67話
メシア王国はセレニア王国と憤怒の大山脈を挟んだ位置にある国だ。
当然の事、移動は馬車であり速度もまた緩やかに進んでいた。最初のうちは始めての外国と言う事もありはしゃいでいた三人であったが今は静かなものだ。
地面を転がる車輪の音だけが馬車内に聞こえていた。そんな時、代わり映えのない景色と沈黙にも飽きたのかアリスが呟いた。
「暑いわね」
馬車の中でパタパタと手うちわを仰ぐアリス。額にはじっとりと汗が滲んでいるのか髪が張り付いていた。それを鬱陶しそうに拭っと拭うがジメジメした空気はどうにもならない。
「うぅ〜、ダメだぁ」
「これは、中々の苦行です」
馬車の中で3人ともがその暑さにぐったりとしていた。この国の気候は極端である。それは、憤怒の大山脈の影響にあった。
年中活動を続ける大山脈から漏れ出す熱気は風によりメシア側へと流れる影響で年を通して熱帯であるのだ。
ガタンッ
「うぅ〜、いてぇ」
一際大きく馬車が揺れたと思うと情けない声が聞こえてきた。
3人が馬車の前方に視線を向ける。そこにはぐったりと、暑さに蕩けたように四肢を投げ出したレグルスが寝転がっている姿が見える。
既に痛みは消えたのか、こんな暑さでもスヤスヤと気持ち良さそうに寝ている姿は今まででもよく見た光景だ。
「はぁ〜。せっかくまともになったと思ってたのに」
そう呟くアリスは馬車が出発してからすぐの会話を思い出してみた。
いきなり寝ようとするレグルスに『みんなから変わったって言われてたのにまた寝るってどうなのよ!?』
セレニア王国を抜けてすぐの一幕である。
面倒そうに此方を向いたレグルスの返答が手のひらをひらひらさせながら呟いた言葉だった。
『やる時はやるさ。でも、必要のない時はダルいし眠いから……寝る』
その発言を思い出したアリスのコメカミがピクリと動く。
「でもまあ、あの姿を見ると落ち着くよねぇ〜」
「そうですね。ずっと真面目なレグルスさんはちょっと」
見計らったようなタイミングで呟かれた言葉にアリスもまた苦笑を浮かべるしかない。
もしそんな事になろうものなら脳の心配をしてしまう自身があるのだ。
「ま、まあ分からなくもないけど……」
ガタガタと進む馬車から見える景色が不意に変化した。田舎道を抜けたのだろうチラホラと人の営みが見えるようになってきたのだ。
向かっているメシア王国を感じ取れた為に関心が湧いたのかアリスがぴょんと立ち上がった。
「メシア王国って武人の国なんでしょ?」
「みたいね。えーと、騎士団じゃなくてーー」
「刀士でしたね」
「そう! それそれ、分かってたんだけどねぇ」
ラフィリアの言葉に賛同するアリス。どうやらレグルスの話題から変わったようだ。
「刀士って聞くとやっぱり他国なんだよねぇ」
「騎士団長のような立ち位置が天下八刃と呼ばれているようですね」
パラパラと書類を捲りながら告げたラフィリアの説明に反応する二人。
「八刃かぁ〜、カッコいいなぁ」
「へぇ〜」
のほほーんとしたサーシャと知ったかぶりはもう良いのか仕切りに頷いたポンコツなアリス。
ラフィリアは笑みを深くすると二人に書類を手渡した。
「ふふ、流石に何も知らないと困りますし……今からお勉強ですね」
「えぇ〜、ラフィリアちゃんのいけず!」
「そ、そうよ! 知ってるわよ」
「ふふふ」
ぶうぶうと文句を言う二人であったが、ラフィリアの笑みが更に深まった事に固まる。
「さて、では始めましょうーー」
説明される内容は大まかな概要とでもいうべきものだ。
セレニア王国とはその名称やあり方が大きく異なっている。メシア王国で滅竜師は刀士とも呼ばれる。
その中でも優秀な者達を総称して滅刃衆と呼ばれているらしい。
「メシア王国では順位戦と呼ばれる決闘が毎日たくさん行われているらしいですね」
「凄いわね、この国……」
そして、かの国では毎日のように下剋上が行われていると言うことである。順位というものがあり、彼らは自分よりも上位の者を倒す事で入れ替わるというシステムだ。
そんなシステムに引き攣った笑みを浮かべるアリスは軽く身震いした。どう考えても脳筋達が巣食う場所だと分かってしまう。
「だから武の国なんだね」
「みたいですね……それと、上位8人が天下八刃と呼ばれ順位の変動も少ないみたいですね。何よりそのトップのヤマトさんが滅竜騎士並に強いらしいです」
「確かメシア王国の滅竜騎士ってキョウヤって人だよね?」
「ええ、普段はアガレシア皇国にいるので見る事の方が少ないと思いますけど」
「そんな国に行ってバカレグルスは大丈夫か心配だわ」
そう言いながらアリスは窓から手を伸ばして木の枝を拾うと前方で眠るレグルスをツンツンと突っつく。
「んがぁ? すうすう」
レグルスはそんなだらしない声を上げると再び眠りについた。
「大丈夫、よね?」
その後、続けられた説明が終わる頃にようやくメシア王国の王都が見えてきたのだった。
「初っ端からどうしてこうなった……」
レグルスは目の前にある事実に現実逃避気味に呟いた。目の前にいるのは着物と呼ばれるメシア王国伝統の衣装を着流した屈強な男達。
刀と呼ばれる武器を持った彼らは一様に白い着物を着ている。
背には滅刃衆と書かれた文字が風に揺られて踊っていた。
何を隠そう彼らはメシア王国の中でも精鋭と呼ばれる集団だ。
メシア王国は実力が全てであり、個人の強さのみが彼らに与えられたステータスである。
毎日のように試合が行われては階級が上下する下克上を絵に描いたような世界である。
その中の最精鋭が滅刃衆である。
「レグルス、手を抜いて負けたら舐められるわよ!」
「分かってるって……全く困ったもんだ」
「でもでも、4人揃って戦うなんて久しぶりだよね!」
「こんな状況ですがワクワクします」
そんな会話をする4人を観客席から見学するのは天下八刃と呼ばれる滅刃衆の上位8人の強者達だ。
背にはそれぞれが数字を背負っている。
「どう見る、ヤマト」
その中でも一際体が大きな男が隣に座る青年へと問いかけた。背には二の文字がある。
「ゲンジさんも分かっているでしょ?」
「まあな。俺らでも正面からかち合ったら負け確定以外ない。まさしく希望とやらか……それで、我らが瞬閃ヤマトは勝てるか?」
「真正面から全力での殺し合いであれば無理でしょう。ですが、試合形式の一対一に限り、一度だけなら勝てると思います」
「流石は対人においては滅竜騎士の上を行くといわれるだけはある言葉だな」
「いえ、殲滅能力、こと対竜に関しては滅竜騎士の方々の方が優れていますよ」
「対人戦は上だとは言わないんだな」
「ええ」
そう言って最前席でレグルス見つめる少女へと視線を向けていた。
「全く我が国の事とはいえ、カエデがあそこまでご執心になるとはな……昔を知るだけに驚きだ」
「もちろんお互いが同意の上なら構いませんよ。カエデにとっても良い経験になるでしょうし」
「レグルスって奴が最低な奴だったらどうするんだ?」
「その時は……ね?」
そう言って笑うヤマトの背には一という文字が主張するように風に揺られていた。
カエデの発したレグルスという言葉は瞬く間に広まった。カエデの美しさに憧れる者達、いや全ての者が余所者のレグルスに黙っていなかったのだ。
「この国では強さが全て。カエデを好きならば……いや、己の意思を貫きたいのなら我らを倒す事だな」
「もう無理だ、この人達。人の話を聞かない……」
レグルスは溜息と共に言葉を吐き出した。会話が通じない脳筋とはこれ程までに面倒なのかと体を震わせる。
ついてそうそう、敵意丸出しで案内されたのがここなのだ。もはや、レグルスの震えは留まる事を知らなかった。
「仕方ありませんよ、レグルスさん」
おおかたの事情を察したラフィリアが苦笑混じりに呟く。
「でも驚きだよねぇ〜」
「うんうん。やっぱり分かるもんね」
それにしてもと言いたいばかりに話したサーシャに便乗するアリス。
「まさか雷竜王の竜姫だなんて奇跡みたいな偶然だよね」
「不思議だわ」
サーシャは最前列に座るカエデへと視線を向ける。そこにはお人形のような顔立ちに黒髪を腰まで伸ばした美少女が座っている。
切れ長な目はレグルスを見つめて離さない。
「こうなったら偶然じゃないわね」
「必然って事か?」
三人との出会いでも同じような意見が述べられていた事を思い出す。偶然というよりかは必然だったと言われた方がしっくりくる程に都合が良い。
アリス、サーシャ、ラフィリアがモルネ村で自然と一緒になった事を思い出しているのか三人は何処か遠い顔をする。
「だってあの子を見た瞬間にピンと来たんだから……」
「ふーん、そうなのか」
そう言ったアリスはカエデを見て内心で舌打ちする。
(もうっ! なんで、後継者とかはこう可愛い子ばっかりなのよ!!)
サーシャもラフィリアもまた美少女なのだ。言いたくなる気持ちも分からなくはない。
そんなアリスの内心を知ってから知らずかレグルスは頭をボリボリとかきながら呟いた。
「どのみち今はそれよりも目の前のコイツらをどうするかだな」
レグルスにとっては目の前のムキムキ集団の方が優先順位が高い。誰も彼もがそれなりの強さを持っていることは確かなのだ。
「そんなの決まってるじゃ無い。もちろん、倒すわよ!」
息を巻くアリスにレグルスも頷く。何だかんだと言ってもここで逃げる訳にはいかない。
来て早々、逃げれば何の為にメシア王国にきたのか分かったものではないのだ。それに、契約してから4人揃っての戦いというのも初めてだ。相手にとって不足はない。
面白そうに見下ろしていたゲンジが両者に聞こえるように声を張り上げた。
「始め!」




