23話
「分かった。隠れられそうな場所を探すんだな?」
上空を羽ばたく竜の上で、フルートは話しかけた。全てを聞いたフルートは、並走する飛竜隊達に指示を出していく。
すると、次々と見事に竜達は旋回して四方に散らばっていった。
かなりのスピードが出ているため、慣れていなければバランスを取る事はかなり難しい。地面から離れた位置のため、小さく見える景色が素早く切り替わっていく。
「はい。お願いします」
「まさかそんな事になっているとは。ベルンバッハ様から王宮に手紙が来たんだ。学園に襲撃があったが、対処は可能ってな」
「流石は伝説にもなる人ですね」
「それは、元滅竜騎士だからな。名無しが現れても大した事は無いのかもしれないな」
レグルスとフルートはそんな会話をしていると
ちょんちょん
背中を弱々しく突かれる感触にレグルスは振り返る。
「はい?」
「ど、どうして、そんなに平然と座っていられるのでしょう?」
竜の背に体の全てを使ってへばり付いている形のローズは青褪めた顔でレグルスを見ている。フルートは良いとして、初めて乗った筈のレグルスが何でも無いようにしている事に信じられない様子だ。
「バランスを取ったら簡単に出来るぞ」
平然と話すレグルスだったが、スピードがかなり出ているためかバタバタと髪が後ろへと流されている。
「そ、そんな簡単に……。無理ですわ」
何とか背中に座ろうと体を動かしたローズだったが、風圧によろめき、そして下を見て更に震えている。
先程に増してローズは竜の背中にガッチリと抱きついていた。普段のローズしか知らない者が見れば、この庇護欲をそそる姿は途轍もない光景である。
「確かに言われてみれば初めて乗って平然としていられるとは。普通に話していたから気付かなかったぞ」
「まぁ、相性が良いんですかね?」
「もし良かったら、卒業後は飛竜隊に入って貰ってもいいぞ」
「国中を飛び回るのは疲れるでしょ?」
「まあな。かなり大変だ」
「そうですか。考えておきます」
「ま、レグルス君はどうやらリンガスさんやシュナイデル様のお気に入りみたいだし、翡翠騎士団が濃厚かな」
レグルスは、自分がもし卒業出来たとして飛竜隊には絶対に入らないと心に決めた。聞いていると、年中色々な場所へと飛び回り、情報や偵察を行なっているらしい。
確かに情報は大切だとは思うが、レグルスには荷が重かった。翡翠騎士団に入ったとしても、団長が筋肉バカのようなので出来れば遠慮したいレグルスであった。
「ん?」
「どうしたんですか?」
フルートは、遠方に現れた竜の姿に声を出した。直ぐに手綱を操作してそちらへと向かっていく。
両方共がかなりのスピードが出ているため、姿がぐんぐんと近づいている。
「何か見つけたみたいだ」
「本当ですか!? キャッ!」
「ローズは取り敢えず、そのまま動かないでくれ」
フルートの言葉に起き上がろうとしたローズだったが、またしてもバランスを崩して倒れそうになっていた。
「フルート様! この先にある小屋らしき場所に人影が見えました!」
「小屋?」
王都からそれなりに離れたこの位置で、小屋があっただろうかと首を傾げるフルート。まさか、この辺りで住む者がいる訳でもない。
「はい。上手く作られているのか、近くに寄らなければ分かりません。恐らくそういう風に作られているのかと。なので、恐らく黒では無いでしょうか?」
「かもしれないな。ひとまず、行ってみよう!」
フルートは先導する隊員の後ろに付けて、更にスピードを上げる。レグルスでさえも、しっかりと捕まって居なければ振り落とされてしまう程であった。
凄まじい速さで景色が変わり、街道が見えていた地点から離れ、眼下には鬱蒼とした林が見え始めた。
そして、隊員が指し示す先には確かにこんな場所には必要そうでは無い小屋がポツンと立っていた。
木々の間から僅かに見える程度の為、上空からも視認しずらいように計算して作られた事が伺えた。今回の事情を知らなければ、下を捜索する事もなく恐らく見つけられなかっただろう。
「総員、降下しろ!」
フルートはこの小屋がそうだと確信した様子で集まった飛竜隊達に合図を送る。綺麗に揃った5頭の竜は上空から一直線に小屋へと急降下していく。
「おお! カッコいいな」
竜の一糸乱れぬ飛行にレグルスは感動した様子で目を輝かせている。
「こんな体験出来ないですからね。でも、途轍もなく怖いですわ」
「捕まってろ」
「お、お願いしますわ」
だが、急降下のためかブルブルと震えるローズはレグルスの腰辺りに必死に捕まると顔を埋めて目を閉じていた。
そうしている間にも、竜は降下していき小屋の上空で停止した。
「行くぞ!」
「「「はっ!」」」
それを合図に一斉に飛び降りる隊員達は、音を立てぬ着地と共に小屋の周りに展開して行く。流石は偵察や奇襲に長けた部隊であった。
「よし、降りるぞ」
「了解です」
「え、え!? ひゃ!」
フルートが飛び降りると同時に、怖がるローズを背負ったレグルスも飛び降りた。声を上げそうになったローズは必死に口に手を当てて我慢している。
スタッ
「人を抱えてよく着地できるな。流石はリンガスさんのお気に入りか」
「ローズ。もういいぞ」
「は、はい」
そっと降ろされたローズは、久し振りの地面に感動した様子で何度も地面の感触を確かめていた。空を飛んだ事のないローズは未だに体がふわふわとしている。
フルートはそれを見届けると、顔を引き締め周囲の隊員達を見回した。小屋には窓が無く中は伺えない。
暫く様子を見ていたフルートだったが
「突入しろ」
その言葉と共に5人は静かに抜剣すると、タイミングをずらして小屋へと飛び込んで行く。前の者が万が一殺されても対応できるようにしていた。
「なんだお前ら!!」
「そいつらを殺せ!」
突入したと同時に小屋の中からそんな声が聞こえてくる。外で待機していたフルートとレグルス達も遅れて小屋へと突入した。
小屋の中はそこまで広くは無かったが、10人ほどの仮面を付けた男達が戦闘態勢に入っている姿が見える。相対する相手は中々の使い手なのか立ち振る舞いに隙は見えない。
「騎士が来るとはついてねぇ」
そう呟いた名無し。彼らの動揺は既に収まり、お互いが牽制する状態が続いていた。動けば戦いが始まるような一触即発の様子である。
「生徒達はどこだ?」
辺りを見回したフルートは、今回の救出目標である生徒の姿が見えない事を返って来ないと分かりつつも尋ねた。
「チッ。そこまで知ってるってのか。聖域」
「聖域!」
合図は一瞬であった。
名無しの象徴である仮面をつけた男達が聖域を展開したと同時に、フルート達も一斉に斬りかかったのだ。
5人は素早く連携を取りつつ、数の多い名無しを牽制している。上手く入れ替わる彼らは1対2にならぬようにそれぞれが動き続ける。
その様子は彼らの練度の高さが伺えた。だが、相手もそれなりの手練れなのか、この場の全員が強化を施しており激戦が繰り広げらている。
「雷矢」
すると、フルートが放った滅竜技である雷矢が、回り込むように動こうとした名無しの意識を逸らす。
「死ね」
そして、入れ替わるようにフルートの後ろから現れた隊員の1人によって袈裟懸けに切り裂かれた。
ザンッ
「グハッ」
倒れこむ名無しだったが、その際に名無しと戦っている近くの隊員の足に己の剣を突き刺そうとするが、避けた足をそのまま男に振り下ろした。
ドガッ
「クソッ」
こうして、徐々にだがフルート達に天秤は傾いていくが、まだまだ両者共に一歩も引かない状況である。
「コレが本当の戦い……」
ローズは目の前で繰り広げられる本当の命のやり取りに思わず呟いた。そんな中、冷静に状況を見ていたレグルスは、名無しの1人が扉の方へと合図を出している事に気がついた。
「ローズ! 行くぞ」
「え? でも」
「早くしろ!」
困惑した様子のローズの腕を取り、レグルスは小屋から駆け出した。
「レグルス君! 済まないがそっちは任せた。場所を突き止めておいてくれ。直ぐに行く!」
「任されました」
その事を敏感に察したフルートは、レグルスの背中に声を投げかける。そして、去って行くレグルスから視線を離すと目の前の名無しへと斬りかかるのだった。
小屋から飛び出した2人は林の中を疾駆する。だが、突然の事にローズは何が起きているのか理解できていない様子だ。
「おそらく奴らの仲間が本拠地に知らせにいった」
「そんな事をいつ気付いたの?」
「あの中の1人が目で合図を送っていたからな」
レグルスは戦いの中で冷静に状況を見ていた。あの中に生徒が居ないとなると、他の場所に捕らえている可能性が高い。
そして、おそらくこの小屋はカモフラージュの為の見張り小屋だったのではないか? その考えは的中していた。
あの凄惨な光景の中で、正確な判断を下したレグルスにローズはレグルスの凄さを改めて実感していた。そして、己が役に立たない事にローズは落ち込んだ様子だ。
「そんな事を……。レグルスさんに頼りっぱなしになって申し訳ありません」
「適材適所だ」
「レグルスさんには驚かされてばかりです。もう慣れましたが……」
そう言って駆ける二人。その視線の先には遠くを駆ける名無しの姿があった。レグルス達が追ってきて居る事には気付いていないのか、どんどんと林を進んで行く。
「早いな」
「恐らく強化をしていると思われますわ」
「ならこっちも。聖域。からの、一段強化」
「ありがとうございます」
レグルス自身とローズに施された強化によって、2人の速度も増す。付かず離れずの距離で進んでいく。
足場の悪い林の中であったが、レグルスは言わずもがなではあるが、ローズも軽快に駆けていた。流石に学園でトップを張る事はある。
2人は木の根や草を避けつつ走っていると、前方に崖が大きくくり抜かれ、ポッカリと口を開けたような洞窟が見えた。
「洞窟ですか?」
「みたいだな」
既に追っていた名無しの姿は無く、洞窟に駆け込んだ事は理解できた。
「隠れるにはうってつけだな。あそこにミーシャさん達が捕らえられているんだろう。行くぞ」
「え!? ですが、フルートさん達は?」
「問題ない。っとその前に、ローズは戦えるか?」
レグルスはこれから起こるであろう戦いを予想していた。敵の本当の目的である生徒の輸送を任されている名無しの本隊が弱い筈がない。
そして、頭文字がいる可能性も高いのだ。レグルスは、隣に並ぶローズへと本当に一緒に行くのか? と尋ねたのだった。
「ええ。レグルスさんの前で言うのは憚れますが、これでも学園でトップの実力なのですよ?」
どこも無く緊張を押し殺した様子で明るく答えたローズ。彼女の心情は窺い知れないが、その決意は本物であるように見える。
「あと、攫われた生徒達に万が一があるかもしれない。女性であるローズにはキツイかもしれない事もーー」
「分かっています。全て覚悟の上ですわ。それに、レグルスさんに頼りっぱなしになるのも私の矜持が許せません」
レグルスは今回の件では最悪の事態を想定していた。既に1日が過ぎており、滅竜師候補の少年たちは殺されているかもしれない、そして、竜姫候補の彼女達も強制的に契約されているのか? それとも、女性としての尊厳を穢されているのかもしれないからだ。
ローズがこの事を耐えれるのかと思っていたのだが、その心配は杞憂であった。真っ直ぐ洞窟を見つめるローズに迷いはない。
「行きましょう」
「はい。では先に。奏でなさい、雷奏姫」
レグルスの前で初めて生み出された竜具は真っ直ぐに伸びた剣の形をしており、迸る電撃が剣身の周りで放電し独特な音を奏でていた。




