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王国挿話  作者: 真中けい
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サイラス・アドルフ 前編

騎士団長の話です。

 建国四十三年の年にキャストリカ王国王立騎士団団長に就任したサイラス・アドルフは、そうなることを運命さだめられて生まれてきたような男だった。

 北の国境に位置するアドルフで男爵の五男として生を受けた彼は、生まれたときから巨大だった。

 大柄な家系のアドルフ家に、これまた体格の良さを見込まれて嫁いできた彼の母は、周囲の期待通り大きな赤子を四人産んだ。五度目の出産でサイラスが出てきたときには息も絶え絶えで、もう出産は懲り懲りだと夫に泣きついた。

 稀に見る巨大児だったサイラスは、四人の兄を育て上げた母の乳だけでは物足りぬと泣き続け、困り果てた両親は五人目の子にして初めて乳母を雇った。乳母と実母が昼夜を問わず交互に授乳し続けたことにより、やっと彼は満足気な顔ですやすやと眠った。

 そんな記憶に無い時代の恨み言を聞かされて育ったサイラスは、物心付く前からおまえは騎士になれと言われていた。

 騎士になるには金がかかる。

 貧乏男爵家は平民と変わらぬ暮らしぶりで、当主自ら鍬を持って畑を耕すような日々を送っていた。

 次男三男までならともかく、五男のサイラスを騎士に、というのは通常であれば考えられないことだ。だが、彼には兄を差し置いても王都へ送り出す価値はあると、誰もが考えた。

 兄達もその考えに賛同し、それぞれ早々に別の道を探した。幸い全員が立派な偉丈夫であったから、どこへ行っても歓迎され、活計(たつき)を求めるのに苦労はなかった。


 サイラスは十三歳になると、故郷の期待を一身に背負って王都へ旅立った。

 王立騎士団の門戸を叩くと、すでに成人男性をしのぐ体格をしていたサイラスは歓待された。試験を受ける前から、騒ぎを聞きつけて現れた当時の騎士団長におまえは合格だと肩を叩かれた。

 その後も十四で従騎士、その翌年には正式に騎士の叙任式を受ける、と異例尽くしの昇格を続けた。

 叙任に必要なものはすべて騎士団の経費で用意してやる。成長すればその時々でなんでも買い揃えてやる。だから今すぐ戦場に立ってくれ。

 上官の懇願のような命令に従ってサイラスは十五歳で初陣に臨み、獅子奮迅の働きをした。百戦錬磨といわれた熟練の騎士も、戦場では彼の邪魔をしないように、を第一に立ち回った。

 まさしく戦場に立つために存在しているような男だった。

 当時のサイラス少年は、自分に金がかからないのであれば、次兄も騎士になれたのにな、と少し悔しいような気持ちになった。

 初陣でのサイラスの活躍に対して、国から報奨金と長期休暇が与えられた。


 騎士団入団後初めて、サイラスは報奨金を携えて意気揚々と帰郷した。

 彼の活躍は実家にも報されており、家族や地元民から熱烈な歓迎を受けた。

 久しぶりにただの少年に戻れた心地がしたサイラスは、照れ笑いを浮かべてそれらを受けた。

 帰省したサイラスに用意されていたのは、ひとりの少女との婚礼と宴席だった。

 出立前に婚約者と定められていた少女はサイラスと同じ十五歳。少し早い婚姻にはなるが、地方では珍しいことではない。

 次いつ帰れるか分からないサイラスに、とりあえず子どもを、との両家の願いにより、サイラスは言われるがまま結婚式を挙げた。

 幼い頃から知る少女は二年会わない間に見違えるほど大人びていて、戦場では無敵の少年は儀式の間中ずっと、頬を紅潮させていた。

 みなに祝福され、蜂蜜酒を飲み、妻となった少女と夢のような蜜月を過ごした。

 妻との別れは名残り惜しかったが、次の休暇にまた帰ってくると手を振って、サイラスは再び王宮に戻った。

 彼の婚姻は両親が上官に届出ており、騎士団伝統の鍛錬地獄が待っていた。

 だがすでにサイラスに敵う騎士は数少なくなっており、それなりにしごかれはしたが、彼にとってはそれなりのものでしかなかった。

 その年も二度ほど小さな戦禍が起こり、帰省する機会のないままサイラスは十六歳になっていた。


 彼の元に妻の訃報が届いたのは、婚礼から一年も経たない頃だった。

 サイラスの子を孕んだ妻は、臨月には文字通りはち切れそうな腹を抱えて具合を悪くしていた。産んでしまえば楽になると母親に励まされて出産に臨み、赤子の頭が出てくる前に息を引き取ったと、故郷からの手紙に記してあった。

 身体は大きくともまだ大人とは言えない少年の様子を気にした上官が手紙を取り上げ、目を通すと、すぐに帰ってやれと荷物を押し付けて寄越した。

 サイラスが駆けつけたときには妻はすでに埋葬されており、男爵領の端まで見送ってくれたのが最後の別れとなったのだと思い知らされた。

 母体が呼吸を止めてすぐ腹を裂いて子を取り出したが、手遅れだった。息子は母親の腕に抱かれて土の下で共に眠っている、と聞かされた。サイラスの妻子の魂は(しゅ)の御許に召されたのだ。

 父親が生まれたときを思い出させるような、大きな赤子であったらしい。

 サイラスは仕事に戻り、それからも周囲の期待通りの働きをした。

 二十歳のときに再び故郷で縁談が用意された。

 今度の妻は八つ歳上の寡婦で、二度の出産経験がある大柄な女性だった。

 アドルフの英雄の息子を挙げることを期待して用意された縁談だったが、ふたり目の妻も最初の妻と同じ運命を辿った。

 それ以降、サイラスは再婚を勧める両親の言葉に頷くことはせず、また彼らも以前のように強要したりはしなかった。



 そのまま月日は流れ、ある日サイラスが隊長を務める小隊が所属する中隊に、山中の集落に潜む反乱分子を討伐せよとの命令が下った。

 その小さな集落は国境を跨ぐ高山にあり、騎士達は慣れない山中の行軍に苦労した。

 まだ小隊長に過ぎないサイラスにまで詳しい情報は下りてこなかったが、旧王室の復権を図る残党が潜んでいるという噂が流れてきた。

 キャストリカ建国の際に併呑された国は三十年以上前に亡んでいる。眉唾な噂話と嗤う者が大半だった。

 理由はどうあれ、王の名の下に命令を遂行するのが騎士の仕事だ。集落に住む人間は大半が武器を所持していなかったこともあり、抵抗する者を拘束し、やむを得ない場面で斬り捨てた以外にはあまり血が流れることはなかった。

 中心人物の住処と目された家には、中隊長以下精鋭部隊が数人で向かって行った。

 サイラス達は逃げ惑う住民には構わず、その住処に向かおうとする者にだけ然るべき対処をした。

 大した任務ではなかった。ここまでの行軍のほうがよっぽど辛かったと、戦闘中であるにも関わらず笑う者までいた。

 思ったよりも長い手持ち無沙汰な時間に、泣き声が聞こえた気がして、サイラスはくだんの家の裏の茂みを覗きこんだ。

 子どもであれば保護してやろうと考えたのだ。集落は反乱分子を匿った罪に問われるだろうが、幼子はその限りではない。

 案の定、茂みには幼い兄妹がいた。

 幼いと言っても兄のほうは十を超えたくらいで、集落に起こっていることを理解している顔をしていた。彼は泣き喚く妹の口を必死の形相で押さえていた。

 少年はサイラスに気づくと、青い瞳で強く睨めつけてきた。怯えよりも侵略者に対する憎悪が勝って、今にも飛び掛かってきそうな体勢になった。

 歯向かう者は斬れとの命令だが、子どもは斬りたくなかった。

 サイラスは咄嗟に兄妹に背を向けた。

 どうせ子どもは、近隣の村にでもまとめて預けるのだ。手間が減るだけだ。問題はないだろう。親が抵抗して斬られていなければ、そのうち再会することもできる。

 サイラスは一個中隊丸々使うこともなかったんじゃないか、と愚痴を言う小隊をまとめて王宮に帰還し、それきりその兄妹のことは忘れてしまった。



 サイラスが副団長を務めていた頃に、王国に激震が走る事件が起こった。表向きは事故であったが、多少なりとも事情を知る者は、これは人為的に起こされたものだと誰もが考えた。

 亡んだ王室の血を継ぐロブフォード侯爵夫妻が、滑落事故により命を落としたのだ。

 サイラスも、一度だけ間近に接したことのある侯爵を思い出して胸を痛めた。


 その姿を見た者は誰しもが心を囚われると噂されるロブフォード侯爵。

 そんな馬鹿なと思っていたサイラスだったが、実際にその美貌を目の当たりにしたときは、全身の血が沸騰したような錯覚に陥った。

 騎士団長室に隊務の報告に行った帰り道、陽の差す回廊で、まばゆい金髪に光を纏わりつかせた天使に出会ったのだ。

 筆舌に尽くしがたい、とはこのことか。この世のものとは思えない美貌に接すれば、彼は天の御使だと囁く声にも頷けた。

「おや、熊さんのような騎士だね」

 熊です。あなたが言うなら熊になります。

 口走りかけた自分に気づいて、サイラスはじりじりとその場から退却する姿勢になった。

「い、……いえ、あの、失礼いたします」

 何がいいえだ。男相手に、自分はどうかしてしまったのか。

 サイラスは回廊の角を曲がると、後ろを振り返り、誰もいないことを確認してから走り出した。

 走り出す前から、心臓が早鐘を打っている。なんだこれは。なんだったんだあれは。

 今見たのはこの世のものだったのか? 

 あれが噂のロブフォード侯爵? 噂は本当だったのか。否、噂以上じゃないか。

 おい待てよ。

 彼は途中で足を止めて、先ほどから止まったり荒くなったり忙しい息を必死で整えた。

 あれが侯爵だというならば、確かにこの世の生き物であるはずだし、サイラスの長兄よりも歳上の、言うなれば中年親爺じゃないか。

 動揺して赤くなったり鼓動がおかしくなったりするのは間違っている。

 置いてきたヒューズが後から追いついて来て、サイラスに同情の眼差しを向けた。

「気にするなよ、おまえは正常だ。初めてあの方に会った者は、大抵そうなる」

「……あんたは平気なのか」

「平気なわけあるか。何度か見かけたことがあるから、最近じゃあ直視しないよう気をつけているだけだ」

「あんなの歩く凶器じゃないか」

「そうだよ。だからあののほほんとした人が外交官なんてやっているんだ」

 侯爵が外交問題に取り組むと、キャストリカに有利な文書に、面白いように調印がなされた。

 彼がふわりと微笑んで提案すると、誰もが賛同せざるを得なくなるのだ。

「…………教会が動いているという噂は、真実か」

「多分な。どっちに動くのかは知らんが、不穏な動きは確かにあると聞く」

「噂だと思っていた」

 馬鹿げた形容をされる美貌も、面の皮一枚を原因として巨大組織が動くのも、神話の世界の話じゃない。現実に起こっている話なのだ。


 侯爵夫妻が不審な死を遂げたことにより、噂の信憑性は一気に高まった。

 曰く、侯爵の求心力を利用することにより、教会はその権威を更に高めようとしている。

 曰く、人智を超える力を操る侯爵を、教会は異端審問にかけようとしている。

 曰く、それらの動きを危惧したキャストリカ国王が、亡国の復活を恐れて侯爵の殺害を指示した。もしくは支持した。

 真実は闇に葬られた。

 キャストリカの法に則って、ロブフォード侯爵領は、故侯爵の弟のものとなるはずだった。あまりよい噂は聞かない人物である。他家の婿となっていた侯爵弟は自堕落な生活を送っており、兄に似た美貌は見る影もなく内面外面共に醜くなってしまっていた。

 故郷の行く末を憂い、継嗣の弟が成人するまでの猶予を願い出た令嬢が、侯爵代理を名乗りロブフォードの統治を行うこととなった。


 サイラスは、その謁見の場に立ち会っていた。

 風のひと吹きで飛んでいきそうな体躯の令嬢は、父親と同じ輝く金髪と鮮やかな青い瞳を持ってはいたが、その印象はまったく違っていた。

 彼女はぎらぎらと光る強い瞳で、周りのすべてを敵と定めたように睨めつけていた。

 この世のものとは思えないといわれた父親と違い、彼女は強い存在感を放ちながら己の足のみを頼りに立っていた。

 三十歳になっていたサイラスの半分をいくつか超えた程度の人生しか持たぬはずなのに、彼女はこれまで見た誰よりも、騎士よりもだ、強い意思を持ってそこに在った。

 そのか弱い姿が抱えていた強さに、心が震えた。

 これは歓喜だろうか。

 騎士は愛と献身を捧げる貴婦人を定めるよう推奨されている。だがこれは、サイラスを襲った衝撃は、美しい女性を前にした崇拝とはまったく違うものだ。

 仕えるべき主君を見つけたのだ。感動に打ち震える自身の身体を、サイラスは必死に抑えつけた。

 これは許されざる感情だ。サイラスはすでに王に剣を捧げている。


 生まれたときから、おまえは騎士になるのだと定められてきた。

 この国で騎士として大成したければ、王に仕えるより他に道はない。サイラスが諸国を放浪することも、教会の戦士になることも、貧困に喘ぐ故郷の家族は許さなかった。

 彼は、王よりも王の風格を持った令嬢から目を逸らした。

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