32話
教室に辿り着いた一行は自分達の席へと歩いて行く。教室ではやはりというべきか、前回の名無しが行った襲撃についての話題で持ちきりであった。
「俺は2、3人倒したぞ」
「凄いね」
「俺だって何人かは倒したよ」
この中にも臆せずに戦った者たちもいたようで、そんな自慢話なども繰り広げられていた。女子生徒に褒められたせいか、男子同士の自慢は加速していく。
「おはよ! アリスにサーシャにラフィリア!」
そんな中、1人の男子生徒がアリス達を見つけたのか気安い感じで話しかけた。その声に教室の生徒達は一斉に静まりその様子を見ている。
あの襲撃の際に活躍したアリス達はこのクラスでも話題の中心であるからだ。だが、話しかけた男子生徒は違う思惑もあるのか顔を赤らめながらであった。
「おはよ」
「おはよう!」
「おはようございます」
アリス達は呼び捨てにされた事に対しては特に気にした様子も見せずにそれぞれが無難な挨拶を交わす。その挨拶を受けてか調子づいた少年はさらに会話を広げようと頑張るようである。
「3人は凄いよな。あんなに強いなんて、俺は精々が10人くらい倒せた程度だったよ」
僅かに入る自慢に周囲の生徒達も感嘆の声を上げる。10人の名無しを倒したいう事は彼が優秀だという事であるからだ。
そもそも貴族を含めても動けない生徒もいた中での結果である為に流石といった所だ。
「ありがとう。でも、10人も倒せたなら凄いじゃない……えっとーー」
「俺はキースだ、名前くらいは覚えておいてくれよ!」
名前が分からなかった様子のアリスにキースは即座に名前を伝えた。
「キース、これから宜しくね」
アリスは可憐な笑みを浮かべて話すと目の前に立つキースは顔を更に赤らめて俯く。その様子はどこか微笑ましいものであった。
アリス達はボーッと立ち尽くすキースの横を通り過ぎて自分達の席へと向かっていく。その後ろにダラダラとした様子のレグルスが続いていった。
そんな光景を見ていた生徒達もひとまずの区切りがついたのかそれぞれがまた話に花を咲かせ始めた。
「猫被りすぎたぞアリス。凶暴なアリスは何処へ行ったのやら……俺は悲しいぞ」
席についたレグルスは斜め前に座るアリスへとニヤニヤと笑みを浮かべて話しかける。先ほど見せた可憐な姿に思わずともいった様子である。
「ふん。そのくらい私だって弁えるわよ。素を見せるのはレグルス……ってか、殴られたいの?」
半ばの所で顔を赤らめてゴニョゴニョと話していたが、そう言って立ち上がる素振りを見せたアリスにレグルスは慌てた様子で辞めてくれと言わんばかりに手を大きく降る。
「お兄ちゃんはバカだな〜」
そんな様子を訳知り顔のサーシャがうんうんと頷きながらレグルスをからかう。
「俺がバカなら義妹であるサーシャもバカだな」
「何で?」
「俺の妹だからな」
「意味がわからないよ、お兄ちゃん。やっぱりバカ?」
今日はサーシャも気分がいいのかレグルスとじゃれあっている。毎度と繰り返されるこのやり取りにサーシャは満足そうにしていた。
「所でレグルスさん。今日は寝たらダメですよ」
「ほーい」
そんな信用できそうにない返事を聞いたラフィリアは微笑みながらレグルスを見つめていた。だが、アリスは心の中で『私がしっかりしないと』という風に決意を新たにしていると、このクラスの担当であろう教師が姿を現した。
「みんな揃ってるな。おはよう」
「「「おはようございます」」」
挨拶に元気よく返事をした生徒達を見て満足そうにしている教師だったが、襲撃の真相を知らない生徒達はハーフナーではない事に疑問符を浮かべている。
アリスやレグルスなどは知っているのだが、学園に残っていた彼らはその事を知るよしもない。
そんな雰囲気を敏感に察したのか教師は説明を始めた。
「今日からこのクラスを受け持つ事になったランクルだ。ハーフナー先生は諸事情により私と交代する事になったんだ」
その教師の言葉に生徒達は納得した様子である。そもそも教師の発言を疑うような者はいないであろう。まだ1日しか会っていなかったハーフナーの事など特に気にした様子もなくすんなりと受け入れた生徒達はランクルの説明を待つ。
「まずは一年を通してのスケジュール何だが、本来であれば座学と訓練を並行して行う予定だったんだが、今年から座学はもちろんのこと、訓練の方はより実戦に近い形で行う事になった」
そう説明するランクルは騎士以上という事もあり、この原因も全て事前に知らされている。
幹部総会によって決定された方針に基づきベルンバッハによって落とし込まれたスケジュールはかなりキツイものであるのだが、その事を今言う必要もない為かランクルはそれ以上は言わなかった。
「実戦に近いってやる気が出るな!」
真っ先に声を上げたのはケインであった。このクラスでも実力と共に目立つ彼の言葉に生徒達も喜色を浮かべる。
「確かにその方が良いな」
「座学ばかりよりは遣り甲斐がありそうだよね」
やはり、この年の子供達にとっては訓練もより実戦的な方がいいようである。
「これってアレが原因だよな?」
「そうだと思います。あの襲撃に関してテコ入れするみたいですね」
「まあ私達にとっても悪い話ではないわね」
「実戦に近いってどんなのかな?」
「竜と戦うんじゃねえか?」
レグルス達も理由を察したのかそれぞれが話し合うが、ラフィリア達にとっても実戦に近い方が良いというのは共通である。
そんな会話をそれぞれがしていると、ランクルの説明は続く。
「まず座学はお前達には必須の事だな。この国の情勢や他国間との関係。それと、各国の戦力や裏組織の情報などが主になる。実戦訓練に関しては対人戦闘が主になるな。竜との戦いも予定されているが、その辺りはおいおい説明する」
貴族クラスや都市の子供ではない、辺境育ちの者ばかりが集められたこのクラスではランクルの言うように知識は必須であった。
情報が余り入ってこない彼らは村で生活するだけなら問題はないが、こうして滅竜師や竜姫の候補として集められたからには必須であるのだ。
特に学園長であるベルンバッハにとってもこのクラスの座学においては重点的にするべきだと判断している。そういった知識が無い今の状態は騎士団でも話し合われたように危険であったからだ。
その事を理解しいるのか生徒達からも特に異論はない。それよりも、竜と戦えるとあって楽しそうにしている者の方が多かった。
「後はまだ先だが一年後に演武祭が開催されるからそれまでみっちり実戦をやるからな」
「演武祭?」
そんな疑問の声にランクルは頷く。
「そうだな。これも後から教えるが、滅竜演武祭と言うのは他国の生徒達が集まって滅竜師の部と竜姫の部、そしてパートナーの部と3つに分けられた大会で技を競い合うものだ。これは、各国が威信をかけて行うものだから、選抜に選ばれる者はとびきり優秀な奴だな。これに出れば注目されて騎士団に入りやすくもなる。簡単に言うとこんな所だ」
「へぇーー! 俺は出るぞ!」
「私も出てみたい!」
ケインはそう言うと握り拳を作ってやる気十分な様子だ。いわばその国の学園を代表する者ということだ。まだ先ではあるが期待感は膨らむ。
「期待しているから頑張れよ! おっと、そうだった。他学園との交換留学も今年の半ば程から始まるから今のうちからしっかりと励めよ」
そんな楽しそうな事を説明されてはみんなのテンションも鰻登りに上がっていく。学園生活を彩るイベントが今年は豊富であるのだ。
だが、ランクルは続けて言い放つ。
「まあ、今日はまず基本的な知識の勉強になるな」
そんなランクルの言葉に上げて落とされるような感覚を覚えた生徒達は一斉につまんなさそうな表情を作るが、その座学も彼らにとっては未知の領域である。
「それじゃあ始めるぞ」
「「「はい」」」
そんな返事をした後にランクルの授業は始まった。
「コラ、レグルス。起きて」
「んあ? ああ、起きてるぞ」
「しっかり聞いておきないよ」
「りょーかい」
このやり取りが行われている僅かな間にレグルスの目は既にギリギリのラインで閉じるか閉じないかの瀬戸際の攻防を繰り広げており、アリスの言葉に何とか持ち直す。
窓際の席には暖かな光と気持ちのいい風のせいでレグルスはこれから毎日の間、この睡魔との戦いを繰り広げて無くてはならない。
「まず、このセレニア王国だが右隣にロウダン王国、左隣にメシア王国がある。その間に竜王の棲家と呼ばれる危険地帯が広がっているが、何とか交易も出来ている状況だな。メシア王国の左隣がルーガス王国でその隣がリシュア王国でこの5カ国は中心にあるアガレシア皇国を囲むように位置している」
この大陸に存在する五大国と中心に位置するアガレシア皇国との位置関係。そして、それぞれの国境に存在する竜王の棲家の説明がなされていく。
辺境に住んでいればまるで関わりのない他国やそもそも世界の事など気にもしない為か、そういった地理や情報は生徒達にとっても楽しいものであった。
「セレニア王国は世界に竜姫も含めて12人しかいない滅竜騎士のうち4人もいる大国だ。各国は2人ずつだな。それから、国を防衛する五大騎士団という組織がいてこの騎士団まで他国から見てかなりの強さを誇っている。君達は将来ここに入ることになるーー」
そう言って始まる授業は初めはこのセレニア王国の大まかな説明からであった。翡翠騎士団を含めて騎士団の説明から始まり、階級などが説明されていく。
みんなが必死にメモを残して頭に叩き込んでいく様子を見ればやはりココは上を目指す者しかいない学園である事が伺えた。
「各国にも五大騎士団のような組織が存在していて、隣のロウダン王国は五大総武、これは五大騎士団と同じようなものと考えて貰って構わない。メシア王国は滅刃衆と呼ばれる刀の形をした竜具を扱う者が多い集団だ。数は少ないが1人1人が強くどちらかというと対人戦闘が優秀な者が多いな」
そう言って話される内容に生徒達の表情は興味津々といった様子に変わる。生徒達が一番関心を寄せたのが他国の戦力であった。
「リシュア王国は大都市が3つ合わさってできた国の成り立ちからか各都市から代表して選ばれた三星将と呼ばれる者がトップについている。ルーガス王国は五色と呼ばれる軍だな」
「ランクル先生! 刀剣とは何ですか?」
途切れたタイミングを見計らった生徒が疑問に思っていた事を問いかけた。
「そうだな、刀は剣とは違って切れ味を追求した形状をしていてな。反りが入った綺麗な形をしているんだ。すまないが、実物が無くては説明が難しくてな。今度でも実物を見せれるようにする」
「はい。ありがとうございます」
この場に刀を生み出せる竜姫は居なく、ランクルも刀を持ち歩いているはずもなく形状についてはザックリとした説明になってしまった。
「それと、五大組織の存在だな。最大規模を誇る最凶の名無し、少人数ながら最強の冥府、軍のように纏まっている天地破軍、最厄の死神が有名だな。そして、存在は分かっているが謎が多い六王姫。竜も含めてこれらの組織と戦うのも騎士団の務めだ」
そう言って上げられた裏組織は五大組織と総称される程に厄介な敵である。名無しは勿論のこと、最強が集まった冥府や、ルーガス王国とメシア王国の間に位置する場所に一大拠点を築く戦闘集団の天地破軍などである。
ルーガス王国もメシア王国も天地破軍に対して大攻勢を仕掛けた際に、他の組織に狙われる恐れがある為か小競り合いが続いている。
そんなざっくりとした説明を続けていると、ランクルはふと時間を確認すると声をあげた。
「よし、今日の座学はここまでだな。明日からはもっと詳細に教えるが……これから休憩を挟んだ後に対人戦闘の訓練をするから準備をしておけよ」
その言葉に生徒達は嬉しそうに顔を綻ばせるのだった。




