男性が女性に武器の扱い方を教えるシーンが好き
現代物では主に銃になりますが、時代物やファンタジーにおいては剣もありです。
偉大な男性に守られたい。でもわたしも自立した人間として戦いたい。そんなわがままな願望を満たしてくれるのがこのシチュエーションです。教えてくれる、というところで男性の強さを表現できるし、でも守られっぱなしじゃなくて、女性も戦いに参加することで自尊心を保てます。そして武器を手に取り活躍したいというヒーロー願望と、愛され守られたいというヒロイン願望を同時に満たすことができます。
また、わたしは保守的な男女像を基準とした上で、あえてそれを破るというのが好きなので、女性は戦わないものという保守的な価値観のなかでの、あえての戦う女性というところに萌えます。「なんちゃって男尊女卑が好き」の項で触れたように、保守的な男女像であるからこそ、そのなかではレアな存在である「戦う女性に理解のある男性」が素敵だという演出にもなります。
いつもの「父娘病」が始まってしまいますが……。男女の組み合わせは、成熟した男性(=父親)と未熟な女性(=娘)を想像させる関係がよいです。本当の父娘はもちろん、年の離れた男女や、戦いに長けて落ち着いた男性と戦いに不慣れで慌てふためいている女性などです。「男性が女性に夢を託して亡くなる展開が好き」で書いたこととほぼ同じ感覚と言えるでしょう。夢と同様に、戦い方を教えられて、託されます。殺し文句は「大丈夫、きみ(お前)ならできる」です。(笑)
こういったシーンは、洋画でよく見かけます。女性に銃を持たせるのは、映像として映えるからというのと、フェミニズム的な意味合いもあるのでしょう。しかし一方で、フェミニズムと矛盾するようでありながら、女性を教え導きたいという欧米人男性の父権的な願望も込められているのではないかと思っています。まったくもって勝手な推測だし、単にそうであってほしいと望んでいるだけかもしれませんが。
もし妻や恋人や娘に銃を持たせることになにかしらのロマンを感じているとするならば、不思議とわたしの願望と一致していることになりますね。似たようなところで、父の仕事を継ぐ娘という構図もよく見ます。やはり女性に戦いや仕事など従来で言う男性的な行為を教えることに、なにか意味があるのではないかと思ってしまいます。
でも現実では、銃を持つことに決して賛成ではないです。娘に銃の練習をさせるアメリカの父親には正直ひきます。暴発などがよくニュースになりますよね。自衛のために必要だという考えなのでしょうが……。わたしなどにはとても論じることのできない、あまりにも難しい問題です。
無責任に萌えられるのは、あくまでも創作のなかだけですね。




