61話
通された部屋は謁見の間と違い王を起点に左右に机が続く広間であった。既にエックハルトは最奥の上座に座っており両隣に滅竜騎士達が腰掛けている。
その横には黄金色の髪を肩で切り揃えた綺麗な女性と優しそうな顔つきをした老齢の女性が座っている。そして、ジークハルトの横に座る者は何処と無くエックハルトの面影を持っていた。
レグルスがさっと見回した間に各騎士団長達はそこが定位置とばかりに腰を下ろしていく。
エックハルトに視線で促されるがまままに、用意されていたと思われる空いていた席を見る。
「失礼します」
レグルス達もまた王達と対面になる席に座った。ここに居るのは何れもこのセレニア王国において武の最高権力者、そして最強に近しい者達ばかりだ。
さしものレグルスと言えど溜息はおろか欠伸などできるはずもない。レグルスが着席すると同時に綺麗な身なりをした女性達が流麗な動作で飲み物を並べていく。
その素早くも上品な動作に見ほれている間にどうやら場は整ったらしい。
パンッ
注目を集める為か乾いた音が鳴り響いた。
「それでは始めようと言いたい所だがな、ここは非公式な場である。そう畏まらずとも良い。まずは自己紹介からした方がお主らには良さそうだな」
そう言ったエックハルトは謁見の間で見せた威厳ある姿はどこへやら親しみさえ湧いてきそうな笑顔と共に言葉を吐いた。
そう思わせるこの辺りの使い分けもまた大国の王としての技術なのだろう。
「儂はよいじゃろう。それに、シュナイデルもな」
「そうですな」
既に学園で幾度となく言葉を交わしたベルンバッハや戦場で話した事やローズの父親という事もあるシュナイデルはレグルス達にとってもよく知る人物達だ。
「ならば儂から話そう。エルレイン家の当主であり紅蓮騎士団の団長、ガルシア・エルレインである」
そう言ったガルシアの発言からは家柄や役職に対しての奢りでは無く絶対的な自負と誇りが垣間見えた。初老とはいえその眼力と佇まいを見れば一目で強者だとわかるそれだ。
「次は俺だな。水晶騎士団団長のシェイギス・ライツェルンだ、て言っても学園で何度も会ってるしな」
そう言って笑う姿はあっけらかんとしており何処か親しみを覚える話し方をする男だ。
「砂牙騎士団を束ねるベルツ・ファラミアだ。よろしく頼む」
続いて言葉を発したのは大男という言葉がこれほど似合うのかと言わんばかりの巨躯。決して太っている訳ではなく筋肉の分厚い鎧に包まれた姿は圧迫感すら覚える程である。
ここまでで四騎士団の団長の挨拶が終わる。そして最後の者になった時、その男は額を机に押し付けんばかりに頭を下げた。
「今回の件、本当に申し訳ねぇ事をした。うちのバカ息子がとんでもねぇ事をしでかした……申し訳ねぇ」
そう言って謝る姿にレグルス達はすぐに彼が誰なのかを理解する。
「天雷騎士団団長、リーリガル・オーフェンだ。いや、息子さえ管理できねぇで騎士団を預かってるのも恥ずかしい事なんだがよぉ。本当に……本当に申し訳ない事をした」
再度ふかく頭を下げたリーリガルは肩を震わせ拳の色が変わるほどに強く強く握りしめているのが分かる。
「いえ……」
レグルスとて続きの言葉が出てこなかった。カインツがどれ程の事をしたとしてもリーリガルにとっては息子である。それを仕方がないとはいえ殺したのはレグルス自身である。
それを娘がいるシュナイデルを筆頭に他の者達もまた気持ちが痛いほど分かるからこそ何も言えないでいた。
レグルスもまたお気になさらずとも言えずに押し黙ってしまう。暫くの沈黙のあと両者ともに動けないでいたのだが、この場の最上位者である王がこの場を仕切る。
「よいリーリガルよ。しているひとまずその件については後にせよ。レグルスもそれで良いか?」
「はっ」
そう言われてしまえば肯定しか出来ない。いやそもそもレグルスとてこの件について父親であるリーリガルを責めるつもりなど毛頭ないのである。
カインツの弱さが招いた事とはいえ、あの件では何者かが暗躍していた事は明らかなのだから。
「次は私だな。セレニア王国所属の滅竜騎士ジークハルト・シーカーだ」
「私はエレオノーラ・セレニアよ」
純白のローブを纏う2人がこの場を動かすように言葉を発する。王の娘であるエレオノーラを相棒とした言わずと知れた滅竜騎士の一角である。
「最後に儂がミハエルだ」
「竜姫のエリザベートです」
老夫婦の滅竜騎士の挨拶も終わる。純白のローブに袖を通して彼らはやはりと言うべきか、背負う称号がそうさせるのか一線を画した存在感を放っていた。
この場に集った者達は誰もがこの国の重鎮である。今から話される事がかなり大きな事だと理解できる。
「さて、簡単な紹介が済んだところで本題に入ろう。この場にいる者達の中は最も信の置ける者達である事は確かである。ミハエルよ、此度の件について話してくれ」
見渡す視線に力強く頷き返した者達に満足した王はミハエルに促した。彼が赴いた先で何を聞き、何を知ったのか。
説明が終わった会議の場は静寂に包まれていた。テンペストよりもたらされた情報を処理する為に彼らの脳内は多大な処理を必要としたのだ。
「既にレグルスは2人と契約したことになるか……」
説明を聞きレグルスは自分がしていた契約が世界を揺るがす程の問題だったと気づかされる。顔を青くしたサーシャとラフィリアもまたその心情がよく分かる。
「すみません」
「よい。我もまたお主がそうであると気付かなかった。これはそもそも防げるものではなかったという事である。よって、誰が悪かったではなく今後のことについて話すべきであろう」
エックハルト自身が非を述べた事でレグルスを攻める者はこの場にはいない。そもそも情報も無ければ防げるはずが無いのだから。
その後、今回の件についてのすり合わせが行われていく。王と軍事のトップが集うこの場において話し合いは即ち国の方針として決められる立場の者達である。
「ふむ……竜王の力を受け継ぐ残りの竜姫がどこに居るのか? というのも難題ではあるが突出した才には心当たりがある」
「受け継ぐ者は必然的にレグルスの元へと集まって居るようにも感じるのぉ。我が国に残りの1人はいない筈じゃ。その心当たりに任せるとしよう」
エックハルトの言葉は最もであり、ベルンバッハも同様の考えを口にした。サーシャ、ラフィリアがそうであり、恐らくアリスもまた同様であると考えられる。
その三人がたまたまレグルスと同じ村で育ったとは考えにくい。なればこそ隣国であるリシュア王国へとレグルスを早急に留学させるという決定に傾くのも必然であった。
「内務卿および外務卿にも既に話は通してある。早急に事を進めるとしよう」
「そして問題は風竜王テンペストを狙っていたと思われる者達、そして此度の件を引き起こした者。以前あった名無しの襲撃もまた関連性が高いと思われます」
シュナイデルは腕を組み深く考え込む仕草をする。各国で起きている天地破軍や名無しの組織だった行動。
「ここからは他言無用である。この国に仕える者として誇りと共に最大限の注意を払いよく聞け」
エックハルトがおもろに口を開いた。重々しい言葉に緊張感が漂う。
「我が国、そして残りの六王国の王家にのみ伝わるものがある。事ここに至ってお主らにも聞いてほしい。各王家の始祖である者達と英雄サラダールは人類に仇なした者達という事だ」
「「な!?」」
それは誰の声か。皆が驚愕の表情を貼り付けてエックハルトを見つめる。この世界の歴史を根本から覆す重大な秘密が今ここで明かされたのだからその反応は仕方がない事とも言える。
ガルシアでさえ目を見開いている事からもその驚きがうかがえた。
「事の始まりについて詳しくは失伝しておる。だが、人類の代表であった6人の竜姫と竜王サラダールは何かをきっかけに人類に反旗を覆したとされているのだ。幸いにも事が大きくなる前に風竜王テンペストを含めた竜王達と連なる者により封印できたとされる。だが、このような事を混乱が収まり間もない時代に公表すれば再び混沌の時代へと戻ると危惧した祖先達は決して漏らさず公表する事をしなかった」
セレニア王国に伝わる重大な秘密がこれである。各国の王にのみ伝わる真実であったのだ。
「まさか我の代においてこのような事態になるとは思いもしなかった。いや、そもそも永き間伝わってきたこの伝聞に対して半信半疑であった事も確かである」
どことなく疲れた表情を見せたエックハルトの本心である。数百年の間、何も起こらなかったせいで情報や信頼性もた薄れていたのだ。
「竜王の住処に封印された5人の竜姫と竜王の膨大なエネルギーを用いた巨大な陣によりサラダールをアガレシア皇国へと封印している。これが第一陣と呼ばれる結界だが、これは既に崩れかかっておる」
「では!? サラダールさ……いや、サラダールの復活は確定事項と仰られるのですか?」
その巨軀に似合った声量で告げるベルツの疑問にエックハルトは首を振る。
「竜王はそこまで間抜けではない。ここからお主達に動いてほしい事になる。各王城の地下に膨大なエネルギーを導線とする仕掛けが施されておる。その第二陣の防衛は既に年老いた我はその任をエレオノーラとジークハルトに任せていたのだ」
その言葉に二人は頷きを持って返答した。
「滅竜騎士がアガレシア皇国に集うのもまたそれが理由だ。幸いにも我が国にはベルンバッハやミハエルといった滅竜騎士たりえる実力を持つ者が多く我の出番は無かったがな」
本来であれば竜王の因子を最も色濃く受け継ぐ王家が強いのは分かる。ベルンバッハやミハエルといった者が生まれる事はそうそうないのだからこの時代は幸運とも呼べる。
「ここまで聞けば理解できます。ミハエルが遭遇しかけた敵は必ず各国の王都に攻め込んでくるいう事ですな。それを守りさえすれば問題はない。万が一の場合も対抗手段としてのレグルスという二段構え」
ガルシアの言葉通りにそれが最善であると思える。だが、それは五カ国の何れも墜とされないというのが大前提であるのだ。
「いや、第二陣は莫大なエネルギーを導線にしていると伝えた通り、陣に綻びが出れば封印は弱体化する。文献には五ヶ国中、二カ国の陣が破れた時点で半減という訳だ」
「ならば早急に各国へも伝達しなければいけませんな!」
シュナイデルの焦りも分かる。
「既に六王会議の招集はしている。我が国の陣の守護はミハエルに任せようと思う。騎士団長と幹部は王都の守護だ」
ここ決定に異を唱える者はいない。実力で言えば滅竜騎士が守護に着く事が確実であるからだ。
一斉に頭を下げた騎士団長達は己の闘志を燃やしていた。だが、その言葉に一人だけ違った反応を見せる者がいた。
王からの絶対の信を得る筈の騎士団長達。だがこの中に潜む冥府の門、シェイギスだけは下げられた顔に笑みを貼り付けていた。
「近くアガレシア皇国において各国の六王会談を行う予定だ。そして、レグルスよ。お主が人類の要であり、敵にとっても要である。大きな危機が迫るやもしれん。心して行動せよ」
告げられた言葉に頷き返したレグルスにいつもの怠惰な様子はなく躊躇いはない。標的の中に三人が入っているともなれば怠惰ではいられない。ましてや、その原因を作ったのもた彼なのだから。
その後も作戦について話し合われていく。
その話を別室にて聞いていた一人の赤髪の少女は迷いを胸に葛藤していた。彼女に残された時間はもうないのだから。




