幕間:初めてのお買い物 下着篇
次に向かったのは靴屋だ。
マイトがブーツを見たいというので、私も付いてきたのだ。
……というのは言い訳で、私の目的地は初めからその隣にあるピンク色のお店である。
(おー下着!イエス!)
実はかなり深刻な問題であった。
私の股間を生温かく包んでいる布地は、元の世界からずっと装着している女物だ。
毎日裏返して履くという、乙女としては有り得ない方法で凌いではいるが、いい加減……何とかしたい。
おまけに夜寝ている時は自動的に元の性別である女に戻るが、昼間は妄想魔法でいつも男になっている私としては、女物では……その……ちょっとサイズがキツイ。かといって男物のパンツは履きたくないわけで。
そんな折、リーザから素晴らしい情報を手に入れたのだ。
「最近の女物下着もだいぶ中性的になってきたわよねー。この間10番街にあるランジェリーショップに行ってきたんだけどね、短いズボンみたいなパンツが売っててびっくりしたわ!」
ポルムにも似合いそうな造りだったから履いてみたらいいわよ、と言ってポルムをからかうリーザに、私は思わず親指を立ててしまったほどだ。
私も一緒になってポルムをからかっているとでも思われたのかポルムには大変恨まれたが、それくらいの恨み、この感激の前では塵に等しい。
男でも履けそうな、女物下着!
今の私にこれ以上うってつけな下着は、他にない!
私はマイトを「ゆっくり見てきたらいいですよ」と半ば強引に靴屋に押し込むと、気合の入った表情ですぐそばに隣接する下着店を熱く見つめた。
ある意味、今日の買い物のメインディッシュである。
(よーーぉし……買おうじゃないの!)
フンッと鼻息を荒くして、私は意気揚々と下着店の扉へと手をかけた。
「いらっしゃいませぇー」
扉が開く音を察知したのか、可愛らしい女の子の声が店内に響き渡る。
奥からパタパタと店員らしい女の子の姿を目にして、私は不思議な気持ちになった。
(どこの世界でも、こういう店って似たような感じになるんだなぁ…)
軽く見回した限り、店に置いてあるブラもパンティも造り自体は元の世界と寸分の狂いもない。同じといっても差し支えないほどだ。
これならば、と安心して品物を物色し始めると、妙に背中に視線が突き刺さるのを感じた。
他にお客さんはいなかったので、この視線の主はさきほど出てきた店員の女の子のものだろうが…。
なんだろう、と振り返るとそこには驚いたような表情の女の子の姿があった。
「…?なにか?」
気になって尋ねると、私に話しかけられた女の子は突然頬に手を当てるなり「キ、キャァァアア!!」――――と悲鳴を上げてしまった。
その声の凄まじさに、私はハッとして我が身を見下ろし、そして気付く。
(あああっ!!私、今は男じゃないの!パンティなんか持って、これじゃまるで変態……!!)
慌てて「あのっそのっ…!違うんです~~~~~!!」と言い訳をしようとする間もなく。
悲鳴を上げた女の子の様子が思っていたものとは違うもので、私は別の意味で青くなった。
「カッ、カオル様ですよね?!今日、舞台に立ってましたよね?!!キャア、カオル様に女装趣味があったなんてぇぇぇ!!」
「いえ、その」
「大丈夫!あたし、理解あるほうなんですぅぅ!カオル様にお似合いの下着を見繕って差し上げますから、安心して任せてくださいねぇっ!」
女物の下着にハアハアする変態と思われるのと、女装趣味の男と誤解されるのと。果たしてどちらのほうが幸せなのだろうか。
女の子にガシッと肩を掴まれた私には、最早首を縦に振るしか道は残されていなかった…。
ヒラヒラ可愛い下着たち。
布地が少ないタイプ、逆にしっかり覆ってくれるタイプ、とこの世界の下着屋の品揃えも様々だ。
しかし店員の女の子が私に勧めてくれるものは黒いレースがたっぷり使われた小悪魔タイプのものばかりで、私は困惑の声を上げていた。
「あ、あのー…ちょっとセクシーすぎるかなーなんて…」
「そんなことありませんっ!エキゾチックなカオル様にとっても似合っていて素敵ですよぉ!」
………。
でも男の体に、無理矢理試着させようとするの、止めようね……と思う。
このままではこの小悪魔下着を買わされてしまいそうなので、私は本来の目的であった中性的な下着のことを聞いてみることにした。
男でも女でも使えそうな、今の私にピッタリの一品。
これを買わずして今日の買い物は成功とは言えないのだ。
「あの!ちょっと小耳に挟んだんですけど、短いズボンみたいな下着って…置いてありますか?」
「短いズボンみたいな?っていうとー……もしかしてこれですかぁ?」
女の子が取りだしてきたのは、ボクサータイプのパンツ。
なるほど、これは確かに「短いズボンみたいな」下着である。
これなら元の世界でも女の子用としても存在していたくらいだし、私が履くのにもあまり抵抗は無い。
「あ!それです!それが欲しいんです!」
これ以上小悪魔下着を出されてはなるまいと、私は慌ててボクサー下着に手を伸ばした。
触ってみた感触では伸縮性もそこそこにありそうで、これなら私の股間を優しく包んでくれそうだ。
しかし気に入った下着を見つけて歓喜に沸く私とは裏腹に、店員の女の子はとても不満そうな表情をしている。
「これもいいですけどぉ……カオル様にはやっぱりこっちのほうが似合―――」
「いえ!これが気に入りました!ものすごく気に入りました!これ以外は無理なくらい気に入りました!!」
「……はぁ。気に入ってしまったんじゃ、仕方ないですねぇ…」
…物凄く悪いことをしてしまったような気分になるのは何故だろう。
ガッカリしている女の子の顔を覗き込んで「ごめんね?」と謝れば、女の子はポッと顔を赤く染めて「いいんですよぅ…」と蚊の鳴くような声で呟いた。
しかしそのすぐ後に「オススメ下着は、私のプレゼントということにさせて貰いますからぁ…」という言葉が続くのを驚愕の思いで聞きながら、私はこの子の将来を心配していた。
(女装男に下着を送りたがる女の子、ねぇ……。大丈夫かしら……)
「今、お包みしますからお待ちくださいね!」
割引特価で銅貨50枚です!という下着を3枚貰う事にして、私はようやく店を出ることができた。
下着を買うだけで、とても疲れてしまった気がする……。
幸いマイトの買い物は終わっておらず、私が靴屋に入るとマイトは買ったブーツのカカトに鉄板を仕込んでもらっている段階だった。
私がランジェリーショップから出てくる姿を目撃されることもなくホッと安堵のため息をついたのだが、「何を買ってきたんだ?」と裏の無い笑顔で爽やかに聞かれてしまい、私は居心地の悪い思いをしばらくの間味わうことになった。
話題を換える意味も込めて「なんでブーツに鉄板を仕込むんですか?」と聞くと、体術使う時に武器になるから、という答えが返ってきて私は目を見張った。
さすが魔物の跋扈する世界を旅する旅芸人一座である。
たぶん、いざというときには魔物との戦闘もこなすのだろう。
ちなみにランジェリーショップの彼女からは「隠れた女装も素敵ですけど、洋服も女装したら似合うと思います!」と半ば押しつけられるようにしてワンピースまで受け取ってしまった。
お嫁に行ったお姉さんが昔着ていたというワンピースは、小悪魔下着ばかりを勧める彼女のセンスとは違って清楚なもので、私の趣味ともバッチリだ。
女装ではないけれども「たまには女の姿に戻って過ごすのも悪くないかな」とこのワンピースで町を歩く自分を想像して――――すぐに私は頭を振って想像をかき消した。
(なんでノインさんと一緒に歩いてるとこなんか想像してるの、私!)
ノインは恩人だ。
確かにちょっとイイ男かなーとは思うが、彼はあくまで小説の中の人物。
サヤとミホを見つけたらいつかは元の世界に帰るつもりでいる私にとって、彼はそういった対象の人物ではないのだ。……ないはずだ!
しかし一度頭に浮かんでしまった光景はしばらく頭から離れてはくれず、私はこの後もずっと、貰ったワンピースを見るたびにその想像を思い出すことになるのだった。




