13話
「人が少ないな」
4人で校舎に向かっていると、ふと呟いたレグルス。彼は校舎へと向かう道中に誰とも会わなかった事を不思議に思ったようだ。
「敷地がかなり広いですし、これくらいかと」
「そんなもんかな」
唐突に話し始めたレグルスに、気になったアリスは尋ねた。
「それがどうかしたの?」
「いや、今日から学園が始まるって事は2、3年生もいるって事だよな?」
「言われてみればそうね」
昨日の時点では、毎年行われる滅竜師候補の試験のため在校生達は授業では無かった。ミーシャやローズのように、学園に来ていた者はいたがそれも少ない筈だ。
例に漏れず、今年も学園では一年に一度の試験のために、名無しに変装するという大掛かりな事をしたため、やはり、そもそも授業が出来る日では無かったのだ。
そのため、昨日は敷地内で在校生と会う事は無かった。
「よく見てるね、お兄ちゃんは」
言われてみなければ気付かない事を指摘したレグルスを褒めるサーシャ。彼女はレグルスの右腕を抱えると、顔を覗き込むように見上げていた。
「んあ? たまたまだ」
「時間が早すぎましたかね」
ラフィリアの言葉に、アリスが時間を確認するが特に早いという訳でも無かった。
「朝はしっかりと確認したわ」
「ふむふむ」
何かを考え込むようにサーシャは顔を傾ける。すると、自然とレグルスの腕にもたれかかるような姿勢になった。
「はい、お終いよ! まったく、油断も隙もないわね」
「あはは、バレちゃったか」
「なーにが、ふむふむよ! 何も考えてないじゃない」
襟をグイッと掴まれて引き剥がされるサーシャは、舌をペロッと出して笑っていた。少しシリアスな雰囲気を出すサーシャだったが、幼馴染の目は誤魔化せない。
「そんな事はどうでもいいか」
「そうですね。それよりも、今日はしっかりとして下さいね」
「何を?」
「「「はぁ〜」」」
何のことか本当に分かっていない様子のレグルスに、3人はダメだコイツ、とばかりに溜息をつく。見事にシンクロしていた。
「学園です。寝てたらダメですよ」
「善処する」
バチンッ
豪快に振るわれた手はレグルスの頭を捉え、思わず仰け反る。
「イテッ、いきなり頭を叩くな」
「善処するじゃないわよ! いい? 起きてる事! わかった!?」
「任せろ」
こういう時だけ真面目な顔をするレグルス。調子がいいとはこの事だろう。
「言っても無駄だってアリスちゃん」
「義妹が甘やかすから、こんな怠け者になるのよ」
「ぶぅぅ。私のせいじゃないもん」
「この口が言うのね!」
可愛く頬を膨らますサーシャだったが、アリスに両頬を掴まれてグニグニとされる。コロコロと変化する顔は、素材がいいのか変顔でも可愛らしかった。
「やったな〜?」
「キャッ! ちょっとサーシャ!」
サーシャが目の前にある、アリスの胸を触ったせいで、可愛らしい声を上げるアリス。すると、勝ち誇ったようなサーシャは誰かの真似をするように話し出した。
「ふむ、義妹より小さいな」
気怠げに頭を下げるサーシャ。誰の真似をしているかなど一目瞭然だ。
「そ、それ、レグルスが言ってたの!?」
「さあね」
「待ちなさい!」
後方でバタバタと騒ぐ2人を放ってレグルスとラフィリアは歩き続けていた。すると、2人の目の前にはようやく校舎が見え始めた。
「おーい、そろそろ見えて来たぞ」
後ろにいる筈の2人に声を上げるレグルス。何やら顔を真っ赤にしたアリスが猛スピードで走って来ている。
首をかしげるレグルスだったが
「レグルス! そこに座りなさい!!」
「な、何でだよ?」
「いいから!」
余りの剣幕に渋々ながらも座ろうとするレグルス。怒られる事なんてしたのかと言った風な顔をしているが、今のアリスには逆らわない方針をとる。
今から説教が始まるかと思われたが……。
「2人とも、静かに」
「ラフィリア! ちょっと待っ……」
叫ぼうとして押し黙るアリス。
周囲には人だかりが出来ていた。校舎前でこんなコントをしていたら嫌でも目についてしまう。野次馬達が集まり此方を伺っている。
彼らはアリス達を見た後、座るレグルスを見て疑問符を浮かべていた。
流石にこんな中で説教はできないのか、アリスは渋々と引き下がった。
「そ、そうね。今回初めて許して上げるわ」
「許すも何も、俺は何もしてないぞ」
「お、乙女の、その……何でもないわ!」
言おうとして、恥ずかしくなったのか開き直るアリス。胸を張って叫ぶ姿は堂々としていた。
訳も分からないままのレグルスは、アリスの怒りが一応は収まった事に安堵していた。
「さて、行きましょう」
終わったことを確認したラフィリアによって、一向は、周りに集まる野次馬達をスルーして、すごすごと校舎へと入っていった。
「あれ見たか?」
「やっぱり可愛いよな」
「あのレグルスって奴は何なんだ?」
「さぁ、何か弱そうだったよな」
「黙って座ってたし情けないな。全くあれでも滅竜師候補かよ」
レグルス達を見送った生徒達は口々に先ほどの事について話し始めた。入学早々、話題を独占する形になった4人は何を言われているのか分からないのだが。
「やっぱり広いわね」
そう呟くアリスは、先ほどの事など忘れたのか何時もの様子だ。
この校舎は生徒達が座学を学ぶ為に建てられた校舎であり、1〜3年生が集まる唯一の校舎である。3回建てで、モダンな雰囲気を感じる建物だった。
将来、卒業すれば滅竜師として国に仕える彼らには、一般教養から始まり礼儀作法に歴史や地理、更には世界情勢など学ぶ事が多いのだ。
公の場にも出る滅竜師、そして竜騎士は国を背負う立場であるため、こうしたカリキュラムが組まれている。
これだけでも、卒業まで残れる者達の優秀さが伺える。
建物は上階から1年生から3年生の順に入っており、レグルス達はこれから毎日階段を上る羽目になっていた。
「うへぇ〜。もう無理」
「仕方ないなぁ。ほら乗って」
階段を上る以前の問題で、早くも心を折られたレグルスは悲壮な呟きを漏らした。すると、サーシャが前に出ると背中を見せた構えで話したのだ。
「いや、それは絵面的にやばい」
「そうかなぁ〜?」
「流石にな」
幼い顔立ちのサーシャに背負われる少年。それも、怪我をした訳でもなく、理由が怠いという事実。流石に無理を感じたレグルスは遠慮するが、サーシャは分からないと言った風に首を傾げていた。
すると
「朝から楽しそうですわね」
そんなやり取りをしているとふいに後ろから声がかけられた。聞き覚えのある、レグルスは上品な話し声が誰なのかすぐに分かった。
「昨日ぶりです、ローズさん」
「皆さんも合格したんですね。おめでとうございます。 ところで、何をしていたんですか?」
ローズは竜式に合格した彼らを褒めると、先ほどのやり取りについて尋ねた。顔を見合わせるラフィリアとアリス。どう言えばいいのか言葉が見つからない様子だ。
「えっと、お兄ちゃんを背負って登ろうかなって思ってたんです」
「まあ! 訓練ですか?」
予想外の事実に驚きの表情を浮かべるが、すぐに興味深々とばかりに話し始めた。
「お兄ちゃんが怠け者なんで、持って行こうかと」
「なるほど、それなら私が背負いましょう」
良いことを思いついたとばかりに手を叩くと、レグルスの前に出るローズ。腰を落として、早く乗れと言わんばかりに微笑んでいた。
呆気に取られるアリス達は声を出せない。
「いや、流石にちょっと」
「早くして下さいな」
尚も屈むローズだが、顔をよく見ると目が笑っており、冗談でやっている事がすぐに分かった。
レグルスはまた変なのに目をつけられたと意気消沈する。この一週間ほどで、リンガスから始まり、ベルンバッハに、このローズと目立ちたくないレグルスにとっては余り関わりたくない人達だった。
「冗談はいいですよ、ローズさん」
「あら、そうですか」
すると、何事も無かったかのように立つローズ。もつ満足したのか満ち足りた顔をしていた。
「こういう、わいわいする事に憧れていまして」
「へぇ、また何でですか?」
「私の父の立場もあって、皆さん良くしてくれるのですが……」
「なるほど」
セレニア王国の騎士団長ともなれば、上に立つ者は指で数える程しかいない地位だ。やはり、将来は滅竜師や竜姫になりたい者にとっては遠慮が買ってしまうのも仕方がなかった。
「大変なんですね」
「レグルスさんは、そんな事は気にしないのですか?」
「うーん、特には」
「まあ! それなら、これからも宜しくお願いしますわ」
ずいっと顔を近づけるローズに、アリス達の空気がピリピリし始める。顔は穏やかなのだが、何故か居心地が悪い空間が出来上がっていた。
それを敏感に察したのか、ローズはすぐに離れると、いま思い出したとばかりに話し始めた。
「そうですわ! 昨日いたシェリアさん改め、ミーシャさんを見かけませんでした?」
シェリアと聞いたレグルスはすぐに思い出した。内気なようで、終始オドオドとしていた少女だった。彼の心にも悪い事をしたなと、いう罪悪感が多少なりは残っていたのだ。
「ああ、見てないですよ」
「そうですか。今日は2、3年生の知り合いがまだ来ていなくて……。それでは、私は行きますね」
暇だったために、レグルス達は標的になったようだった。彼女は時間を潰せたとばかりに足取りも軽く教室へと帰っていく。
それを見送るレグルスは溜息と共に言葉を吐き出した。
「ここが三年生の教室だとすれば。はぁ、毎日会わなければいいんだが」
先程の強烈な絡みが残っているのか、憂鬱な気分になるレグルス。おそらく学園ではかなり有名な筈のローズと一緒にいれば、自然と目立つ事間違いはないならだ。
「大丈夫よ! 任せない」
「任せるって何を?」
「全てよ!」
自分に任せろとばかりに自信満々に胸を張るアリス。サーシャも真似をして胸を張っている。ラフィリアだけが、静かに微笑むだけだがその真意は伺えない。
(一体こいつらはなにをするつもりなんだ?)
レグルスは更に憂鬱になるのだった。
ようやく教室へと辿り着いた彼らは、席は自由になっているようで、まばらに空いた教室を見る。
「よし、特等席が空いてるな」
「ちょっ! レグルス!?」
瞬時に後ろの窓際が空いている事を確認したレグルスは、アリス達を放って急いで駆け寄っていく。まさに、疾風のように駆けるレグルスは己の持つ全力を使っていた。
「ふぅ〜」
一仕事終えたとばかりに息を吐くレグルスは、特等席に満足していた。三階に位置するこの場所から見る景色。
整えられた木々が陽光に照らされながら、風に揺れている。そんな、気持ちの良い景色に早くも自然とうとうととし始めた。
だが、それを遮る声がする。
「こんな時だけ本気にならないでよね」
追いついたアリスはウトウトとするレグルスの前で、ガミガミと説教を始めようとしたのだが。
「お兄ちゃんの前は確保〜」
「なら私は横ですね」
流れるようにレグルスの周りは固められていった。
「ず、ずるいわよ!」
(私のバカバカバカァァ)
何とか抗議するが、終わったものは仕方がない。
「早い者勝ちだよ」
「また来年頑張りましょう、アリスさん」
勝ち誇った顔のサーシャとラフィリア。流石に2対1では勝ち目が無いとばかりに、スゴスゴと斜め前に座るアリス。
「えへへぇ。お兄ちゃんが後ろにいるなんて何だか不思議だよ」
椅子に反対向きに座るサーシャは楽しそうに笑っている。こうして、学園に通えている事や王都に事など幸せ一杯の様子だ。
「レグルスさん、まだ寝たらダメですよ」
「ほーい」
うとうととするレグルスの肩を揺するラフィリアに、レグルスは怠そうに声を上げる。
「うぅぅぅ」
そんな、何かを我慢したような声が聞こえてくる。そちらに目をやれば、アリスが悔しそうに見つめていた。
チラチラと此方を伺うような視線を感じる。男子達はアリス達の美貌に、女子達はそんな少女が集まるレグルスに興味津々といった様子だ。
他にも、隣同士で話す生徒や何かを熱心に読む生徒など、初めての学園にどこか騒がし教室だった。
すると
「全員揃いましたか? それでは始めます」
そんな声と共に、教員が教室に入ってきた。まだ、30代くらいの男性だろうが、特にこれといった特徴は覚えない平凡な教員だった。
教員が入ってきた事で、生徒達は急いで席に戻って準備を始める。流石にこの学園に来る生徒に不真面目な者はいなかった。
こうして、レグルスの学園生活は始まった。
次は月曜日に投稿予定です。




