38話
「今日の授業はここまでだ。一週間後に決闘が決まったから、これからの時間を話し合いに使っていいぞ」
ランクルはそう言うと授業を終えた。最近は知識や基礎的な動きを練習しているのだ。そして、決闘に向けて空いた時間を使って色々とアドバイスをしていた。
ランクルとしては戦うのなら協力するといったスタンスである。そして、日にちが決まったと言う事もあり、今日はランクルも力を入れているのだ。
「作戦会議を始めようぜ!」
ケインはそう言うと隣に立つレグルスの方へと頭を向けた。その周りにもコリンやアリス達が集まっており、決闘に出ない生徒達も興味津々で伺っている。
どこかお祭りのような雰囲気が広がっていた。すると、ランクルが生徒達に向けて説明を始めた。
「相手は2年生の貴族クラスだ。まぁ、カインツ達は褒められた事ではないないが、学園の性質上、悪い事でもないんだがな……っと、正直言って今回の戦いはかなり厳しいものになる」
その言葉に生徒達の顔が僅かに変わる。改めて言われればその通りであるからだ。
「勝てるとすれば、今の時点で実力が高いケイン、コリン、アリス、ラフィリア、サーシャの動きが肝になる」
アリス達は竜具の性能が遥かに高く、動きも驚くべきスピードで上達している。既に彼女達なら平均的な二年生と戦っても遜色ないレベルに来ていた。
続いてケインやコリンの実力も申し分なく、この五人を軸に戦いを展開していくことは確実である。その意見に異論は無いのか生徒達は思い思いに頷いた。
「カインツやその取り巻き達の実力は高い。そこにケイン達をぶつけて、残りのメンバーは他を抑えるという形だな……ケイン達が相手を倒せるかで全てが決まる」
決闘という形から奇襲をしかける事が出来ない。その為に正面から相手を倒さなくてはならない。そうなると、カインツ達を倒さなくては負けは確定する為にケイン達に全てが掛かっていた。
「うっ……そう言われると責任重大だな」
「確かにそうですね」
直接言われた形のケインとコリンは息を呑む。自分たちの活躍で勝敗が決すると言うことは中々に重たい内容だ。
「ねぇお兄ちゃん。勝てるかな?」
そんな中、サーシャは心配そうにレグルスを見やった。ランクルの言葉を聞いて行くうちに不安になったようである。
「どうだろうな。相手の実力も知らないからな」
「前に見たロイスやシャリアさんくらいのレベルなら、私は勝てないかも……」
「やれるだけやりましょう」
「そうよ! やってみなきゃ分からないわ」
ラフィリアとアリスはやる気満々の様子である。その言葉にサーシャも表情を引き締めた。
「まあ負けてもいきなり評価がガクンと下がる事はないから良い経験だと思って気楽にやったらいい」
ランクルなりに緊張をほぐしつつ、負けたとしてもそれほど落ち込ませないようにしようとしていた。彼としてもベルンバッハの言葉もあったが、やはり二年生に勝てるとは思っていないのだ。
「「「はい!」」」
そんなランクルの考えを知ってか知らずか生徒達は元気よく返事をした。
「作戦会議と言っても今から出来ることは少ない。連携と個々の実力の把握が先決だ。そこから組み立てていこう」
「ランクル先生! 実際にカインツ先輩はどれほど強いんですか?」
一人の生徒がそんな疑問を口にした。強い強いとは聞いているが、その強さがどの程度なのか想像がつかないのだ。
「そうだな……学園でも上位に入るくらいかといった具合だ」
ランクルは隠しても仕方がないためにそう口にした。生徒会長のローズや一年生ながら凄まじい実力を持つロイスやシャリアといった生徒と比べてカインツは少し劣る程度である。
ようするに強いということである。
「よし、それじゃあ訓練に行くぞ」
ランクルの言葉に続いて生徒達もぞろぞろと訓練場へと向かって行く。
「レグルス、早く!」
「はいよ〜」
最後まで教室に残っていたレグルスに向けてアリスが促したのだった。こうして一向は校舎の中を歩いて行く。
集団から少し遅れた位置を歩いていたレグルス達の方へと歩いてくる人影が見えた。
「ん?」
それは、ロイスであった、彼はレグルスを見つけると歩み寄ってくる。その表情には心配そうな顔を貼り付けていた。
「決闘をするらしいじゃないか」
「まあな」
「今更だが辞めておいた方がいいだろう。極端な負け方をすれば生徒達の今後の成長を阻害しかねない」
ロイスは深刻そうにそう呟いた。同じ名家という事もありカインツの実力はよく分かっている。
「問題ないぞ」
「確かにアリス達は強いが……良かったら僕も協力しようか? チームに入るだけなら問題ないだろう?」
「その言葉だけ受け取っておくよ」
そう提案したロイスは迷いない表情をしている。だが、レグルスはその提案を拒んだ。それは、アリスやサーシャ、ラフィリアが自分でやるといった表情をしていたからだ。
「僕が入ればカインツを抑えられる。その隙にアリス達が周りを倒せば勝ちだろう?」
「そうなんだろうが、今回は俺たちだけでやるよ」
「そうか……ならば僕は君達の健闘を祈ろう」
ロイスは残念そうにそう言うとこの場を後にしたのだった。確かにロイスが加われば勝率はぐっと上がることは間違いない。だが、それを良しとしないアリス達であった。
サーシャはレグルスの前へと回り込むと握り拳を作って高らかに宣言した。
「お兄ちゃん! 今回は私たちだけで頑張るよ」
ふんすと息を巻くサーシャ。
「何を言ってるんだ?」
そんな言葉にレグルスは首を傾げて目の前に立つサーシャへと目を向けていた。
「そうね。さっきのロイスもそうだったけど、レグルスに力を借りて勝っても仕方がないわ。私達がどこまでやれるのか知りたいの!」
「って言ってもなぁ……」
レグルスは頭をガシガシと掻きながら思案の表情を浮かべた。突然に何を言い出すのかといった具合である。
「そうですね。毎回レグルスさんに頼るのもどうかと思いますし。巻き込んだのは私達なので出来るだけレグルスさんの力は借りないようにします」
「急にどうしたんだ?」
「いえ、レグルスさんは余り力を見せたくないでしょうし、前のように倒れられても困ります。それに、みなさんから期待されている私達三人がレグルスさんにおんぶに抱っこでは示しがつきません」
「いや、そんな事は気にするな」
ラフィリアの言葉に戸惑うレグルス。何時ものレグルスなら面倒だからはい! と言う所なのだが、面と向かってこう言われてしまうとレグルスとしてもやりにくいようだ。
「そうよ! 任せなさい」
何を根拠にそう言うのかアリスは胸をどんと叩くと自信満々な表情を作った。
「何か負ける負けるって言われたら自分たちの実力で勝ちたくなるんだよね〜」
サーシャは両頬を膨らませるとそう答えた。決闘が決まってから何かしら負ける負けると言われ続けていたアリス達にとっては、中々に悔しかったようだ。
そして、ロイスから言われた一言で火がついた様子だ。彼女達三人が知っているレグルスの実力ならばカインツだろうと、学園内で一番強いと言われているローズにも勝てるだろう事はわかる。
「レグルスに頼らずとも勝てるように頑張るわ!」
「ふふ、任せてください」
サーシャはエリク達に襲われた時、アリスやラフィリアも名無しとの戦いで何も役に立たなかった事から心の片隅では気にしているようであった。
だが、レグルスとしても本音を言えば彼女達が負ける姿は見たくはない。
「はぁ〜。分かった分かった。だったら俺はあのカインツと同じ程度に抑えるからそれでいいか?」
「それだったら意味ないじゃない!」
そんなレグルスの妥協を一言で吹き飛ばしたアリスは当然といった表情をしている。腕を組み自信満々な姿はいつもの様子だ。
「実力でって言ってもそもそもの土俵が違えば無理だろう?」
「まあそうだけど……」
レグルスの言葉に思案の表情を作るアリス。確かにレグルスの言う言葉も正しかった。同じ土俵で戦うのならカインツと同程度の力を出すと言うレグルスの提案も間違ってはいないのだ。
「でもでも……それをすると意味がないんじゃ」
サーシャはあそこまで言ってレグルスに頼るのもといった様子で押し黙っている。ラフィリアも難しそうな表情を作っており、アリス達の決意がうかがえた。
サーシャが何かの決意を込めて口を開こうとした時、レグルスは強引に話をまとめにかかったようだ。
「ならいいだろう? 別に俺が倒すわけでもないしな。ただのサポート役だ」
「そこまで言うなら……」
レグルスの思わぬ押しに負けた形になったサーシャ達であった。このままいけば意固地になりかねないと判断したレグルスの先制攻撃であった。
こうして、今回の決闘は同じ土俵でのガチンコバトルになるようである。こんな事が出来るのもレグルスあっての事であり、ラフィリアは申し訳なさそうな、そして悔しそうな表情を作っていた。
そんな空気が流れる中
「あら、また楽しそうな事になっているみたいね?」
「おお、ローズか」
微笑みを顔に貼り付けたローズが現れたのだった。その後ろにはミーシャがレグルス達を伺いながらヒョコヒョコと頭を出している。
訓練場に向かうために一階に行かなくてはならないレグルス達とローズが会うのは必然であったのかもしれない。ぞろぞろと移動していく一年生を見てローズが様子を伺いにきたのだ。
「話は聞かせてもらったわ。確かにレグルスさんが戦えば必勝だけど、それじゃあダメって事ね?」
「「「はい」」」
ローズはそう言うとアリス達の方へと頭を向けた。どうやら彼女は今の話を聞いていたようだ。
「いつも突然現れるな」
「ふふふ、楽しそうな事には敏感ですわ」
どこか誇らしげに語るローズにレグルスは疲れた顔を見せた。
「と言うことは決闘のことも?」
「ええ、こう見えても私は生徒会長ですわ。全て耳に入ってきているの」
生徒会長という立場のためか、ローズは訳知り顔で何度も頷いている。全校生徒を纏める立場のローズの顔は広いのだ。
「決闘は推奨されているけど、今回のカインツさんの行動は褒められたものではありませんしね」
「はぁ、だったら止めてくださいよ。会長権限で」
レグルスは心底だるそうに答えたのだが、ローズは顎に指を添えると答えた。
「それは無理ですわ。決闘は基本的に推奨されているもの。止めれるとしたらベルンバッハ様くらいですわ」
「と言うことはバッハさんが絡んでいるのか?」
その言葉に今回の件を止めてくれなかったベルンバッハに恨み言を連ねるレグルス。
「ベルンバッハ様もレグルスさんの実力を知っているようなので、止めなかったのでは?」
「そんな……止めてくれよ」
落ち込むレグルスだったが、ローズの後ろかれひょっこりと頭を出した人影がレグルスの元へと歩み寄った。
「あ、あの、頑張って下さい……」
「お、おう」
ミーシャは精一杯の勇気を振り絞ってレグルスを励ますのだった。
「わ、私もお手伝いします!」
震えながら叫んだミーシャだったが、レグルスは首を傾げた。手伝うという言葉に首を傾げたのだった。すると、その言葉と同時にローズがずいっと前に出る。
「そうなんです! 私とミーシャさんでアリスさん達の訓練を手伝いますわ!! 他の生徒達にも私の知り合いに頼んでサポートさせて頂きます」
「いいんですか?」
「ええ、アリスさん達には事情を知っている私達が見たほうが良いですし。以前の事件の恩返しと思って頂けたらと思いますわ」
そう言うローズにアリス達も目を輝かせる。学園トップに見てもらえるとはかなり凄い事である。だが、レグルスはふと疑問に思ったことを口にした。
「でも、カインツと敵対するような真似をしていいんですか?」
「ええ、今回の件は褒められた事ではありませんし、オーフェン家の人達もそんな事で何も言ってきませんわ。真面目な人達ですので」
「ならいいんですけど」
納得した様子のレグルスはそう言うと引き下がった。彼としてもメリットしかない提案であるからだ。
「じゃあ私達はひとまずこれで失礼しますわ」
「ま、また改めてよろしくお願いします」
そう言うとローズとミーシャは去っていくのだった。すると、何故か様子を伺っていたケインがレグルスの元へと走り寄ってきた。
「師匠〜、次は会長か!?」
飛びつかんばかりにレグルスに抱きついたケインは興奮した様子である。まさかレグルスが生徒会長であるローズやミーシャといった少女と知り合いとはといった様子である。
「ったく、ケインはそればっかだな」
「何を言う! 全くこれだからモテる奴は」
レグルスの面白くない反応に毒づくケインだったが
「そうそう、ローズさんが先輩達を訓練に連れてきてくれるらしいぞ」
レグルスはローズをさん付けで呼ぶとそう話した。すると、ケインの様子は劇的に変化した。
「マジか!?」
肩をガッチリと掴み、顔をレグルスのすぐ側まで寄せるケインにレグルスは思わず仰け反る。そんな様子をサーシャは両手で目を覆いながらも、空いた隙間から覗き見ている。
「あ、ああ」
「よっしゃぁぁ!」
そんな事は御構い無しにケインは叫ぶと前方を歩く生徒達の元へと走り去っていくのだった。
更新が遅れて申し訳ありません。暫くは不定期更新になりそうです……。




