17話
レグルスにあてがわれた寮には、今日も3人の姿があった。一階に備え付けられている広間で食事をとる3人は、当たり前の様にこの場にいた。
その場に寝起きの為か、ふらふらとレグルスがやってくると、それを見つけた3人はそれぞれが朝の挨拶を口にした。
「おはよ」
「おはよー」
「おはようございます」
自然体の3人を見て思わず目を丸くするレグルスだったが、仕方がないとばかりに溜息を吐いた。
「毎日疲れないのか? 遠いだろ?」
「そうでもないわよ、それにココって広いし」
「やっぱりそうだよね? お兄ちゃんだけズルイよ」
どうやらレグルスが住むこの寮はベルンバッハの良心なのか、寮の中でもかなり広い分類になっているみたいだ。
だが、3人はここが広いと言う事には特に拘りはなく、ただレグルスの元へと来る為の理由づけみたいな位置付けだった。
レグルスにとっても、この3人が寮にいる事になんの不都合も無く、ラフィリアの料理が食べれるとあっては彼にとっても嬉しい事だ。
「ラフィリア、俺にも朝飯をくれ」
「分かりました」
朝の時間は過ぎ去り、レグルス達は寮を出た。4人はその足で学園へと向かっていく。この道を通るのも数回程であり、見慣れた風景が広がっている。
「今日から授業って言ってたけど、座学は不安だなぁ」
立ち並ぶ木々を見つめながらそんな言葉を呟くサーシャだったが、特に不安そうな顔ではなく、話題作りといった風だ。
「まぁ、何とかなるだろ」
特に気にした様子もないレグルスは常にポジティブだったのだが
「お兄ちゃんが何とかなるなら私も大丈夫かな」
「ふふふ、それもそうですね」
義妹の何気ない言葉にガクッと肩を下ろすレグルス。怠け者を自覚しているレグルスだったが、サーシャに面と向かって言われれば、多少はリアクションが出るのも仕方がない。
そして、さらに追撃が加わった。
「バカなレグルスは卒業できるのかしらね」
「おいアリス、俺はバカじゃないぞ。怠け者なんだ」
「どれも一緒よ」
アリスを含めて3人はニヤニヤと笑っており、レグルスをからかっている事は分かる。この3人にやり返す為にもレグルスが喋ろうとした時
「わりぃ、先行っててくれ」
突如としてその場に立ち止まるレグルス。不思議そうに3人はレグルスを見やる。
「でもでも、遅刻しちゃうよ?」
時間を気にするサーシャが問いかけたが、レグルスは腹に手を当てると話し始めた。まさに、急を要するといった表情をしている。
「ちょっとトイレにな……分かるだろ?」
「はぁ、早く行ってきなさいよ!」
「先生には私から伝えておきます」
「悪りぃな!」
事態を正しく理解した3人はレグルスを見送ると、この場を去っていった。寮へと戻るレグルスは、アリス達とは反対方向に駆けていった。
ーーーーーーーーーー
既に教室には生徒達が集まっていた。
「お兄ちゃん遅いなぁ〜」
先に校舎へと向かっていたアリス達は既に教室に辿り着いていた。椅子を傾けながら足をプラプラとふるサーシャは退屈そうな様子だ。
「そうですね。何かあったのでしょうか?」
トイレに行くと言っていたレグルスだったが、そろそろ戻ってきてもいい頃合いだった為、ラフィリアも心配そうな口ぶりだった。
後ろの窓際がポツンと空いており、そこを取り囲むように座る3人の会話は続く。
「アホの事は置いといて、ハーフナー先生も来てないわね」
アリスは教室の前に置かれた時計を見ると、既に始業の時刻は過ぎ去っている。授業初日から何か問題でもあったのかと不思議そうだ。
「事件の匂いがしますねぇー」
サーシャは顎に手を当てると、何度か頷いている。可愛らしい顔をわざとらしく歪めて、渋い表情を作ろうと必死になっていた、
「何の真似なの? サーシャ」
「ははは、言ってみたかっただけ!」
「ふふ……ふふふ」
アリスはよく分からないといった様子で首を傾げていたのだが、横から押し殺すような笑い声が聞こえて来た。
サーシャの何がツボに入ったのか、腹を抱えながら笑うラフィリアがいた。何時ものお淑やかさは無くなり、肩を震わせてサーシャを見ている。
他の生徒達も思い思いに会話を楽しんでいる様子だ。教室内はそんな雰囲気であった。
「もしかして、ハーフナー先生って寝坊したんじゃね?」
「まさか、ないよな?」
「はははは、ないない。だよな?」
面白おかしく話す生徒達で教室は賑やかになっていた。年若い生徒達にとっては、こんな些細な事でさえ話のネタになるのだ。
こうして暫くたったのだが、一向にレグルスが現れない事に、アリスは落ち着かない様子でそわそわとし始めた。
「ちょっと見てくるわ!」
「はーい! 私も行く」
「私も行きましょうか?」
3人は頷くと教室を出ようとした時
ドオォン
「「キャッ!」」
教室内に響き渡る爆音。その音は凄まじく、教室が揺れる程であった。
「何の音!?」
「なになに!?」
「何かが爆発したような……」
カーンカーンカーン
衝撃は凄まじく、尻餅をつく形になっていた3人の耳に聞こえるけたたましい鐘の音。続けて起こる非常事態に混乱した様子の生徒たち。
「次はなによ!?」
アリスの声に答えるように生徒の言葉が聞こえてきた。
「これって王都の緊急事態を知らせる鐘じゃないのか?」
「そうだよ! 何が起こってるんだ!」
一体何が起こったのかと辺りを見渡すが、高さ的に窓の外が見えない。
「煙が出てるぞ!」
「爆発したのか!?」
様子を見た1人の男子の声に反応して、他の生徒達も一斉に窓に駆け寄る。そこに映っていた光景は、校舎からそれ程離れていない位置にもくもくと立ち上る煙であった。
この距離からでは詳細に見る事が叶わない。それが分かった1人の生徒、ケインが声を張り上げた。
「見に行こうぜ!」
「でも、危ないんじゃ」
「みんなで行けば問題ないさ!」
隣にいた生徒が消極的な言葉を放つが、ケインは見に行きたくてうずうずした様子だ。我先にとドアに手をかけると外へ飛び出して行く。
「行こう、みんな!」
その言葉に吊られて生徒達もぞろぞろと教室を出て行った。彼らにしても、日常で突然に起こる刺激というのは気になるらしい。
生徒達が出て行くのを見ていたアリス達も顔を見合わせる。
「どうする?」
「私達も行きましょう」
「わかったわ」
例に漏れず、アリス達も教室から出て行くのだった。
廊下には既に一年生の3クラス全ての生徒が出ており、賑わっている様子だ。その中には教師の姿も見受けられる。
この緊急事態に、ハーフナーを除いた2人の教師が話していた。その内容に聞き耳を立てる生徒達。
「これも試験なのか?」
「いや、そんな事は聞いていないぞ。それに、王都の非常事態を知らせる鐘も鳴っている。こんな事は試験でもあり得ん」
その言葉が表す事は、この鐘と爆発は意図して起きたものでは無かったという事だ。流石に生徒達のように好奇心旺盛と言うわけではなく、険しい表情で煙を見つめていた。
「お前ら、取り敢えず1つの教室に固まれ!」
「早くしろ!」
彼らは瞬時の判断で、何かあった時に狙われやすい生徒達をひと塊りにする事に決めたようだ。指示を出すが、初手の時点で生徒達が廊下に広がってしまっている事もあり、その行動は遅く、一向に進まない。
「竜か? それとも……俺は、念の為に出口を見張ってくる」
「了解した」
貴族達のクラスを受け持つ教師は、経験からかこの階に上がる為の階段の方へと歩いて行く。何かあった時に真っ先に対応できる位置であった。
「よし、早く戻れ!」
残された教師が声を張り上げたその時
「急げ! 名無しだ!!」
階段の方へと向かった筈の教師が大声を張り上げた。その声に吊られてこの場の殆どがそちらに視線を向けると、漆黒の仮面を身につけた複数の者と対峙している姿があった。
全てを塗り潰すような不気味な黒がゆらゆらと揺れている。まるで、蟻のように昇降口からぞろぞろと出てくるのだ。
「2、3年の階はどうなったんだ!?」
「分からん! くそッ、数が多い」
敵の数に苦戦する教師だったが、流石というべきか複数人を相手に引かない様子で持ち堪えている。
この場に現れた名無し1人が相手なら圧倒できる教師は、数多い中でも騎士に選ばれる実力を持っていた。
だが、もう一度言うが数が多い。すかさず、もう1人の教師も割り込むが多勢に無勢であった。
「言いたくはないが、そろそろ抜けられる」
「君達! ここで決断しろ!! 死ぬ覚悟がある者は戦え、無い者は隠れていろ!!」
目の前で繰り広げられる死闘は、まさに、人間同士の生死がかかった本気の命のやり取りである。試験の時とはまた違う恐ろしさがこみ上げてくる。
生徒達は誰もこの場を動けない。誰かが行動するのを待っているようにも見受けられた。
「マリー、不甲斐ない奴らは放っておいて、行くとしよう」
「畏まりました。ですが、守ってやろうの間違いでしょうか?」
「はぁ。マリー、勝手に訳すな。それと、気を抜くなよ」
「勿論です。ご主人様」
そんな言葉と共に前に出る2人の人影。長髪の少年とフードを目深く被った小さい少女であった。
「私も戦いますわ」
続けて先頭へと歩いてきた少女。見覚えのある金色の髪がドリルのように巻く少女。
彼女は吊り目を名無しに向けると微笑む。そのたち姿はまさしく高貴な者であった。
「ロイスにシャリアか、助かる」
「構いません」
「勿論手伝いますわ」
教師達も彼等の実力は知っており、この場においては頼りになる戦力に数えられる。
「はぁ、なら私もやるわ!」
「私もやる!」
「行きましょうか」
アリス達もその場に加わった。
「君たちは、リンガス様の推薦者か。これは心強い」
ジリジリと詰め寄ってくる名無しは、既に廊下に展開しており、逃げ場はない。
アリス達に続いて、他にも腕に自慢がある者達がそれぞれ先頭に出て行く。その中にはコリンやケインの姿もあった。
およそ、生徒側は30人程である。対する名無しの方は、無限に湧き出て来るのではないかと思える程に現れてきている。
「お前ら、聖域を全力で展開しろ!」
その教師の言葉を正しく理解した生徒達は一斉に展開し始める。滅竜師はもちろんのこと、竜具を用いる竜姫にとっても聖域が必須であるからだ。
「「「聖域」」」
大人数が展開したお陰か、廊下に広がっていく聖域は瞬く間にその場に展開れる。
廊下であれば何処でも滅竜技や竜具が生み出せる程であった。
その聖域を確認した少女達は竜具を顕現させていく。
「蛟」
「煉獄の大剣」
「風の精剣」
力ある竜具を手に取るアリス達は、その手に持つ力を名無しに解き放った。
「負けていられませんわ! 真紅」
シャリアが生み出した竜具の刀身は言葉通りに真紅に染まり、炎の化身のような姿をしていた。彼女はアリス達に負けじと名無しの元へと軽やかに駆ける。
「マリー、行こうか。二段強化」
「初手から全力とは流石ですご主人様。雷獣牙」
ロイスは一年生という年齢ながら、初段強化を超える滅竜技を軽々と行使した。
その実力の高さに周りの生徒達はどよめく。
そんな視線を集めるロイスは、流麗な動作で腰の剣を抜く。そして、隣に立つ小柄なマリーが持つ槍には紫電が迸り、雷の化身が舞い降りたように見えた。
「学び舎に無作法に入り込む輩に天誅を下すべく、ロイス・バーミリオン。参る」
「ロイス様。そこは、ロイス・バーミリオン、参る。だけでいいのでは?」
「これは大事な事だ。それより、マリー。まずは1人だ」
「はい」
強化された彼等は一歩で遥か前方へと進むと、近くにいた名無しにマリーが高速の突きを放つ。
すかさず避けようとしたが、続けて放たれたロイスの剣戟により両断される。続けて彼等は強化された身体能力を用いて絶妙なコンビネーションで次々と屠っていく。
流石は貴族と言った所である。名門の家に生まれた彼等は幼い頃より訓練を積んでいるのだ。
「さぁ、跪きなさい」
シャリアが振るう真紅は名無しの剣ごと溶かし、防御を意に介さない。
そして、豪快でいて、綺麗な太刀筋は前に立つ者を次々と倒していた。
「ふぅ、これで俺も集中できるな」
「騎士の力を見せてやろう」
後方では、生徒達が既に教室へと避難しており、この場に残るのは命を賭ける戦士のみになった。
こうして、前線が落ち着いたお陰で教師達も憂いなく本気を出せる。
「「炎熱陣」」
ピンポイントで放たれる高熱の陣は、内部に入れられた名無し達を瞬く間に灰に変えていく。
そんな凄まじい攻防だったが、その中でもかなり目立っている3人組もまた負けてはいなかった。
「燃えなさい!」
その言葉に目の前で莫大な熱量を持った炎が吹き荒れ、名無しを飲み込む。
「切り刻んで下さい!」
かと思えば、風の刃が飛び交い切り刻んでいく。
「凍れぇ!」
そして、急速に足元から凍りついていき動かぬ者に変わった。
アリス達の方はというと、ロイスのように洗練された剣技ではなく、シャリアのように研ぎ澄まされた斬撃を放っている訳でもない。
だが、高い竜具の性能を使い力押しだけで名無し達を葬っていくのだ。正に暴虐という名が相応しい程である。
廊下の一部では天変地異が巻き起こっていた。
「この人数で聖域を展開しているから、竜具の調子もかなりいいわね!」
「んー、それでもお兄ちゃんの方が凄いかも?」
「それはそうかも……って、そんな事よりあのバカは何処にいるのよ!!」
「まだ寮にいるのかも……」
そんな言葉を交わす余裕がある程に圧倒的であった。
アリス達はレグルスが未だに戻って来ていない事もあり、彼もこの事態に巻き込まれのではないかと心配そうだ。
だが、感情は別にして3人の前に立つ者は誰かの攻撃で命を散らせていく。
「何だか弱いね?」
「多分、下っ端ではないでしょうか?」
「片っ端から倒せばいいのよ!」
彼女達が言うのは正解であった。この場にいる名無し達は下っ端の構成員達であった。
他の場所でもそれぞれの生徒達に倒される者がチラホラと見受けられる。アリス達程に圧倒的ではないが、滅竜師候補の中でも、腕に覚えのある者達は実力でいえば此方が上であった。
「でも、数が多すぎるわ!」
「疲れてきた」
「これは……」
アリス達を含め、教師にロイス、そしてシャリアや他の生徒達が加わってなお途切れない攻勢。全方位から迫る名無しをさばく生徒達は、徐々に息切れを起こしていく。
只でさえ慣れない対人戦に相手の方が数が多いとあっては、体力と神経がすり減らされていくのだ。だが、誰もが己の命がかかっている事を自覚しており、必死に戦っている。
「もう持たないぞ!」
「誰か!? 援護に来てくれ」
押されている事を認識する生徒達は代わる代わる持ち回りを交代してやり過ごす。
「キャっ!」
「この野郎!」
1人の少女が浅く腕を切り裂かれた。済んでの所でケインが間に入り事無きを得たが、仲間を殺されても動じない、機械のような名無しは途切れはしない。
所々で押され始める生徒達。僅かに崩れた均衡は徐々にだったが、確実に致命的な一手へと変わり始めていた。
次話、日曜投稿します。




