21話
「はぁはぁ。ちょっと、まだ来るの!?」
「アリスちゃん! 頑張ろ!」
「流石にしんどいですね」
3人は途切れる事の無い名無しの群れに肩で息をしている。前線はかなり後退しており、消耗して戦えなくなった者達は教師の指示で後ろへと下げられていた。
既にこの場で戦っている者は、教師を除けばシャリアとロイス。後は貴族でも有名な家柄の者が数人ばかしである。
「くそッ、もう持たん。君たちも逃げろ」
「ですが!」
教師の隣で戦っていたロイスは声を上げる。彼も限界が来ているのか、初めにあった太刀筋は無く、何とか力で敵を切り倒している様子だ。
「恐らく2、3年生の校舎も同じようなものだ。だが、3年生達であれば戦える者は多い。君たちは何とかして窓から逃げろ」
「この際だから言うが、今の状況で助けれる者は限られている。君やシャリア、そして、そこのアリス達が先導してやるんだ!」
教師達は既にここを死地と決めているのか、決意を込めた表情をしている。ロイス自身もこのままでは自分達を含めて1年生達は殺されるか、捕まるかの未来しか待っていない事は理解できた。
この場で教師と問答をしている事ほど無駄な時間はない。
「分かりました。マリー、退くぞ」
「畏まりました」
ロイス達は素早く近くの名無しを斬り伏せると後退していく。前線で戦っている者達もそのやり取りを見ており、それぞれが後退を始めた。
「私たちに力があれば!」
「お兄ちゃんが来てくれたら……」
「今は我慢の時です」
悔しそうに顔を歪めるアリス。そして、この場に現れないレグルスに思いを馳せるサーシャ。
サーシャにとって、義兄は、いつも助けてくれるヒーローだったのだ。現れないレグルスに顔を伏せていた。
「早く下がりましょう」
この場で一番冷静なラフィリアは、そんな2人を連れて後方へと下がっていく。
「よーし、お前ら行けぇー」
「振り返るなよ!」
十分に距離が取れたことを確認した教師の2人は、自爆覚悟で廊下を埋め尽くすほどの炎の壁を作ろうとする。
ゴォォォ
その時、二階へと繋がる階段から途轍もない音と熱量が襲って来た。視界が赤く染まり、階段付近にいた名無し達は炎に燃やされ消えていた。
「間に合いましたか、閣下」
「流石です」
教師達はその炎を見て、自分達が助かった事を理解した。あれ程の炎を生み出す者は限られる。
二階から上ってくる炎の化身が何度も姿を見せる業火。名無しは、ベルンバッハにより灰すら残さずに消えていく。
コツコツと足音を響かせるベルンバッハは、群れる名無しの間から姿を現した。
「儂の庭に土足で入るお主らには、灼熱地獄を見せてやろうかのぉ」
そう言って笑うベルンバッハだったが、目は笑っておらず眼前の惨状を目に焼き付けていた。傷つき倒れる生徒、そして必死に前線を抑えるアリス達、死をとしてでも守ろうとした教師達の姿。
ザクッ
硬いはずの廊下にベルンバッハは炎獅子を突き刺す。その場所は赤く溶解していた。
「レイチェル、やるとしよう」
その言葉と共に、炎獅子は蒼く輝き始める。それを見た名無し達は、させてはならないという本能からか、一斉に殺到する。それは、前線でアリス達と戦っていた者も同じであった。
「吼えろ、そして喰らうがよい。炎獅子よ」
ドゴァァァ
獣が吠えるような凄まじい音と共に、地面から吹き出す蒼炎。それは、名無したち全てを包み込み喰らい呑み込む。
廊下の一画を灼熱が支配する。だが、驚く事にその炎は廊下を焼く事も無く、天井を焦がす事もない。
「ウワァァ」
「イィイアァァ」
「ガァァアア」
炎に呑み込まれた名無し達は、仲間が殺されようと、自分が殺されようと言葉を発さなかったが、余りの熱さにか獣のような咆哮を上げる。
そして蒼炎が消えた時、その場には何も居なかった。
「何あれ?」
「あれが……滅竜騎士に上り詰めた力なんだよ、ね」
「言葉もありません」
自分達が苦戦した相手をたったの一撃で葬り去ったベルンバッハ。まさしく伝説の一幕が目の前に広がったのだ。
生徒達は驚愕と憧憬の視線をベルンバッハに送っていた。他の誰も言葉を発せない。
「ご苦労じゃったのぉ。儂の落ち度であった、済まぬ」
此方に歩いてきたベルンバッハは、生徒達を労うと頭を下げた。それに、生徒達は本日何度目かの驚愕を浮かべる。
生ける伝説のと呼ばれる彼が頭を下げるのか、そして、それを受けているのは自分達だという事実に最早思考が正常に運転しない。
「いえ、閣下のお陰で助かることができました。お礼をするのは私の方です」
「一階の全ての敵を倒したのでしょうか?」
この中でも唯一冷静であった教師がベルンバッハに話しかけた。
「全て倒した。じゃが、事はまだ終わっとらん」
「それは?」
「王都の襲撃でしょうか?」
2人の教師はベルンバッハに問いかける。この襲撃の他にも何があるのかと、不安そうな様子ですある。
「今は急ぐ。それは、後で説明するとしよう。 ふむ、そこのロイス、マリー、シャリア、アリス、サーシャ、ラフィリア。儂に着いて来るのじゃ。主ら2人も来い」
「は、はい」
「分かりました」
突然に呼ばれた教師は歩き出したベルンバッハに付いていく。
「早くお前らも来い」
そして、呆けた様子のアリス達が付いてきていない事を感じ取り呼んだ。すると、ようやく呼ばれた6人も動き始めた。
「今回の襲撃は陽動じゃて。儂のところにも頭文字が来たが、かなり弱い奴じゃった。そこで儂は色々と調べたのじゃが、初日から姿を消している生徒が10人ほどおった。そして、君らも知っておるハーフナーが姿を消しておる。恐らく名無しはーー」
歩きながら話し始めたベルンバッハ。その内容を聞いていく内に、計画の緻密さ、そして事の大きさがわかってきた。
誰もが言葉をつぐむ内容である。その先を考えるだけで恐ろしい事が既に行われているのだ。校舎を出て歩くベルンバッハ。
そして、ある場所に立ち止まると驚くべき光景が広がっていた。
「一度、確認しておこうと思うておったが……これはまた」
初めに爆発音が響いた地点に来た一向はその場に倒れる5人の名無しを目にしていた。何者かにやられた痕跡はある。
ベルンバッハは4人が倒れている場所に近づくと、その状態を確かめた。
「ふむ。筋肉の付き方から見て、此奴らは学園に襲撃をかけた使い捨てではない。そんな相手に対して完璧かつ正確な一撃によって昏倒させておる。1人だけ二撃じゃが、どちらにせよ急所じゃ。これをした者は恐ろしく腕が立つのぉ」
ベルンバッハの顔には驚きが浮かんでいた。的確に急所を撃ち抜かれた後があり、そのやられた者達は名無しでも実行部隊と呼ばれるような精鋭である事が伺えるのだ。
(こんな事が出来る者は儂や、少なくとも竜騎士クラス。これは、騎士レベルでは断じてないわい)
「うぅ」
地面に亀裂が走る場所で、俯いて倒れていた男が呻き声を上げた。
「起きたのか?」
ベルンバッハはすぐ様近づくと、男を仰向けにする。
「Oじゃと! 此奴は頭文字じゃ」
「頭文字ですか!?」
「そんな者が何故ここに倒れているんですか!」
ベルンバッハの言葉を聞いた教師の2人は色めき立つ。幹部クラスの者が地に倒れ伏しているという事は、それを行なった者が学園にいたという事だ。
少なくとも、精鋭4人を相手取り、さらに頭文字を倒すとなると、ベルンバッハ以外にこのような芸当が出来る者をこの学園内では知らない。
「よく見てみろ。仮面の縁が薄くじゃが赤く塗られておる。こ奴ら名無しは、幹部で無ければ絶対に仮面は漆黒じゃて」
倒れた男の仮面には、見えづらいが、よく見れば縁が全て赤く塗られていた。これが意味する事は、Oを冠する者という事だ。
「ふむ、竜姫の姿が見えんという事は此奴は単独で戦い負けたのか。じゃが、どちらにしても凄まじいのぉ」
4人と同じように、この頭文字も頭以外に外傷がない事から、一撃で昏倒させられた事がうかがえた。
そうこうしていると、男は目を覚ます。目の前にいるベルンバッハを見つけると、囁くように話し始めた。
「お前は、ベルンバッハか?」
「そうじゃ。儂がベルンバッハである」
「そうか。この学園には途轍もない奴がいるな」
「誰じゃ?」
「俺は怠惰な竜の尻尾を踏んだらしい」
その言葉にアリス達、そしてベルンバッハは1人の少年を思い浮かべた。ベルンバッハは試験で見たレグルスの姿。怠そうにしながらリンガスと戦い、その実力を隠していた面白い若者の事だ。
アリス達もまた、怠惰と聞けば1人しか思いつかない。それに、この場所は寮から校舎へと続く道の近くであり予想は確信へと変わっていた。
「ほぉ。お主はその怠惰な竜の逆鱗に触れた訳か」
「恐ろしく強い怠け者だったな」
「して、其奴はどこに行った?」
「俺も久し振りにあんな強者と戦えて気分が良い。お嬢さんと2人で、卵を取り返しに行った」
「ならば儂も動かねばのぉ。此奴らを捕まえておけ! それと、そこな3人は着いてきてもらう」
ベルンバッハはアリス達にそれだけを言うと、すぐに校舎へと戻っていく。今の会話で消えた生徒達が攫われた事は確実になった。
顔を見合わせた教師達はひとまず、抵抗の意思を見せない頭文字達を捕縛するべく動き始めた。
去っていくベルンバッハは、この惨状を作り出したレグルスの実力に高揚する心を抑えて動く。全てを片付ける為に。
「そこの君達! レグルスの姿が見えないようだが」
ベルンバッハが去ったことにより、機を見たロイスがアリス達に話しかけた。
「あ! 昨日のロイスさんだよね。お兄ちゃんなら何処かにいると思うよ」
「そうか、こんな時に何処にいるんだ? 全く、彼は何をしているんだか」
サーシャの言葉にロイスは返したのだが、その内容にサーシャやアリスは表情がムッとしたようになる。
ラフィリアも笑っているが目が笑っていない様子だ。
「失礼しました。ロイス様はレグルス様が1人で居ては危ないのではないかと心配しているのです」
すかさずマリーがロイスの言葉を訳したお陰でアリス達も納得した。昨日も同じようなやり取りがあったことを思い出したのだ。
「マリー。今回は私が悪いな。よくやった」
「いえ、何時もの事ですので」
「だが、他の事にも勝手に訳すのは辞めてくれ」
「畏まりました。善処します」
マリーは静かに頭を下げるのだが、おそらくコレは何時ものやり取りなのだろう。アリス達も微笑ましく見守って居た。
「引き止めてすまない。ベルンバッハ様に呼ばれているのだったな」
「それでは、学園でまたお会いしましょう」
「ええ、レグルスの事を心配してくれてありがとね」
「構わないさ」
ロイスは背中を向けると手を上げて去っていく。その後ろに続くマリーは振り返るとぺこりと頭を下げて、名無しの捕縛作業へと向かうのだった。
そこでは、シャリアがどこか話しかけたそうにしていたが、ロイスとのやり取りでタイミングが掴めなかったのか渋々と作業を始めていた。
そんな事は知らないアリス達はレグルスについて話し始める。
「やっぱりお兄ちゃんも頑張ってたんだね。スッキリした」
「相変わらず何かと巻き込まれては、裏で動くのは変わりませんね」
学園に来なかったレグルスにサーシャは落ち込んだ様子だったのだが、今は溌剌とした笑顔で笑っている。ラフィリアも同じく微笑んでいた。
「お嬢さんと2人きりって何よ」
「まあまあ。それは心配だけど、お兄ちゃんはそっち方面に関して大丈夫だよ。面倒臭がりだからね。それより、お兄ちゃんが無事で良かったね」
「そうね……」
「アリスさん?」
どこか浮かない表情を見せるアリスにラフィリアは心配そうに問いかけた。
「何でもないわ」
こうして3人もベルンバッハの元へと駆けていくのだった。




