50話
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バンッ
けたたましい音と共に部屋の扉が開け放たれた。
「レグルス! 決闘の後の休みだからって寝すぎよ」
ドスドスと部屋へと入ってくる少女はもはやお馴染みの光景になりつつあったアリスであった。決闘を終えた一年生、二年生のクラスは特別休暇という名目で本日は休みなのだ。
「これだから私がいないとダメなのよ!」
ぷりぷりと怒りつつも自分の言葉に顔を赤らめるアリスは何のためらいもなくドスドスとベッドに歩み寄っていくのだが、片眉がピクリと跳ね上がった。
「なんでサーシャがいるの?」
近くで見るとその疑問も明らかであった。ベッドの端から見える綺麗な青い髪。そんな持ち主は1人しかいない。
「ふわぁ」
「ふわぁ、じゃないわよ!」
「うぅ、どしたの?」
「だ、か、ら、どうしたもこうしたもないわよ!!」
寝起きなためか要領を得ないサーシャにアリスの怒りゲージが徐々に上昇していく。だが、今回のアリスの相手は手強い。
「寝てただけだよー?」
愛嬌のある顔を不思議そうに変化させながら尋ねるサーシャ。彼女は美少女と言っても過言ではないアリスから見ても可愛らしい事は確かであった。
既に賽は投げられた。もう我慢の限界だとばかりにアリスはサーシャの腕をむんず、と掴むとそのまま勢いに乗せて引っこ抜いた。
「ひゃっ!」
寝起きのサーシャは抵抗も出来ないまま大きく態勢を崩す。
「このっ! 早く出てきなさい」
「いったいよ、アリスちゃん!!」
「レグルスと寝て……あれ?」
「お兄ちゃんはいないよ!! もう、お兄ちゃんの事になるとホントに見境ないよねぇ〜」
これまた幸いとばかりにサーシャはイタズラっぽく笑みを作るとアリスを的確にからかい始めた。
「は!? そんな事ないわよ」
「ふーん。 でもでも、あの強引な感じは疑わしいなぁ〜。もしかして?」
「だ、だ、誰がレグルスの事……ってじゃあどこにいるのよ!?」
ダンダンダンッ
顔を真っ赤に染め上げたアリスは地団駄を踏みながらも強引に話を帰る方向にしたようだ。ツインテールを振り乱して床を踏みならす姿はどこか滑稽でもあった。
喧嘩しているようにも見えなくはないやり取りではあったが、アリスとサーシャの関係はモルネ村にいた頃よりこんな感じだ。
その証拠にアリスもサーシャも表情は何処と無く楽しそうだ。
そうこうしている間に、アリスの横を猫のようにスルリと抜けたサーシャは軽快な足取りで部屋を出ていった。
「まったく! サーシャの悪いとこね」
出ていった出口を見つめていたサーシャはやれやれとばかりに息を吐くと自らも扉に向かっていったのだったが、三歩ほど進むとピタリと足を止めた。
そして、ぎこちなく振り返る。
「いや、でも……」
まるで何かと葛藤しているかのような言葉と共に頭を左右にブンブンと降る。だが、そんな行動も暫くするとピタリと止まった。
「そ、そうよ。ちょっとくらいなら……」
誤魔化すような言葉と共に踏みだていた右足をそのまま後方へと動かす。そして、くるりとその場で回転した。
そう彼女の視線の先にはレグルスが普段から使っているベッドが置かれていた。
「こんな……ダメよ。まるで変態じゃない」
アリスは何度も躊躇いがちに言い訳じみた言葉を発するが既に彼女の中では答えが決まっているのか、歩みは止まらない。
そして、アリスはベッドの目の前へと辿り着いた。
「そ、そうね。これはサーシャが散らかした後片付けよ」
片手を恐る恐る伸ばして布団をめくる。その動作は遅くゆっくりと進められていた。
「ふぅ〜、落ち着くのよアリス」
やがて、人が入りやすい位置に動かされた布団から手を離して今度はそろりと体を動かしてベッドに腰掛けた。
ここまで来て何を躊躇うのか考え込むアリスだったが、意を決したように体を潜り込ませようとした。アリスの羞恥に染まった顔は本当に幸せそうな表情をしていた。
バタンッ
不意に扉が開かれた。
「ねぇねぇアリスちゃん! ラフィリアちゃんも居ないよ?」
「ふぇ!?」
「何してるの?」
「あ、えーと、その……えーと、ね?」
ベッドに潜り込もうとした姿勢のまま固まるアリスは視線があちらこちらに動く。この現状を理解するために脳をフル活動していたのだ。
だがようやく絞り出した結果は見事に言葉に詰まってしまった。キョロキョロと視線を彷徨わせて姿勢は固定したまま言葉をどもらす。もはや挙動不審を通り越してもはや残念な子だった。
沈黙が2人の間を支配する。
「ふーん、アリスちゃんも隅に置けないな〜」
ニヤリという擬音語が聞こえてきそうな笑顔を見せたサーシャは扉をスルリと潜ると左右にステップを刻むような動きでアリスに近づいて行く。
固まるアリスと笑うサーシャ。どちらの力関係が強いのか議論をする余地もない。サーシャの性格からしてここから彼女のからかいが始まる事など太陽が毎日登ってくるのと同じように常識だ。
固まっていたアリスは自分の傷をこれ以上、広げないためにかぎこちなくだが口を動かした。
「そうよ……。あ! そうよ!! ラフィリアがいないんだって!?」
「またまた〜」
「ラフィリアがいないんだって!?」
「無駄だよ〜」
「ラフィリアがいなーー」
「わ、分かったよ! もう!!」
壊れた機械人形のように同じ事を発し続けるアリスの剣幕を不気味に感じたのかサーシャは後ずさる。これ以上は危険だと本能が告げていたのだ。
長年のアリスいじりにおいて、限度を見極めなければいけない事は身をもって知っている。燃えるような赤い髪を振り乱して烈火の如く荒れ狂うアリスは怖い。ひたすらに怖いのだった。
同時に2人は深呼吸をしてそれぞれで異なる気持ちを落ち着けた。
「レグルスも居ないんだし、もしかして……」
「まさか、そんなまさかだよ!! こうしちゃ居られないんだよ!!」
彼女たちはドタバタと足音を響かせながら寮を後にするのだった。
◇◆◇◆◇
興奮が冷めやらぬといった具合に生徒たちは決闘の結果を口々に話している。学園には本日も生徒達が通っている。
「それにしてもあの三人は凄いよな」
「麗しの三姉妹《アリス、サーシャ、ラフィリア》か〜、納得だな」
「うん。あの完璧な連携にあの技量。更にはあの美貌だから三姉妹」
そういう事だ。ようするに活躍したアリス達はその美貌もあいまり学園の話題を独占していたのだ。いつのまにか付けられた渾名は本人達が聞けば逃げ出したくなるような恥ずかしいものだった。
授業の合間の休憩時間ではもっぱらこの話題ばかりなのだ。
「でもまだ一年生なんだろ?」
「あれは天才だろうな。三年生になる頃にはもしかしてローズさんも抜いて学園史上最強の竜姫とか呼ばれたりして」
「あながち間違ってなさそうだから凄い」
顔を赤らめて話す2人の男子生徒はその後もアリスのあの勝気な目がいいのだとか、思わず守ってあげたくなるようなサーシャが可愛いだとか、いやいやラフィリアお姉さんに見守られたいのだと口々に話す。
「はぁ〜、でもあの三姉妹って一年のレグルスって奴のコレなんだろ?」
「らしいな……まったくあんな奴のどこがいいんだか? 活躍もしないで後ろで突っ立ってただけなのによ〜」
彼らの言葉も理解できる。学園のアイドルになりつつある三人が集うのはパッとしないレグルスなのだ。愚痴の一つや二つは可愛いものだ。
三人の評価が上がれば実力をひた隠し凡人のように見えるレグルスの評価は急転直下の勢いだった。
そんな彼らが一つの扉を通り過ぎた後
「はっくしゅっ!」
盛大なくしゃみが聞こえてきた。扉の上には学園長の執務室を意味する言葉が書かれている。
「どうしました? 風邪ですか?」
「いや〜、分かんねっ」
「帰ったら温かいものを作りますね」
「お! ラッキー」
いきなりくしゃみをしたレグルスを気遣うような声音でラフィリアが問いかけた。2人はソファーに隣同士で座っており必然的に2人の距離は近い。
心配する様子を見せながらもさり気なくしなだれかかって行くラフィリアはもはや策士のようだ。そのままレグルスの肩にラフィリアの頭がつきそうになった時
「ゴホンッ。 いいかな?」
わざとらしい音と共にベルンバッハが対面のソファーに腰を下ろした。微笑ましいものを見るような目でレグルスとラフィリアを見つめる彼にレグルスは軽く会釈しラフィリアは笑顔で答えた。
「決闘の件はよくやった。さて、いきなり本題にはいるのじゃが、お主らに報告したい事があってのぉ」
「やだぁーー」
「報告ですか?」
レグルスの呟きを遮るようにラフィリアが言葉を発した。平常運転のレグルスを止めなければ話が前に進まないのだ。この辺りがレグルスを上手くコントロールするラフィリアのいい所なのだろう。
「うむ。以前にハーローが言っていた言葉の裏が取れた。と言えば言い過ぎかもしれんがある程度の確証は得たと言って良い」
ベルンバッハは一つ頷くと2人の前に束になった資料を置いた。2人が視線を向けるとそこには調査報告書の文字と共にシュナイデルとリンガスの名が入っていた。
ようするにこの2人が探っていたようだとレグルスとラフィリアは理解した。レグルス達の謎を知ってなお信頼できるものと言えば彼らも面識があるこの2人くらいだ。
「シュナイデルさんとリンガスさんですか」
「この2人なら大丈夫だと思います」
でかでかと書かれた名前。これは秘密を隠したいレグルス達を安心させる事も目的だったのかもしれない。
「さて、まずは目を通して欲しい」
その言葉を合図に2人は資料をとるとしばらくの間、紙をめくる音だけが部屋の中で響いていた。
「アイツの言った通り嘆きの大渓谷は沈静化……か」
「客観的に見て関係性があると見て間違いなさそうですね。否定するには根拠がありませんし……」
「そうなるのぉ。それとじゃが、未だに他の四つの竜王の住処は未だに活発化しておるのじゃ、自然に嘆きの大渓谷のみが沈静化したとは考えにくいのぉ」
「ですね」
ベルンバッハの言葉に2人も神妙に頷いた。
「それと、これじゃ」
ベルンバッハはそう言うと、また一枚の紙を机に広げた。
「これはっ!」
「そういう事ですか」
そこに描かれていたのは精緻な5つの剣であった。声を上げたレグルスとラフィリアは素晴らしいほどに綺麗に描かれた剣の中の一本に視線が集中していたのだ。
「そうじゃ。ラフィリアが竜具へと昇華した際の剣とそっくりという事じゃ」
「これは?」
「アガレシア皇国に保管されていたものじゃな。かつてサラダールが使用したとされる五振りの偉大なる伝説の竜具じゃ。もちろんこの事は口外せんし儂とあやつら二人は口を割らん」
ここまで言われればレグルスもラフィリアも理解した。既にハーローの言葉を裏付ける大きな証拠が出揃っているという事を。
「とまあそういう事じゃて。レグルスが力を見せれば厄介になる。それにこの事実は大きすぎるし万が一にも漏れれば危険じゃと判断した儂は主らの為にも学園の為にも護衛を用意した」
「誰ですか?」
「水晶騎士団、団長シェイギスとその部下じゃ。彼らには主らの事は言っとらんが優秀なもの達を守るようにとは伝えておる。安心せい」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人は目の前に座る伝説の滅竜騎士ベルンバッハに深く頭を下げるのだった。レグルスの秘密を知ってなおこうして手を回してくれる彼には本当に感謝してもしきれないといった様子だ。
「それとになるのじゃが、アリスかサーシャそのどちらかと契約して欲しいのじゃ」
「はい?」
ベルンバッハの思わぬ言葉にレグルスは素っ頓狂な声を上げてしまう。ラフィリアは静かに成り行きを見守っていた。
「儂の希望じゃ、深くは考えんで良い。強制はせんし主らの思いもあるじゃろう。これはレグルスが決める事じゃ。ただ、この真相を確かなものにしたいというだけじゃて。確証が得られれば儂も更に踏み込んで動ける」
「なるほど。それでどれかの竜王の住処が沈静化すれば確実だという事ですね?」
「そうじゃ」
「はぁ〜。まあ、その件については分かりました。善処しますよ」
頭をガシガシと掻きながらレグルスはそう答えた。
「最後になるが、お主と契約者であるラフィリア。それと、どうかは分からんが新たに契約した竜姫をメシア王国に留学させるつもりじゃ」
「メシア王国ですか?」
「まだ時期は決めておらんがいつかはのぉ。あそこは対人戦に特化した技術を持っておる。今後、レグルス、そして特にラフィリア達に必要になって来るはずじゃ。竜と人とでは勝手が違うしのぉ。主らを名無し達から逸らす目的もあるんじゃがな」
「はぁ〜。まったく大変な事になってきましたよ」
「ほっほ。若いうちに苦労はしとくもんじゃてのぉ」
快活に笑うベルンバッハと項垂れるレグルスは対照的であった。
扉の外
話が終わるのと同時に執務室の前から離れる二人の人影があったのだった。
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次話から新章が開幕です!
レグルスとヒロイン達の今後と、ひた隠しにしていたレグルスの実力が……。
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