あなたの手巾は 中編
ライリーは落ち込んでいた。
大事な手巾を失くしてしまったのだ。一昨日からずっと探しているのに見つからない。
同居をはじめる前、ハリエットにもらった綿の手巾である。四角い手巾の隅に、青い刺繍糸で蔓草の図案が描かれていた。
汚してしまうのが怖いからと、隊務のときには別の使い古しを持っていたのだが、長屋に越してからは、朝出掛けに妻に手渡されてしまうようになったのだ。
仕方なく上衣の内側に大事に入れておいたその手巾を、どこかで落としてしまった。
場所を特定しようと、帰宅してからも自分の行動を思い返していたため、昨夜はハリエットに不審がられた。今日も一日中、隊務中に鋭い視線をそこら中に投げ続けていたのだが、どうしても見つからない。
「もう駄目だ……」
「鬱陶しい。さっさと謝りゃ済む話だろ」
エベラルドは面倒臭そうにそう言うが、彼には気持ちのこもった贈り物の価値が分からないのだ。
「だって、あげたものを失くされた、って聞いたら怒りませんか?」
「愛想尽かされるかもな」
それだけはなんとしても避けなければ。
幸せな蜜月を過ごしたばかりだというのに、何故こんな事態に陥ってしまったのだ。
「あれ。どうした、ライリー。まだ手巾受け取ってないのか?」
分かりやすく落ち込んでいたライリーに、同期の騎士が不思議そうに声をかけてくる。
「は?」
「あの青い刺繍が入った高そうな手巾だろ? 昨日植木に引っかかってたぞ」
「! それ今どこに⁉」
「ちょうど侯爵が通りかかって、義兄の物のようだから預かります、って持って行かれた。まだお会いしてないのか?」
なんだ、そうだったのかあ! と喜ぶライリーの横で、エベラルドが難しい顔をしていた。
「おい、それ昨日のいつ頃だ」
「割と朝早かったかな」
忌々しげに舌打ちしたエベラルドは、ライリーの腕を掴んで歩き出した。
「行くぞ、ライリー」
「え、どこへ?」
「侯爵邸。大事な物なんだろ。すぐに行って取り返して来い」
「でももう帰らないと。ウィルが持ってるって分かったんだから、明日でも別に」
「……俺も侯爵に用があるんだ。一介の騎士がひとりで行ったって会わせてもらえないだろ。頼む」
エベラルドの頼みとは珍しい。
彼と侯爵は、身分の差はあれど何やら気が合うようで、立ち話をしている姿をよく目撃されていた。美形がふたりでなんの話をしているのだと、女性の興味を引いているのだ。
「それには及びません」
「ウィル!」
曲がり角の向こうから、ウィルフレッドが子どものような仕草でひょっこりと顔だけ出した。
「……侯爵」
「こんにちは。おふたりに用があって来ました」
「わざわざありがとうございます」
ライリーが笑顔で手を差し出すと、ウィルフレッドはにこにこしてその手を握った。
「いや、握手じゃなくて。手巾を届けにきてくださったんですよね?」
「ああ。そうそう、それもなんですが、今日は試肝会のお誘いに」
「したんかい……ああ、肝試しですか?」
ライリーは毎日、一瞬でも気を抜いたら命の危険もあるようなシゴキを受けている。
もう充分肝は据わっているつもりだ。これ以上どう試されねばならないのだ、と思った。
「こんなものが、領地から出てきまして」
ウィルフレッドは、手にしていた羊皮紙を背の高い男ふたりの眼前に突き出した。
見ると、それは地図のようだった。二重に重なった線が描かれている。片方の線は、王宮の形をなぞっていた。
つまり重なる線は。
「地下通路?」
ライリーとエベラルドは顔を見合わせた。珍しく同じような表情をしている。
そんなもの、なくないか?
平時における王立騎士団の主な仕事は、王宮警備だ。ひとつの町のようになっている王宮に関しては、下手な王族よりも詳しい。
そんな彼らが知らない地下通路など、存在するとは思えなかった。
「ほら、うちのご先祖様に旧バランマスの王族がいたじゃないですか。王室を離れるときに、こっそり地図を持ち出すとかしたんじゃないかなって」
バランマスは、キャストリカに併呑された国の名だ。
ライリーの実家のティンバートンも、元を辿ればバランマスの貴族である。
「そんな軽い話ですか? これ」
「本来なら、王族のみ知る抜け道であるべきなんでしょうけど、中がどうなってるか分からないでしょう? 先に騎士団の方に調査してもらうべきだろうと思って」
ウィルフレッドの目がきらきらと輝いている。
「へえ。面白そうですね」
「でしょう! ライリーならそう言ってくれると思ってました」
十代のふたりが冒険譚でも思い浮かべているような顔をする横で、エベラルドは白けた顔をしている。
「では、明日にでも上に話を通しておきましょう」
エベラルドが羊皮紙を受け取ろうとするも、ウィルフレッドはさっと背後にそれを隠した。
「言ったでしょう? 試肝会のお誘いだって」
「ああ?」
貴族に対する丁寧な態度が剥がれかけたエベラルドが、眉を吊り上げる。
「肝試しと言えば、不気味な場所で、目的地にある物を持って帰ってくるのが定番ですよね。で、僕用意しておいたんです」
嫌な予感がしてきた。ライリーは義弟の言葉の続きを待った。
「おふたりとも、失せ物を取り返して、肝の据わりを証明してきてください」
エベラルドは拳を握ったが、少年侯爵の無邪気な笑顔に向けてその拳を振り下ろすことができなかった。
ウィルフレッドが、騎士にとっての庇護対象である子どもに見えるからだ。
「くそっ」
「まあまあ。隊長も何か失くしてたんですか?」
「なんでも……」
「手紙を拾いました」
「あっさりバラすなっ」
吼えたエベラルドの怒りを避けて、ウィルフレッドは義兄の後ろに隠れた。
「いやあ、姉上が引越してからライリーは全然遊びに来てくれなくなったし、晩餐に招待しても騎士団の宴席に出ちゃうし、僕寂しくなっちゃって」
「や、あのときは」
「分かってますよ。けど、たまには僕とも遊んでくれたっていいじゃないですか」
「…………侯爵、子どもじゃないんですから」
エベラルドがたしなめると、ウィルフレッドはわざとらしくにっこり笑った。
「子どもですよ? まだ十七歳です」
キャストリカの王侯貴族は、十七歳で成人を迎え、夜会への出席も許される。
とはいえ、まだまだ成長途中の少年である。エベラルドは、十九歳のライリーのことも事あるごとに子ども扱いしているのだ。
否定することができず、エベラルドはヤケになって叫んだ。
「誰かこのお子さまの保護者を呼べーー!」
え、保護者って姉でもいいですか? ととぼけるウィルフレッドと、怒り過ぎて無表情になってしまっているエベラルドが、ライリーの住む長屋まで押し掛けてきた。
話を聞いたハリエットは、厳しい姉の顔をしてウィルフレッドを叱った。
「ウィルフレッド。ふざけすぎよ。今すぐ返して差し上げなさい」
「嫌です。子どもの頃、姉上達が僕だけ置いて肝試しに出掛けて行ったの、まだ根に持ってるんですよ」
昔の話を持ち出す弟に、ハリエットは呆れ顔になった。
「仕方ないじゃない。あなたまだ小さかったんだもの」
「それはひどいですよ!」
急にライリーが声を上げた。
「おい、何言ってんだ」
エベラルドが制止するも、ライリーはウィルフレッドの肩を持った。
「ハリエットも隊長も、下の子の気持ちが分からないんですよ」
「さすが義兄上! じゃあやりましょうね、肝試し!」
「やりましょう! そのくらい別にいいじゃないですか。楽しそうだし、ちょっと歩いてくるだけでしょう?」
問題はそこではない。他人の物を拾得しながら返さないのが問題なのだ。
ふたりは末っ子同士で手を結んでしまった。
ライリーは同じ過去を持つ義弟に共感しただけなのだが、ウィルフレッドは隠す気もない企み顔だ。
エベラルドは話が通じなくなってしまったふたりを見限って、ハリエットに恨みがましい視線を送った。
ハリエットは無言で、弟と夫がごめんなさい、の視線を返すしかなくなる。
「ちなみに、姉上からの預かり物も置いてきたので、どうぞご参加を」
「うそ!」
「あれ、十代男子的にはちょっと気持ち悪いから、バレる前にご自分で取ってくることをお勧めしますよ」
「…………エベラルド様、申し訳ありません。ほんの少しだけ、付き合ってやっていただけませんか?」
こうしてロブフォード侯爵発案の試肝会は、五日後、夜番の騎士が警備に立つ刻限より、と定められたのだった。
ハリエットも参加するならば、これだけは譲れない、とウィルフレッド以外の全員が主張し、事前に非番の騎士による調査が行われた。
地図は本物だった。
地下通路は王宮の外まで続いていた。そうと分からぬように偽装された出入口から入ると、中は当然真っ暗で、松明が必要だった。志願した騎士がわくわくしながらも慎重に進んだ。
通路はところどころ石や板で補強されている他は単なる空洞でしかなかった。
調査に入った騎士がいくら進んでも、息苦しさを感じることも松明が消えることもなかった。
物語のように魔術師が出てくることも罠が仕掛けられているということもなく、ただ緊急の際の脱出用に造られただけの通路のように思えた。
生命の危険は無さそうだと判断が下され、試肝会の決行日を迎えた。
「本当にやるのか」
「今更何言ってんですか。俺はそろそろハリエットを迎えに行きますよ」
話を聞き付けた騎士が集まってきて、想定よりも大所帯になってしまった。当然ながら、そんな馬鹿騒ぎをしたがるのは若者ばかりだ。
危機感を覚えたエベラルドは、帰宅途中のスミスを見つけると、すかさず走り寄って身柄を確保した。
「よう、スミス」
「なんだ。俺は参加しないぞ。若い奴らで楽しめよ」
エベラルドは整った顔をにっこりと笑みの形にした。
彼が十三の頃から見知っているスミスは今更その造形に感銘を受けることもなく、肩に回された手を払い除けた。
「あんたの娘、エイミーって言ったか?」
「……それがどうした」
「可愛い子だよな。実際の歳よりひとつふたっつ上に見える。最近じゃあ、あの子が顔を見せると、従者だけじゃなく従騎士の奴らまでソワソワしやがるんだ」
スミスは十二歳の娘の発育具合に言及されて、嫌そうな顔をした。
「いくらおまえでも、あんな子どもに用はないだろう」
「ああ。用はねえ。ねえんだが、昔世話になったあんたの娘だと思うから、ガキ共が暴走しねえように見張ってやってんだ」
エイミーは伯爵令嬢の見習い侍女という立派な職を手に入れ、これまで以上に熱心に騎士団の見学に通うようになってしまった。付き合いのいい友人と一緒になって、毎日楽しそうにしている。
領地に戻られたお嬢さまにお手紙を書かなくっちゃ、と言われてしまえば、父親でも文句を言えなくなるのだ。
男所帯の騎士団に、多少幼くとも若い娘が集まってきゃあきゃあ言っていれば、場が華やぐ。
そんな彼女達を見て頬を染める少年は少なくない。やる気を出すだけならいいのだが、それだけでは済まないこともままあるのが青少年というものだ。
エベラルドは、気持ちが暴走した少年に娘を傷つけられたくなければ、と脅しているのだ。
「……何が言いたい」
「今夜の肝試し、あんたも参加してくれ。中隊長のあんたが責任者だ」
今のままでは、何か起きたときに叱責を受けるのは、小隊長のエベラルドだ。それを避けるためには、同格以上の騎士を巻き込むしかない。
「おまえそれひどくないか。普通に考えて、責任者は侯爵だろう」
「あれは子どもだ。頼りにしてるぜ。お父さん」
かくして試肝会は、王立騎士団中隊長スミスが名ばかりの責任者となり、総勢二十二名が集まって開催される運びとなった。
集合場所は、王城の裏手に広がった森の中である。
「地下通路があるなんて知らなかった。楽しみだね!」
「……うん。エイミー、中隊長の胃の健康のためにも、ちょっと黙っておいたほうがいいんじゃないかな」
「おい、ライリー。なんで子どもまで連れて来た」
「ハリエットもアンナも来たら、アルが家にひとりになっちゃうじゃないですか」
「分かった。それが間違いだったんだ。アルをうちに預けとけばよかったんだ。そしたらさすがにエイミーだって諦めた」
「やだ父さん、まだ言ってるの。いい加減しつこいよ」
「おまえが言うな!」
松明の代わりに風避けを被せた手燭が用意され、月明かりを遮る枝葉のお陰で試肝会の場としてはこの上ない雰囲気となった。
賑やかな団体のせいでせっかくの舞台が台無しになりかけてはいたが、ふたり組で中を歩けば、恐怖心が沸いてくるのは目に見えていた。
「うちのお城もそれなりに怪談話はありますしね。そうそう、知ってます? 昔むかし、非業の死を遂げた王が、今も地下を彷徨ってるって話。夜な夜な苦しげな唸り声が聞こえるとか」
ウィルフレッドが楽しげに怪談を披露するが、騎士団の面々は笑い飛ばす。
「おれ達夜番にも立ってるんですよ? そんな声聞いたことないですって」
「えー。つまんないなあ。やっぱり騎士様方は肝が据わってる」
ハリエットは、にこにこする弟を不審の目で見ている。
どうせなら若い女性と、無理なら十二歳の少女とでもいい、男同士で組んでもつまらん、といくらか揉めはしたが、なんとか組み合わせが決定し、順番に穴の中に入って行った。
全部で十組、一番手はライリーとザックだ。ふたりに続いて騎士同士の組が三組、時間を空けて穴の中に消えて行った。
その次はアル、エイミーと引率のエベラルドである。
地下通路の高さはエベラルドがぎりぎり立って歩ける程度、横は子どもふたりで並ぶと狭く感じる幅しかなかった。
手燭は先頭のエベラルドが持つ一本のみ。真っ暗闇の中に薄ぼんやりと揺れる頼りない灯りは、足元を照らすだけで精一杯だ。
明るければ見えるのかもしれない前の組の姿はまったく見えず、今この瞬間、この世の終わりが訪れたとしても気づけそうになかった。
例えすぐ目の前に亡霊が浮かんでいたとしても、見えないに違いない。
それは果たして怖いのか。否、見えないからこそ膨らむ想像が恐怖の正体なのだ。
事前にその狭さを確認していたエベラルドは、短剣だけ身に付けて試肝会に臨んでいた。
「足元危ないから、手でも繋いどけよ」
「えっ」
アルはぎょっとして思わず声を上げた。思春期舐めるな、と誰にも見えない顔に書いてある。
「なんだ、嫌なのか。じゃあお嬢さん、俺の腕にでも掴まっとくか?」
エイミーが灯りに照らされた端正な顔を見上げて、おずおずと右手を伸ばす。それを見たアルは、慌てて彼女の左手を引っ張った。
「それには及びません!」
エベラルドはふたりを高い位置から見下ろして、意外なくらい優しい声で少年に注意を促した。
「立ち位置が反対だ。右手はいつでも使えるようにしとけ」
アルは真剣な表情で頷いた。エイミーの左手を引いて場所を入れ替えると、離した右手の代わりに左手を差し出す。
少女が口を尖らす気配を無視して、従者の少年は自分よりも小さな右手をひったくった。
「……何よ」
「中隊長に頼まれてる」
娘を女好きの小隊長に近づけるな、と。
こそこそ喋るふたりに気づかれないよう小さく笑って、エベラルドはゆっくりと前に進んだ。
三人はしばらく足元を確認しながら歩くことに集中していたが、暗闇の無言の行進に耐えられなくなったエイミーがおしゃべりをはじめた。
「どうしよう、アル。竜が出てきそうだよ」
「縁起でもないこと言うなよ。この王城は壊れたことなんかないだろう」
「だって、初代国王はヴォーティガーンみたいな人だったんでしょ」
後ろで交わされる会話の意味が分からず、エベラルドはちらっと振り返った。
「なんの話だ。今そんな芝居でも流行ってるのか?」
「魔法使いマーリンです」
「ああ……アーサー王の助言者、だったか?」
エベラルドは未開の地と言っても過言でない場所で育ち、王都に出てきてからも演劇を観るような機会はほとんどなかった。
有名な騎士道物語も、女が寝物語にそんな話をしていたことがある気がする、程度の知識しか持たない。
「ヴォーティガーンが、建設中の塔が何度も崩れるから、マーリンの血を捧げようとするんです。でもマーリンの助言で、原因は地下の洞に棲む白い竜と紅い竜が暴れるからだって分かった」
エイミーが嬉々として説明する。
「初代国王の話は?」
「ヴォーティガーンは先王を殺し、王弟のユーサーとペンドラゴンを追放して玉座に座った。そのへんが建国記に似てるなって」
キャストリカの初代国王はバランマスの国王を斃した後、他の王族をそれぞれ国内外に散らせて王座奪還を阻んだ。
多少強引ではあるが、相似点は確かにある。
「見つかった竜はどうなるんだ」
「マーリンが竜の喧嘩を見届けます。白い竜が紅い竜を洞から追い出して、それ以降は建設中の塔が崩れることはなくなりました。二匹の竜は、ユーサーとペンドラゴンが国を取り返しに来ることを暗示しているんです。塔は完成するけど、ヴォーティガーンはふたりの前王弟に斃される」
流暢に説明するアルに、エベラルドはお世辞でなく本気で感心した。
「へえ。詳しいな」
「ハリエット様が、古典の題材に騎士道物語を使うので」
「その講義だけ、あたしも一緒に聴いてるんです。楽しいから」
「……騎士団の座学に古典はないぞ。そのへんもちゃんとやってもらってるのか」
新米騎士の従者になるという無鉄砲な選択をしたアルを、密かに心配する目が騎士団内にいくつか存在していた。
話を聞いたエベラルドも、少年の将来が心配になってきた。果たして、子どもに子どもが育てられるのか。
「他は真面目にやってますけど、物語はハリエット様のご趣味だそうです。勉強にも楽しみが必要だって。戦術論は、この間ライリー様の所領で地元の子どもを集めて、実践させられました」
端的に言えば戦ごっこである。
「……大丈夫かよ」
「多分?」
疑わしげなエベラルドの言葉に、アルは暗闇をいいことに声に出さずに笑った。
意外と面倒見のいいひとだ。さすがライリーの兄貴分と周りに認識されるだけのことはある。
「さて、そろそろ我々も行きますか」
手燭をハリエットに預けて、スミスは左腕を彼女に差し出した。
ハリエットは礼を言ってその腕に掴まり、慎重に足を進めた。
大人ふたりで並ぶには狭すぎたので、ふたりはやや斜めになった。少し歩き辛いが、仕方がない。
「アンナさんは大丈夫かな?」
「ありがとうございます。どうぞお気遣いなく」
アンナはもうひとつの手燭を掲げて、危なげなくふたりの後をついて行く。
彼らの後ろには、もう四組が続くはずだ。開催者のウィルフレッドは、最後尾に腕の立つ騎士と連れ立って進む運びとなっている。
ぉぉお ……
その声、もしくは音に、一番に怯えを見せたのはエイミーだった。
「え、なに?」
エイミーは自分の右側を歩くアルに身を寄せた。
アルは自分より背の高い少女からの圧迫感に少し忌避感を見せながらも、左手に力をこめた。
「小隊長」
「おう。侯爵の言ってた亡霊かな」
「やだ!」
「さもなくば、熊でも入り込んでたか。ああ違う、竜か」
「……どれも嫌ですね」
「後ろからスミス達が来てるはずだ。一応合流しとこう」
少なくとも、来し方は安全が確認されている。子どもふたりとハリエットを、スミスとアンナが守るならば安心できる。
必要があれば、ふたりを託した後でエベラルドは先に進まなければならない。
「何か、聞こえましたね」
「あら、ウィルの話は本当だったかしら」
冷静な女性ふたりの会話に、スミスは顔を引き攣らせた。
「……獣でも迷い込んでいるのかもしれません。前と合流したいので、少し急ぎます」
閉鎖空間で音が反響し、どこから聞こえてきているのか見当も付かなかった。
子どもふたりを引率するエベラルドの腕は確かだが、それは娘の身を案じない理由にはならない。
スミスの気持ちはもっともであると、一行は引き返すことをせず、先を急いだ。




