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世界の見る夢は。  作者: 木谷 亮
迷い込んだ世界
14/20

幕間:初めてのお買い物 マント篇

私がしっかりと胸に抱えている布袋の中には、銀色のコインが3枚入っている。

現在の私の、全財産だ。

この布袋はとても大きく、たったこれだけのお金を入れるには断然に大きすぎるのだが、他に入れ物になるような袋を持っていないので仕方ない。

布袋の中に入れておいた元の世界での服やバッグは、宿のベッドの中に隠すようにして置いてきた。

まぁ部屋には鍵もかかるし、ベッドメイクは断っているので(別料金で銅貨2枚取られるからだ)、誰かに見られることもないだろう。


「カオル、随分とデカイ財布だなぁ」


マイトに半ば呆れたように言われて、私は苦笑を洩らした。


元の世界で使っていた財布でも良かったが、お釣りが出ることを考えるとあの財布ではおそらく入りきらない。

この世界の貨幣は銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚というシンプルなものだが、逆を言えばそれだけのコインを持ち歩かなくてはならないのだ。

今からマントや下着を買いに行く予定だったが、これは財布を買う必要もありそうだ。




今日初めての公演を無事に終え、私はペティエールから「今日の追加報酬だよ」と銀貨を2枚貰っていた。

元々ギルドで請け負っていた「芸人一座のアシスタント」という依頼の報酬は1日銅貨80枚だったので、その2倍以上を一気に貰ったことになる。

その額の多さに驚いたが、それだけ私が稼いだ証拠だから気にするなと言われたので、私は有難く受け取っていた。

ちなみにこの追加報酬はギルドを通していないため即日現金で貰えたが、ギルド経由で請け負った分の報酬は後日ギルドで受け取れることになっている。


思いがけずある程度まとまったお金が手に入り、私はウキウキと喜び勇んで買い物に出ることにしたのだ。

この世界の金銭感覚にまだ馴染んでいない私としては買い物に不安もあったが、丁度良いことに「買い物なら一緒に行こうぜ!」とマイトが言いだしてくれたため、私たちは一緒に町へ繰り出していた。


「で、何を買うんだ?」


大通りを並んで歩きながらマイトが聞いてくる。

冒険者向けの商品を主に扱っているのは町の入り口近辺のお店と聞いていたので、向かうは町の入り口に一番近い10番街だ。

この町は城と町の入り口をまっすぐ繋ぐように大通りがあり、その大通りと交差して横に伸びる道が10本ある。

横道は城に近いところから1番街・2番街・3番街…と呼ぶので、町の入り口に一番近い通りが10番街となるわけだ。


「うーん、お財布と下着も見たいですけど。とりあえずマント…かなぁ、フード付きの」


この世界の人の髪の毛は明るい色が多く、黒髪黒眼の私はかなり目立つ。

要らぬトラブルを招き寄せる原因にもなりかねないので、髪を隠せるマントは早めに買いたいところだ。


「そういえばマイトさんも何か買うんじゃないんですか?」

「んー、俺はちょっとブーツを見たいんだよな。今使ってるのが大分底が減ってきてさ、そろそろ直して使うのも限界っぽい」


言われて見てみると、確かに何度か修繕をした痕跡が見られた。

この世界の人たちは物を大事に使うのだろう、町のそこかしこで修理屋を見かけることも多かった。


「じゃあ靴屋さんに行きます?」

「先にマントでいいよ。靴屋はちょい遠いし」


マイトに促されて通りを歩く。

今まではお金の事ばかり考えて歩いていたから、こうやってちゃんと町を見て歩くのは新鮮な気分だ。

町の人たちの生活のにおいを感じ、「あぁ私は本当に小説の中の世界に入って来てしまったんだ」と改めて自覚する。

マイトたちは元々この町の人たちじゃないし、異邦人と言う意味では私と同じだ。

だから今まではあまり感じることもなかったが、私は今確かに小説の中の町にいるのだなぁと妙に感慨深いものを感じた。


何回か来たことがあるというマイトに連れられてきたのは、大通りから10番街を左に少し逸れたあたりにあるお店だった。

ドアを開けると、ドアに取り付けられた鐘がカランカランと軽い音を立てる。


「いらっしゃいませ」


その音を聞いて、店のおじさんが愛想よく声をかけてくる。

マイトがその男性に軽く手を上げるのを見て、私も小さく頭を下げた。


「マント探してるんだけど」

「お客様がお使いに?」

「いや、こいつが使うの」


おじさんは私のほうを見て、そしてニッコリと笑いかけてくる。


「こんにちは、お坊ちゃん」


まるで子供に話しかけるように言う男性に、私とマイトは咄嗟にブッと吹き出した。

このおじさんは私を幾つだと思ったのだろうか。


笑いあう私たちにおじさんは不思議そうな顔をしていたが、マイトが「こいつ、見えないだろうけど17なんだぜ」と言うと驚いた顔をしながらも納得してくれたようだった。


「それで予算はいかほどで?」

「あー…安ければ安いほうがいいだろうな」


私をチラッと見て、マイトが答えてくれる。

この間「ハッキリ言って、この依頼の報酬が生命線です」と正直に言ってしまったので考えてくれたのだろう。

私としても安いほうが助かるので、マイトに深く頷いた。

思った以上の収入が入ったとは言っても、ここで良い物を買ってしまってはこの後の買い物ができなくなってしまう。


「あぁ、でしたらコチラはいかがですか」


おじさんは手前にある棚から一枚のマントを出してくる。

若葉色をした綺麗なマントだ。


「魔除け効果も付いている商品ですがかなりお安くしていますよ」

「お、本当に安いな。これで銅貨50枚か…………あ、でもフード付きが欲しいって言ってたよな?カオル」

「はい。できたら髪が隠れるくらいのが欲しいんですよ」


目立つの嫌だし、と付け加えると「勿体ないな」と髪を触られた。

マイトの手が私の髪をサラサラと梳く。

その手つきは優しく、どちらかと言えばガサツな印象のあったマイトとは少しイメージが違ったので、何となく意外に思ってマイトの顔を見る。


頭一つ分私より背の高いマイトを下から見上げてみれば、思ったよりも柔らかい表情をしているマイトと目が合って、少し驚いた。


(何…恋人同士みたいな甘い雰囲気漂わせてんのよ。ていうか今男同士………ハッ!マイトさんて実はソッチの人?!)


とにかくあまりベタベタされるのも嫌だったので「もう離してくださいよ」と言うと、マイトはハッとした顔をすると慌てて手を放した。

……どうやら触っている自覚がなかったみたいだ。

気まずげに頬をポリポリと掻いて「男に何やってんだ、俺…」と呟いていた。


その場に微妙な空気が流れたが、いつの間にか店の奥へ商品を取りに行っていたおじさんが「これはどうですかね?」と灰色のマントを手にして戻ると、マイトにもいつもの調子に戻り私もホッとする。


「それ、いくらだ?」

「銅貨75枚ですよ」


おじさんはバサッとマントを開く。

私の希望通りの、フードの付いたマントだ。首元には青色のブローチが嵌められており、裏側にはホックが付いていた。


(なるほど、ここで首元を留めればいいのね)


マントを受け取って試着してみると、丈も膝くらいで動きやすそうだ。


「魔除け効果はないんですけどね、防虫効果や防塵効果は付いています」


言われて、私は「うーん」と唸った。

マイトの反応からすると、値段も適正のようだし、買ってもいいのかもしれない。


「じゃあ、これにします」


私がゴソゴソと布袋からお金を出すと、おじさんは少し驚いた顔をする。


「おや、こんな大きな袋に直接お金を入れているんですか?」

「あぁコイツ財布持ってないんだよ」


私が口を開く前に、マイトが店のおじさんに説明する。

その言葉を聞いて、おじさんは「じゃあこれを使うといいですよ」と革製の小さな袋を渡してきた。

シンプルなその財布は少し日に焼けているものの、存外しっかりとした作りをしている。


「売り物じゃないんですか?」

「はは、実は売れ残りでしてね。この通り日にも焼けてしまってとても売り物になりませんから、良かったら使ってください」


銀貨1枚を渡し、返ってきた銅貨25枚を早速財布の中に入れる。

コイン同士が擦れ合うジャラジャラとした煩い音は、財布の口さえ締めてしまえば途端に聞えなくなった。

革でできているためか、それともそういう魔術がかかっているためか。

どちらにしても便利なものだ、と私はおじさんに礼を言ってからマイトと連れ立って店を後にした。




語尾等を少し修正しました。(9月12日)

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