24話
「どうしてこうなったんだか……。まぁ、面倒だが、更に面倒を持ってきそうなコイツらを先に倒しておくか」
あれよあれよと巻き込まれて洞窟の前に立っていたレグルスは、今までの経緯を思い出していた。村でのスローライフが終わり、新たな学園生活が始まったかと思えば、いつのまにか名無しの戦いに身を投じているのだから、彼の運命は呪われているのかもしれない。
「どうかしましたか?」
「いや、何でも無い」
急に肩を落としたレグルスに気が付いたローズは問いかけた。だが、レグルスは直ぐに表情を引き締めると洞窟の中へと入っていった。
自然に出来たと判断できるこの洞窟は薄暗く、日が差し込まないせいか、ジメジメとした空気に包まれていた。
かなり奥まで続いているのか、外側からは分からなかった。
「明かりがあるのか? 暗いが見えない程でもないんだな」
左右に等間隔で取り付けられた松明の明かりは、洞窟の内部を怪しげに照らしている。名無しが取り付けたのだろう事は伺える。
「フルートさんを待たなくて良かったのですか?」
ローズは横を歩くレグルスに問いかけた。
「ああ。出来れば俺達だけが、な」
「レグルスさんの実力ですか?」
微妙な返事をするレグルスに、彼女は彼の今までの行動を思い出していた。初めて会った時にリンガスから竜式に不合格だと聞かされたのだ。
ローズが見たレグルスの実力は竜式などというレベルでは無く、直ぐにでも騎士団に高待遇で歓迎される程であった。
学園で聞いた時も聞かれたくない様子をしていたレグルスだったが、やはり何故隠しているのかという疑問が沸々と湧いて来た様子である。
「まあな。色々あるんだよ」
「秘密ですか……。レグルスさんは面白いですわね」
突然くすりと笑うローズにレグルスは訝しげな表情を見せた。
「何が?」
「いえ、初めて会った時から見ていて飽きない人ですから」
「俺はそんな面白人間じゃないぞ?」
レグルスからすれば、何が良いのか分からない様子であった。その先にいるローズはひとしきり笑い終えるとレグルスに向き直る。その姿は何処か無理をしているようだった。
「ええ、バカにしている訳ではありませんわ」
「ならいいんだが。それと、助かった事にこの洞窟は一本道だ。相手が来たら対処が楽になりそうだな」
レグルスの言った通り、洞窟は真っ直ぐに伸びており枝分かれした様子もない。
会話は途切れ、迷う事も無く無言で進んでいく2人。だが、暫く立つとローズは呟いた。
「話していないと落ち着きませんわ」
「緊張しているのか?」
「していないと言えば嘘になりますね」
「そっか。まぁ、大丈夫だ」
先ほどのローズが見せた笑いには緊張をはぐらかす意味合いもあった事をレグルスは理解した。名無しとの本気の殺し合いなど経験した事の無いローズは、雷奏姫を強く握りしめていた。
ぽん
「ささっと済ませましょうや」
「はい!」
レグルスはそんなローズの頭に手を乗せると、何でもないように態度で表していた。その飄々としたレグルスの姿にローズの緊張も解れていく。
そして、体感で10分ほど歩いた時だった
「そろそろ来るな」
「ええ、やりましょう」
洞窟の奥から気配を感じたレグルス、それと同時にローズも感じたのか構えを取る。既にここは敵の拠点である。
神経を研ぎ澄ませて2人は前をじっと見ていた。そして、予想は的中した。奥から現れる仮面を付けた複数の名無し達が急いだ様子で出口へと向かって来ていた。
当然ながら入り口から入って来ていたレグルス達と名無し達は一本道でばったりと出くわす。
「な!?」
先頭を走る1人がレグルス達を見つけて驚いた声を上げた。その声は洞窟を反響し後続の者達にも伝わっていく。
「どうしたんだ?」
続けて現れる名無し達は前に立つ2人を見ると声を張り上げた。
「おい、ガキがいやがるぞ!」
「逃げ出したか?」
「どっちでも良い。取り敢えず捕らえろ!」
各々が武器を取り出して続々と集まって来る名無し達たったが、そんな集団に向けてレグルスは薄く笑みを浮かべた。
それは、獲物を見つけた獣のように現れる荒々しい笑みであった。
「さて、始めようか」
自然な動作で両手を広げたレグルスに注目が集まる。すると、予備動作も無くレグルスは軽く地面を蹴ると瞬く間に名無し達の中へと突っ込んだ。
そのスピードに反応出来ない様子の先頭に立つ2人はレグルスによって頭上に手が置かれていた。咄嗟に声を上げようとするが
「はやーー」
「な、なーー」
「遅いんだよ。ほら、落ちろ」
ドゴォ
そんな鈍い音と共に2人の男は地面に激突していた。重力に逆らえない人形のように、頭から落ちていった名無し達は既に事切れている。
その場から動いた様子のないレグルスを見て、何が起きたのか理解できないままに仲間達がやられた事に名無し達は怯えの表情を見せていた。
「お前らまとめて落としてやるから遠慮はするなよ? 面倒だから立っているだけで良い。簡単な仕事だろ?」
そう言うとレグルスは再び両腕を掲げ、周りを囲む名無し達の頭上へと伸ばしていく。敵に囲まれていながら、泰然としたレグルスに呆気に取られていたのだが、1人の男が我慢出来ずに叫んだ。
「お、お前は何なんだよ!!」
「さあな」
首をかしげるレグルスは答える気がない。だが、時間を与えたお陰か思考する余裕ができた名無し達。
「今のは滅竜技だ! 王国が手練れの滅竜師を派遣しやがった!! お前ら、呆けてないでやるぞ」
「「聖域」」
その言葉と同時に男達も聖域を展開していく。答えは外れだが、事態を飲み込めた名無し達は早かった。
それぞれが、滅竜技を行使しようとレグルスに手を向ける。
「レグルスさん!! 」
だが、ローズが鋭い踏み込みで1人の首を跳ね飛ばした。さらに、返す剣で近くの名無しを切り裂く。正確な斬撃は一撃で名無しを刈り取り、その舞うようなローズは見惚れるようであった。
応戦しようとする名無しだったが、体に芯が通ったようにブレないローズはそれぞれの足を軸にして流れるように回る。
その範囲にいた者達はいずれも急所を切られて死んでいった。人を両断するにはかなりの技量がいるのだが、雷奏姫に纏う雷は、バターのように命を刈り取っていく。
その際に、聞こえる電撃は音を奏でるように連続で鳴り響いていた。
「流石は学園一位って訳か」
レグルスはを感心した様子でローズを見ていた。若くして、自分の中の剣技が既に完成された剣閃の後には、閃光が迸り美しかった。
「竜姫か!? コイツらは竜騎士だ!!」
理解できない程の滅竜技を使うレグルスと美しい剣技を見せる2人の組み合わせは名無しに竜騎士と思わせる程であった。
「俺も飛ばすか。四段強化」
「ありがとうございます!」
レグルスによって強化されたローズは、残像を残すように疾走していく。すれ違う度に呆気なく死ぬ様子は最早太刀打ち出来るものではない。
そもそもが、レグルスが扱う四段強化自体が、滅竜師の頂点に立つ竜騎士達と並ぶ技なのだから、ローズを止められる者は居なかった。
「逃げろ!」
「誰か!! 頭文字にこの事を伝えろ!」
勝てないと判断した名無し達は一斉に後ろへと逃げていく。この辺りの判断の速さは流石と褒められるものである。
背中を見せて逃げる名無し達は後方の者は弾除けとばかりに気にしていない。本当に誰かが伝えれば良いという考えが透けて見える。
ローズ1人では全てを倒す事は出来ず、遠く離れていった。
「ローズ、下がっていいぞ。さて、背中を見せたらダメだろ」
「分かりましたわ」
レグルスに呼ばれて追撃を止めたローズは直ぐに反転すると横へと並ぶ。レグルスが何をしようとしているのか興味深々である。
一方の逃げる名無し達はローズの追撃が止んだと分かり、安堵した様子であった。
「何をするんですか?」
「まぁ、雷咆」
「へ?」
さらりと呟いた滅竜技の名前にキョトンとするローズ。そして、レグルスの腕から放たれる雷咆は逃げる名無し達を覆い尽くした。
バリバリバリィッ
洞窟を覆い尽くす程の雷の咆哮は、全てを呑み込むと小さく線に変わっていき、最後は音もなく消えていった。
幻想的な光景の後には何も残っていない。ローズは困惑した表情で雷咆を放ったレグルスを見つめる。
「それって……第五階梯の滅竜技。え? そんな……」
「第五階梯?」
聞き慣れない単語にレグルスは聞き返す。第5階梯などという滅竜技について、村にいた頃から今まで誰にも聞かされていなかったからだ。
「知らないんですか?」
「まぁ、知らないな」
「でも、使っていましたわね?」
「うん」
レグルスの返しに呆れを通り越し、疲れた様子のローズはがっくりと項垂れた。だが、モルネ村のような辺境ならば知らない事も当然だろうとローズは顔を上げた。
「いいですか? よく使う四段強化は四階梯ですわ。先程の雷咆は五階梯です。四階梯を使えたら竜騎士クラス。五階梯まで使えたら滅竜騎士や私のお父様と並ぶレベルです。レグルスさんは無茶苦茶なんです!」
「へぇー、凄いんだな。さて、それより早く行こう」
ローズの早口の説明を流したレグルスは、奥の方へと歩いて行く。置いていかれる形になったローズも駆け足で後に続くのだが、説明は終わっていないとばかりに更に話す。
「レグルスさんと居ると驚き過ぎて寿命が縮まりそうですわ。もう意味が分かりませんわ。それに、私のイメージがどんどん崩壊している気が……」
「まあまあ。それと、しっかりと動けてたな」
「え? は、はい。お父様に対人戦について幼い頃から教えられていたので。それよりも、先程の滅竜技でーー」
「ま、落ち着けって」
そう言うとレグルスは、ローズの頭に手を置くのだが
「私にそれは効きませんよ」
平然としているローズはレグルスを見上げたまま言い放った。
「そ、そんな、嘘……だろ?」
そのローズの言葉にレグルスは愕然とした様子でその場に崩れ落ちた。アリスやサーシャには、何時もこれで何とかなっていたのだ。まさか、この技が破られるとは思ってもみない様子である。
「そんなに驚かなくても……。この世の終わりのような顔をしています。ふふふ」
「いや、もう終わりだ。面倒ごとはこれで終わらせれる最大奥義だったのに……」
「それが出来るのは、長い付き合いの彼女達だけです」
「そうか。それもそうだな。よし行こう」
奥義を破られた訳では無いと分かったレグルスは、直ぐに立ち上がると、スタスタと進んで行く。
「ま、待って下さい。話はまだ終わっていませんわ」
そんな話をしていると、奥から現れる名無し達。おそらく彼らもまた出口へと向かう部隊なのだろう。
「ローズ。一先ずこの話は終わろう」
「そうですわね」
流石にこの状況で話す訳にもいかない2人は目の前の名無し達を蹴散らして行く。その快進撃は止まらなかった。




