちです。どうぞこちらへ」
メイドと執事の歓迎。まるで主が戻ってきた時のような出迎えに思わず感動してしまった。
こういう場面を実際に見たことあるわけではないが、こういう場面はよく知っている。
主に仕えるメイドや執事が一丸となって出迎えるなんて、お話の中でしか見たことがない。
思わずにこりと頬を綻ばせながら案内されていくと、応接間のような場所へと通される。
お出迎えのせいであまり印象に残らなかったが、部屋を飾る調度品もなかなかに豪華だ。
白いソファに長テーブル。燭台に絵画。手入れが行き届いているのかいずれもピカピカでより高貴な印象を受けた。
ソファは座ってみれば結構柔らかく、優しく体を包み込んでくれる。
思わず「おお……」と感嘆の声を上げている横でてきぱきと入れられたお茶が振舞われる。これは紅茶だろうか、ふわりとしたいい匂いが漂ってきた。
「しばしお待ちを。ただいまご主人様をお呼びします故」
「はーいなの」
老執事は恭しく礼をして一度部屋を出る。
それにしても、絵に描いたような執事で若干にやけてくる。これで名前がセバスチャンだったら完璧なんだが。
紅茶に口を付けてみるとほんのりと甘く、意外と飲みやすい。俺は紅茶よりも緑茶派だったから紅茶の味には疎いけど、これがいいものだということはよくわかった。
しばし紅茶を楽しみながら待つこと数分。コンコンというノックの音と共に再び扉が開かれた。
「ご主人様、どうぞこちらです」
扉の横に立ち、恭しく礼を取る老執事の隣には一人の男が立っている。
年は意外と若く、三十代前半と言ったところだろうか。精悍な顔つきと鋭い目つきが少し強面の印象を与えるが、軽く微笑んだ口元と柔らかな物腰で中和されていて印象を測りかねる。
男は一度礼をしてから部屋に入ると、私が腰かけるソファの向かいに座って爽やかな声で話しかけてきた。
「初めまして、兎族のアリス。私はシュテファン。この町の領主だ」
その声を聴いた瞬間、俺の中で何かが崩れる音がした。
感想ありがとうございます。




