69 ファイティング・ストリート
69 ファイティング・ストリート
「『殴られ屋』だと……!?」
聞いたことがある。
金を受け取って、一定時間相手に殴らせる商売。
といっても必ず殴られてくれるわけではなく、よけてくるんだ。
さらに一定時間に『殴られ屋』をKOできれば、払った金が倍になるという賞金付き。
だから『殴られ屋』をやる人間はよっぽどフットワークが軽い人間か、よっぽど打たれ強い人間ということになるだろう。
俺は疑問に思うことがあったので、素直に口にする。
「なんだって、そんなことをやってるんだ?」
すると挑発的な笑みを浮かべていたノラは、さも意外そうな顔をした。
「まさか貴様、本当になにもしらずに来たのか? この『ファイティング・ストリート』に……!」
「ファイティング・ストリート、だと?」
ふと気がつくと、まわりにはヤジ馬たちがたくさん集まっていた。
「おい見ろよ、あの剣士の小僧、ノラとやるつもりらしい!」
「きっと同じガキだから、やれると思ったんだろうな!」
「あ~あ、あの小僧、死んだぜ!」
「チッ、ひさびさに拳士以外のヤツ、しかも剣士が来たから、俺がぶちのめしてやりたかったのによぉ!」
「あの小僧、いまになってストリートファイトは初めてって顔になったぜ!」
「いまになってビビっちまったみてぇだな! 剣士ってのはどいつもこいつも、最初だけは威勢がいいんだ!」
「そしてケツを蹴り上げられたとたん、負け犬みてぇにしっぽを巻いて逃げようとするんだ!」
「まあいちどおっぱじめた以上、ボコボコになるまでは逃がさねぇんだけどな! ぎゃははははは!」
どうやら俺は、とんでもないところに足を踏み入れちまったらしい。
まわりをよく見てみると、道のあちこちでケンカをしているヤツらがいる。
俺の動揺を、ノラは見逃さなかった。
「ようやく気づいたようだな。この『ファイティング・ストリート』が、修羅の道であることを……!」
ノラは構えを取り直すと、こいこいと手招きをする。
「たとえ迷いこんだとしても、容赦はせん……! この俺にケンカを売った以上、貴様にできることは、ただひとつ……! この俺様に、ぶちのめされることだ……!」
「いや俺は……」
「ほわちゃぁっ!」
怪鳥のような雄叫びとともに、鋭いジャブが俺の鼻っ柱を打つ。
熱いものが吹き出すのを感じ、俺は鼻を押えてあとずさった。
「おいっ、『殴られ屋』じゃねぇのかよ!?」
「相手が剣士の場合は、反撃ありの特別コースだ。そのかわり、この俺に一撃でも与えたら、缶の中身をすべて貴様にくれてやろう」
「くそっ!」
俺はお返しのジャブを放ったが、ノラは紙一重のスウェーでかわす。
ギリギリというよりも、俺の拳を完全に見切った余裕のある動きだった。
ペコはいつのまにか木箱の上に立っていて、「それじゃ、スタートね!」と、手にしていた砂時計をひっくり返す。
観衆はすでに大勢集まっていて、「やっちまえー!」とヤジを飛ばしてくる。
ノラはさすが拳士なだけあって、フットワークが軽い。
ガラクタに囲まれたリングのなかを、俺を幻惑するように動き回っていた。
「さぁ、どうした! 好きなだけ殴ってもいいのだぞ! ほわたぁ!」
パアン! と渇いた音が響くたび、俺の顔に焼印を押し当てられたような痛みが走る。
観衆から「あ~あ」と残念そうな声が届く。
「あの剣士の小僧、てんでダメじゃねぇか!」
「ぜんぜん殴り返さねぇし、ボコられてばっかりだ!」
「剣士が必死になって大根みてぇなパンチを振り回す、無様な姿が見てぇのによぉ!」
「その時の顔がケッサクなんだ! パンチがてんで当たらなくて、まるで幽霊を相手にしてるみてぇな顔になるんだよなぁ!」
「早く見てぇよなぁ、あの小僧がビビりまくるところをよぉ!」
「おい、ノラ! 遊んでねぇでさっさとやっちまえよ!」
「そうだそうだ! その小僧は軽そうだから、記録更新してくれよ!」
声援を受け、ノラはため息をつく。
「少しは反撃してくると思ったのだが、期待はずれだったな……。ならば、これで終わりだっ! ……ほわっちゃぁぁぁぁ!」
……ぶおんっ!
それは、ヤツの拳が初めて空を切った音だった。
俺は耳をかすめるほどのギリギリで、ヤツの一撃をかわしていた。
「な……なにっ!? い、いまのはマグレだっ! ほわっ、ちゃあ!」
……ぶんっ!
さっきよりも、余裕をもってかわせた。
ヤツもそのことがわかったのか、顔に焦りの色が浮かぶ。
「く……くそっ! マグレは二度までだっ! ほわたたたたたたたーーーーーーーーーっ!!」
ヤツはいままで片手だけのジャブだったのだが、とうとう両手を使い、ジャブの連撃を繰り出してくる。
それは目にも止まらぬ速さで、燃え上がるような音をたて、火の玉のように俺に降り注ぐ。
ヤジ馬が沸いた。
「で……出た! ノラの拳技、『狼爪連撃』!」
「久々に見たぜ! アレをくらったヤツは、倒れることもできずにボコボコになるんだ!」
「終わったあとの剣士の小僧の顔が、どんだけ腫れあがってるか楽しみだぜぇ!」
ごうごうと唸りをあげる拳に、ヤジ馬は大喝采。
しかしふと、ひとりの男が気づいた。
「あれ? さっきから拳の音はするけど、殴られてる音はぜんぜん聞こえてこねぇんだが……?」
と同時に、連撃が止む。
……ゴウッ!
豪雨のようだった拳がピタリと止む。
ノラはその雨に打たれたように汗びっしょりで、ワナワナと震えていた。
「ば……バカなっ!? か、カスリもしないだなんて……!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
ヤジ馬たちが信じられないような声をあげる。
「う……ウソだろ!? 『狼爪連撃』がよけられるなんて、あるわけがねぇ!」
「でも見てみろよ! 剣士の小僧の顔! 『狼爪連撃』を受ける前から、顔がぜんぜん変ってねぇ!」
「は……腫れあがってボコボコになるどころか、余裕の笑みを浮かべてやがる……!」
「な……なんなんだ、あの小僧っ……!? バケモンかっ!?」
幽霊を見てしまったかのように、あとずさるヤジ馬たち。
ノラも距離を取ろうとしたが、そうはさせない。
「シュッ!」
魔術によるフットワークで距離を詰める。
一瞬にして俺が目の前に現われたので、ノラは「うっ!?」と虚を突かれたような声を出していた。
苦し紛れに放った一撃は、もう狼の鋭さはない。
最初にヤツがしたように、余裕をもってかわしつつ、懐に飛びこむ。
「お前のパンチはもう、すべて『記憶』した……! この距離まで近づけば、得意のスウェーも使えねぇだろ……!」
「な……なにっ!?」
「それに、食ったばかりだろうから、コッチにしといてやるよっ……!」
横薙ぎのフックが、まともに頬をとらえる。
……ズドォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
パンチの衝撃で、ヤツは頭から吹っ飛んでいく。
受け身を取ることもできず、うつぶせにバタンと倒れてしまった。












