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44話 選択して←無能 選んで←有能

いまだに特大両手R1をパリィしようとされるお方がそこそこいらっしゃいます。

メッセージで指摘してあげるべきなのでしょうか。

高校で初の中間テストはすこぶる調子がよかった。

苦手な数学も最後の難問までスラスラ解けたし、暗記科目もバッチリだった。

こんな幸せな気持ちでテストの問題を解くなんて初めて、

もう何も恐くない。

僕の人生で一番うまくいったテストだったんじゃないかとさえ思えた。

受験におけるテクニックや情報を惜しみなく与えてくれた教師陣のおかげである。

テスト週間は瞬く間に終わり、試験の順位が掲示板に張り出される日がやってきた。


結果に自信があったなら順位を見てやる気の向上に繋げるのもいいと思う。

数字だけで人の価値は判断しきれないと言いつつも人間は数字が大好きだ。

数値を達成しなければ、進学もままならないし、社会人になっても営業成績なり、生産性なりを数字で要求される。

父さんのように従業員の生活を守る立場としては数字はもはや『責任』と言い換えてもよい。

理想だけで飯は食っていけないのである。

世知辛いが誰にとっても分かりやすく平等だ。

高校では生徒数300人中ベスト50位までが掲示されることになっている。

成績が良い人の中には己の順位を他人を見下すためのツールにする人もいるだろう、内心だけならば優越感に浸るのを否定するつもりはない。

僕の場合は上述の人達とは真逆だ。

運動はからっきしで身長も低かったというコンプレックスだらけの身としては何かひとつぐらい誇れるものが欲しいのだ。

加奈子ちゃんと並んで順位を確認する。

下から見ていくと35位に加奈子ちゃんの名前があった。


「すごいよ加奈子ちゃん!自信なさげだったのに。」

「ありがと。千秋が勉強に付き合ってくれたおかげよ。

 一人だと絶対捗らなかったし」


加奈子ちゃんからさらに上を見ていく。

10位付近まで身内の名前は見つからない。

9位……ヒロトだ!

やっぱり彼はすごい。

スポーツも勉強もできるなんてほんと羨ましい。

もう一桁台だ。僕の名前がヒロトより上にあるとは思えない。

ランキング上位に載るなんて思い上がりだったのだろうか……

ショックを受けつつ順位を確認していく。

あ、あれ?意外とすぐに見慣れた名前が見つかった。


7位――――『小原千秋』

僕の名前だ……

思わず目を疑った。

僕のような野暮な者がこのランキングをうろついているなんて信じられない。

入試の時の成績は200位だったはずだ。

わりと下位の成績だったことと比較すればかなりの大躍進である。

凡人でも努力が結実するのだと知って不覚にも感動した。


「がんばったわね、千秋。」

加奈子ちゃんが僕の頭を優しく撫でた。

この結果がまぐれではないと分かっているからこそ尚更嬉しかった。


「うん、僕努力してよかったよ。今回だけじゃなくて模試でも点を取れるようにしていかないとね。」


喜びはするが、このぐらいで慢心していてはいけない。

最初からヤマの判明しているテストで成功したに過ぎないのだ。

解答用紙が返ってきたときにきちんと見直しをしないとね。


「これなら私が千秋に養ってもらった方がいいのかしら?」


「あはは、1回目のテストじゃまだ分かんないよ。」

加奈子ちゃんをお嫁さんにするなんて、想像したことは結構あるけど、もしかして実現しちゃったり?


「お、千秋も見に来てたのか」

ヒロトも掲示板の見物にやってきた。


「ヒロト9位なんてすごいね!部活も忙しいのに。

 僕が運動部だったら家に帰った後疲れて何のやる気も出なくなってるよ。」


「俺の場合運動でつけた体力が勉強で役に立っている感じだな。

 スポーツも勉強も結局のところ積み重ねだと思うぞ。

 確かに最近は部活が忙しくて今回ほとんど一夜漬けだったが、千秋は遊んだ日も毎日コツコツ勉強していただろ?

俺より結果が出ると信じてたぞ。

 友達の努力が報われるのは気持ちのいいものなんだな。」


「それでも僕一人じゃ限界があるよ。分からない問題で相談にのってくれたから今回うまくいったんだと思うよ。

 ヒロトと加奈子ちゃんがいなかったら僕、赤点とってたかもしれないから。」


心なしかヒロトと加奈子ちゃん、周囲みんなの絆が深まりやすくなった気がする。

テストでいい点とっただけでちやほやされるなんてペ○ソナの主人公じゃないけど、

褒められるのは自分に自信のない僕には貴重な体験なのだ。

今日ぐらい自分のがんばりに酔ったって罰は当たらないだろう。


「明日は休日だし、上々の結果を祝って放課後打ち上げでもしよっか。」


「さんせーい」

「賛成だ。どこかで飯でも食っていくか?」


今日はテスト後ということで半ドンになっている。

急ピッチでの採点を行った先生達を労うためだそうだ。


「駅前のホテルビュッフェ行こうよ。新しくできたところの。」

「確かテレビでも有名な沼越シェフが料理長になったことで有名な?

でも、あそこ質は立派だけど高くなかった?」

「うん、時間無制限だけど、1人5千円だっけか。ビュッフェでも高い方だよね。ですがご心配なく。」

スカートのポケットから2枚の券を取り出す。

「父さんからもらったんだけどね、株主優待(特別顧客様用)5割引券と同ホテルのギフト券5千円分だよ。これで1人あたりの負担は千円以下と大変リーズナブルな価格となっております。」

持つべきものは頼れる父である。


「やるじゃない。それなら反対する理由はないわね。今日はカロリーのことなんて忘れて食べるわ。」

「俺もだ。プロの味盗ませてもらおうか。」



そういうわけで駅前のホテルのビュッフェにやって参りました。

他のホテルとは一線を画す宝石のようなシャンデリアやピカピカの調度品はうっかり指紋をつけたら怒られやしないかと思ってしまうほど豪華なものだった。

スイートルームは一泊30万円也。

一体どんなセレブが宿泊するのだろう。

他のお客さんも上等なスーツやドレスに身を包んでいて、社会的な階級の高い人達であることが分かる。

僕が高いスーツの見分けがつくのは父さんを見ていたからだ。

社長という役職についていると、安物のスーツでは取り引き先との商談などで舐められてしまうことがあるため、仕立てのよいスーツは男の戦いではマストアイテムなんだとか。

話がそれたけど、そういった人達に制服姿の僕達が混じるのは異質に映るかもしれない。

加奈子ちゃんとヒロトも落ち着かない顔だ。


「はは、浮いちゃってるね僕達。」

「そうね、てっきり普通の家族連れぐらいはいるかと思ったんだけど。」

「別に実害はないんだ。俺達なりに楽しもう。」


ギャルソンさんに恭しく席に案内され、早速何をとりにいくべきか考える。

元をとれるほど僕の胃は大きくないので、好きなものをバランスよくだ。

ホテル側からすれば原価の高いものばかり狙わない僕はカモかもしれないが、ここは大人しくカモのままでいてやろうじゃいか。

ふはは、カニさんを並べなかったことに安堵するがよい。


目移りしそうな料理がところ狭しと並んでいる。

サラダ系は全て制覇する所存。

最近流行のパクチーのサラダなんてのがある。

苦手な人は本当に苦手らしいのだが、あれは薬味みたいなもので大量に食べるものではないと思う。

しかし、野菜はどれも大好物なんだけど、甘いデザートも悪くない。

元々甘党だけど女の子になってからより美味しく感じられる。

野菜とデザートのダブルスタンダードで行くか。

競争率の低いサラダを好きなだけとり、デザートを吟味してから席に戻る。

丁度二人とも選び終えて座って待っていてくれた。

ヒロトは男の子だけに肉料理が多い、ローストビーフやハンバーグなんかがのっかっている。エビフライもあるのでお子様ランチみたいだ。炭水化物は廃して付け合わせにサラダを盛っているので、スポーツをする者として最低限の矜持は守っているのだろう。


加奈子ちゃんは魚介のスープパスタにホウレン草のキッシュ、クリームソースがけのスズキのムニエル等女の子らしいおしゃれな組み合わせだ。

二人とも選び方に性格が出ている。


「千秋、アンタデザートとサラダだけってどうなのよ?

 そりゃこういうところじゃ自由だけどさ。」

「千秋らしいといえばそうだな。俺なんかは貧乏性でつい原価が高くて調理に手間がかかるものを選んでしまうな。」


やはり偏りすぎか。

でも許しちゃう。好き放題選んで後悔するのもまたビュッフェの醍醐味なのだ。


お腹いっぱいになるまで食べて、食後の一時をのんびり過ごす。

僕は締めにジェラートを、ヒロトはコーヒー、加奈子ちゃんはプリンに舌鼓を打っている。


「ヒロトは甘いものは食べないの?」

「千秋が食べるのを見ているだけで腹いっぱいだな」

「えー、もったいないよ。ここのはクオリティ高いのに。

 ヒロトあーんして、僕が食べさせてあげる♪」

「い、いや、遠慮する」


こういう時のヒロトは押せば脆いのは昔から変わらない。

スプーンを無理矢理近づけると諦めたように口をつける。

間接キスなんて幼稚園の頃から当たり前にしてるのに赤くなっている。

男らしい顔が羞恥に歪んで普段とのギャップがかわいい。

この体に母性本能が存在するのかわからないが、他に説明のつかない情動を感じた。


「千秋、私も」

加奈子ちゃんが口を開けて待機している。 

ジェラートをすくったスプーンを口に運ぶと満足げに頬を弛ませた。

加奈子ちゃんもかわいい♪

親鳥が雛にエサを与えるのってこんな気持ちなのかな?

胸がときめきまくりだ。

ジェラートの味を堪能した後、加奈子ちゃんがスティック状のお菓子をくわえて僕に向けてきた。イギリスではなぜかポッ○ーと呼ばれていないお菓子だ。

テレビや漫画なんかで目にしたことのある光景だけに一瞬で彼女の意図を察した。

お互いに端からかじるゲームをやりたいってこと?

それって最終的には……

いいだろう、やってやろうじゃないか。

今日の僕は寛大だ。

棒の先端をついばんで、リスがドングリを咀嚼するように少しずつ噛み砕いていく。

同時に加奈子ちゃんの端正な顔も迫ってきた。

短くなった棒がお互いの唇から離れ、テーブルクロスの上に落下した。そのままゲーム終了なんてことはなく、長い睫毛を伏せて僕の唇を求める。

いいの?人目のあるところで初めてのキスなんて、

いつの間にか彼女は僕の頬を手のひらで支え、前髪を片手でかきあげた。

「ふあ…………」

優しく髪をくしけずられて、体から力が抜けた。

僕達だけこの世界から切り離されたみたい。

人の気配をまるで感じない。

心臓が刻む鼓動が早くなる。

瞳を閉じて唇が重ねられるのを待った。

柔らかく湿ったものが触れる。


「失敗しちゃった。残念ね」


加奈子ちゃんが口づけたのは僕の額だった。

期待したのと別の箇所だったのにその部分が熱を持って体の中がカーッと熱くなった。

もし唇同士だったらどうなっちゃうんだろう。

おあずけをされてもどかしいような、ホッとしたような、甘酸っぱいものが体の内側にあって手足の指先から感覚を奪う。

意識を保っていなければそのまま加奈子ちゃんにしなだれかかってしまいそうだ。


あ、ヒロトが僕を見てる、恥ずかしい。

きっと僕は熱に浮かされたような恍惚とした顔をしていることだろう。


「ヒロトも僕と……する?」


こんな提案親友にしてしまうなんていよいよ僕は正気でなくなってしまったのか。

あーんしてあげたときよりヒロトが紅潮しているのが分かる。


「俺は……」

「うん……」

「俺は……」

「うん……」

ヒロトの言葉を待つ。

苦悩している彼の表情がこんなにも素敵だったなんて僕は知らなかった。この幸せがずっと続けばいいのに。


「すまん!トイレに行ってくる!!」

ヒロトは大げさなぐらい派手に椅子を引いて立ち上がると、トイレの方に駆け出していった。


「アイツもヘタレね。」

加奈子ちゃんが小さく口の中で何かを呟いた。




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