29話
「よぉ、名無し共。元気か?」
そんな調子の良い言葉を発したのは、先程ジークハルトと別れた死神であった。
この死の大樹林の中で悠然と歩く2人は隠れ潜む名無し達を見つけて声を上げたのだった。
「なっ! なぜお前らが!?」
「死神だと!?」
まさかこのような場所で出会うはずのない大物が現れた事で驚愕の声を上げた。名無しが強大な組織だとて、頭文字ではない者達にはこの2人を目の前にすれば致し方ない事でもある。
5人ほどの名無し達は即座に動けるように態勢を整えるが、それは戦う様子ではなく逃げる姿勢であった。
「どうにもこうにも、お前らがここにいるのが悪いなぁ。知らんだろうが、セレニア王国への襲撃も失敗してんだぞ?」
「まさか!?」
そう話すハーローには気負いがない。横に並ぶネルは眠たそうに名無し達を観察している事が余計に彼らを恐怖させる。
「ねぇハーロー。早くやろうよ」
ハーローの袖口を引っ張るネルにハーローは怠そうに頭を掻くと片腕を前方に突き出した。その動作に一気に警戒感が突き抜けたのか、名無し達は即座に腰に下げた剣を引き抜く。
「クソッ、何でお前らが……。やるしかない」
「「「「聖域」」」」
1人の悔しげな声と共に一斉に大樹林の中に聖域が広がっていく。彼らはそれなりの使い手なのか、それ相応の実力がうかがえた。
風に揺れる木々の中、5人の荒い呼吸だけが聞こえていた。
彼らはお互いに頷きあうとそれぞれがバラバラに別れてハーローとネルに向かっていく。
変則的に動き狙いを定めさせないように、その中の1人が木を蹴り立体的にハーローへと迫るが
「悪いな、取り込め」
何となく呟かれたそんな言葉は確かな力となって顕現する。
「そ、そんーー」
地を走っていた4人は、大地がまるで口を開けたかのように裂け、中へと引き摺られるように砂が足を捕まえてずるずると引き摺り込んでいく。
足から腰へ、そして頭と砂が生き物のように蠢き4人は言葉を発する間も無く大地へと消えていった。
「この化け物がっ。なぜ俺たちを狙う?」
上空からその様子を見つめていた名無しの1人はそんな悪態を吐き、自分の死を連想する。既に彼の姿はハーローの目に止まっている。
僅かな抵抗とそんな疑問を投げかけたのだ。
「お前らが死の大樹林に近づいていたから排除した。竜王の棲家に立ち入ったらいかんだろ?」
ハーローが言う竜王の棲家とは、アガレシア皇国の周りを取り囲む大国の五大国家それぞれにまたがる地形の事を指していた。
円を描くように存在する5カ国の間には、セレニア王国とロウダン王国を分断するこの死の大樹林、セレニア王国とメシア王国を分断する憤怒の大山脈などが存在した。
その他の3つの亡者の大砂漠、嘆きの大渓谷、沈黙の大湖などである。
これらはそれぞれが国の境界に存在し、国家間の大半を分断しているのだ。どこの国も開発に躍起になっていた時期はあったが、悉くそれも失敗。
何れも竜の楽園となっており、それぞれが持つ特徴から竜王の棲家と呼ばれている。
そして、その中でも憤怒の大山脈はかの有名なベルンバッハと炎竜ファフニールの死闘が有名である。
憤怒の大山脈から突如としてセレニア王国に現れた属性竜、炎竜ファフニールによって数々の都市が灼熱の火に晒された。
ベルンバッハにより被害は最小に留められたが、そういった経緯もあり、各国の精鋭さえも近づかないこの未開の土地は畏怖と共に竜王の棲家と呼ばれているのだった。
だが、この名無しにとって、死神が現れる事との関係性については彼にとっては意味が分からない返答であった。
「貴様は何を言ってーー」
「まぁ、お前らには分からんだろうな」
木を蹴った筈の足は大地から伸びる砂の手によって捕まれ彼もまた姿を消したのだった。
瞬く間に名無し達を葬ったハーローは静かに息を吐く。
「竜王の棲家なんてとんでもねぇよ。もっと恐ろしい奴らが眠ってるんだ。だから、俺たちは彷徨うのさ」
自分に言い聞かせるように呟いたハーロー。
「ハーロー?」
その呟きはこの大陸の者達が知らない核心をついているような発言であった。だが、そんなハーローの呟きにネルは意外に思ったのか尋ねた。
「何でもねぇ。行くぞ」
「探していた彼はもういいの?」
そう尋ねるネルは、このセレニア王国に来た目的である人物に会わなくて良いのかといった風に不思議そうにしている。
「ああ、取り敢えずはまだ良いさ。どうやら鍵も集まってなけりゃあ、契約もしてねぇみたいだしな。また時期が来たら会いに行くさ。その時に……万が一にも危なそうだったら殺す」
そう言ったハーローは鋭い鷹のような目をギラつかせ、使命感のように呟いたのだった。そんな物騒な言葉をさらりと流したネルは更に尋ねる。
「そう。次はどこに?」
「次は沈黙の湖だな。あそこも三星将と天地破軍がドンパチやらかしているらしい」
そう言って彼らはルーガス王国とメシア王国の間に存在する沈黙の湖へと向かっていくのだった。
人は彼らを大陸を彷徨う死神と言うが、大陸の者達が知らない真実を知る彼らはある目的の為に今日も彷徨うのだった。
◇◇◇
「今日も休みか、俺にとっては嬉しい知らせだな」
見慣れた光景になりつつある窓から外を眺めながらレグルスは呟いた。風を気持ち良さそうに感じながらうつらうつらと頭が揺れる。
既に名無しによってもたらされた学園の危機が去ってから一週間程たっているのだが、学園は未だに休校していた。
殺された男子生徒や攫われた女子生徒などや、その親族などの対応に追われる学園は、ハーフナーの入れ替わりもあった為、確実に安全が確保されるまでは休校になっていたのだ。
各自は寮にて待機が言い渡されており、学園敷地内や、その周辺は騎士達によって厳戒態勢が取られていた。
「よーい、どん!」
ボフッ
既にここの住人になりつつあるサーシャは当然のようにレグルスの部屋へと入ってくると、掛け声と共にベッドに飛び込んだ。
ひとしきりベッドの上で足をバタバタと動かす様子をレグルスは見つめていた。すると、サーシャは勢いよく立ち上がると窓際に立つレグルスの元へ駆け寄っていく。
「ねぇねぇ、何してるの?」
「今日も休みだし自然を堪能してた」
「へぇ〜。それって楽しい?」
レグルスの返答にサーシャは性格ゆえかいまいちピンとこない様子で首を傾げた。
「ああ。気持ちいいし、楽しいぞ」
「私は暇〜。何かしようよ!」
そう言ってレグルスの手を取ると、学園が休みのせいで元気が有り余っているのかキラキラとした目でレグルスを見つめる。
「ん? アリスやラフィリアはいないのか?」
サーシャが暇そうにしている事に疑問に思ったレグルスは尋ねると、それと同時に階段を上ってくる足音が聞こえて来た。
「サーシャ! レグルスが私達の寮に来るって嘘だったわね!」
「嘘はいけないですよ」
そう言って入ってくる2人はレグルスの隣に立つサーシャにジトッとした視線を放っていた。
「うへぇ、もうバレた」
グデっと体をだらしなく動かすサーシャ。どうやら彼女はレグルスの元へとくる為に一芝居打ったようであった。
「うへぇ、じゃないわよ。全く……」
そんなサーシャの様子にアリスは何だか疲れた様子で額に手をやる。それはまるで手のかかる妹に頭を悩ませるような仕草であった。
「だって〜。王都に来てからお兄ちゃんとの時間が減ったから補充だったんだよ」
「サーシャさんはレグルスさんと一緒に住んでましたからね」
「そうそう。それなんだよ!」
「まあ、分からなくもないわね」
「確かにそうですね」
何がそれなんだと突っ込まれかねない返答であったが、ここにいる3人には正確に伝わったようだ。
「いや待て待て。それよりも、何でお前らもここにいるんだ?」
レグルスは疲れた様子でそもそもの疑問を投げかけた。この2人も当然のようにこの寮に入ってきてサーシャと話しているのだが、ここに住むレグルスにとっては今更ではあるが確認しておきたい事である。
「そ、それはだって……そ、そう! 私達がいないと一日中ねてるレグルスが悪いのよ」
「素直になれないアリスさんは置いといて、私達も暇だったので来ました。ご飯も作りますよ」
「おぉ! ならいっか」
「そうですわね。私も楽しみです」
「「「「……」」」」
一度はスルーしたのだが、もう一度聞こえた幻聴に沈黙する4人。この場に自然に溶け込む様子に触れなかったレグルスだったが、遂に尋ねた。
「何でローズもここに?」
そう、この場にいたローズにレグルスは問いかけたのだが、彼女はなにを当然の事をとばかりに話し始めた。
「いえ、楽しそうな雰囲気がしていたので来ましたわ」
「はぁ、そうですか」
「レグルスさん、私には敬語は不要ですわ」
「はぁ、わかった」
どこか疲れた様子のレグルスと笑みを浮かべるローズ。そして、ローズを囲む3人の姿があった。
「ローズさんって、もしかして……」
戦々恐々とした様子のサーシャは何かを察したのか小さく呟いた。もしかして更に増える強敵なのかとアリスとラフィリアも静かに身構える。
だが、当のローズは微笑を浮かべたままアリス達の方へと顔を寄せると囁く。
「心配しなくても問題ないですわ。私はレグルスさんの事は恋愛的には見ていないので」
「本当に? じゃあ何でここに?」
その言葉が信用ならないのかサーシャは疑わしげに尋ねる。言動と行動が一致していないように見えたからだ。
「ええ、そうですわ。今日は改めてレグルスさんにお礼を言いたくて来たのです」
そう言うローズは本当にそうでないとばかりに答えた。サーシャは尚も疑わしそうにローズを見つめていたのだが、ラフィリアがそれを制した。
「本当のようですね」
「ま、まあ、ローズさんが加わっても問題無かったし……」
ラフィリアの言葉に安堵した様子のアリスは強がりなのかそんか言葉を漏らした。だが、ローズはその言葉を聞き、頬を緩める。
「あら、なら私も参加しようかしら」
「へ? い、いや……」
「ふふふ、冗談ですわ」
そう言ったローズはアリスに軽く微笑みかけると、レグルスの元へと向かっていった。
「私達は下に降りておきましょう」
何かを察したのかラフィリアはアリスとサーシャを促すとレグルスの部屋から出て行く。こうして、2人きりになったこの場でローズは真剣な表情を作ると、頭を深々と下げた。
「本当にありがとうございます」
「いや、そんな改めて言われても俺も元々あいつらは倒すと決めていたからな」
「そう言ってもらえて助かります」
レグルスが尊大な態度を取らないと分かっていたのか、ローズは下げた頭を上げる。その顔は洞窟であった惨劇を吹っ切れているようにも見えた。
「私はあれから考えたのです。騎士団長の娘として学園でトップの成績を取り、生徒会長にも就かせて頂いていました。私はどこかで油断していたのでしょう。実際に目の当たりにすると、何もできなかった。更にレグルスさんの足を引っ張ってしまうという体たらくは、本当に恥じ入るばかりです」
そう言うローズはあの場で何も出来なかった事を思い出しているのか、悔しげに表情を歪めていた。レグルスはそんな姿を黙って聞いている。
「だから決めました。みんなを守れるように、あんな事を起こさせないように、果てしなく強いレグルスさんと共に戦えるように私はもっともっと強くなります。あんな姿を見せてしまったレグルスさんにこれだけは伝えたくて。私はもう大丈夫ですわ」
「そう思えるだけで、ローズは強い」
「いえ、私は弱い。心も力も……それを改めて気付かされました。だから、私はこれからお母様のように強い竜姫を目指します」
そう言ったローズは決意を秘めた表情をレグルスに向けていた。
だが、呼吸を整えるとレグルスに聞こえないようにボソッと呟いた。
「私はもっと強くなります。まずは、あなたの隣に立てるように……」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
ローズはそう言うと憧憬の視線をレグルスに向けていた。彼女の中であの戦いで見せたレグルスの強さは目指す先に見えたようであった。
「さて、それでは皆さんの所へ向かいましょう」
「あ、ああ。そうだな」
「そうそう。お父様から聞いたのですが、明日騎士団の幹部を集めた総会が開かれるようで、学園もそれが終わり次第始まるようですよ
思い出したとばかりにそう言うローズの言葉にレグルスは絶望に顔を歪めた。いつか来るとは思っていたが、こんな唐突に来るものなのかといった具合だ。
「この休みが……終わるだと」
「さあさあ、早く行きましょう」
こうして2人はアリス達が待つ一階へと降りていくのだった。
学園生活開幕です! さて、更新ペースですが申し訳ありませんが2日に1話とさせて頂きます。今後もお付き合い頂ければ嬉しいです。




