15話
太陽が隠れ、辺りは暗くなる夕方において、未だに明るさを保つここはセレニア王国の王都であった。
出店が立ち並び、行き交う人を呼び込む姿や酔い潰れたのか地べたで寝転がる者などが見受けられる。
色々な人が行き交う綺麗に舗装された道。ここは、王都の大動脈である大通りである。
現在、そんな場所を4人は歩いていた。
「ねぇ、あれって何だったの?」
昼に行われたフルートの実戦練習を思い出しのか、アリスは横を歩くレグルスに尋ねた。その表情は浮かない顔だ。
問いかけられたレグルスは何かを考え込むようにしていたのだが、黙り込むレグルスに心配になったのかアリスが顔を覗き込むと話し始めた。
「分からん。でも、あの時は本気だったんじゃないか?」
「本気? でも何で?」
「それは本人に聞いてくれ」
「それもそうね」
まだ納得いかない表情のアリスだったが、一先ず疑問を飲み込んだ。本人に聞かなければ答えは見つからないようなものである。
そんな会話をしていると、前を歩いていたサーシャが2人を呼んだ。
「おーい! 早く早く!」
「サーシャ、走ると危ないですよ」
初めての王都観光にはしゃぐサーシャは、右に左にと屋台をブラブラと眺めている。どこか危なっかしい様子だが、そんな姿を微笑ましそうに眺めるラフィリアもどこか楽しそうだった。
「レグルス! 私も見てくる!」
「はいよ〜」
気怠げに返事をしたレグルス。彼が見つめる先には美少女達が楽しそうにしている光景だった。
そんな姿をチラチラと見つめる者も多く、レグルスは安堵の溜息を吐くのだった。
「アイツらといると目立って仕方がないな」
レグルスの経験上、村でも4人で一緒にいると何かしら絡んでくる輩がいた為、王都という大規模な人口がいる場所では出来るだけ離れる事が彼なりの正解なのだ。
ヨロヨロと怠そうにしながら、さらには背中を曲げて目立たないように後ろを歩きつつも、すれ違う人混みに当たらない様子は何とも不思議な光景だった。
「早く早く! お兄ちゃん!!」
そんなレグルスの検討など虚しく、サーシャは大声を張り上げる。いつにも増して楽しそうなサーシャは義兄にとっても微笑ましいものだ。
「分かった、分かった。すぐ行く」
レグルスはそう言うと足早に3人の元へと辿り着いた。彼らが何故王都に来ているのかというと、初めての王都を観光するという目的もあるのだが、今日は贅沢に晩御飯を王都で食べるという事であった。
「ラフィリア、どこで食べるんだ?」
「確かこの辺りだったと思います」
「何処だろう?」
今回はラフィリアが色々と調べた料理屋に行く事になっていた。当然ながらレグルス達は場所を知らない為、キョロキョロと周りを見渡しながら進んで行く。
「あ! これじゃない!!」
「おお、これだコレ。流石だなアリス」
「ふふん。私に任せなさい」
彼らが立ち止まった先には、美味しそうな匂いを漂わせる料理屋があった。店の中は賑わっており空いている席もポツポツといった具合だ。
「よし、行くか」
「はーい」
「食べるわよ!」
「楽しみですね」
4人が店の中に入ると、店員の声が響き渡った。
「いーっらっしゃいませ!」
独特な掛け声のこのお店は、様々な産地の食材を取り扱う店で有名だった。店内にはメニューが書かれた紙が所狭しと並べられている。
「何名様ですか?」
「4人です」
人数を確認した店員は店内を見渡すと、空いている席に案内してくれる。
「では、こちらへどうぞ」
店員に続くレグルス達は物珍しそうに辺りを見回していた。村にいた頃は、店といっても知り合いの老夫婦が切り盛りする定食屋が一軒しか無かった。
客も知り合いばかりで、こんなに賑わうことも無ければ料理もだいたい同じだったのだから当然の反応だった。
「凄いね!」
「人が多すぎで酔いそう」
店内の賑わようにレグルスは目を回してしまう。
「大丈夫?」
「ささ、行きましょう」
ラフィリア達に促されてテーブル席に座ると、早速4人はメニューを見始める。
「お先にお飲みのものをお伺いします」
その言葉に4人はテンパった様子でメニューを見るのだが、色々な種類が一杯あり目移りしてしまう。
「私はコレ」
「私も!」
「なら私もそれにします」
3人は、村でも良く食べたことのあるポップルジュースを頼んだ。程よい酸味と甘さが調和した美味しい果物である。
「俺もそれで、料理は適当に持って来て下さい」
「畏まりました」
そう言って店員は足早に厨房へと駆けて行った。
「緊張するわね」
「私も緊張したよ」
初めてのちゃんとした料理屋での注文は彼女達にとってはかなり緊張した様子だった。
「それにしても、学園も太っ腹だよな」
「そうですね」
学園に通う滅竜師候補達は親元を離れて王都に通い、学校は毎日ある為お金の稼ぎもない。その為に、学生の間だけは国が支払ってくれる事になっていた。
だが、何事にも制限があり、度が過ぎれば没収されるか、退学になってしまうために乱用するものはいない。お金にルーズな者は責任ある滅竜師にはなれないのだ。
「クラス分けの話だけど、やっぱり貴族って凄いのかな?」
「お金も有りますし、親類が滅竜師だとかで幼い頃から鍛えられていそうですよね」
「レグルスはどう思う?」
この手の話では、やはりレグルスが一番詳しいと見たのか一斉に顔を向ける。
「そうだな。シャリアって子は強いと思うぞ」
そう話したレグルスには、先ほどと一転してジト目が向けられた。突然のことに狼狽えるレグルスだった。
「な、なんだよ?」
「レグルスが女の子の名前を覚えてるなんて……」
「浮気だよ! 要注意なんだよ!!」
「全く、いつの間に」
そんな言われのない言葉に顔を顰めるレグルス。確かに彼は普段から怠けているため、そもそも名前を聞いていない事すらあるのだ。
そんなレグルスが、話もしたことの無いシャリアの事を覚えているとあっては益々視線がキツくなるのは仕方がない。
「チラッと見たんだよ。そしたら、かなり出来るってだけだ」
「チラッとねぇ……」
「絶対ジロジロ見てたよ」
面白半分にアリスとサーシャが囃し立てるが、レグルスにとっては、絶妙なタイミングで店員が料理を持ってきた。
「お待たせしました!」
会話を遮られる形になった3人は釈然としない様子だったが、レグルスは話題を変えるべく話し始める。
「美味そうだな」
机に並べられる料理は出来立てのため、湯気が立っており、食欲を誘う。コロコロの肉を甘辛いソースで絡めたものや、酸味の効いたドレッシングがかけられたサラダ。
野菜と肉の炒め物などが置かれていた。その食欲に負けた3人もそれぞれが食べ始めた。
「うぅぅ。美味しい!」
「サラダが病みつきになるよ」
アリスは頬っぺたを抑えながらステーキを頬張り、サーシャはサラダをパクパクと食べている。
「勉強しないといけませんね」
その横では各料理を一口ずつ味わうと、今後の料理に活かすのか、熱心に味を確かめているラフィリア。
当然ながら、レグルスは一心不乱に料理を食べては満足そうに頷いている。
こうして幸せな料理を楽しんでいた4人はあっという間に食べ終わってしまう。
余りの美味しさに余韻に浸る4人だったが、この場に似つかわしく無い怒声が店内に響き渡った。
「うるせぇ! 俺は名無しのもんだぁ!! 俺からお代を取るのか?」
そう言って叫ぶ男は随分とお酒を飲んだのか、顔が真っ赤に染まっており、怒声を上げながら店員に絡んでいる。
この場の客達も名無しという言葉のせいで、顔を青褪めさせて縮こまっていた。やはり、名無しという組織はこれほどまでに恐れられているのだ。
だが、恐れられている筈の名無しだったが、気にしていないような言葉が聞こえてきた。
「また名無しかよ。今日は一体どうしたんだよ」
「さっきも違う酒場で揉めてたな」
「チッ、偽物か」
レグルス達の隣の席から聞こえる小声で話す内容。どうやら、名無しを名乗る輩が他にも出没しているらしい。
ウンザリとした表情の3人だが、止めに入る様子はない。もしかして本物だったらと考えると足が竦むようだった。
店員は男に詰め寄られたままだが、誰も動かない。
「煩いわね」
「こんな場所で騒がなくてもいいのにね」
そんな姿を見かねたサーシャとアリスが口々に漏らし、ラフィリアも顔を顰めて事態を見守っていた。
「声を抑えろ、2人とも」
「でも、黙って見てられないわ」
「そうだよ、お兄ちゃん!」
「止めた方がいいですかね?」
三人ともレグルスやみんなとの楽しい時間を邪魔されて心中穏やかではないのだ。
竜具を使う3人が行けば、おそらく男は容易に負けるだろう事は立ち振る舞いで判断できた。レグルスからしても、この手の輩は只々面倒な相手なのだ。
いざとなったら出るつもりどが、今は他の客が止めるという期待を込めてレグルスは静観していた。
だが、そんな期待も虚しく事態は動く。
「おっ! 可愛い子がいるじゃねぇか」
アリス達を目ざとく見つけた男は歩み寄っていく。やはりというべきか、この3人は目立つのであった。
「来るみたいね」
やっと私の出番だと言いたげな表情のアリス。
「はぁ。結局こうなるのか」
「ちょっと、レグルス?」
「今日は楽しく終わりたいだろ?」
腕まくりしたアリスの前にレグルスが立つと、男と向かい合うような形になった。
「なんだぁ? ヒョロガキが一人前に俺に歯向かうつもりか?」
「酒臭いから近寄るなよ、おっさん」
レグルスは鼻を摘むとヒラヒラと手を動かして嫌そうな表情を浮かべる。レグルスにとっては、怠いだけなのだが、男にとってはあからさまな挑発だ。
眉間に皺を寄せた男はいきり立ちレグルスの胸元を持ち上げた。
「俺は名無しなんだぞ?」
「で?」
まるで動じた様子ではないレグルス。本当にそれがどうしたと言った風だ。
「この、クソガキっ」
拳を振り上げた男は血が上っているのか、そのままレグルスに振り下ろそうとするのだが
「そこまでだ!」
そんな声と共に、入り口から長い金髪を左右で分けた少年と、一歩後ろに付き従うフードを被った少女が入ってきた。
「次は何だ?」
「大人しく帰って貰おう」
「はっ! 生意気なガキの次は正義ぶったガキか」
レグルスには興味を失ったのか、男は次の標的を少年へと向けた。 目まぐるしく変わる事態に客もレグルスも付いていけない。
「オラァッ」
走る男はその勢いのまま、拳を振るう。
だが、静かに立ったままの少年はその場でポツリと呟いた。
「終わりだ」
ドスンッ
「オエッ」
だが、懐に潜り込んでいた少年はいつの間にか剣を抜き去り柄で男の腹を殴っていた。腹にめり込んだ柄の衝撃で男は気を失うとその場に倒れこんだ。
「これでよくも名無し《ネームレス》を語れたものだ。そう思わないかマリー」
「はい、ロイス様」
マリーと呼ばれた少女は素っ気なく返事を返したが、ロイスは特に気にした様子もなくレグルス達の方へと歩み寄っていく。
「僕は学園の一年生ロイスだ。君たち4人の事は知っているよ。特に女性の方は優秀だと持ちきりさ、そこの君もうかうかしていると取られてしまうよ」
そう言ってニカっと笑うロイス。綺麗な歯並びをした真っ白な歯が覗く。
「ロイス様は、初めまして、これから宜しくお願いします、と言っています」
「マリー、勝手に僕の言葉を訳すな」
「すみません、ロイス様はいつも勘違いされやすいので」
平坦な声で話すマリーを軽く嗜めるロイス。その言葉には親愛の情がある事はすぐに分かった。
「助けてくれてありがとな。俺はレグルスだ」
「なに、気にするなレグルス。僕はロイス・バーミリオンだ。君達は気後れしてしまうかもしれないが、これでもバーミリオン伯爵家の長男さ」
「ロイス様は、僕は貴族だが、そんな事は気にするなと言っています」
どこかコントじみた会話にレグルス達も自然と笑みが零れる。どうやら、貴族といってもロイスはお高く止まらない様だ。
バーミリオン伯爵と言えば、代々竜騎士を輩出する名門である。ロイスの実力が高い事も納得できるものだ。
だが、マリーの訳が無ければお高く止まったキザ野郎に見えてしまうのだから良いコンビである。
「さて、それじゃあ僕は帰るよ。今日は名無しを語る輩が多い。僕は心配いらないんだけどね」
「気を付けて帰って下さい、と私共々思っています」
そう言って颯爽と帰っていくロイスとマリー。終始良くわらかない主従関係の2人を見送った4人は顔を見合わせる。
「悪い奴じゃ無さそうね」
「面白いコンビだったな」
「マリーさんが良い味出してたよ」
荒ぶっていたアリスだったが、興が削がれたのか普段通りに戻っている。
「さて、私達も帰りましょうか」
「そうね」
ラフィリアの言葉によって4人も後にしたのだった。
次話は朝の9時投稿予定です。宜しくお願い致します。




