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世界の見る夢は。  作者: 木谷 亮
迷い込んだ世界
9/20

初めての依頼

依頼主のいるという「カーサ・イーストン」という宿は、大通りの東側にあった。

私が今泊まっている宿も大通り東側に面しており、この宿ともそう遠くない。宿のグレードも同じ程度に見えた。


さっそく受付で「コットン・ペティエール」を呼びだしてもらい、しばらく待っていると壮年の男性が一人現れる。彼が依頼人のペティエールらしい。


「やぁ、思ったより早く来てくれたね。君が依頼を受けてくれた人だね?」


ペティエールはニコニコと人好きのする笑顔をして話しかけてきた。が、その目の輝きは鋭く、まるで射抜くがごとし。どうやら笑顔の裏で私を値踏みしているようだ。

ふと脳裏に、就職活動の時の面接官が浮かぶ。

そういえばあの面接担当官も彼と似たような雰囲気を持っていた。ニコニコと優しげな笑顔を浮かべながらも多くの就職希望者を撃墜していくその様は、中々圧巻だったものだ。


私はあの頃を思い返し、負けまいぞばかりに腹に力を入れた。

グッと気合を入れて、今私にできる最高の笑顔を振りまく。


「初めまして。ギルドで依頼を承りましたカオル=マツムラと申します。ペティエールさんのお役に立てるよう尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


そして最後にペコリとお辞儀。

斜め45度に曲げた腰は、きっかり3秒を待ってから元へと戻した。

そんな私の挨拶に、ペティエールは少し戸惑ったようだ。私は随分若く見えるようなので、もしかしたら挨拶もろくにできないだろうと思われていたのかもしれない。

ペティエールは慌てて「そんなに気を張らなくてもいいよ」と言うと、ロビーにある椅子に腰かけるように勧めてくれた。


「もしかしたら私が緊張させてしまったかな?思ったより綺麗な子が来たものだから、もしかしたら一座への入団希望かとも思ったんだよ」


ペティエールの言葉に、私は素直に驚いた。

綺麗と言われたのはお世辞でも嬉しいが、人からお金を取るような芸ができると思われたのだろうか。

そりゃ私も一芸くらいは持ってはいるが、それも忘年会の余興程度がせいぜいである。


「まさか!芸なんてとてもできませんよ。今回はアシスタント募集とありましたので、私でもお手伝いできるかなと思いまして」

「あぁそうか。勘違いしてしまってすまなかった、どうも私は早とちりな方らしくてねぇ。じゃあ、さっそくだけど仕事の説明をさせてもらおうかな」


ペティエールは懐から1枚の紙を取り出すと、私の前で広げてみせる。

その紙には真ん中に大きな丸が、その下には線が四角く引かれていた。そしてそれらを取り囲むようにたくさんの小さな丸が見える。あとは小さな書き込みがいくつか。

これは……見取り図だろうか?


「今回予定している会場は噴水広場なんだ。この大きな丸が噴水で、小さな丸がお客さん用の椅子。そしてこの四角い枠が、我々の今回の舞台だ。舞台と言っても、台を設置してテントを張った程度の簡単なものだがね。この舞台の上で我々は演芸を披露することになる。君に頼みたいのは、その補助なのだよ。例えばお客さんの呼び込みをしたり、代金をいただいたりというね。あとは設営を手伝って貰いたいかな。我が一座は慢性的な人員不足でね」

「呼び込みと、お金の回収と、設営ですか」


要は、接客とちょっとした力仕事が私の仕事のようだ。

これなら問題ない。きちんと依頼が遂行できそうである。


「それなら私でもできそうですね。ぜひお受けさせて下さい」

「そう言ってもらえると助かるよ。地味な仕事ではあるが、こういった人手もないことには我々も公演できないからね」


ペティエールも私が依頼を受けてホッとしたようだ。

よくよく話を聞いてみると、金銭的な事情からもなるべく早めに興行を再開したいらしい。

元々そういった補助を担当していた人が現在病気で寝込んでいるためにギルドで代役を依頼したと言っていたが、その人が寝込んでいる間も滞在費や馬車の係留費は常にかかってくる。

一座を率いる人間としたら、一刻も早く稼ぎたいのだろう。


お金のない身としては「早く稼ぎたい」というペティエールの気持ちがよく分かるので、ぜひ協力してあげたいところだ。協力すれば私もお金が貰えるし。


「期間はとりあえず数日間とさせてもらえるかい?今寝込んでいる者が回復するまで、という形を取りたいんだが…」


申し訳なさそうにするペティエールに、私は了承の意を告げた。

彼ら一座にとって私はあくまでピンチヒッターだからね。


「いや、良かった。それじゃあ明日から頼むよ………そういえば、君はいくつなんだい?聞いてなかったね」


ペティエールに問われて、私はウッと詰まった。

実年齢は25歳なのだが………………………今の姿では、到底信じてもらえない気がする。

今朝自分の姿を鏡で確認したくらいだと17歳くらいが妥当だろうか。


「じゅう……なな?」


思わず疑問形になってしまった。

サバ読むのは存外恥ずかしいのだ!察してください!


「17?若く見えるんだね、私はてっきり15歳くらいかと思ったよ」


…………。


まぁ、若く見えるのはいいことだ。







その後ペティエールに連れられて宿内にいる他のメンバーにも挨拶をしておいた。


ジャグラーのトク、調教師のリーザ、軽業師のマイト、楽団弦楽器担当のヒュリア、それから同じく楽団吹奏楽器担当のポルム少年。

この他に座長と、座長補佐のルーイが加わって、全部で7人の一座のようだ。ルーイは今は病院で入院中だが、おそらくあと数日間で退院とのこと。


年齢層は全体的に若めで、座長を除けばあとはみんな20代くらいに見えた。

あ、ポルム少年だけは別で、12~13歳くらいだろうか。一座の中では弟的な立場なんだろうな、と察せられた。


私が次の公演を手伝うことになったと知ると、みんな大喜びで迎えてくれた。

やはり、中止になってしまったことに内心ガッカリしていたらしい。

この町に着いてからまだ一度も舞台に立ってないというから、余計に気合いが入っているようだ。


さっそくペティエールが「公園の管理者に話してくる」と使用許可を取りに出かけていくと、私は部屋に残った一座の人たちから質問攻めを受けた。

その質問のほとんどは芸人一座のメンバーらしく「何か芸はできるか」と言ったもので、私は苦笑いを隠せなかった。


「芸なんてできませんよ。私じゃ、忘年会の余興程度が精一杯ってとこです」


「「「ボウネンカイ?」」」


「あ、そっか。えーと何というか……みんなで呑んでいるときにちょこっと盛り上げる程度というか」


この世界には忘年会がないらしい。

さすがにそんなところまで小説には書いてなかったから、知らなかった。

私の大雑把な説明に、マイトが首を傾げる。


「カオルって呑めるのか?ていうか何歳だよ、お前くらいだと飲酒はマズイんじゃね」


…やはり私は若く見えるらしい……。

もしも実年齢を告げたらどうなるんだろう、そのときの皆の反応が読めなくてちょっと怖い。


無難に先ほどペティエールに告げたのと同じく「17歳です」と言ったら、「若く見えるんだなぁ。でも酒はギリOKか」という返事が返ってきた。この世界ではお酒は17歳から大丈夫なようだ。

「いいなぁ、僕も早く呑めるようになりたい」とポルムが私を羨ましそうに見ているが、大人を羨ましく思えるのは今のうちだけだよ、と心の中で忠告しておく。聞えないだろうけど。


「ところで皆さんはお幾つなんですか?」


ちょっと疑問に思ったので質問してみると、意外にも女性であるヒュリアが最年長の28歳だった。最年長は無口なトクだろうと思っていたのでこれは意外だ。

トクは26歳。マイトは22歳。リーザが19歳。そしてポルムがピッカピカの12歳だった。生意気盛りの弟という感じで可愛い。


一通りお互いの簡単な自己紹介をすると、マイトが思い出したように話しかけてきた。


「さっきの酒の話で思い出したんだけどさ!西の国を回った時に旨い酒が手に入ったんだ。たぶん最終公演の後にでも出して貰えるだろうから、一緒に呑もうぜ!」


よほどおいしい酒なのか、マイトは涎を垂らさんばかりの顔をする。

その恍惚とした表情に、私の期待も高まった。

報酬貰えて、酒も呑めるとはラッキーな依頼である。


「そういえば、皆さんはいろんな土地を旅されているんでしたね」


旅から旅へ。それは楽しそうに見えるが、実際は苦労も多いだろう。

言外にそう言うと、マイトは「まぁな」と苦笑してみせた。


「こういう稼業だからな。いろんなとこに行くし、いろんな人にも会う。……んーでも、カオルみたいな髪の色の人は初めて見るなぁ」

「そういえば、私も見たこと無いわ」

「私もないわねぇ」

「僕も」


マイトの言葉に、リーザとヒュリア、ポルムも同意する。トクも同様らしく、無言でうんうん頷いている。


「この町の人間じゃないんだろ?ここでも見ない色だもんな」


この町の人間じゃない、とマイトにハッキリ指摘されて私は曖昧に笑って頷いた。

私はこの町どころか、この世界の人間ではない。

小説に出てきた勇者・黒崎誠司もこの世界の人間ではないが、私はそれよりもさらに規格外な、言ってしまえば小説の外の人間だ。


しかしさすがにそこまでベラベラと話すのが得策でないことくらい分かるので「それ以上は言いたくない」という空気を醸し出した。

彼らも世の中を渡り歩いてきた芸人だ、その手の空気はよく読めるようで、それ以上聞くことはなかった。

心もち微妙になった場に、ヒュリアののんびりした声が響く。


「ねぇ、そのボウネンカイのときカオルはどんなことをしたの?ちょっと気になるわ」


ヒュリアが頬に手を当て小首を傾げたポーズで聞いてくる。

メンバーの中でも年長っぽいヒュリアがこういう可愛いポーズをすると、そのギャップで何だか余計に可愛らしく見える。

話題が変わったことに、皆一様にホッとしたのか、空気が緩む。


(気を遣わせてごめんね~~)


と思いつつ、何と説明したものかと考える。


「えぇと、うーん。ちょっとした……剣技ですね。剣舞みたいなものです」

「へぇ!おもそろそうじゃん」


案の定、私の言葉にマイトが目を輝かせて身を乗り出してきた。こういうこと、好きそうな顔してるもんなぁ。

これにはトクも興味を惹かれたようで、マイトの後ろから無言でこちらをじっと見ている。


私は「剣舞」と言ったが、実際はちょっと違う。

私が忘年会でやっていたのは、実は殺陣だ。

本当は何人かでやるのが迫力があってベストなんだけど、忘年会ではちょっとアレンジして「見えない敵と戦う」風に一人で刀を振るう演技をやってみせていた。

模造刀とはいえ女の子が刃物を振るう姿はとても珍しかったらしく、演技後はしきりに周囲に話しかけられたものだ。


「剣技ということは、あなたは剣士なのね?カオルくんは綺麗な顔をしてるし、きっと剣を振っている姿なんて見せたら、女の子に人気が出るわねぇ」


おっとりと微笑むヒュリアに私は苦笑いを返す。


「いえ剣士じゃないですよ。まだまだ見習いってとこです」

「ああ!だからEランク受けてるんだぁ」


納得がいったような顔をしたポルムの頭を、マイトがボコッと殴った。


(い、痛そう…)


「おまっバカ!そういうことは口に出すんじゃねぇよ!」


チラチラとこちらを見ながらマイトが怒る。

どうやら今のポルムの発言で私がショックを受けていないか気にしているらしい。


(別に気にしないのに)


余程痛かったのだろう、ポルムは頭を両手で撫でさすりながら口を尖らせた。


「ったいなーーー!いちいち殴るの止めてよね、僕の背が縮んだらどうするのさ!」

「アーホ、縮むわきゃねぇだろ」

「あーら縮みはしなくても、これ以上伸びないかもしれないわよ?」

「リーザ姉、ほんと?!わーんバカマイトーー!伸びなくなったらマイトのせいだよ!」

「リーザ……余計なこと言うなよ。こいつすぐに信じちまうんだから」


うふふふふ、とリーザが悪戯っぽく笑う。

女だてらに猛獣の調教師なんてやっているだけあって、けっこう強かなタイプの女性みたいだ。

いつも持ち歩いているのか、腰に巻かれた鞭が微妙に怖い。


「あのー、私のことなら気にしないでください。まだ冒険者になったばかりですし、Eランクから地道に頑張るつもりなんですよ」

「あ…あぁ、悪いな。冒険者、なったばっかなのか?」

「はい。…………実は冒険者になって初めての依頼が、今回の依頼なんです」


秘密を明かすみたいに小声でコッソリと話すと、周囲のみんながあからさまにホッとしたように笑顔を見せた。


(……Eランクの依頼受けてるのって、そんなに気の毒に思われるようなものなのかなー)


冒険者として腕が悪いとかそういう風に思われてしまうのかもしれない、と思うとあまりEランクは受けないほうがいいように思えてきた。

もっとも、今の私にはもっと上のランクは難しいわけだが。


「あらあら、カオルくんの記念すべき第1回目の依頼がウチの一座のものなんて光栄ねぇ」


ヒュリアだけはあまり様子が変わらなかった。

ちょっと天然系な雰囲気も漂うし、いろんなことが気にならないタイプなんだろう。




その夜、宿の女将さんから「今日はノイン様がカオルさんのことを訪ねて来ていたんですよ」と聞かされ、私は少し残念に思っていた。

仕事を見つけたこととか、あとは支払ってもらった宿代のお礼とか、話したいことはたくさんあるのだ。


どちらかと言えば人見知りしやすいはずの自分なのに、昨日会ったばかりの人間にここまで心を許しているのが我ながら不思議なくらいだが、たぶんそれだけ大きな恩義を感じているのだろうと納得して、その日も「寝る前の妄想タイム」の代わりにノインへ感謝しながら柔らかなベッドに身を沈めたのだった。



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