18話
説明欄にも書いていますが、17話以降の内容を変更しています。ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします。
カーンカーンカーン
王都、そして学園内にも響き渡る音。
その響き渡るこの鐘の音をベルンバッハは静かに聞いていた。この音が鳴るという事は王都に竜の脅威が迫ってきているという事を意味しているのだ。
「この音は!?」
ベルンバッハは驚きの声を上げる。
竜の一匹や二匹が現れた程度では王都にこの鐘の音は鳴り響く事はない。王都と言えど竜の脅威は存在しているのだが、周辺は多く詰める騎士や兵士達によって素早く排除されている。
その騎士達が対処できないと判断されたという事であった。すなわち、竜騎士を投入するべき緊急事態を知らせる音なのだ。
「緊急事態という事か。騎士達では手に余る事案ということかのぉ。すると、中位竜以上の竜が群れているのか? ならば、名無しが関係しておるのは間違いないか……」
群れる事が多い下位竜は基本的に弱い部類に入る。だが、中位竜クラスは単体で動く事が多いのだが、それならば騎士達で対処は可能だ。
そうなると、自ずと結論は出た。群れる事の無いクラスの竜が同時に襲撃した可能性。そんな偶然は早々に起こるはずも無く、王都内で問題にされている名無しが何らかの関与をしているという事だ。
「儂は動けんが、シュナイデル、リンガス。王都は任せたぞ」
何かが起こると思っていたが、竜の襲撃は予想外の様子だ。だが、直ぐに気を取り直すと学園長室に備え付けられている椅子に深く腰掛ける。
教え子でもあるシュナイデル達に王都は既に任せてある。彼の最優先事項とは、学園で何かが起こった時に対処出来るようにする事にあった。
「レイチェル、来てくれ」
ベルンバッハは、親の篭った声色で隣に備えられていた扉へと声をかけた。其処には彼を元滅竜騎士たらしめた存在がいる。
「分かりました」
すぐさま返答が返ってくると、扉がゆっくりと開く。出てきた人物は、ベルンバッハとそう変わらない女性であった。上品でいて優しそうな印象を受ける顔は、若かりし頃は綺麗だったんだと思わせた。
彼女こそが、ベルンバッハの相棒であり、当代最強である火系統の竜具を持つレイチェル・バウスブルクであった。
竜具がそれぞれ司る属性の中の1つ、その火系統でも遥かに抜き出た力を持つ彼女とベルンバッハのコンビは、数々の伝説を作ってきた滅竜師である。
普段から竜姫と共に行動する竜騎士達。それは、レイチェルも例に漏れず、この学園長室の横に備え付けられた部屋にいたのだ。
「鐘の音ですか?」
レイチェルはベルンバッハに問いかけた。
「万が一があるやもしれん。すまんが、その時は頼む」
「ええ、分かりましたよ」
その言葉だけで、理解した様子のレイチェルは静かにベルンバッハの後ろに立つ。長年の間連れ添ってきた2人には独特な空気が流れていた。
すると
ドオォン
校舎の近くから響き渡った轟音、その衝撃は容赦なくベルンバッハの部屋をも襲った。だが、凄まじい衝撃だったのにも関わらず、2人はその場で変わらない態勢を保っていた。
ベルンバッハは確信を込めた言葉を放つ。
「奴らが来おったか?」
「名無しの仕業だとすれば、狙いは生徒たちの可能性が高いですね」
「そうじゃな。騎士以上の教師が付いているとはいえ、敵は厄介じゃ。だれか、おらんか!」
その呼び掛けに応えるように、1人の男性が部屋へと入ってくる。ベルンバッハは机の上に置かれた紙に素早く筆を走らせると、緊張した様子の男性に手渡した。
「君も戦いたいだろうが、今回はコレを騎士団へ届けてくれ」
「はっ!」
男性はベルンバッハに憧憬の視線を送っていた。そして、紙を受け取ると素早く出て行く。男性も騎士団に所属する滅竜師であり、学園にてこのような連絡係を含めた任務に就いていた。
宮殿へ向かった男を見送ったベルンバッハは、学園に入り込んだ名無しを掃討する為に腰を上げた。
「それでは行こう」
「はい」
2人は立ち上がり、扉の方へと向かう。
ドガッ
「よぉ、爺さん」
扉がけたたましく音を上げて開く。そこには、足を上げた状態で止まる漆黒の仮面の男がいた。
「頭文字か。無作法者よなぁ」
「ハッ、余裕って奴か?」
動じないベルンバッハを挑発する男は頭文字と呼ばれる。それは、両目に刻まれた赤いTの文字が表していた。
文字は刺繍のように仮面に刻まれ、涙を流しているようでもある。何も描かれていない他の名無しの仮面とは違う。
「本命は学園か……」
(名無しを語る輩、そして、王都への襲撃は陽動で狙いは学園だったという訳かのぉ)
ベルンバッハは冷静に分析する。王都を力技で落とす事は幾ら巨大な名無しとて、難易度は高過ぎる。
そして、この学園に名無しの幹部級が現れたという事は、他は陽動であり生徒、或いはベルンバッハが目的と疑われた。
「ククッ。さあな、お前はココで死ぬから関係ないだろ? 残念だったな、生ける伝説なんて大そうな2つ名を持っているが、何も分かっちゃいない。老いたのか?」
肩を竦めて話す男は軽薄そうに笑う。目の前に立つ伝説とまで呼ばれたベルンバッハに対して気負った様子は見られない。
「貴様は話をしに来たのか?」
「なに、いちど有名なあんたと話してみたくてな」
「ならばもう良いのぉ」
「そうだな、来い二十番」
男が呼んだ二十という数字。彼の言葉に扉から姿を現した女性は静かに佇む。その出で立ちはTと描かれた男と同じであり、男のの相棒である竜姫という事が判断できた。
「始めようか? 聖域」
「よかろう。聖域」
室内に広がる聖域は瞬く間にこの場を満たした。滅竜師であったベルンバッハと大差がない聖域を展開する男は流石は頭文字といったところである。
「俺と大差ないか。これは、2つ名が一人歩きしてたのかもな」
どこか拍子抜けした様子のTだったが、雰囲気が変わる。濃密な殺気が溢れ出し、ベルンバッハ、そしてレイチェルを包み込む。
「紅炎」
「頼むぞ、レイチェル。炎獅子」
その2人の言葉により、部屋が閃光に包まれる。そして、光が収まり見えたものは、2人の竜姫が竜具へと姿を変えていた。
名無しが握る紅炎は、その名に相応しく刀身が膨大な熱量を発し、部屋の温度が急激に上がっていく。刀身の周りの空間は歪んで見える。
「そういえば、爺いも火系統だったな。俺の紅炎は熱いぞ? 」
男はベルンバッハの竜具を見る。真紅の刀身は深く反り、鍔には鬣のようなものがある。それは、綺麗な刀剣であった。
だが、紅炎のように周囲に干渉するような熱量は放っておらず、美しいだけの竜具にも見える。
同じ系統同士での戦いであれば、勝敗は長引くか一瞬で着く事が多い。火系統で言えば、熱量、性能の圧倒的な差があれば、容易く倒せるが、力が拮抗するような場合であればやはりと言うべきか長引いてしまうのは仕方がない。
男はその事を分かっており、紅炎と炎獅子を見比べ、己の竜具の方が強いと判断していた。
「俺の紅炎で燃やし尽くしてやるよ」
その言葉に反応するかのように、竜具は激しく熱を出し発光する。そして、それをベルンバッハに向けた。
「貴様は何か勘違いしているのぉ」
「何がだ? 」
「これは、年長者からの助言じゃ。物事はよく見てよく調べよ、とな。儂の事など調べればすぐに出てくるじゃろ? 小童」
「はっ! だから何だ? 老いぼれの時間稼ぎか?」
「儂が何故、生ける伝説と呼ばれておるのか。それは、火系統で炎竜を倒した事じゃて。はぁ、年をとると話しが長くなるのぉ」
その言葉が意味する事は、属性竜と呼ばれる竜は属性を持たない他の竜と一線をかくす存在である。
そして、その中でも火を司る火竜、その上に位置する炎竜は当然ながら火にはかなり強い耐性を持っている。それを同じ系統で倒そうとすれば、炎竜を上回る火力で燃やし尽くさなければならないのだ。
それ故に、ベルンバッハは生ける伝説とされていた。
「それがどうした? 俺の前に炎竜が現れてくれれば、紅炎にも出来る筈だ」
炎竜などという存在はそうそう現れる竜ではなく、当然ながらTを冠する男も戦った事はない。だが、彼の竜具はかなりの強さを誇る事も確かだ。
「手加減はしねぇぞ」
「儂にとっては難しいのぉ」
「随分と引けた発言だな」
「なに、灰すら残さずに消しとばさぬか心配なんじゃよ」
「もういい、早くやろうぜ」
ベルンバッハの言葉により、名無しは構えを取る。その構えに隙はなく、高い実力が伺えた。
だが、ベルンバッハは炎獅子をだらりと下げたまま動かない。彼はその場にただ立っているだけのようにも見える。
「さて、ゆるりと行こうかのぉ」
「ゆるりとしてちゃ遅いぞ、ジジイ」
「心配ない。もう終わっておるわい」
そのベルンバッハの発言に、苛立ちを露わに男は紅炎を振り上げ間合いを詰めようとするが
「何が終わ……は?」
手に待つ竜具の異変を感じて見やる。そこには、彼が掲げた紅炎が赤く染まりドロリと溶け落ちていく様子が見えた。
「喰らえ、炎獅子よ」
その言葉の意味を理解した男は叫ぶ。
「クソガァァ」
ゴオォォォォ
男の絶叫と共に紅炎から発せられる業火は男を呑み込み周囲を赤く染め上げた。
その業火の中で名無しの男は焼かれ、灰だけがその場に残された。
「灰は残せたか。炎獅子は炎を喰らい昇華するんじゃよ。儂に火系統では荷が重かったのぉ。小童」
炎獅子は刀身が蒼く染まり、明滅していた。ベルンバッハはそれを一瞥すると外へと歩き出した。
「レイチェル、もう少しばかり頼む。ふむ、頭文字といっても、最下層の奴らはこの程度よなぁ。余りにもお粗末極まりない。何か他に狙いがあるのか?」
ベルンバッハの元に送られた頭文字は、ベルンバッハを倒す事はもちろんのこと、足止めすら満足に出来ない力であった。
生徒を狙い学園に襲撃をかけるのなら、ベルンバッハを止めておかなければ、その計画は破綻する。それ程に強い彼に向けられたのが、先程の灰になった男。
「奴らがこれ程にずさんな計画を練るのは考えられない。何が起きている? じゃが、先に儂の学園に入った者から葬るとするかのぉ」
彼は現在進行形で襲われているであろう学生の方へと向かう。蒼く染まる炎獅子と共に。




