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51話


王都から外れた位置にある高台から見える景色はやはり綺麗だった。ここは以前、名無しとの戦いの際に共に行動したフルートから教わった場所だ。


レグルスはふと思い出してここに来ていたのだ。


「綺麗だな」


眼前に広がる景色をレグルスは眺める。


夕焼けに染まる街並みを照らす夕日で通りの道は赤く染まって見える。まるで街に現れた太陽の道のようだ。


そして、夕日をバックに照らされる城は何とも言えない美しさだった。どこか哀愁を漂わせる幻想的な光景である。


「何だかどんどん俺の怠惰ライフが消えていく気が……」


レグルスはそんな光景を眺めてどこかセンチメンタルな気分でも浮かんできたのかそう呟いた。思い返せば王都に来てからというものの厄介ごとが次から次へと襲いかかってくるのだ。


名無し、死神、何れも普通に生活していれば出会う事も無いはずの裏世界の大物達。それは、表世界のベルンバッハや各騎士団長と肩を並べる程の存在なのだから。


「いったいどうなってんだか……この力が原因なんだろうが……な」


ここに一人で来たのもそういった気持ちがあったからなのかもしれない。以前にベルンバッハから聞かされた話はレグルスにも衝撃を与えていた。


「力を使った時のあの感覚……」


竜紋を解放した際に生じるあの激痛にも似たもの。レグルスは思考の海に没頭しようとした。


スタッ


不意に後ろから着地音が聞こえててきた。何の気配もなく現れたそれにレグルスは気付かなかった。



「ねぇ」



まだ若いだろう少女の声が投げかけられた。だが、その声音には違和感を覚える。まるで親しいものに話しかけるようなものだったからだ。


「誰だ?」


振り返ったレグルスは目の前に立つ少女に問いかける。闇のような漆黒の髪が風に揺られて少女の精巧な顔を撫でていた。髪と同じ漆黒のドレス、そして傘を手に持つ少女。


どこか人形のような姿は場違いのように感じられた。


感情を伺えない瞳に見つめられて、ある種の異常な感覚に囚われたレグルスは唾を飲み込むと警戒した面持ちで少女を見やる。


そんな態度を気にした様子もなく佇む少女。


「ふふ」


不意に腕を挙げるとレグルスを指差して話し始めた。どこか楽しそうな表情をしている。


「貴方はレグルス」

「ああ、それがどうしたんだ?」


レグルスは自分の名を知っている事に疑問が浮かんでくるが、そんな思考は隅に置いやろうとするが先ほどの感覚はさらに強まっていく。


何かが引っかかると言えばいいのか、警戒したままのレグルスだったが彼は困惑していた。


「初めましてかしら? 私はテルフィナよ」

「テルフィナ……」

「ふふふ。そうよ、私はテルフィナ。分かるかしら?」


自分を指差してテルフィナと答えた少女はレグルスの口から漏れ出た言葉に嬉しそうに頬を釣り上げる。


(何だ? この感覚は……)


その笑顔を見たレグルスは以前にも彼女のこの笑う姿を見たような覚えがあるかのような感覚に襲われた。記憶の片隅にある何かが溢れ出てくるような感覚だ。


まるで、閉まっていた蓋が開かれたように次々と既視感が生まれてくる。


(いったい何が起きてるんだ? いや、そもそもこんな場所にいるコイツに関わるのは厄介な事になりそうだ)


レグルスはその感覚も振り払うと即座に聖域を展開した。脳裏に最大限に鳴り響く警戒音に素直に従ったレグルスは初手から全力であった。


レグルスをして気配を感じさせなかった彼女は驚異以外の何者でもない。恐らくは名無しや死神といった裏組織の可能性が高いと判断していた。


他国の実力者ならばこんな疑われるような現れ方はしないだろう。ようするに消去法だ。


「俺に何か用か?」

「聖域を展開したのね。でも無駄よ」

「何がだ?」


レグルスの聖域を見てなお余裕の態度を崩さないテルフィナにレグルスはさらに警戒度を上げて油断なく見据える。


そして、同時に彼女から何かしらの情報を得ることが出来ないのかと言葉を続けた。


「だって……いえ、それよりも貴方はどこまで聞いたの?」

「さっきから要領を得ない会話ばかりだな」

「あら、それはごめんなさい。そうね……サラダールと貴方の関係と言えば早いかしら」

「知らんな」

「竜王の棲家の封印についてはどうかしら? それに貴方のその力。滅竜師と竜姫の成り立ちや関係性は?」

「そんなものはどうでもいい」


間髪入れず、表情を変えないレグルスの返答に小首を傾げるテルフィナ。彼女の中ではレグルスが知っていることは確定しているかのようだった。


「それだけか? ならもう行く」


そう言って歩き出そうとするレグルスにテルフィナは言葉を投げかけた。


「あら、本当にあまり知らないようね……」

「そうみたいだな。もう会わないことを祈っておくよ」


面倒ごとはごめんだとばかりに振り返ったレグルスは王都の方角へと歩き出した。


「そうね。でも、私と貴方の縁は切っても切れない関係なの。それに貴方が求める平穏の終わりは近いわ。竜と呼ばれる存在の本当の脅威はすぐそこにあるのだから。そうよね?」

「はっ!」


レグルスの背中に向けて放った言葉は風と共に消えて行く。そして、気付けばテルフィナの後ろに突如として現れたマント姿の男。


「タネは仕込んだの?」

「抜かりなく。彼の今の環境は変化する筈です。彼の持つ強大な力は隠せるものではない。そして、それは我々にとって望ましい結末で……」



意味深な会話する2人だったが、いつの間にか彼女達の姿はこの場から消えていた。


◇◆◇◆◇


レグルス達のクラスもカインツ達のクラスも休養日が終わり登校していた。片方は学園でも期待の星としてスター扱いされているクラス。


そして、もう片方はと言えば学園では散々な評価を下されているクラス。学生という閉ざされた環境においては噂が回るのは早い。


そして、若い少年少女達にとって面白い話をしようとするばかりに噂の事実は美化され誇張されて行く事は仕方がなかった。


だが、当の本人は仕方が無かったでは済まされない。


「クソがっ! どいつもコイツも雑魚のくせに俺をバカにしやがって!!」

「カインツさん……」

「アイツらが異常なだけだったんですよ」


三人組の置かれた環境はかなり悪かった。リーダーであるカインツの失策。クラスの生徒達にも聞こえてくる噂に我慢の限界を超えた生徒達はその鬱憤をリーダーであったカインツ達に向けていたのだ。


彼らは言う。自分たちが負けたのはカインツの考えなしの策のせいだ、と。いくら高潔な精神を求められる竜騎士候補といえど、まだまだ子供である。


二年生という大事な時期に散々な結果に終わってしまったのだ。その言い訳の標的にクラスでも先頭を切っていたカインツ達がなったのもまた必然か、それとも噂が広まるのが早かった事に誰か黒幕がいるのか。


「確かにあの三人の力は異常でしたよ」

「そうですよ! 一年であんな実力……何かタネがあるに違いないですよ!」


直接的に言われるわけではないのだが、ふとした時に気づく向けられる視線。カインツと二人の取り巻きはどうしようもない所まで追い詰められていた。


荒々しくなっていた心で当たり散らしていたカインツだったが、ふと聞こえてきた取り巻き達の言葉に心の拠り所を見つけたカインツはニヤリと笑う。


「そうか……そういうことか」

「ええ、そういう事だ。カインツ君」


カインツが自分が負けたのはアリス達が卑怯な手を使ったのだと思い込もうとした時、不意に声が投げかけられた。


自分の意見に同意する声が聞こえた事にカインツはすぐに顔を挙げると声のした方へと訝しげに視線を向ける。ここは、学園でも人目がつかない場所だ。


鬱憤を晴らすために最近はここに通い詰めているカインツ達にとってここに来る者はあまり歓迎できるものではない。


だが、そんな感情もすぐに霧散した。


「あ、貴方は……」

「さてさて、その事については静かにしてくれよ」


カインツの目の前に立つ男は口元に手を持っていくと人差し指で口を閉ざすように伝える。どこか、調子外れの行動だったがカインツとその取り巻き達も神妙に頷いた。


「よし、良い子だ」


今や怒りで荒れ狂うカインツ達が黙って受け入れる程の人物が目の前にいるという事である。


「これでも俺は見る目がある。あの戦いは本来は君達が勝っていたんだよ?」

「それはどういう……」

「あの戦いにはタネがあるって事だ」

「やっぱりそうだったんですね」


カインツと取り巻きの反応を見て大きく頷いた男は徐に懐へと手を伸ばすと何かを探るような仕草をした。


そして


「これが原因だ」


男が取り出した物は三つの球体だった。それぞれに特徴がある球体はそこにあるだけでかなりの存在感を放っていた。


一番大きな黒く濁った赤、淀んだ青、そして灰色かがった緑色の球体であった。


どこか寒気を感じるその球体だったが、圧倒的な存在感に三人は固唾を呑む。


男はそれをクルクルと楽しそうに回す男は徐に三つの球体を三人に投げ渡す。


「これは何ですか?」


流石と言うべきなのか、不意に投げられたのにまだ関わらず危うげなくキャッチした三人は目の前の男に疑問を投げかける。


「その球体にはある力が込められている。莫大な力を手に入れる事ができる力の結晶だ。あの三人もまた同じものを使ったんだよ」

「これが力になる……」

「そう。これは、騎士団長にまで上り詰めた者達はみな使っているものだ」

「騎士団でも……」


追い詰められ彼らは、この球体を使えば騎士団長にまで上り詰める事が出来るという風に捉えたとしても仕方がない。


「力があれば今の状況なんてすぐに裏返る(・・・)。これを使えば平民の彼女達でもあの実力。君達が使えば……分かるだろ?」


既に騎士団に入団することさえ危ぶまれる状況に一筋の光明が見えてきたのだ。


「使い方は簡単。その球体に聖域を纏わせればいい。だけどかなり注ぎ込む必要がある。まあ君たちは優秀だから問題ないだろう」

「ですが、そんな凄いものを貰っても?」


カインツの疑問は当然のものだ。これさえあれば誰でも強くなれるのだ。簡単にあげるようなものではない。


「それについては問題ない。最近は騎士団同士でも優秀な者は取り合いになってね……今から唾をつけとこうってわけ」


その言い回しに敏感に反応する三人。言葉通りに受け取ればまるで彼がカインツ達を欲しているように聞こえるからだ。


「俺は力ない平民が小賢しい手を使って貴族である君達に勝った事が許せなくてね。これで勝ってくれるか?」


この言葉でカインツ達は男の真意を悟った。ようするに、カインツ達と同類であるということだ。それさえ分かってしまえば何も問題ない。


利害の一致だという事なのだから。


「使うのは近く行われる竜討伐の実習でだ。頼むよ」

「はい」


元気よく返事をする彼らは憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。カインツ達は去っていく男の後ろ姿に尊敬の眼差しを送っている。


「あーそうそう。この事は内密に頼む。言ったら君達の騎士団入団の件も白紙だからよろしく頼むよ」


振り返った男はそう告げると今度は振り返らずに去っていった。


「俺たちにもツキが回ってきたって事だ」

「そうですね」

「でも美味すぎる話の気が……誰かに一度相談ーー」

「お前は馬鹿か? そこら辺の奴の話なら切り捨てるが今回は違う。それに、話してみろ、それで俺たちがあの人に睨まれたら終わりだぞ?」

「そ、そうですね」


心配そうに呟いた取り巻きの1人の発言に注意を促したカインツは手に持つ球体を掌の上で転がす。持っているだけでも何故か力が漲ってくるような感覚を覚えるのだ。


解放した時の力は一体どれほどのものになるのか?そんな思考が顔にも出たのか三人は揃って笑みを浮かべていた。


この力があればアリス、サーシャ、ラフィリアも楽に倒せるというものだ。


「それに、あのレグルスを地べたに這わせるチャンスだ」


何も出来ないレグルスの目の前で三人を地に這わせる想像をしたカインツは笑う。


「はっはっは。まさかあの人が動いてくれるとはな……」

「水晶騎士団の団長シェイギス・ハールー様」


先程話していた男を思い出して三人はまた笑うのであった。

お読み頂きありがとうございます!

この話はこれから始まる章のプロローグです。


web版、発売中の書籍版ともによろしくお願いします。


気に入って頂けましたら評価、ブクマ、感想等よろしくお願いします。

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