83話
「はあ〜使えないわね。でももういいわ」
冥府の1人を屠ったセルニア陣営であったが、カレンの顔から表情が抜け落ちた事に長年の感が警笛を鳴らす。冥府という脅威を減らしたにも関わらず増す圧迫感。
一同は何も逃すまいと注視していた。
「またテルフィナに怒られちゃうわね。爺さんのせいで……」
カレンから溢れ出た濃密な殺気。ぞっとする程の殺気にベルンバッハですら背中に冷や汗が流れていた。
「これ程か……」
かつて相対した強大な属性竜を前にした時にも感じたことのない圧倒的な存在感。カレンの背に強大な炎竜王の幻視すら浮かんできそうなほどだった。言葉を発せたのは流石とも言うべきか、今の殺気で団長達は軽く息を詰まらせていた。
「クレスト、そこの2人をお願いするわ。私はそこの爺ね。滅竜技が竜王に通用するか見せてちょうだい」
「さて、ゆるりと行きたい所じゃが……竜王の半身が相手となるとちと厳しいかの」
黒炎を纏わせた緋王紅蓮剣の切っ先をベルンバッハへと向ける。それだけでベルンバッハは体に何重にも鎖が巻き付いたかのように覚える。だが、彼は生ける伝説という大きな名を背負う者である。
「吠えよっ、白炎獅子」
「ふんっ。炎竜王咆」
極大の黒炎が切っ先から吐き出された。迎え撃つは白い獅子。咆哮を上げる獅子が黒炎を喰らい尽くさんと噛み付く。
「ぬうぅ」
侵食する黒が獅子を徐々に黒く染め上げていく。喰らえる炎の許容値を超えている証拠であった。力を込めて耐えるベルンバッハ。カレンの持つ竜具の切っ先から放たれたブレスが小さくなった時には既に獅子の三分の二が黒く染まっていた。
「ふぬぅ」
肩で息をするベルンバッハだがカレンに攻撃の隙を与えまいと瞬時に斬りかかった。老いを見せないその動きにカレンもまた大剣でもって迎え撃つ。
数合と切りかかっていくうちに現れる差。それは竜具の差とも言うべきか、竜王を宿した竜具とではそもそもの格が違う。炎を食らう獅子は既にその容量を使い果たしている。
「これが差よ。この差こそが絶望の大きさになるの」
「儂は負けんっ」
カレンと対抗出来るのは同じ力を宿した竜具のみ。それは分かっていたベルンバッハは既に倒す事を脳内から弾き出していた。どれだけ持ち堪えられるかの持久戦。
剣戟が繰り返される度にベルンバッハの表情は険しさを増していく。戦えているのも炎獅子の能力と長年、戦場に身を置いてきたベルンバッハの技量の賜物であった。神経を擦り減らす技巧の数々。
カレンはただ無造作に竜具を振るうだけ、それだけが途轍もなく重い。
「よもや六王姫とやらがこれ程とは……他国もまた窮地という訳か」
「そうよ。アンタが頑張っても結果は一緒なんだから」
セルニア王国にはベルンバッハという元滅竜騎士がいた事でカレンと何とか戦えているが他の国ではこうはいかない筈だ。冥府ならともかく、六王姫の力は想像の域を超える。もはや人類が届きうる最高到達点、ベルンバッハをも超えた存在であった。
(なればこそ、レグルスと竜姫達は守らねばならん。人類の最後の希望としてのぉ)
「国を舐めるなよ、小娘!」
「あははっ! 全ての国に六王姫が向かっているのよ? 第二陣の封印もこれでお終いだわ」
カレンの余裕を逆手に取ったベルンバッハは何とか叫ぶ。
「エックハルト王よ! すぐさまメシア以外の滅竜騎士を自国へ戻すように要請するのじゃ」
「だが、アガレシアの守りはどうするのじゃっ」
エックハルトの疑問も最もである。実質サラダールが封印されているのはアガレシア皇国なのだから守る対象であった。
「どちらにせよ、この五カ国が落ちればアガレシアも終わりじゃ! アガレシアにはキョウヤに残ってもらう」
だが、ベルンバッハが言っている事も正しい。このままでは各国の精鋭達は殺されるだろう。そうなれば、残るはアガレシアのみという状況。五カ国が負けた後いくら滅竜騎士が守るとはいえ数の力には負ける。対抗手段を多く残そうとするベルンバッハの意見にエックハルトは頷いた。
何より目の前のカレン相手に対抗するには最低限で滅竜騎士が必要であった。ならば他の国では今よりも悲惨な状況になっているのは確実。欲を言えば各国にレグルスが必要であるが、そんな悠長な事を言っている場合でもない。
「ふんっ! させると思う?」
カレンが動き出そうとするエックハルトに向けて黒炎を放つがベルンバッハの白炎獅子が雄叫びを上げて喰らいつく。それはまるでベルンバッハの気迫に応えるようであった。
「チッ」
「ここは儂に任せよ」
シュナイデルとガルシアは頷くと同時にクレストへと駆け出した。既にシュナイデルの周りに何本もの光槍が作り出されている。
「好きにはさせんぞぉっ」
「ほお、やはり団長格は面白い」
シュナイデルによって打ち出された光槍が無数の閃光となってクレストを襲う。一本一本に秘められた力は絶大。必殺級の技であったが、クレストが生み出した死風を浴び消滅していく。
なおも止まらないシュナイデルへと死の風が迫る。
「陽炎」
だが、ガルシアが構築した空間に死風が侵入する事は出来なかった。
「死風を打ち破りますか」
「我の空間は風すらも消滅する」
ガルシアとシュナイデル、二人の団長は己が持つ全てを出す勢いで攻撃を繰り出し続ける。だが、彼らは自分達の攻撃が有効打にならない事を分かっていた。陽炎とは超高温度の空間を一時的に作り出すものだ。その内部では死風といえど消滅せざるおえない。
ガルシアは死風を消滅させる事に全てを費やしていた。同じくシュナイデルの攻撃もまたクレストの付近に展開する死風によって消滅させられる。
お互いの能力が拮抗していた。しかし、クレストは竜の化身である。その身体能力すら2人にとっては驚異以外の何者でもない。
高速で駆け寄ってくるクレストがその腕に生えた鋭爪を振るう度にシュナイデルの光槍が砕けていく。無数に展開される槍を次々に持ち替え何とかしのぎ続けていた。
タイミングを見計らったガルシアが高めた剣技を開放する。
「焔閃」
「おっと、危ねえ」
縦に振り下ろされた竜具は翼によって防がれる。何度も続く攻防は未だ終わる気配は無かった。だが、ベルンバッハ達が稼いだ時間は無駄ではない。エックハルトの目の前に降り立った飛竜隊の一人。
「頼むぞフルート」
「かしこまりました」
飛び去っていくフルートが向かったのはアガレシアであった。




