14話
「まずは自己紹介から。私はこのクラスを受け持つハーフナーです。宜しくお願いします」
温和な表情を浮かべる教員、ハーフナーはよく通る声でクラスの生徒達に話しかけた。生徒達は静かにハーフナーの言葉を聞いている。
この学園に配属される教師達は騎士以上の者しか付けない事になっている。滅竜師の卵を育てるこの学園では、広大な敷地に訓練用の竜を放つ事も多い。
そして、やはりというべきか狙われやすい彼らを守るためにもといった措置だ。そのため、ハーフナーも優秀ということになる。
「さて、今日の午前中はこの学園の説明を行います」
ハーフナーはそう言うと一度区切り、生徒達を見回す。そして、問題がない事がわかり再び説明を始めた。
「まず、この校舎が君たちが主に使う場所です。他の授業についてはその時に場所を指定します。また、一階には食堂があるので使う人はそちらを。他にも色々と店があるので、敷地内で殆どの事が済むように作られています」
100人近くいる各学年は三クラスに分けられておりこの三階にも同じように三つのクラスが並んでいる。そして、ハーフナーが言うように一階には食堂が置かれ、昼はそこで済ます生徒が大半だ。
このように、この学園では敷地内で殆どが完結するように作られており、それはレグルスのような遠くから来た者に対する配慮でもあった。
何も知らない者が王都にいきなり放り込まれて、要らぬ労力を使う事を嫌ったためだ。もちろん、監禁されている訳ではなく、王都に出掛けるのも自由であった。
「食堂?」
「来るときに見たぜ、豪華な作りだった」
「いいなぁー。もう見たんだ」
生徒達は食堂という言葉を聞き、期待に顔を染める。寮が一軒家という事もあり、食事も美味しいのかという期待感が溢れ出て来る。
生徒の中には探索がてらに見てきた者もいたようだ。
「ほぉ」
レグルスもその言葉に反応して、耳をピクピクと動かしている。美味しい料理に目がないレグルスだった。
「美味しいといいですね」
コソッと隣からラフィリアが話しかけた。
「ああ、楽しみだ」
レグルスも例に漏れず、どんな食事が出てくるのと、楽しみな表情をしている。
「さて、今日はそういった説明をするので、午前中には終わりますよ」
「午前中ですか?」
今日から授業が始まると思っていた1人の生徒が疑問を口にした。その生徒はどこか落胆した様子である。
「明日から正式に始まるので、小休止ですよ。今日は今年のおおまかなスケジュールや設備などの説明ですね」
そう言って語る内容。
滅竜師候補の彼らはこの三年間で様々な事を学ぶ事になる。一年生の間は一通りの基礎を固める事に重点を置かれ、二年生になると実践や応用を固める。
そして、三年生にもなれば基本的には実践を行い、短期間だが、各騎士団の見習いとして投入される事になっている。
その実績を見て、各騎士団が入団させるべき生徒達を指名していくのだ。ここで指名されなかった者は、3年間の努力は虚しく、輝かしい滅竜師への道は閉ざされてしまう狭き門であった。
もちろん騎士団に入れなかったとしても兵士にはなれる。兵士は村に駐屯し護衛の任務や、都市の警備などを含めた業務がある。その為に数はかなり必要なのだ。
そういう事もあり兵士の需要は多い。
「他には、各国の生徒達が集まって催される祭典など色々とありますが、それはまたの機会に」
そう言って締めくくったハーフナー。すると、先ほどの内容を聞いた生徒達は一転して心配そうな表情をしていた。
「大丈夫かな?」
「サーシャ、今から心配していても仕方がないですよ」
説明を聞いていくうちに、滅竜師への道が険しい事を改めて実感したサーシャが不安そうに呟いた。
「そうよ! これからどんどん活躍していけば問題ないわ」
アリスにも多少の不安はあれど、ポジティブな思考でそんな不安を吹き飛ばしていた。
ハーフナーは、静かになった事を確認すると、再び話始める。
「明日から午前中は座学、午後からは戦闘訓練を行いますのでそのつもりで。何か今までで質問はありますか?」
そう言ったハーフナーの言葉に合わせて、生徒達が一斉に手を上げ始めた。聞きたいことは盛りだくさんと言った様子だ。
「ハーフナー先生も竜騎士だったのですか?」
誰もが一番聞きたかった事を尋ねた生徒。金色の髪を短髪に刈りそろえた活発な様子の少年だった。
「君はケイン君ですね。では、私は竜騎士にはなれなかったので騎士でしたよ。もう少し頑張れば良かったんですが」
机に置かれた名簿を見て、生徒の名前を確かめたハーフナーは残念そうな表情を浮かべて話したのだが、最後の方は肩を竦めたお陰で、暗い空気にはならなかった。
「「おぉ〜」」
竜騎士では無くとも、騎士というだけで尊敬に値するため感嘆の声が上がった。ケインも目をキラキラとさせてハーフナーを見つめている。
騎士団に指名された滅竜師候補が初めに上がれる位は従士からだ。彼らの役目は主に騎士に付き従い行動する事である。
だが、当然ながら従士の数は多く年齢の幅も広い。そのため、激しい競争が行われているのだ。
よって若い時に騎士に上がれる事が出来ればかなり優秀という事になるのだ。
「では次の方?」
「はい!! えっと、ハーフナーさんの年齢は?」
どこか期待した眼差しで見つめる少女。普通の顔立ちにはそばかすがあり、村娘のような容姿だった。
「ルイーゼさんですね。私は今年で25才になります」
「凄いですね!」
その言葉にルイーゼは感嘆の声を上げた。卒業後の7年で騎士にまで上る事が出来たのだから、この反応は当然だった。
「では、次の方は?」
その言葉にすかさず少年が手を挙げる。引っ切り無しに飛び交う質問は途切れない。
手を上げたのは黒い髪をした大人しそうな少年だった。
「クラス分けの基準って何ですか?」
「君はコリン君かな、クラス分けは実力では無く身分ですね。やはり、貴族の方と普通の方を同じにすると争い事が多いので」
その言葉に生徒達は一斉に頷いた。確かに周りをよく見れば、誰もが平民が着るような服を着ており、雰囲気で貴族では無い事が分かるのだ。
だが、全員の視線が一点に集中する。
「私達も貴族じゃ無いわ!」
その先にいたアリスが代表して答えたのだった。彼女達の美貌は飛び抜けており、そういった疑問が出るのも仕方がなかった。
やはりというべきか、貴族などは妾なども含めて代々、眉目秀麗な者が多いためアリス達に視線が集まったのだ。
「さて、それでは最後の質問はありませんか?」
そう言って見回したハーフナーは目立ったアリス達の方で視線が固定された。そこには、頭をこっくりと動かすレグルスがいた。
「では、レグルス君に最後を締めてもらいましょう」
その言葉に、またアリス達の方へと視線が集まる。
「アイツ、寝てるぞ」
「まさか……。って、どういう神経をしてるんだ?」
にわかにクラス内が騒がしくなってくる。
「お兄ちゃん! ほら、起きて」
「んあ? 起きてるって」
サーシャに体を揺すられて起きるレグルスは、即座に言い訳をするのだが
「だーかーら、早く! ほら?」
サーシャが指差す方には、斜め前にいるアリスが拳を握りしめている様子が見える。慌てた様子のレグルスはサーシャに詰め寄った、
「おお! で?」
「何かハーフナー先生に質問でもして!」
「よし、ハーフナー先生! 実戦訓練ってどの程度何ですか?」
騒がしかったクラスもその質問には興味津々なのか、黙りこむ。すると、 ハーフナーは頷くと話し始めた。
「そうですね。それじゃあ特別授業です。皆さん、机を左右に分けて下さい」
一瞬何を言われたのか分からなかった生徒たちだが、理解すると机をどかし始めた。一体何が始まるのかとワクワクした様子だ。
机が左右に退けられると、ハーフナーの目の前には一本の道が出来上がっていた。
「それでは、ケイン君とコリン君。そして、レグルス君は前に来て下さい」
2人は呼ばれた事にキョトンとするが、言われた通りにそれぞれが前に歩いていく。
「俺も?」
「そうみたいですよ」
「マジで? 何するの?」
となりのラフィリアにまさか? と言った具合に聞くレグルスだったが、ラフィリアは冷静に返す。
暫くこんな遣り取りが続いていたが、レグルスの天敵である赤髪の悪魔がドシドシと歩いて来た。
「は、や、く! 行きなさい!」
「へえへえ」
長年の付き合いで、逆らうことは出来ないレグルスはそそくさと前に歩いていった。
こうして揃った3人に注目が集まる中
「それじゃあ、1人ずつ私に素手で攻撃して下さい。私も反撃するのでそのつもりで」
そう言ってハーフナーは構えを取る。
「「え!?」」
「ふむふむ」
状況が読み込めない2人は驚いた様子だが、レグルスは理解したのか頷いている。
「実戦練習ですよ」
ようやく理解できた3人の中で、ケインが初めに出た。
「宜しくお願いします!!」
「はい、ではどうぞ」
ケインは開始と同時に踏み込むと、まだ粗さはあるが芯の通ったストレートを繰り出す。その拳はハーフナーの顔に当たりそうになった時
「悪くはないですね」
完璧に見切ったハーフナーは皮一枚で躱すと、右腕を大振りに振るった。
ドガッ
そんな音が聞こえる。ケインは何とか空いた左手でハーフナーの腕を受け止めていたのだ。
「コレは止めますか。流石は候補生ですね。では、次はコリン君ですね」
パチパチパチパチッ
この一連の流れを見ていた生徒達は感激した様子で、受け止めたケインに拍手を送っていた。
そして、呼ばれたコリンが前に出る。
「お願いします」
「はい、では」
コリンはケインのようには詰めず、左足で地面を蹴り浮き上がる。その、様子は飛び膝蹴りをするかのようだった。
ハーフナーは油断なく腕を動かし止めようとするが
空いた右足を変則的に動かしハーフナーの頭を狙う。まるで、蛇のようにしなる足はノーガードのハーフナー目掛けて振り下ろされた。
「これは、凄い」
ガッ
「止められましたか」
「いや、素晴らしいですね。お見事です」
コリンは残念そうな顔をしていたが、ハーフナーは絶賛する。つられて生徒達もやはり拍手を送っていた。
「アレが凄いの?」
「みたいですね」
「お兄ちゃんだったら余裕なのにね」
2人の流れを見ていたアリス達は疑問を口にした。その表情は何とも言えない顔をしている。彼女達はレグルスを見てきたせいか、それ程に凄いとは思わなかったのだ。
「次ですね」
「サボったら容赦しないわ!」
「はは、アリスちゃん。ほどほどにね」
こうして、2人が終わり最後のレグルスの番になった。とりという事もあり、全員が注目している。
男子達の中には、アリス達と一緒にいるレグルスの実力を見れるとばかりに熱心に見ている。
「お願いします」
(さっきの2人くらいでやればいいか)
「では、どうぞ」
レグルスは地を這うように体を沈めると、懐に潜り込む。そして、ハーフナーは腕を下ろし、ガードを固めたその時
全身のバネを使って体を飛ばせると、足を上空に蹴り上げる。
「ほぉ」
呟いたハーフナーの目が細まる。そして、レグルスの足を掴むと上段から顔めがけて振り下ろす。
「って、本気か!?」
(おいおい、マジかよ)
蹴り上げた態勢のレグルスは、腕を軸に駒のように回るも、顔をかするようにパンチが通り過ぎていった。
(いきなり本気かよ)
咄嗟に起き上がったレグルスが前を向いた瞬間、ハーフナーの蹴りが迫っていた。
ドガァッ
避けきれないと判断したレグルスの顔面にモロに蹴りが入る。
ガシャンッ
盛大に吹き飛ぶレグルスは、周りの机を巻き込んで転がっていく。
クラスでは先程までの拍手は無くなり、シーンと静まり返っていた。
すると、ハーフナーは吹き飛んだレグルスの元へと歩み寄ると、手を差し伸べた。その光景を生徒達は黙って見ている。
「手加減したつもりが、申し訳ありません」
「いえ、すみませんね」
ハーフナーの言葉に、生徒達は一斉にレグルスを見る目が変わった。ケインやコリンが出来てレグルスには出来なかったと判断したのだ。
「アイツ弱いな」
「盛大に吹き飛んでたね」
「期待してたのにな」
口々にそう話す生徒たち。だが、アリス達を含めて数人だけは一連の流れを正確に理解していた。
そんな中、ハーフナーはそっと近づくと、レグルスの耳元に囁いた。
「自ら飛んで軽減しましたか」
「足が絡まっただけですよ」
「ふふ、そういう事にしておきましょう」
そう笑うハーフナーは、何処か蛇のように絡みつく視線をレグルスに送っていた。
土日は更新できずに申し訳ありませんm(_ _)m今後とも宜しくお願いします!




